サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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北欧で共同戦線 Ⅸ

結界の夜は、音がやけに鮮明に跳ねる。

砂を踏む音。吐息。刃が空を裂く音。

拙者は霊剣・断絶丸を構えたまま、目の前の獣――フェンリルの肩の上下を見ていた。

 

フェンリルは前回の戦いを覚えている。

いや、覚えているというより、こちらの“間合いの取り方”を学習している。

飛び込んでくる角度が、微妙に嫌らしい。

こちらが刀を振りやすい距離を、わざと踏み外してくる。

 

「――来るか」

拙者が踏み込む。

断絶丸を横薙ぎに走らせた瞬間、フェンリルは跳ねない。

跳ばない代わりに、首を落として滑るように潜り、拙者の足元へ噛みつく軌道で入ってくる。

 

「……っ!」

刃が空を切った。

外した、ではない。外させられた。

フェンリルは“斬られる前提”で角度を選び、斬撃の終端に自分の身体を置かない。

そして拙者の重心が一瞬だけ前に流れたところを、牙で持っていこうとする。

 

拙者は踏み込んだ足を引き、砂を削って後ろへ退く。

刃を返し、喉元へ突く――そのはずが、フェンリルはそこで引かない。

引かないまま、前脚で地面を叩く。

衝撃で砂が跳ね、視界が薄く霞む。

 

「……目眩ましか」

言いながら拙者は目を細める。

だが、霞んだのは視界だけではない。

呼吸のテンポも、わずかに乱される。

その“半拍の乱れ”を、フェンリルは待っていた。

 

次の瞬間、影が消えるほどの速度で横から来た。

首筋に冷たい圧が触れる。

爪だ。

拙者は刀を立てて受けたが、金属が鳴くような音がした。

 

「……重い」

受け止めたのに、押される。

フェンリルの体重ではない。

体重に“意志”が乗っている。

こちらの防御を割るつもりで、力のかけ方を最初から決めている。

 

拙者は足を開き、腰を落とす。

それでも、じりじりと押し戻される。

砂が踵の下で崩れ、踏ん張りが削られていく。

遮蔽物のない校庭で、この押し込みは逃げ道を奪う。

 

フェンリルは吠えない。

吠えて威圧するより、黙って確実に削る。

前回の“勢い任せ”とは違う。

こちらの反撃を許さないための沈黙だ。

 

「……拙者を、舐めるな」

刀を捻って一瞬だけ圧を逃がし、斬り返そうとする。

だがフェンリルは斬り返しの“起点”を見ている。

刃が動くより先に、牙が来る。

 

喉元を狙う軌道。

拙者は反射で刀を下げ、受ける。

その瞬間、フェンリルの前脚が跳ね上がり、拙者の手首を叩き落とした。

 

「――っ!」

断絶丸が弾かれ、腕が痺れる。

手放してはいない。

だが、握力が一段落ちた。

落ちた瞬間、フェンリルは距離を詰めてくる。

 

逃げるために退けば、背中を取られる。

攻めるために踏み込めば、牙が先に届く。

このまま続ければ、拙者のほうが先に“形”を崩す。

 

「……不利だな」

口にしたのは認めるためじゃない。

次の一手を選ぶためだ。

紅丸のまま押し切るのは、美学としては正しい。

だが、勝つためには正しくない。

 

フェンリルが再び踏み込む。

今度は正面ではない。

拙者の利き腕側を殺す角度。

刀を振るための軸を折りにくる。

 

拙者は断絶丸を構え直し、呼吸を整える。

砂の匂いが肺に刺さる。

視界の端で、遠くの戦いの火花が瞬く。

ここで倒れれば、盤面が崩れる。

 

フェンリルの影が迫った。

拙者の足が、半歩遅れた。

遅れた分だけ、牙が近い。

 

――追い詰められている。

砂を蹴るたびに、紅い羽織の裾が夜気を裂いた。

霊剣 断絶丸を握る指先が、わずかに痺れる。

相手はフェンリル。

巨体のくせに、影の移動だけが先に見える類の速さで、牙と爪が「当たれば終わる」角度で飛んでくる。

 

拙者は間合いを測り、一太刀だけ通すつもりで踏み込んだ。

だが次の瞬間、背骨の内側を冷たいものが滑った。

黒い蛇。

気づいた時には遅い。

違和感は「異物」じゃない。

「最初からそこにいた」みたいに、拙者の呼吸と拍動に馴染んでくる。

 

視界の輪郭が、じわりと黒く滲む。

耳が熱い。

喉の奥が、笑う寸前のようにひくつく。

冷静に戦えと言う声が、遠い。

代わりに、もっと単純で荒い衝動が、腹の底から湧き上がる。

壊したい。

切るより先に、殴って確かめたい。

勝ち負けより先に、この胸のざわめきを止めたい。

 

刃を振ろうとして、手首が言うことをきかない。

いや、違う。

拙者が「刃をいらない」と判断している。

刀は道具だ。

だが今の拙者の中で、道具は邪魔だ。

理屈が崩れたわけじゃない。

理屈を踏み潰す快楽が、理屈より速いだけだ。

 

――黒い毛並みの幻が、皮膚の下から盛り上がる。

骨格が軋み、筋肉が再配置される感覚。

呼吸が深くなるほど、胸が広がり、背中が重くなる。

「巨大な猫の怪物」みたいな姿に寄せていくのに、動きだけは軽い。

軽いのに、怖い。

自分が自分を制御できない軽さだ。

 

フェンリルが突っ込んでくる。

神を噛み砕く牙。

拙者は避けない。

避けるという選択肢を、本能が笑う。

前脚で砂を抉り、上体を沈め、次の瞬間に跳ね上げる。

拳――いや、前肢で、真正面から受け止める。

衝撃が腕の骨に響く。

痛い。

だが痛みが、なぜか嬉しい。

「生きてる」証拠みたいに、脳が勝手に解釈してくる。

 

フェンリルの爪が肩口を掠めた。

血が出たかどうかより先に、熱が走る。

拙者は吠える。

声にならない。

喉の奥で、獣の音だけが鳴る。

その音に、拙者の理性が一瞬だけ震える。

――今のは誰の声だ。

 

答えを探す前に、体が動く。

右の拳で顎を打ち上げ、左で頬を叩き落とす。

フェンリルの首が揺れ、巨体がよろめく。

ありえない。

この質量差で、殴って揺らすなんて。

なのに出来てしまう。

出来てしまうから、もっとやりたくなる。

 

フェンリルが距離を取ろうとする。

速い。

追えないはずの速さ。

だが拙者は追える。

追えてしまう。

砂を蹴る足音が、自分のものに聞こえない。

身体が勝手に最短距離を選び、最短の角度で、最短の暴力を当てにいく。

 

怖いのは、フェンリルじゃない。

フェンリルの牙でもない。

「このままなら勝てる」という手応えが、一番怖い。

勝てた瞬間に、拙者は戻れるのか。

戻れないなら、勝利は敗北と同じだ。

その判断だけは、まだ残っている。

まだ残っているからこそ、拙者は歯を食いしばる。

止まれ。

止まれ。

止まれ――と、心の中で命令する。

だが、黒い蛇は笑っている気がした。

「止める理由が、どこにある」と。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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