サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
畳の上に座った瞬間に分かった。
今日は「戦いが終わった日」じゃなくて、「後始末が始まった日」だって。
俺は腕を回して肩の違和感をごまかしながら、居間の真ん中で正座していた。
目の前には白織。無表情のまま、視線だけで俺を測っている。普段から口数が少ないが、今はさらに静かだ。あの静けさは、怒ってるというより“作業に入ってる”顔だった。
白織は人と話すのが得意じゃない。近しい相手でも言葉は最低限で、あとは目と間で伝えるタイプだ。
「……そんな顔すんな。大丈夫だって」
俺が言うと、白織は返事をせずに、指先を軽く持ち上げた。止まれ、の合図。
絶花は少し離れた場所で、腕を組んだまま俺を見ていた。
さっきからずっと、その顔に「また無茶したな」という文字が浮かんでいる。声に出さないのが逆に怖い。
「……太郎。今日は“痛くない”とか言う日じゃないからね」
「言ってない」
「言おうとしてた」
図星なので黙る。
そこへ、白織がようやく口を開いた。
「触る」
それだけ言って、白織は俺の前に膝をついた。
細い糸が、指先からふわりと伸びる。蜘蛛の糸みたいに見えるのに、空気を切る感じがない。静かに、でも確実に俺の腕から肩、胸、腹へと撫でるように滑っていく。
くすぐったさより、冷たい感触が先に来た。
「……白織、俺がくすぐったがったらどうする?」
白織は目だけで俺を見る。
「黙る」
「はい」
絶花がため息をついた。
「太郎、検査中に余計なこと言わないで」
「俺は余計なことしか言えない」
「自覚してるなら直して」
「それは無理だ」
「威張るとこじゃない」
白織の糸が、腹の奥で一瞬止まった。
止まった、というより“引っかかった”。
俺の背筋が勝手に伸びる。さっきまでの軽口が、喉の奥に引っ込んだ。
白織が小さく眉を動かす。
「……いる」
「いる?」
俺が聞き返すと、白織は言葉を選ぶみたいに一拍置いてから続けた。
「中に。黒い、蛇みたいなの」
空気が変わった。
絶花の表情から冗談の余地が消える。
「蛇って……比喩だよな?」
俺が笑いで流そうとすると、白織は首を横に振った。ゆっくり、否定の角度で。
「比喩じゃない。動いてる」
「動いてるって……俺の体ん中で?」
「うん」
短い肯定がやけに重い。
絶花が一歩近づいて、俺の顔を覗き込む。
「太郎、変な感じ、してたの?」
「……戦ってる時は、正直、変だった。力が出過ぎる感じっていうか」
言いながら思い出す。あの瞬間、身体が勝手に前へ出た。刀を持つのが面倒になって、素手で殴りにいった。自分の中の理屈が、途中から置き去りにされた。
白織は糸を少し強く張った。俺の皮膚の上じゃなく、もっと“内側”を探るみたいに。
「放置、ダメ」
「……悪い?」
白織は頷く。
「このまま行くと、暴走する。次は戻れないかも」
言い切った。淡々としてるのに、刃物みたいに刺さる言い方だった。
普段の白織は断定をあまりしない。だからこそ、今の“断定”は危険信号だった。
俺は息を吐いて、膝の上で拳を握り直した。
「なるほど。つまり俺の体内に、黒い蛇が住み着いた」
「そう」
「家賃は?」
白織が一瞬だけ目を細めた。
「払わない」
「最悪だな」
絶花が呆れた顔のまま、でも声は硬い。
「太郎、笑ってる場合じゃないよ」
「笑うしかない時ってあるだろ」
「今は“考える”時」
正論が痛い。
白織は糸を引き、すっと手を引っ込めた。診察終了の合図。
「今は、抑えられてる。でも限界ある」
「抑える方法は?」
白織は少しだけ視線を泳がせる。言いたくない、というより“簡単な答えがない”時の癖だ。
「……調べる。原因と、入り口。先にそれ」
「原因、あの戦いか?」
「可能性、高い」
絶花が唇を噛んだ。
「じゃあ……太郎がまた無茶したら——」
「止める」
白織が先に言う。短いけど、迷いがない。
俺は苦笑して、正座のまま頭を下げた。
「悪かった。心配かけた」
絶花が目を細める。
「今さら“悪かった”って言うくらいなら、次から先に相談して」
「善処する」
「“する”って言って」
「……する」
白織が小さく頷いた。
「約束」
それだけ言って、白織は立ち上がる。
その背中が、いつもより少しだけ大きく見えた。
俺は腹の奥の違和感を、今になってようやく“自分の問題”として受け取った。
黒い蛇。放置すれば暴走。
笑って誤魔化すには、さすがに生々しすぎる。
だから俺は、次の段取りを考え始めた。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王