サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
黒江との決闘が終わってから、部屋の空気が少しだけ薄く感じた。
耳の奥で鳴っていた金属のような残響が引き、代わりに炬燵の熱と湯呑みの湯気がゆっくり鼻先に触れてくる。
肩を回すと、筋肉が戻っていくのが分かった。動ける。今度こそ、内側の“あれ”に飲まれずに。
「……本当に、いつも無茶する」
絶花はそう言いながら、机の上のみかんを指で転がした。
白い筋を丁寧に取る手つきが妙に落ち着いている。怒っているのに乱れていない。
その落ち着きが、こちらの逃げ道を塞ぐ。
「まあ、そういう時もあるさ」
「“そういう時”で暴走されるのは困る」
湯呑みが机に置かれる音が小さく鳴る。
視線がこちらに留まったまま、絶花はみかんを一房ずつ分けていく。
指先が少しだけ速い。何か言い返そうとして、喉の奥が乾いているのに気づいた。
決闘の傷じゃない。内側の檻が、まだぎしぎし鳴っている。
「本当に太郎は、い――」
その言葉が続く前に、スマホが鳴った。
軽い電子音なのに、部屋の温度が一段下がった気がした。
絶花の手が止まり、白い筋が宙に残ったまま落ちる。
画面に出た名前を見て、思わず声が漏れる。
「……九重?」
「え、珍しいね」
京都。八坂さんの娘。
滅多に連絡なんて寄こさない相手だ。指が勝手に通話ボタンを押し、耳に当てた瞬間、鼓膜を揺らすような声が飛び込んできた。
「太郎!聞こえるか!」
「うわっ……どうした、いきなり!」
絶花が眉をひそめ、湯呑みをそっと遠ざける。
耳も頭の中も、いきなり掴まれた感覚がした。
「母上が攫われた!!!」
言葉がまっすぐ刺さってきて、息が止まる。
絶花の視線が一瞬こちらに滑り、次いでスマホへ向いた。何かを言い当てる前の沈黙が落ちる。
「……え」
「……一体どういうことだ。詳しく説明しろ」
「ぁぅ……実はの」
九重の息が乱れている。
背景で擦れる音、遠い足音、誰かの呼び声。向こうの空気がざらついているのが分かる。
「会談へ向かっておった。護衛も一緒じゃ。途中で霧が出て、周りが真っ白になって……気づけば母上がおらぬ。護衛も散って、追えん。何も分からんのじゃ」
“霧”。その一語が、頭の中で線になる。
偶然じゃない。目隠しと分断を同時にやる手口だ。準備があるなら、次の一手も用意されている。
喉の奥が渇くのに、声は先に出た。
「分かった。俺が行く。場所と、今の周辺状況を送れ」
「太郎、その……」
絶花が、すぐ隣で小さく言う。
止める声じゃない。無茶を選ぶ前に、手順を確認する声だ。言い訳を探す隙がない。
「任せろ」
言い切った瞬間、胸の奥の檻がきしんだ。
黒い蛇みたいな“あれ”が頭をもたげる気配がする。けれど、噛みつかせない。
息を吸って、吐く。息が喉を通る感覚だけを、いったん確かめる。
「俺はお前たち妖怪の王だ。守るのは当たり前だろ」
通話の向こうで、九重が一拍黙った。
何かを飲み込み、ようやく返事が落ちてくる。
「……うむ。待つ。すぐ来い」
通話が切れ、画面が暗くなる。
部屋の音が戻った。遠くの車の走行音、冷めかけた湯の匂い、みかんの甘い皮の香り。
ついさっきまでの温かさが、急に“守るべきもの”として輪郭を持つ。
「絶花」
名前を呼ぶと、絶花はもう立ち上がっていた。
上着を取る手が速い。机の上のみかんは、きちんと皿に寄せられている。
「分かってる。京都、行くんでしょ」
「……頼む」
「最短で行く。余計な顔は出さない。無茶も禁止」
「分かってる」
玄関で靴を履くと、外気が足首を撫でた。
冷たさが皮膚を走り、頭の奥が少し冴える。背中で鍵が回る乾いた音がして、絶花が一歩前に出る。
迷いのない歩幅だ。
俺達は京都へと歩き出した。
均衡が崩れる前に因果を切る為に、そして何より、この温かい日常の匂いを、まだ残しておく為に。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王