サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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京都SOS Ⅲ

京都の路地に足を踏み入れた瞬間、観光地のざわめきが背中で薄皮みたいに剥がれた。石畳の湿り気が靴裏にまとわりつき、鼻の奥に線香と排気の匂いが混ざって残る。妖怪側が用意した導線は妙に滑らかで、迷う余白がない。案内されている――そう思った時点で、もう半分は相手の掌の上だ。

 

角を曲がり、人気の少ない通りに出る。息を吸うと空気が冷たく、喉の粘膜に張り付く感覚がした。絶花が半歩前に出て、俺の利き手側を空ける。言葉はない。けれど、動きが「先に立つ」じゃなく「余計な一歩を踏ませない」形になっている。

 

「さて、京都について、調査する事になったけど、どこから探すか」

 

窓のない路地は音が跳ね返る。自分の声がいつもより乾いて聞こえて、胸の奥が少しだけざわついた。

 

「他の皆とはどんな感じで?」

 

絶花の目が、通りの先じゃなく、俺の呼吸の浅さを掠める。指先がスマホの縁を押さえたまま止まる。

 

「さぁな、なんだって、人から隠れる事が得意な妖怪を攫ったんだ。それこそ、どんな奴が関わっているか」

 

言い終えた瞬間、空気が変わった。湿り気が増したわけでもないのに、肌の表面に薄い膜が張る。音が一段遠のき、遠くの足音が水に沈むみたいに吸われていく。

 

霧だ。

 

どこから湧いたのか分からない白さが、路地の入口から滑り込み、次の瞬間には俺と絶花の足元まで届いた。視界の端がぼやけ、灯りの輪郭だけが滲む。これが結界――絶霧。外側との境目を断ち、内側だけを箱にするやり方だ。

 

「っ太郎!」

 

絶花の声が近い。肩が触れそうな距離なのに、霧のせいで姿が一拍遅れて見える。胸の奥で、黒い蛇が鎌首をもたげる気配がした。喉の奥が熱くなる。ここで反応を派手に出せば、相手の思う壺だ。

 

「・・・どうやら、俺達は誘われたようだな」

 

霧の向こうに影が立った。人の輪郭が、霧を割らずに“そこにある”。足音が聞こえないのに距離だけが詰まっている。結界の中で、相手は動き方を知っている。

 

「なるほど、オーフィスの蛇を体内に取り込んだと聞いていたけど、それ以上の力を持っているようだな」

 

声が霧に染み、耳の奥に直接落ちる。情報の質が重い。噂話じゃない。こちらの内側を、最初から狙っている温度だ。

 

「お前達、全員人間か」

 

霧の濃淡がわずかに揺れ、数が見える。立ち方が揃っている。視線の置き方が、一般人のそれじゃない。

 

「あぁ、英雄派とだけ名乗っておこう」

 

英雄派。名札みたいに軽い言葉だが、気配は軽くない。霧の中でも、刃の向きだけははっきりしている。

 

「英雄ね、そんな英雄が人攫いならぬ、妖怪攫いか」

 

口にした途端、舌が乾いた。余裕で笑いに寄せるつもりが、霧が全部吸っていく。絶花が横で息を落とす。短く、深く。俺の呼吸を合わせるための合図だ。

 

「妖怪退治は英雄が行う事だろう、それに妖怪の王を退治すればその格も上がるだろう」

 

格、という単語が背骨に刺さる。八坂は入口で、狙いはさらに奥。ここで理解が揃う。誘拐の調査に来たつもりで、俺自身が獲物として並べられている。

 

「太郎っこいつら」

 

絶花の声が低い。責める音じゃない。時間を絞る音だ。ここで長引かせるな、と。

 

「俺が狙いって訳か」

 

霧のせいで距離感が狂う。踏み込みが一歩でもズレれば、結界の中で転ぶのはこっちだ。足裏の感覚だけに意識を落とし、石畳の湿りを読む。

 

「そういう事だ」

 

霧が笑っているみたいに揺れた。胸の奥で蛇が尾を打つ。熱が上がる。握りを探す。制御の形を、ここで崩すわけにはいかない。

 

「変身!」『レボリューション!チェンジHERO!アースウォーカー』

 

音声が霧の壁に当たり、箱の中で反響した。世界が一瞬だけ“固く”なる。掌に戻ってきた重みが、内側のざわめきを押さえ込む。握れる。切り替えられる。暴れさせない。

 

「どうでもいいけど、アースウォーカー」

 

絶花の声が、わざと平坦だ。霧の中で俺を現実に繋ぎ止めるための温度にしている。視線だけで、退路と一般人の導線がないことを確かめた。結界は外と切れている。なら、壊す順番だけ間違えなければいい。

 

「それがオーフィスの無限の力か」

 

英雄派の男の声に、興味と警戒が混じる。霧の中で糸が張られていく感覚がした。派手に勝つ必要はない。

 

絶霧の中で、視界は“白い”というより、距離が曖昧になる。近いはずの壁が遠く、遠いはずの影が急に目前に立つ。息を吸うたび喉が冷え、音は霧に吸われて自分の鼓動だけが大きく聞こえる。

 

アースウォーカーに変身した瞬間、その影が一つ、切っ先だけを先に差し出して襲い掛かってきた。

 

得物は槍。

 

穂先が霧を裂く音はしない。代わりに、空気が“割れる感覚”だけが皮膚に走る。反射で体が斜めに滑り、石畳の湿りを靴裏でつかんだ。遅れたら刺さる。避けられたのは、絶花の「三十秒」が背中に貼り付いているからだ。

 

俺は手に持ったヨーヨーを構える。糸が指先に冷たい。握っただけで、内側の蛇がふっと静かになる。制御の道具は、いつもこうだ。手元の感覚が戻るほど、余計な激情が引いていく。

 

「おっと、これは」

 

霧の向こうの声が笑う。笑い声は軽いのに、槍の動きは軽くない。穂先が水平に流れ、次の瞬間には角度を変えて喉元を狙ってくる。抜け目がない。いきなり致命点。相手は「試す」より先に「取りに」来ている。

 

ヨーヨーを蒼に落とし、引き寄せの“圧”で相手の踏み込みを遅らせようとする。糸が震え、空気が一瞬だけ歪んだ。――のに、穂先の軌道が揺れない。

 

無効化。

 

胸の奥で警報が鳴り、俺はすぐ後ろへ下がった。霧の床を蹴る。足首に湿気が絡む。追撃の槍が同じ線をなぞってきた。避けるというより、槍の“線”から外れる。半歩外れても、石畳に穂先が当たる音がしないのが不気味だった。触れた瞬間に、何かが削られる気配だけが残る。

 

「ほぅ、面白い能力だ、オーフィスの無限ではなさそうだな」

 

声が近い。距離を詰められている。霧のせいで読みづらいのに、相手は迷わず詰めてくる。結界の中で動き方を知っている。俺のヨーヨーの変化も、既に見切りに入れている。

 

「さっきから気になったけど、オーフィスって誰よ」

 

絶花の声が横から刺さる。霧の中でも揺れない声だ。俺が“戦いの熱”に寄りそうになるタイミングで、わざと現実の質問を投げてくる。邪魔じゃない。むしろ助かる。頭を一段冷やせる。

 

「君の中にある蛇の根源。まぁ、今はどうでも良いだろう。それにしても、なるほど」

 

槍が宙で小さく回った。円を描くたび、霧が薄く切り取られていく。刃物じゃないのに、空間を割いている。

 

「黒い姿、それではまるでオーフィスが禁手したような姿。なるほど、面白いな」

 

「勝手に納得するなよっと」

 

言い捨てると同時に、俺は足元へヨーヨーを落とした。蒼から赫へ、手元で切り替える。握り直す感覚が、掌に食い込む。次の瞬間、反発の力が俺の体を押し上げた。

 

身体が軽く浮く。霧が一気に下へずれる。

 

その勢いを蹴りに変える。腰をひねり、踵を相手の胸元へ叩き込む――はずだった。

 

槍の柄がそこに差し込まれる。金属じゃない、もっと乾いた硬さ。踵に衝撃が返ってきて、骨の芯が痺れた。蹴りの力が殺されるだけじゃない。反発が“吸われる”みたいに消えていく。糸が震え、ヨーヨーがぶれた。

 

「っ」

 

痛みが遅れてくる。足首が熱い。着地の瞬間、石畳が滑り、俺は一歩だけ姿勢を崩した。そこへ、穂先が突っ込んでくる。

 

速い。直線の突きじゃない。まず肩を狙い、避けた先に腹、その次に喉――逃げ道に槍が先回りしている。俺は後ろへ跳ぶ。霧を蹴り、距離を作る。距離を作っても、槍が伸びる気配が追ってくる。糸を握る指に力が入りすぎる。ここで強引に引けば、蛇が喜ぶ。

 

呼吸。吸って、吐く。短く。

 

「今のは」

 

口に出すのは確認だ。絶花のためでもある。戦いの中で、情報を共有しなければ次の手が詰む。

 

「これは、黄昏の聖槍。そして俺の名は曹操。君の天敵さ」

 

名前が落ちた瞬間、霧の中の温度がさらに下がった。天敵。言葉の重みが違う。俺の力を、俺より理解している口ぶり。相手の槍が俺の“蒼”を無効化した理由が、背中の皮膚に冷たく貼り付く。

 

「面倒だなぁ」

 

俺の口から漏れた声は、情けないくらい本音だった。

 

「特攻効果かよ」

 

絶花のつぶやきが続く。短い言葉なのに、状況が一段整理される。“黄昏の聖槍”は俺の中の蛇、もしくはその力の系統に刺さる。だから蒼が通らない。だから反発の勢いまで殺された。

 

なら、やり方を変える。力で押さない。線をずらす。相手が“効く”前提で来ているなら、効かせない手順に切り替える。

 

俺はゆっくりと構える。ヨーヨーの糸を指に一回、余分に巻き、切り替えの握りを確かめる。遠投はしない。手元でしか切り替えられない制約が、今は逆に安心材料だ。やることが減る。判断も減る。減った分だけ、暴走の芽も減る。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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