サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

604 / 703
妖と宙のレーティング・ゲーム Ⅲ

屋上のフェンスにもたれながら、俺は黒江の顔を見た。

さっきまでの空の青さが嘘みたいに、こいつの目だけが夜の色をしている。

 

黒江は余計な前置きをしない。

言いたいことは最初から決まっている男の顔で、短く言った。

 

「場所は押さえてある。今から行くぞ」

 

「……押さえてある、ね」

 

俺はその言い方が気に入らなかった。

“押さえる”って言葉には、勝手に決めた匂いがある。

それが戦場なら尚更だ。

 

「レーティング・ゲームの形式でやるなら、条件がある」

 

黒江は眉ひとつ動かさない。

聞く気はある。でも譲る気はない。そういう目だ。

 

「言え」

 

命令みたいに短い。

俺は腕を組み直して、順番に並べた。

 

「まず、観客はいらない。記録もいらない。誰かの耳に入るような派手なこともいらない」

「次に、余計な第三者の介入は無しだ。誰かが“調停”とか“監視”とか言い出した時点で終わりにする」

「最後に、日常の側に迷惑をかけない。学園の中でやるならなおさらだ」

 

黒江は一拍置いた。

その一拍が、俺の条件を値踏みしている時間だと分かった。

 

「……お前らしいな」

 

褒めているのか、からかっているのか。

どっちとも取れる声だった。

 

「俺らしいとかどうでもいい。必要な線引きだ」

 

黒江はフェンスの向こう、校庭の方を一度だけ見た。

それから俺に視線を戻し、淡々と言う。

 

「第三者はいない。結界で区切る」

 

“結界”。

その単語が出た瞬間、空気が一段冷えた気がした。

便利な言葉だ。

見えない壁を作って、世界を切り分けられる。

 

でも、便利なものはだいたい厄介だ。

 

「結界は便利だが、外から見えないってことは、外の都合も入ってきやすいってことだ」

 

俺が言うと、黒江は口角をわずかに上げた。

いつもの薄い笑みじゃない。

“刺しに来る”笑みだ。

 

「だからこそ、お前に頼むんだろ」

 

「頼んでるようには見えないが」

 

「申し込んでる。挑んでる。……言い方の違いだ」

 

黒江の声は淡々としている。

だけど、その淡々さの奥に、変な熱が混じっている。

こいつは本当に“越えたい”んだ。

自分の何かを。

 

俺は息を吐いた。

風が穏やかな屋上で、胸の奥だけが騒がしい。

 

「確認する」

 

俺は指を一本立てた。

 

「勝敗条件は?」

 

黒江は迷わず答えた。

 

「互いの戦意喪失。逃げたら負けだ。折れたら負けだ。変身が解除されたら負けだ」

 

言い切る声に、逃げ道がない。

“俺を越えるため”って言葉が、ただの格好つけじゃないと分かる。

こいつは、勝ち負けを道具にして、何かを試そうとしてる。

 

俺は次の指を立てた。

 

「殺しは無しだな」

 

黒江の目が一瞬だけ細くなる。

 

「……当然だ」

 

即答ではない。

“当然”と言いつつ、そこに引っかかりがある。

それが黒江の危うさだ。

 

「よし」

 

俺はフェンスから背を離した。

 

「じゃあ、行く」

 

黒江が一歩前に出る。

その動きは、まるで最初から俺が乗ると分かっていたみたいだった。

 

……腹が立つ。

 

でも。

こいつの目的も察してる。

こいつは俺を利用してるんじゃない。

“俺に止めさせる”つもりで、俺を呼んでる。

 

「太郎」

 

黒江が、呼び捨てで言った。

その呼び方が、距離を詰めるためじゃなく、覚悟を揃えるためのものだと分かった。

 

「お前は恐れてるのか?」

 

俺は足を止めずに答えた。

 

「恐れてるんじゃない」

「守る対象を数えてるだけだ」

 

黒江は小さく鼻で笑った。

 

「……それが、お前の弱さだ」

 

「それが、俺の線だ」

 

言い返すと、黒江はもう何も言わなかった。

屋上の扉へ向かう足音だけが、やけに大きく響く。

 

日常の中に戻る。

廊下に出れば、生徒の声がある。

部活の掛け声がある。

下校の靴音がある。

屋上の扉を押し開けた瞬間、空気が変わった。

さっきまでの風は、開放された場所のものだった。

廊下の空気は薄い。人の匂いと、ワックスと、制服の布の匂いが混ざっている。

 

黒江は先に歩き出す。

足音がやけに一定で、迷いがない。

俺は半歩遅れてついていく。

追いかけてるつもりはないが、こいつの背中を見失う気にもならない。

 

すれ違う生徒が、俺たちをちらりと見る。

二人とも制服だ。顔も普通。歩き方も普通。

それなのに、視線が引っかかるのは、俺たちの間に言葉がないからだろう。

喋らない二人組は、それだけで“何か”を抱えているように見える。

 

「普通に歩け」

 

俺が低く言うと、黒江は振り返りもしないで返した。

 

「普通だ」

 

「普通の定義が違う」

 

黒江はそれ以上は返さない。

この男は、会話を武器として扱わない。

会話は確認事項で、残りは全部、行動で示す。

俺とは真逆だ。俺は言葉で線を引く。こいつは線を越える。

 

階段を下りる。

上履きのゴムが段を擦る音が、妙に大きく聞こえる。

部活帰りの連中が笑っている。

誰かが「マジでそれウケる」と叫ぶ。

それを聞きながら、俺は考える。

 

——この笑い声の真横に、戦いが挟まる。

それが許せない。

だから、俺は“形式”を選んだ。

結界で切り分ける。

日常の外側に、非日常を置く。

そうしないと、俺の中の線が折れる。

 

昇降口が近づくと、黒江が足を止めた。

靴箱の前。人がいる。

靴紐を結ぶ奴がいる。

先生に見つかって叱られてる奴がいる。

 

黒江は、そこだけ妙に丁寧だった。

誰かにぶつからないように、流れを読む。

そういう気遣いができるなら、最初からそうしろよと思う。

 

「……お前、こういうときだけ器用だな」

 

俺が言うと、黒江は小さく息を吐いた。

 

「巻き込むのは嫌いだ」

 

初めて聞く種類の言葉だった。

俺の言った“守る対象を数える”と、似ている。

似ているのに、決定的に違う。

黒江は“嫌い”で止める。俺は“責任”で止める。

 

靴を履き替え、外へ出る。

夕方の校庭が見える。

ボールの音。笛の音。砂の匂い。

今日も同じ。平和。

 

黒江は校舎の影に沿って歩いた。

目立たない道を選ぶ。

そのくせ、目的地に最短で向かう。

まるで、世界を二枚に分けて重ねて歩いているみたいだ。

 

「どこだ」

 

俺が問う。

黒江はようやく横目を寄こした。

 

「体育倉庫の裏。誰も来ない」

 

「来ない、じゃない。来させない、だ」

 

黒江は口角を少し上げた。

否定しない。

 

体育倉庫の裏へ回ると、音が減った。

笛も笑い声も、壁一枚で遠くなる。

砂利の上を踏む音だけが残る。

 

そこに、黒江が立った。

背中を倉庫に預けるわけでもなく、余計に構えもせず、ただ立つ。

俺は距離を取って向かい合った。

三十メートル、ではないが、互いの間合いを測れる距離。

 

黒江が片手を上げる。

何かを取り出すでもない。

ただ、空を掴むような動き。

 

その瞬間、空気が一枚、剥がれた。

風の匂いが消える。

湿度が変わる。

音が、布で包まれたみたいに鈍くなる。

 

——結界。

 

見えない壁が、ここだけを切り取った。

校庭の夕方は続いているはずなのに、今いる場所だけ夜の静けさに沈む。

まるで、日常のページを一枚めくって、裏側に落ちたみたいだ。

 

「……おい」

 

俺が言う。

 

「今の、どうやった」

 

黒江は淡々と答えた。

 

「準備してた」

 

「準備って言葉で誤魔化すな」

 

「誤魔化してない。お前が来る前から、ここは“場”にしてある」

 

そう言って、黒江は足元を軽く踏む。

砂が、ほんの少しだけ沈んだ。

俺には見えないが、何かが埋め込まれているのだろう。

札か、符か、刻印か。

どれでもいい。台無しにしないなら。

 

俺は息を吐いた。

背中の奥で、王国の脈が静かに鳴る。

変身しなくても分かる。

この空間は、もう日常じゃない。

 

黒江が言う。

 

「戻れないわけじゃない」

 

「戻る戻らないの話じゃない」

 

俺は黒江を見据える。

 

「ここに立った時点で、俺たちは“選んだ”んだ」

 

黒江の目がわずかに細くなる。

 

「そうだ」

 

短い肯定。

それだけで十分だった。

 

俺は一歩、砂を踏みしめる。

音が乾いている。

足裏の感覚がはっきりしすぎて、逆に現実味が薄い。

 

「形式は守れ」

 

俺が言う。

 

「余計なものは持ち込むな」

 

黒江は頷いた。

 

「お前もな」

 

「俺は俺のままだ」

 

そう言って、俺は腕に視線を落とす。

——まだ、変身はしない。

今は“合図”だけでいい。

 

日常から非日常へ。

ただ歩いただけなのに、世界が裏返った。

さっきまでの廊下のワックスの匂いが、もう遠い。

今は砂と静けさと、目の前の男の殺気だけがある。

 

黒江が、最後に言った。

 

「……来てくれて、助かる」

 

その言葉が、妙に腹に落ちた。

挑んだのはこいつのはずなのに、助かると言った。

つまりこいつは、自分だけでは越えられない線を知っている。

 

俺は答えた。

 

「勘違いするな」

「助けに来たんじゃない。止めに来たんだ」

 

黒江が、ほんの少し笑った。

 

「それでいい」

 

そして、沈黙。

静けさが完全に定着した。

ここから先は、言葉より先に動きが出る。

黒江が指を鳴らしたわけでも、呪文を唱えたわけでもない。

ただ、空気の“継ぎ目”が見えた。見えた気がした、じゃない。確かにそこにあった。体育倉庫の壁の影と影の間に、夜よりも暗い縦の線が一本走っていて、近づくほどにその線が「入口」だと主張してくる。

 

「ここからだ」

 

黒江が短く言う。

俺は頷いたが、肯定したのは言葉じゃない。足裏だ。砂を踏む感触が一歩ごとに軽くなる。重力が弱まるんじゃない、世界の方が“俺を受け止めるのをやめていく”感じだ。日常が薄紙みたいに破れて、破れ目から覗く向こう側が、こっちを覗き返している。

 

入口の直前で、黒江が一瞬だけ止まった。

見えないものを見ている目で、空間を確かめる。こいつの集中が伝染して、俺の肩も勝手に上がる。息を吐いて落としたつもりでも、胸の奥の鼓動だけが妙にうるさい。

 

「宇宙人の空間だ」

 

黒江は説明になってない説明を投げてくる。

けど、十分だった。こいつが“場”を作る側じゃなく、誰かの作った“場”に入る側だという事実だけで、緊張が一段増す。相手の土俵に上がるってのは、礼儀じゃなくて危険だ。

 

縦の線に手を伸ばすと、指先が冷たい水に触れたみたいに沈んだ。

水じゃないのに濡れない。壁じゃないのに抵抗がない。感触だけが「ここから向こうは別」と告げる。俺は視線を横にやって黒江を見る。黒江も同じように入口を見ていたが、その目は既に“向こう側”を数えていた。

 

「形式は守れ」

 

俺が言うと、黒江は鼻で笑った。

 

「お前が言うな」

 

言い返した瞬間、入口がわずかに脈打った。

こっちの空気が薄くなり、代わりに向こうの匂いが差し込む。金属でも土でもない、乾いた無臭。なのに妙に“新しい”。病院の新築みたいな清潔さが、逆に不気味だ。

 

俺は一歩踏み込んだ。

視界が一度、白くなる。まばたきする暇もなく、耳が遅れてついてくる。音が戻るより先に、足元の感触が変わった。砂じゃない。硬いのに沈む、足場が“床”のふりをしている何か。身体が浮きそうになって、踏ん張った足に遅れて重力が噛みつく。

 

次に見えたのは、空だった。

いや、天井だ。天井の形をした宇宙だ。黒い背景に薄い光が漂い、星みたいな点が規則正しく並んでいる。俺は反射で上を見上げたまま、息を止めた。広い。体育館の広さじゃない。距離感が狂う広さで、視線が焦点を結ぶまでに時間がかかる。

 

「……おい」

 

思わず声が出た。

黒江も同じ場所に立っているのに、足音がほとんどしない。空間が音を吸っているのか、俺の耳がまだ現実に戻れていないのか分からない。分からないことが増えるたび、緊張は勝手に膨らむ。これは俺の意思じゃなく、空間の設計そのものがそうさせている。

 

入口は背後にあるはずなのに、振り返っても見えない。

戻り道が“視界から消されている”。それだけで逃げ道が奪われた気になる。実際に逃げるつもりなんてないのに、人間の本能は勝手に不満を言う。

 

黒江が口を開いた。

 

「ここは、観客も外も関係ない。戦意が折れた方が負けだ」

 

俺は黙って頷いた。

言葉の説明は頭に入る。でも体が納得しない。空間が静かすぎる。広すぎる。清潔すぎる。つまり、誰かが意図して“戦うためだけの世界”を用意している。そんな場所で、俺たちは今から互いの限界を叩き合う。

 

俺は手を握り、開いて、もう一度握った。

指が冷たい。血の巡りが遅れている。怖いわけじゃない。身体が先に危険を理解して、準備を始めている。

 

「……増幅してくるな」

 

俺がぽつりと言うと、黒江は短く返した。

 

「場がそういう作りだ。迷いがあるほど、重くなる」

 

迷い、か。

俺は一歩だけ前に出た。前へ出ると、妙に空間が“軽く”なる。逆に黒江が半歩でも引けば、空気がまた重くなる気がした。つまりここは、躊躇を罰する場所だ。意志の弱い方から削っていく、宇宙人らしい合理性。

 

俺は息を整え、視線を落とした。

床の表面に、薄く円が浮いている。魔方陣じゃない。けど、魔方陣みたいに意味を持った模様だ。境界線。開始線。舞台装置。あらゆる“戦いのルール”が、言葉じゃなく床に刻まれている。

 

「行くぞ、黒江」

 

俺が言った瞬間、空間がわずかに鳴った。

鐘でも笛でもない。静寂そのものが割れるような合図。入口のない会場で、逃げ道のない緊張が、ようやく“戦い”の形に収束していく。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。