サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

602 / 704
妖と宙のレーティング・ゲーム Ⅰ

炬燵の中は、冬の匂いがした。

 

布団に閉じ込められた空気が、じんわりと足にまとわりつく。

動かそうとすると、どこかに当たる。炬燵の脚か、誰かの足か、あるいはその両方だ。

 

「……動かないで」

 

布団の向こうから、低い声。

 

「ごめん」

 

そう言った直後、脛に重みが落ちた。

 

『ここ、空いてたにゃ』

 

黒歌だった。

俺の足を枕にするみたいに丸まり、満足そうに喉を鳴らす。

 

「空いてない」

 

「もう取られてる」

 

布団の端から、ジバニャンの耳がぴょこっと出てくる。

トムニャンはその後ろで丸くなり、フユニャンは尻尾だけを外に出している。

 

完全に、俺より先に馴染んでいた。

 

「……俺の家なんだけどな」

 

呟くと、

 

「知ってる」

 

向かいから即答が返ってくる。

 

絶花は炬燵に半分沈みながら、みかんを一つ手に取っていた。

剥き始めると、皮が切れ目なく指先を滑っていく。

 

近い。

けど、触れない。

 

昔から、そうだった。

 

同じ空間にいるのが自然で、わざわざ距離を測らない。

伸ばせば届くのに、届かせない。

幼馴染みという言葉で片づけるには、少しだけ複雑な間。

 

「……静かだね」

 

絶花が言う。

 

「そうだな」

 

返事をしながら、俺は湯呑みに手を伸ばす。

湯気が指先をかすめて、すぐ消える。

 

昨日までの音が、頭の奥で遠ざかっていく。

波の重さも、刃の光も、今はここにはない。

 

「太郎」

 

名前を呼ばれて、顔を上げる。

 

「昨日から、少し変」

 

視線はみかんに落ちたまま。

皮が最後まで剥けて、白い筋を丁寧に取っている。

 

「どこが?」

 

「うまく言えないけど」

 

一拍。

 

「無理に、いつも通りでいようとしてる」

 

胸の奥が、ひとつ鳴った。

 

「そんなことない」

 

言い切るより先に、声が静かすぎた。

 

絶花はみかんを二つに割り、片方を俺の方へ転がす。

 

「あるよ」

 

淡々と。

 

「太郎、隠すときほど、言葉が少なくなる」

 

……やっぱり、よく見ている。

 

「王様向いてないな、俺」

 

半分冗談で言ったつもりだった。

 

「王様とかじゃなくて」

 

すぐ返ってくる。

 

「太郎だから、分かるだけ」

 

みかんの断面が、炬燵の明かりを吸う。

 

「心配してるの」

 

その一言で、胸の奥の張りがほどけた。

 

何か言おうとして、やめる。

ここで格好つける必要はない。

 

「大丈夫」

 

声を落とす。

 

「今は」

 

「“今は”ね」

 

繰り返される。

 

責めない声。

でも、逃がさない。

 

炬燵の中で、また足が当たった。

今度は、さっきよりはっきりと。

 

どちらも動かない。

 

黒歌の喉が鳴り、ジバニャンが寝返りを打つ。

トムニャンがそれに押され、フユニャンの尻尾が揺れた。

 

この部屋は、穏やかだ。

 

守られている、というより。

――まだ、壊れていない。

 

俺は湯呑みを持ち上げながら思う。

 

ここは、残したい場所だ。

 

絶花が、何も気にせず、誰かと笑える場所として。

そのために何を背負うのかは、まだ言葉にしない。

 

炬燵の奥で、胸の内側がかすかに熱を持った。

気づかないふりをして、みかんを一房、口に運んだ。

炬燵の中の空気が、少しだけ動いた。

 

黒歌が顔を上げ、耳をぴくりと動かす。

次いで、ジバニャンが布団の隙間から鼻先を出した。

 

『……来るにゃ』

 

その声とほぼ同時に、インターホンが鳴った。

 

電子音が、部屋の静けさを切り裂く。

ほんの一音なのに、炬燵の温度が一段下がった気がした。

 

「……こんな時間に?」

 

絶花が小さく言う。

 

俺は立ち上がろうとして、炬燵布団に足を取られた。

黒歌がわざと動かない。

 

「ちょ、退いて」

 

『王の家に来るやつは、だいたい面倒だにゃ』

 

面倒、という言葉が胸に引っかかる。

 

玄関へ向かう途中、背中に視線を感じた。

絶花だ。何も言わないが、空気が少し張っている。

 

――違和感を、感じてる。

 

ドアノブに手をかけた瞬間、もう一度インターホンが鳴った。

今度は短く、確認するような間隔。

 

ドアを開ける。

 

 

 

「……太郎?」

 

背後から、絶花の声。

 

その気配を感じたのか、二人の視線が一斉に動く。

俺を越えて、家の中を見る。

 

空気が変わる。

 

「突然の訪問、失礼します」

 

丁寧だが、硬い。

礼儀の向こうに、警戒がある。

 

「……二人とも、用件は?」

 

「あなたに会いに来た」

 

「偶然、のようですね」

 

そう言いながらも、視線は俺から離れない。

玄関という狭い空間で、三つの立場がぶつかっている。

 

俺は、なぜか確信していた。

 

この二人が、別々の日に来ることはなかった。

今日、この時間、この家で――必ず重なる。

 

「……とりあえず」

 

俺は一歩引いた。

 

「立ち話もなんだし」

 

言葉にした瞬間、胸の奥が微かに反応する。

王国の駒が、静かに脈を打つ。

 

「いいわ」

 

「中で話しましょう」

 

その背後で、絶花が俺を見る。

何も言わないが、はっきりと伝わってくる。

 

――始まるよ。

 

俺は深く息を吸って、二人を家の中へ招き入れた。

 

炬燵のある部屋へ続く廊下が、いつもより長く感じられた。

 

廊下を進む足音が、妙に揃わなかった。

 

黒江は、家の中を値踏みするみたいに視線を巡らせている。

一方で、後ろを歩く銀髪の女性は、靴を揃えるタイミングまできっちりしていた。

 

同じ「来訪者」なのに、空気がまるで違う。

 

居間の襖を開けた瞬間、その差は決定的になった。

 

「……」

 

二人の動きが、同時に止まる。

 

炬燵。

布団。

みかん。

湯呑み。

そして――その周囲を完全に占領する猫と妖怪たち。

 

『……』

 

黒歌が、炬燵の上で片目を開けた。

王の玉座を見るような目で、来訪者を見ている。

 

ジバニャンは炬燵布団から半身だけ出し、トムニャンは丸くなったまま動かない。

フユニャンは尻尾だけをぴん、と立てた。

 

完全に、日常だ。

 

「……」

 

最初に口を開いたのは、黒江だった。

 

「ふふ」

 

小さく、喉で笑う。

 

「なるほど。これが“あなたの城”」

 

言い方が気に入らない。

 

「ただの家だよ」

 

言い返すと、黒江は肩をすくめた。

 

「城っていうのは、豪華さじゃないのよ。中心かどうか」

 

視線が炬燵に落ちる。

 

「……分かりやすいわね」

 

一方、銀髪の女性――ロスヴァイセは、明らかに戸惑っていた。

 

「これは……」

 

言葉を探している。

 

「日本の……暖房、ですか?」

 

「炬燵」

 

俺が答えると、彼女は一拍置いてから、深く頷いた。

 

「なるほど。資料では見ましたが、実物は初めてです」

 

真面目すぎる反応に、黒歌が鼻で笑った。

 

『固いにゃ。肩こりそうにゃ』

 

ロスヴァイセは一瞬きょとんとし、それから視線を下げる。

 

「……喋る、猫?」

 

「細かいことは気にしないで」

 

俺が言うと、彼女は真剣に頷いた。

 

「分かりました」

 

分かってない。

 

絶花は俺の隣に座り、さりげなく距離を詰める。

言葉はないが、背中越しに伝わる――警戒。

 

「どうぞ、座って」

 

俺が言うと、黒江は迷いなく炬燵の縁に腰を下ろした。

距離感ゼロだ。

 

対してロスヴァイセは、一瞬だけ動きを止める。

 

布団。

座卓。

靴を脱いだ後の所作。

 

全部、未知。

 

「……失礼します」

 

そう言って、ぎこちなく正座しかける。

 

「普通でいいよ」

 

「では……」

 

恐る恐る炬燵に足を入れた瞬間、ぴくっと肩が跳ねた。

 

「……温かい」

 

素直な感想だった。

 

その横で、ジバニャンが彼女の膝に頭を乗せる。

 

「えっ」

 

『よろしくニャ!』

 

完全に、緊張を破壊しに来ている。

 

黒江はその様子を眺めながら、俺に視線を向けた。

 

「面白い場所ね」

 

「そうか?」

 

「ええ」

 

指で炬燵の縁を軽く叩く。

 

「力のある人間ほど、こういう場所を持たないものよ」

 

含みのある言い方。

 

ロスヴァイセは姿勢を正し、俺の方を見る。

 

「本日は二つ、用件があります」

 

黒江が、楽しそうに笑った。

 

「奇遇ね。私も」

 

空気が、また少しだけ張る。

 

炬燵の中で、足先が絶花に触れた。

触れたまま、離れない。

 

俺は思う。

 

――この場所に、もう“外”は入り込んだ。

 

日常の中心に、非日常が腰を下ろした。

それでも炬燵は温かく、猫は動かない。

 

だからこそ、逃げ場がない。

 

胸の奥で、静かに何かが目を覚ました気がした。

居間に入ると、空気が一瞬締まった。

炬燵の温もりと猫の柔らかい喉鳴らしの中で、銀髪の女は迷うでもなく座る位置を決めた。

 

「失礼します」

 

その声には、余計な装飾がない。

静かで、それでいて確実に場の中心を見る声だ。

 

ロスヴァイセ――銀の髪は光を吸い込むようで、青緑の瞳がこちらをじっと見つめる。

教師として来たのか、戦士として来たのか、それとも両方なのか、一瞬だけ読み取れない沈黙が流れた。

 

「この土地で暮らすことになりました」

 

その一言は簡潔だが、重みがある。

 

「住む、というのは……?」

 

俺が問い返すと、まっすぐに俺の顔を見る。

 

「ええ。ここで暮らします」

 

言葉は明白なのに、理由は添えられない。

その沈黙を、ロスヴァイセ自身が満たすような落ち着きだった。

 

絶花が横でみかんを齧りながら、ふと眉を上げる。

俺より先に、わずかな違和感を察している。

 

「……理由、あるんだよね?」

 

言葉は柔らかいが、核心を突く。

 

ロスヴァイセは一瞬だけ目を伏せて、次にそっと瞳を上げた。

その目には「言いにくい」という種の戸惑いとは違う、抑えた緊張がある。

 

「……話せる段階ではありません」

 

冷静だが、曖昧でもない否定だ。

理由を語らないという意思表示。

 

「……そうか」

 

俺は無理に詰めようとはしなかった。

外套の女――黒江が隣で薄く笑っている。

その微笑みに、鉄の刃みたいな確信が混ざっていた。

 

「まあ、驚きはしましたけど」

 

黒江が肩越しに言う。

 

「このタイミングで“ここに住む”って……偶然かしら?」

 

問いかける口調は軽いが、目は真剣だ。

 

ロスヴァイセは一度深く息を吸い、視線を黒江に向けた。

誰かを警戒しているのではなく、誰かを認識しているような――そんな芯のある眼差し。

 

「私は、この町に縁ができたのです。理由の詳細は後ほど」

 

その声は丁寧だが、確固たる決意を帯びていた。

 

そして次の瞬間、感触が変わった。

 

まるで、言葉の重みが部屋の中の空気まで引き締めたように。

 

「それで」

 

俺は慎重に続ける。

 

「……教師とか眷属って形式はどういう?」

 

問いのニュアンスは柔らかいが、中身は核心だ。

 

ロスヴァイセは僅かに微笑む。

 

「必要とされる場所がある、というだけです」

 

その一言に、含みがある。

でも、それ以上を語る気配はない。

 

絶花が俺の横で小さく息を吐く。

“理由を話さない”という選択は、妙に彼女の胸に刺さったらしい。

 

「そう……ですか」

 

言葉だけが、静かに部屋に落ちていく。

 

炬燵の温もりが、ふいに遠くなる。

炬燵を挟んで静かに座る全員の目が、ふと黒江――ライバルの男に集まった。

その眼差しは、冗談でも、興味でもなく、戦いの宣告そのものだった。

 

黒江は一呼吸置き、細い声で言った。

 

「太郎、聞いてるか?」

その声には、いつもの軽口とは違う緊張があった。

 

俺は手元のみかんを一瞬止めて、顔を上げる。

 

「……ああ。なんだ?」

 

「……俺からの話がある」

 

黒江は言うと、右手を軽く上げた。

動きに余計な力はなく、ただ視線だけが真っ直ぐだ。

 

「俺は――」

一瞬だけ、間。

 

「お前に、――レーティングゲームを申し込みに来た」

 

その言葉だけで、空気が一段冷えた。

 

レーティングゲーム――

悪魔同士の力量を測り、互いの実力や社会的地位を示すための公式戦だ。

それは戦いだが、ただの衝突ではない。

互いの価値と存在を示す、名誉ある戦いの場だ。

 

「レーティングゲーム……?」

 

俺が呟くと、絶花が首を傾げる。

 

黒江は続ける。

 

「説明は簡単だ。お前が“盤面を作る王”ならな――俺とぶつかれ、ってことだ」

 

彼の声に、挑発も煽りもない。

だが、そこに揺らぎは一切ない。

 

「……俺と?」

 

問い返した俺の声に、黒江は軽く笑った。

 

「そうだ。公式かどうかはともかく――

 評価をつけてもらう。お前の強さを、ここで示してもらうための戦いだ」

 

その宣告は、戦闘そのもの以上に重かった。

呼ばれた戦場は、自分で選ぶ場所でも、仕掛ける場所でもない。

対峙を請け負う側からの挑戦――

それは、俺自身の存在証明でもある。

 

俺は一度、視線を下げた。

 

炬燵の湯気が、ほんのわずかに揺れる。

 

黒江の視線は、逸らない。

逃げる気配でも、軽い冗談でもない。

 

「太郎」

 

絶花が、静かに言った。

 

「……やるんでしょ」

 

それは問いでも、励ましでもなく、当然のような視線だった。

 

俺は黒江の目を見返し、ゆっくりと答えた。

 

「……わかった」

 

その声は、震えていなかった。

ただ、重く、真剣だった。

 

そして黒江は、にやりと笑う。

 

「当然だろ?」

 

その笑顔は――

勝利を約束するものでも、敗北を期待するものでもなく、

戦いを始める準備ができている者の顔だった。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。