サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
車内に入った瞬間、空気の匂いが変わった。新品の布と、磨かれた樹脂の甘い匂いが混ざっている。指定席の札を確かめて座ると、背中が沈み込むほどクッションが柔らかい。窓の外ではホームの人影が流れ、やがて白い車体が低く唸って動き出した。
「なんというか、新幹線に乗るのも久し振りだな」
口に出してみると、声が妙に落ち着いて聞こえる。落ち着こうとしているだけかもしれない。妖怪の王として呼ばれ、妖怪側が用意した席に座っている。守られているのか、囲われているのか、境目が曖昧だ。肘掛けに指を置くと、革が冷たい。呼吸は乱れていないのに、胸の奥だけが小さく鳴る。
「いや、冷静に言っているけど、ここってかなり高い席だけど大丈夫なの」
絶花は座席の縁を確かめるように指先で撫で、足元の広さに視線を落とした。膝の上に置いた切符を何度も見直す癖が、今はいつもより早い。
「その辺は向こうが払ってくれてるんだろ。大丈夫だ。……まあ、それより」
「それより? “それより”なの!?」
肩が少しだけ跳ね、細い声が弾む。笑う場面じゃないのに、湯呑みを置く音みたいな小ささで現実へ引き戻される。こういうところが、絶花の強さだ。こちらの都合で空気をふくらませる前に、針で穴を開けてくる。
窓の外の景色は、ビルの列から住宅地へ、住宅地から一面の暗い田んぼへと形を変えていく。灯りが間延びするほど、京都が近づいている実感が増す。気配も、少しずつ湿る。土地の匂いが変わる手前で、整理しておかなければならない。
「絶花はどう思う。この誘拐事件」
「……こういうの、太郎が一番得意なのに。なんで聞くの」
返事は短い。けれど視線は逃げない。窓に映った横顔が、車内灯を吸って静かに白い。
「直感、信じてる」
「本当に」
その一言に、たぶん半分は呆れが混じっている。残り半分は、逃がさないという合図だ。指先がテーブルの縁に触れ、トントンと二回だけ軽く叩く。考えを並べる時の癖。
「こういう神隠しが得意なのって、本当は妖怪の方でしょ。その妖怪が気づかないうちに攫われた。だったら、他の勢力って考えるのが自然」
「……思うけど?」
言葉を継がせるために、わざと間を置く。急かすと、結論だけが雑に飛び出る。今必要なのは、穴の場所だ。
「ただ、他の勢力でここまでする必要がない気がするの。会談へ向かう途中で、霧で分断して、八坂だけ抜く。目的が“攫うこと”そのものより、手順の再現性に寄ってる」
絶花の視線が一度だけ下へ落ち、切符の角を指で押さえた。紙が少し歪む。京都の空気が、その歪みに入り込んだように見えた。
「だから、一番可能性が高いのは神器使い……人間じゃないかな。なんとなく、だけど」
その「なんとなく」は、軽さじゃない。口にした瞬間に手元が止まり、こちらを見た。無責任に放り投げた言葉じゃないと分かる。胸の奥で、小さく鍵が回る感じがした。
「……やっぱり相談して良かった」
口角が勝手に上がりそうになって、喉を鳴らして抑えた。浮かれている場合じゃない。それでも、今の推測は大きい。妖怪側の盲点を突くなら、外部の論理が混ざっている。霧は目隠しであり、境界でもある。境界を扱うのは妖怪だけじゃない。
「えっ、太郎?」
絶花の声が少しだけ尖る。褒め言葉に慣れていないのが、たぶんこちらだけじゃない。
腕を組むと、制服の布が擦れて音がした。落ち着け、と言い聞かせるような動作になる。窓に映った自分の顔は、思ったより真面目だ。黒江との決闘で“制御できる”形にしたはずのものが、京都へ向かうだけで奥歯の裏を押してくる。余計な力を入れない。息を浅くしない。
「こんな事が出来るのは、多分神器だ。それも、神滅具の可能性がある」
「っ……」
絶花の指先が止まり、テーブルの木目をなぞる動きが途切れた。言葉が出ない代わりに、視線だけがこちらに刺さる。反論のためじゃない。次に何を切り分けるべきかを測る目だ。
新幹線は速度を上げ、外の灯りが線になって流れていく。車内の静けさが濃くなるほど、頭の中の地図がはっきりしていく。京都に着く前に、もう一つだけ決めておく。九重に直行するか、現場の残滓を先に拾うか。間違えれば、相手の用意した道を歩かされる。
絶花が小さく息を吐き、椅子に背を預けた。
それと共に、俺は携帯で他の皆に知らせる。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王