サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
スマホの点滅が、祠の奥――さらに人の多い通りへ向けて脈を打つ。
英雄派は、こっちが“目立つ”のを恐れると知っている。恐れるから、目立つ場所へ引っ張る。最悪だ。理屈が通っている。
金属片がポケットの中で、指に冷たく当たった。
それが合図みたいに、頭の中の並びが決まる。
八坂誘拐は目的じゃない。
俺を京都へ引きずり出すため。
俺が動けば、政治が動く。
政治が動けば、戦争が動く。
黒江が助けた理由が、ここでようやく骨になった。
英雄派は戦争を起こせる。しかも“正義の顔”で。
絶花が俺の袖を、指一本で引いた。
強くない。逃がさない程度の、現実への引き戻し。
「太郎。……ここ、まだ人の街だよ」
「……ああ」
返事をして、息を吐く。
冷たい空気が肺を満たし、喉が少し痛む。痛みがある。痛みがある方がいい。箱の中より、ずっとましだ。
点滅は、さらに先を指す。
英雄派が待つ場所。
そして、八坂へ繋がる場所。
そこから、俺達が辿り着いたのは神社。
神社の鳥居をくぐった瞬間、空気が変わった。
夜気の冷たさは同じなのに、湿りが抜けている。喉が乾く。吸った息が、肺の奥で小さく擦れる。
石段の端に落ちた枯れ葉が、風に転がる。
音はする。けれど、どこか薄い。遠くの車の走行音が、布越しに揺れている。
絶花が俺の横を歩く。
足音の間隔が、さっきより揃っている。揃えたくて揃えてるんじゃない。周りの“整い”に引っ張られてる。
「……ここ、嫌な感じ」
「同感」
境内は広い。参道の砂利が白く、灯籠の影が長い。
賽銭箱の前に置かれた供え物が、新しい。封の切れていない菓子。紙袋の角がきっちり揃っている。誰かが“置いた”痕跡が、わざとらしいほど丁寧だ。
八坂の手掛かりは、ここへ向けて組まれていた。
拾った金属片、折れた矢印の刻印、そして――「王として来い」。
「ねえ」
絶花が小さく呼ぶ。
視線は俺じゃなく、境内の奥へ向いている。そっちを追うと、灯籠の列の先に、背の高い影が一本あった。
人が立っている。
静かに、最初からそこにいたみたいに。
槍が見える。
いや、槍というより“線”だ。空間を突き刺すための直線。穂先の周りだけ、空気が乾いて白く見える。
「……曹操」
名前が口から出た。覚えたくもないのに覚えた名。
橋の下の霧の中で、距離を殺しに来た男。英雄派の顔。
曹操は、軽く肩をすくめた。
「来たか。日本の妖の王」
言い方が平然としているのが、むしろ腹立たしい。
俺を人間じゃないものとして見ている。見ているのに、こちらの言葉を奪う気はない。奪うのは命だけ、という態度。
絶花が半歩前へ出る。
俺の利き手側を空ける位置。いつもの癖だ。
「……八坂さんはどこだ」
「急くな。今夜は“王”を見に来ただけだ」
曹操が槍を軽く回す。
それだけで、空気の膜が揺れた。
肌が乾く。唇の端がひび割れそうな感覚。湿った京都の夜にいるのに、ここだけ砂漠みたいだ。
「お前たち、英雄派だったな」
「そうだ。英雄派とだけ名乗っておこう」
笑いもしない。誇りもしない。
“当然の前提”として名乗る。だから余計に厄介だ。
曹操が一歩、賽銭箱の前へ移動した。
その足元の石畳に、細い線が走っているのが見える。墨じゃない。刻んだ溝でもない。薄い光。地面の下から、静かに湧いている。
……龍脈。
京都の土地が持つ流れ。妖怪の側が守ってきた、目に見えない血管。
「日本の英雄になる」
曹操が言った。
吐く息が白くならない。ここだけ温度まで違うのか、と遅れて気づく。
「日本の妖のトップを倒す。そうすれば――人間は喝采する。英雄譚が立つ。戦争の口実が、いくらでも増える」
言葉が、刺す。
黒江の“計算”が脳裏をよぎる。英雄派が騒げば戦争になる。人が死ぬ。巻き込まれる。
その導火線を、こいつは嬉々として撫でている。
「八坂さんを攫ったのは、お前らか」
「餌だ」
曹操があっさり言う。
迷いがない。罪悪感もない。英雄の顔をしたまま、餌と言う。
――確信が、骨になる。
八坂誘拐は目的じゃない。俺を京都に引きずり出す装置。
妖怪の王が動けば、妖怪側の政治が動く。
人間側が“脅威”を見つける。
三大勢力が反応する。
戦争が成立する条件が揃う。
胸の奥が、少しだけ熱い。
蛇が騒いだ熱じゃない。腹の底の、冷たい怒りが熱に変わる手前の温度だ。
「太郎」
絶花が名前だけ呼ぶ。
短い。短いから効く。視線が俺の口元に来る。冗談が出てこないのを見ている。
「……硬い顔、してる」
「してない」
「してる」
返す言葉が細くなる。
その細さを、絶花が見逃さない。
責めない。逃がさない。いつものやり方。
曹操が槍を地面に突き立てた。
金属音は鈍い。けれど、その直後に、境内の石畳全体が“息をする”みたいに脈打った。
足裏が、わずかに浮く。
浮いたまま、戻らない。重力が薄い。気持ち悪い。
「龍脈を借りる」
曹操が言った。説明じゃない。宣告だ。
槍の周りに、薄い金色の糸が絡む。地面の光の線と繋がっていく。灯籠の影が揺れ、境内の空気がさらに乾く。
神器の出力が上がっている。
さっきの霧の中より、はっきり分かる。
圧が違う。距離が、まっすぐ死ぬ。
「日本の土地は、よく躾けられている。力の流れが素直だ」
その言い方が、腹の底を叩いた。
躾ける? 誰が? 何様だ。
噛みつきたい衝動が喉まで上がる。上がるのに、噛みついた瞬間に負けるのも分かる。
絶花が、俺の袖を指一本で引いた。
一度だけ。強くない。けれど、そこで呼吸が戻る。
「止める、だよね」
「ああ。止める」
口に出した瞬間、背筋が少し伸びる。
“倒す”じゃない。
英雄譚の完成を邪魔する。戦争の成立条件を折る。八坂を救う。その順番。
槍が抜かれた。
曹操の一歩が、こっちの一歩より速い。いや、速く見える。龍脈の糸が、周囲の距離感を狂わせている。
「来い、王」
穂先が迫る。
視界が乾いて、瞬きが遅れる。
このまま生身で受ければ、骨ごと持っていかれる。
「変身!」
『レボリューション!チェンジHERO!アースウォーカー』
ベルトの音声が境内に響く。
黒い装甲が体を覆う。足元の砂利が沈み、今度は重さが戻ってくる。戻った重さが、むしろありがたい。
ヨーヨーを握る。
掌に収まる感触が確かだ。蒼赫の切り替えは手元でやる。遠投はしない。ここで切り替えが遅れたら終わる。
「ほう」
曹操の目が細くなる。
面白がっている。試す気だ。
“神として危険”だと見たから出力を上げる――その理屈が、視線の温度で伝わる。
槍が突く。
蒼で足元を引く。引いたつもりなのに、地面の光がそれを弾く。龍脈の糸が、蒼の引力を薄くする。
「っ……!」
赫へ切り替え、反発で身体をずらす。
穂先が頬をかすめ、乾いた風だけが肌を削る。血が出ない。なのに、皮膚が裂けた気がする。
距離が死ぬ。
この言葉が、体に入る。逃げ道が直線で消えていく。
神社の境内が、戦場として完成しすぎている。
曹操が低く言った。
「この地の流れを借りれば、黄昏の聖槍は“神”に届く」
――届く。
胸の奥が一度だけ、冷たく鳴った。
蛇が笑ったんじゃない。俺の体が、危険を覚えた音だ。
絶花の声が、背中に刺さる。
「太郎、目、戻して」
戻す。戻す。
呼吸を落とす。指先の力を抜く。
戦う顔をやめる。止める顔にする。
……でも、ここで引けば。
英雄派が“王は逃げた”と語る。
それが英雄譚になる。戦争の口実が増える。
勝ち筋が一つだけ見える。
曹操じゃない。地面だ。龍脈の糸を繋いでいる“点”。
あの線は、自然な流れじゃない。誰かが結んだ。結んだなら、ほどける。
ヨーヨーの糸を短く握り直す。
蒼へ切り替える。吸い寄せるのは槍じゃない。足でもない。地面の線が集まる“節”。
「何を――」
曹操が目を細めた瞬間、赫へ切り替える。
反発で一気に距離を詰め、節の真上を踏む。
石畳の下で、何かが軋んだ。
龍脈の糸が一瞬だけ乱れ、境内の灯籠の影が揺れる。
曹操の槍が、さらに鋭く光る。
出力が、もう一段上がった。
「面白い。王」
圧が落ちてくる。
上から押しつぶされる感じ。肩が沈む。膝が鳴る。
それでも足は止めない。止めたら負ける。止めたら英雄譚が完成する。
絶花が叫ぶ。短い。
「太郎!」
返事をする暇がない。
息だけ吐く。冷たい。肺が痛い。
槍が振り下ろされる。
次の一手が遅れれば、ここで終わる。
でも――節は、確かに乱れた。乱れたなら、折れる。
俺はヨーヨーを握り締めたまま、歯を食いしばる。
倒すためじゃない。止めるために。
境内の空気が、乾いた音を立てて割れそうだった。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王