サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
『戦車✕1』の表示が消えた直後だった。
空間に残っていた熱が、ふっと引いていく。
勝ったはずのオーガポンが戻ってきても、俺の喉の奥は乾いたままだ。
次の試合を告げる表示が、無機質に切り替わる。
『僧侶✕1』
「……来たか」
黒江が小さく言う。
その声が、さっきまでより一段低い。
対して、俺の側に立つ黒田坊は、錫杖を一度、地面に鳴らした。
カン、と澄んだ音。
あの音が鳴ると、空気が変わる。
森での奇襲を思い出させる、静かな“始まりの合図”だ。
黒江がメダルを掲げる。
その瞬間、召喚の光が走り――現れたのは、最初から“グレイ”を思わせる格好をした男だった。
肌の色味がどうこうじゃない。
整いすぎた無表情、無駄のない立ち姿、異様に薄い体温の気配。
灰色の装いが、戦場の色を奪う。
「ラザホー」
黒江が名前だけ告げる。
それ以上の説明を、あえて削ったみたいに。
ラザホーは俺たちの方を見ない。
正確には、“誰を見るべきか”を決めていない目で、空間全体を測っている。
配置、距離、質量。
人間の目線じゃなく、機械のスキャンに近い。
「……相手の圧が静かすぎるな」
俺が呟くと、黒田坊が低く答える。
「静けさは、刃よりも恐ろしい時がございます」
ラザホーが、ようやく口を開いた。
声は乾いていて、感情の起伏が少ない。
「……開始」
それだけで充分だった。
空気が張り詰める。
砂の上の一歩が、急に重くなる気がした。
黒田坊が先に動く。
速い。
錫杖を前に出し、間合いを測りながら、袖口の奥に指を差し込む。
「御免」
その一言と同時に、法衣の裾がふわりと揺れた。
次の瞬間。
手裏剣が散り、鎖分銅が伸び、槍の穂先が月光を噛む。
武器が“抜かれる”というより、“溢れる”。
森の暗闇なら、これだけで終わる。
一斉射出の物量は、相手の反応時間そのものを奪う。
「――伏せろッ!」
俺が思わず叫ぶ。
だが、ラザホーは伏せない。
避けない。
代わりに、ほんの少しだけ、指を動かした。
「……重」
たった一音。
その瞬間、景色がひっくり返ったように感じた。
手裏剣の軌道が、落ちる。
落ちるというより、“引きずり降ろされる”。
槍が前に伸びるはずの勢いを失い、鎖分銅の慣性が途中で死ぬ。
黒田坊の全方位攻撃が、同じ方向へ――地面へと吸われた。
「なに……?」
黒田坊が息を呑む。
その声には、驚きより先に“理解の遅れ”が混ざっていた。
ラザホーは静かに言う。
「……落ち着け。重力は、逃げない」
「逃げないのは貴様の方だろうが」
俺が吐き捨てると、黒江が肩をすくめた。
「僧侶は派手じゃない分、怖いだろ」
怖い。
まさにそれだ。
刃を弾く鎧じゃない。
“世界のルール”を変えられると、手札が全部紙切れになる。
黒田坊はすぐに切り替えた。
手裏剣が駄目なら、刃を出す。
間合いを詰めて、切る。
それが一番確実だ。
「――参る!」
黒田坊が前へ踏み込む。
錫杖で砂を蹴り、今度は法衣の袖から日本刀を抜き出す。
そして一気に距離を詰め――
その足が、沈んだ。
「……っ!」
沈む、と言っても砂に足を取られた程度じゃない。
重心そのものが、下へ引かれている。
踏み出した力が、前じゃなく下に落ちる。
ラザホーが、淡々と続ける。
「……重い場所を、作った。そこに立てば、動けない」
「……法の衣を、縫い留めるつもりか」
黒田坊が歯を食いしばる。
その声は怒りより、焦りが勝っていた。
黒田坊は、さらに暗器を放つ。
鎌、両刃剣、追加の手裏剣。
次々と、埋めるように。
だが、どれも届かない。
軌道が歪む。
重さで落ちる。
速度が死ぬ。
「く……ッ!」
ラザホーが一歩だけ前に出た。
その一歩が、戦場の中心を“固定”するみたいに見えた。
「……引」
空間が、きゅっと縮む感覚。
黒田坊の体が、糸で引かれたように前へ倒れかける。
踏ん張ろうとして錫杖を突くが、杖先が砂に沈む。
沈む砂は、逃げ道のない沼みたいに粘る。
「主の命により、ここで折れるわけには――」
黒田坊が唸る。
俺は思わず叫んだ。
「黒田坊!無理をするな!」
黒田坊が一瞬だけ、俺の声の方へ視線を動かす。
その一瞬が、致命的だった。
ラザホーはその瞬間を“狙う”んじゃない。
ただ、“条件が整った”と判断する。
「……拘束。落下は、逃げではない」
重力が、ぐっと増した。
黒田坊の肩が落ちる。
腕が上がらない。
袖の中の武器に指が届かない。
“攻め”の動作そのものが、封じられる。
黒田坊は、悔しそうに息を吐いた。
そして、錫杖を支えに、ゆっくりと頭を下げた。
「……この黒田坊。戦意、ここまで」
宣言の瞬間、黒田坊の輪郭が揺らぎ、淡く霧散する。
変身解除。
敗北だ。
ラザホーは勝ったのに、表情を変えない。
ただ、短く言った。
「……次へ」
黒江が満足そうに、口元だけを吊り上げた。
「いい“作業”だったな」
俺は唇を噛む。
黒田坊が弱いわけじゃない。
むしろ強い。
だからこそ、ラザホーの勝ち方が嫌に鮮明だった。
力で倒すんじゃない。
戦場の前提を奪って、負けさせる。
空中の表示が切り替わる。
容赦なく。
『次:騎士✕1』
俺は息を吐いて、拳を握った。
この勝負、まだ折れられない。
黒田坊の分まで、次は俺の側が取り返す。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王