サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
屋上は夕方の匂いがした。
コンクリの熱が抜けきらず、風だけがやけに涼しい。
俺はフェンスにもたれて空を見上げていたが、空は何も答えない。
答えるのは、いつも人間だ。
「……ここにいたか」
背後から声。
振り返る前に分かる。あの男だ。
黒江残月。前にぶつかり合って、和解もしていない。
それなのに、平気で距離を詰めてくる。
「屋上は共有だ。用件を言え」
俺がそう言うと、黒江は表情を崩さず、ただ頷いた。
まるで“会話の順番”だけを守っているみたいな頷き。
「単刀直入に言う。俺はお前に、レーティング・ゲームを申し込む」
「……は?」
あまりに直球で、俺の方が一瞬遅れた。
黒江は冗談を混ぜない。いや、混ぜられないタイプだ。
その代わり、言葉が刃物みたいに一直線に飛んでくる。
「お前は強い。認めたくないが、事実だ。だから――越える」
「越えるって、俺を踏み台にする気かよ」
「踏み台じゃない。壁だ」
黒江は淡々と言い切った。
壁。越える対象。
それが“感情”を乗せた言い方なのか、俺にはまだ判別できない。
「俺は今まで、敵を決めて生きてきた。人外は脅威だ。排除する。そう決めて……楽だった」
そこで黒江の視線が、ほんのわずかだけ揺れる。
誤差みたいな揺れだ。だが、俺はそれを見逃さない。
「でも、お前を見た。お前の周りを見た。俺の“決め打ち”が、俺自身を鈍らせる可能性があると気づいた」
「……それで俺と戦えば治るのか?」
「治すんじゃない。更新する」
黒江は言った。
更新。人間が自分に対して使う言葉じゃない。
けど、黒江は自分を“人間”として扱う気が最初から薄い。
目的が先で、属性は後。そういう目をしている。
「レーティング・ゲームってのは、悪魔の遊びだろ。俺は悪魔じゃねえ」
俺が釘を刺すと、黒江は首を横に振る。
「形式の話だ。勝敗条件が明確で、第三者の介入を排しやすい。互いの“撤退線”も引ける。お前が嫌う無駄な殺し合いになりにくい」
俺は舌打ちしかけて、飲み込んだ。
理屈が通っている。腹立つほどに。
「俺が断ったら?」
「その時は別の手を探す。だが」
黒江は一歩だけ近づいて、言葉を短くした。
「断るな。お前は“見てる側”に逃げるときがある。今回は逃げるな」
……厄介だ。
こいつ、俺の“癖”を観測している。
同じ観測者でも、狙いが違う。
俺は世界を見たい。黒江は世界を裁きたい。
同じ双眼鏡でも、覗く目が違えば景色の意味が変わる。
「黒江。ひとつ確認だ。お前、俺に勝って何がしたい」
「俺が俺を許せるか確かめる」
「……重いな」
「軽い理由で戦うほど、俺は器用じゃない」
その一言で、黒江の“本音”が見えた気がした。
強くなりたいんじゃない。
正しくなりたいんでもない。
自分の選択が正しかったと証明したい――いや、証明できないなら、壊したい。
そういう危うさ。
俺はフェンスから背を離し、真っ直ぐ黒江を見る。
「分かった。受ける」
黒江の目が、ほんの少しだけ細くなる。
笑いではない。安心でもない。
“次の工程に進む”という処理の顔だ。
「ただし条件がある。勝っても負けても、お前はその場で“理由”をもう一段言え。今のままだと、お前の戦いは燃料が憎しみだけだ。いつか暴発する」
黒江は黙った。
沈黙が長い。
風が屋上の端で唸る。
「……いい」
ようやく返ってきた声は小さい。
だが、拒否じゃなかった。
「じゃあ決まりだ。場所と形式は俺が選ぶ。お前は“申し込んだ側”だからな」
俺がそう言うと、黒江は初めて、ほんの少しだけ口元を上げた。
「……やはり、お前は王のやり方をする」
「王じゃねえ」
「そう言うところだ」
黒江は踵を返し、出口へ向かう。
最後に振り返りもせず、ただ一言だけ落とした。
「逃げるなよ」
俺は返事をしなかった。
代わりに、フェンス越しの空をもう一度見上げる。
この町は今日も平然と夕焼けをやっているのに、俺の頭の中だけが次の局面に切り替わっていた。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王