サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

612 / 708
京都SOS Ⅰ

黒江との決闘が終わってから、部屋の空気が少しだけ薄く感じた。

耳の奥で鳴っていた金属のような残響が引き、代わりに炬燵の熱と湯呑みの湯気がゆっくり鼻先に触れてくる。

肩を回すと、筋肉が戻っていくのが分かった。動ける。今度こそ、内側の“あれ”に飲まれずに。

 

「……本当に、いつも無茶する」

 

絶花はそう言いながら、机の上のみかんを指で転がした。

白い筋を丁寧に取る手つきが妙に落ち着いている。怒っているのに乱れていない。

その落ち着きが、こちらの逃げ道を塞ぐ。

 

「まあ、そういう時もあるさ」

 

「“そういう時”で暴走されるのは困る」

 

湯呑みが机に置かれる音が小さく鳴る。

視線がこちらに留まったまま、絶花はみかんを一房ずつ分けていく。

指先が少しだけ速い。何か言い返そうとして、喉の奥が乾いているのに気づいた。

決闘の傷じゃない。内側の檻が、まだぎしぎし鳴っている。

 

「本当に太郎は、い――」

 

その言葉が続く前に、スマホが鳴った。

軽い電子音なのに、部屋の温度が一段下がった気がした。

絶花の手が止まり、白い筋が宙に残ったまま落ちる。

 

画面に出た名前を見て、思わず声が漏れる。

 

「……九重?」

 

「え、珍しいね」

 

京都。八坂さんの娘。

滅多に連絡なんて寄こさない相手だ。指が勝手に通話ボタンを押し、耳に当てた瞬間、鼓膜を揺らすような声が飛び込んできた。

 

「太郎!聞こえるか!」

 

「うわっ……どうした、いきなり!」

 

絶花が眉をひそめ、湯呑みをそっと遠ざける。

耳も頭の中も、いきなり掴まれた感覚がした。

 

「母上が攫われた!!!」

 

言葉がまっすぐ刺さってきて、息が止まる。

絶花の視線が一瞬こちらに滑り、次いでスマホへ向いた。何かを言い当てる前の沈黙が落ちる。

 

「……え」

 

「……一体どういうことだ。詳しく説明しろ」

 

「ぁぅ……実はの」

 

九重の息が乱れている。

背景で擦れる音、遠い足音、誰かの呼び声。向こうの空気がざらついているのが分かる。

 

「会談へ向かっておった。護衛も一緒じゃ。途中で霧が出て、周りが真っ白になって……気づけば母上がおらぬ。護衛も散って、追えん。何も分からんのじゃ」

 

“霧”。その一語が、頭の中で線になる。

偶然じゃない。目隠しと分断を同時にやる手口だ。準備があるなら、次の一手も用意されている。

 

喉の奥が渇くのに、声は先に出た。

 

「分かった。俺が行く。場所と、今の周辺状況を送れ」

 

「太郎、その……」

 

絶花が、すぐ隣で小さく言う。

止める声じゃない。無茶を選ぶ前に、手順を確認する声だ。言い訳を探す隙がない。

 

「任せろ」

 

言い切った瞬間、胸の奥の檻がきしんだ。

黒い蛇みたいな“あれ”が頭をもたげる気配がする。けれど、噛みつかせない。

息を吸って、吐く。息が喉を通る感覚だけを、いったん確かめる。

 

「俺はお前たち妖怪の王だ。守るのは当たり前だろ」

 

通話の向こうで、九重が一拍黙った。

何かを飲み込み、ようやく返事が落ちてくる。

 

「……うむ。待つ。すぐ来い」

 

通話が切れ、画面が暗くなる。

部屋の音が戻った。遠くの車の走行音、冷めかけた湯の匂い、みかんの甘い皮の香り。

 

ついさっきまでの温かさが、急に“守るべきもの”として輪郭を持つ。

 

「絶花」

 

名前を呼ぶと、絶花はもう立ち上がっていた。

上着を取る手が速い。机の上のみかんは、きちんと皿に寄せられている。

 

「分かってる。京都、行くんでしょ」

 

「……頼む」

 

「最短で行く。余計な顔は出さない。無茶も禁止」

 

「分かってる」

 

玄関で靴を履くと、外気が足首を撫でた。

冷たさが皮膚を走り、頭の奥が少し冴える。背中で鍵が回る乾いた音がして、絶花が一歩前に出る。

 

迷いのない歩幅だ。

 

俺達は京都へと歩き出した。

均衡が崩れる前に因果を切る為に、そして何より、この温かい日常の匂いを、まだ残しておく為に。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。