サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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京都SOS Ⅵ

スマホの点滅が、祠の奥――さらに人の多い通りへ向けて脈を打つ。

英雄派は、こっちが“目立つ”のを恐れると知っている。恐れるから、目立つ場所へ引っ張る。最悪だ。理屈が通っている。

 

金属片がポケットの中で、指に冷たく当たった。

それが合図みたいに、頭の中の並びが決まる。

 

八坂誘拐は目的じゃない。

俺を京都へ引きずり出すため。

俺が動けば、政治が動く。

政治が動けば、戦争が動く。

 

黒江が助けた理由が、ここでようやく骨になった。

英雄派は戦争を起こせる。しかも“正義の顔”で。

 

絶花が俺の袖を、指一本で引いた。

強くない。逃がさない程度の、現実への引き戻し。

 

「太郎。……ここ、まだ人の街だよ」

 

「……ああ」

 

返事をして、息を吐く。

冷たい空気が肺を満たし、喉が少し痛む。痛みがある。痛みがある方がいい。箱の中より、ずっとましだ。

 

点滅は、さらに先を指す。

英雄派が待つ場所。

そして、八坂へ繋がる場所。

そこから、俺達が辿り着いたのは神社。

神社の鳥居をくぐった瞬間、空気が変わった。

夜気の冷たさは同じなのに、湿りが抜けている。喉が乾く。吸った息が、肺の奥で小さく擦れる。

 

石段の端に落ちた枯れ葉が、風に転がる。

音はする。けれど、どこか薄い。遠くの車の走行音が、布越しに揺れている。

 

絶花が俺の横を歩く。

足音の間隔が、さっきより揃っている。揃えたくて揃えてるんじゃない。周りの“整い”に引っ張られてる。

 

「……ここ、嫌な感じ」

 

「同感」

 

境内は広い。参道の砂利が白く、灯籠の影が長い。

賽銭箱の前に置かれた供え物が、新しい。封の切れていない菓子。紙袋の角がきっちり揃っている。誰かが“置いた”痕跡が、わざとらしいほど丁寧だ。

 

八坂の手掛かりは、ここへ向けて組まれていた。

拾った金属片、折れた矢印の刻印、そして――「王として来い」。

 

「ねえ」

 

絶花が小さく呼ぶ。

視線は俺じゃなく、境内の奥へ向いている。そっちを追うと、灯籠の列の先に、背の高い影が一本あった。

 

人が立っている。

静かに、最初からそこにいたみたいに。

 

槍が見える。

いや、槍というより“線”だ。空間を突き刺すための直線。穂先の周りだけ、空気が乾いて白く見える。

 

「……曹操」

 

名前が口から出た。覚えたくもないのに覚えた名。

橋の下の霧の中で、距離を殺しに来た男。英雄派の顔。

 

曹操は、軽く肩をすくめた。

 

「来たか。日本の妖の王」

 

言い方が平然としているのが、むしろ腹立たしい。

俺を人間じゃないものとして見ている。見ているのに、こちらの言葉を奪う気はない。奪うのは命だけ、という態度。

 

絶花が半歩前へ出る。

俺の利き手側を空ける位置。いつもの癖だ。

 

「……八坂さんはどこだ」

 

「急くな。今夜は“王”を見に来ただけだ」

 

曹操が槍を軽く回す。

それだけで、空気の膜が揺れた。

肌が乾く。唇の端がひび割れそうな感覚。湿った京都の夜にいるのに、ここだけ砂漠みたいだ。

 

「お前たち、英雄派だったな」

 

「そうだ。英雄派とだけ名乗っておこう」

 

笑いもしない。誇りもしない。

“当然の前提”として名乗る。だから余計に厄介だ。

 

曹操が一歩、賽銭箱の前へ移動した。

その足元の石畳に、細い線が走っているのが見える。墨じゃない。刻んだ溝でもない。薄い光。地面の下から、静かに湧いている。

 

……龍脈。

京都の土地が持つ流れ。妖怪の側が守ってきた、目に見えない血管。

 

「日本の英雄になる」

 

曹操が言った。

吐く息が白くならない。ここだけ温度まで違うのか、と遅れて気づく。

 

「日本の妖のトップを倒す。そうすれば――人間は喝采する。英雄譚が立つ。戦争の口実が、いくらでも増える」

 

言葉が、刺す。

黒江の“計算”が脳裏をよぎる。英雄派が騒げば戦争になる。人が死ぬ。巻き込まれる。

その導火線を、こいつは嬉々として撫でている。

 

「八坂さんを攫ったのは、お前らか」

 

「餌だ」

 

曹操があっさり言う。

迷いがない。罪悪感もない。英雄の顔をしたまま、餌と言う。

 

――確信が、骨になる。

八坂誘拐は目的じゃない。俺を京都に引きずり出す装置。

妖怪の王が動けば、妖怪側の政治が動く。

人間側が“脅威”を見つける。

三大勢力が反応する。

戦争が成立する条件が揃う。

 

胸の奥が、少しだけ熱い。

蛇が騒いだ熱じゃない。腹の底の、冷たい怒りが熱に変わる手前の温度だ。

 

「太郎」

 

絶花が名前だけ呼ぶ。

短い。短いから効く。視線が俺の口元に来る。冗談が出てこないのを見ている。

 

「……硬い顔、してる」

 

「してない」

 

「してる」

 

返す言葉が細くなる。

その細さを、絶花が見逃さない。

責めない。逃がさない。いつものやり方。

 

曹操が槍を地面に突き立てた。

金属音は鈍い。けれど、その直後に、境内の石畳全体が“息をする”みたいに脈打った。

 

足裏が、わずかに浮く。

浮いたまま、戻らない。重力が薄い。気持ち悪い。

 

「龍脈を借りる」

 

曹操が言った。説明じゃない。宣告だ。

槍の周りに、薄い金色の糸が絡む。地面の光の線と繋がっていく。灯籠の影が揺れ、境内の空気がさらに乾く。

 

神器の出力が上がっている。

さっきの霧の中より、はっきり分かる。

圧が違う。距離が、まっすぐ死ぬ。

 

「日本の土地は、よく躾けられている。力の流れが素直だ」

 

その言い方が、腹の底を叩いた。

躾ける? 誰が? 何様だ。

噛みつきたい衝動が喉まで上がる。上がるのに、噛みついた瞬間に負けるのも分かる。

 

絶花が、俺の袖を指一本で引いた。

一度だけ。強くない。けれど、そこで呼吸が戻る。

 

「止める、だよね」

 

「ああ。止める」

 

口に出した瞬間、背筋が少し伸びる。

“倒す”じゃない。

英雄譚の完成を邪魔する。戦争の成立条件を折る。八坂を救う。その順番。

 

槍が抜かれた。

曹操の一歩が、こっちの一歩より速い。いや、速く見える。龍脈の糸が、周囲の距離感を狂わせている。

 

「来い、王」

 

穂先が迫る。

視界が乾いて、瞬きが遅れる。

このまま生身で受ければ、骨ごと持っていかれる。

 

「変身!」

『レボリューション!チェンジHERO!アースウォーカー』

 

ベルトの音声が境内に響く。

黒い装甲が体を覆う。足元の砂利が沈み、今度は重さが戻ってくる。戻った重さが、むしろありがたい。

 

ヨーヨーを握る。

掌に収まる感触が確かだ。蒼赫の切り替えは手元でやる。遠投はしない。ここで切り替えが遅れたら終わる。

 

「ほう」

 

曹操の目が細くなる。

面白がっている。試す気だ。

“神として危険”だと見たから出力を上げる――その理屈が、視線の温度で伝わる。

 

槍が突く。

蒼で足元を引く。引いたつもりなのに、地面の光がそれを弾く。龍脈の糸が、蒼の引力を薄くする。

 

「っ……!」

 

赫へ切り替え、反発で身体をずらす。

穂先が頬をかすめ、乾いた風だけが肌を削る。血が出ない。なのに、皮膚が裂けた気がする。

 

距離が死ぬ。

この言葉が、体に入る。逃げ道が直線で消えていく。

神社の境内が、戦場として完成しすぎている。

 

曹操が低く言った。

 

「この地の流れを借りれば、黄昏の聖槍は“神”に届く」

 

――届く。

胸の奥が一度だけ、冷たく鳴った。

蛇が笑ったんじゃない。俺の体が、危険を覚えた音だ。

 

絶花の声が、背中に刺さる。

 

「太郎、目、戻して」

 

戻す。戻す。

呼吸を落とす。指先の力を抜く。

戦う顔をやめる。止める顔にする。

 

……でも、ここで引けば。

英雄派が“王は逃げた”と語る。

それが英雄譚になる。戦争の口実が増える。

 

勝ち筋が一つだけ見える。

曹操じゃない。地面だ。龍脈の糸を繋いでいる“点”。

あの線は、自然な流れじゃない。誰かが結んだ。結んだなら、ほどける。

 

ヨーヨーの糸を短く握り直す。

蒼へ切り替える。吸い寄せるのは槍じゃない。足でもない。地面の線が集まる“節”。

 

「何を――」

 

曹操が目を細めた瞬間、赫へ切り替える。

反発で一気に距離を詰め、節の真上を踏む。

 

石畳の下で、何かが軋んだ。

龍脈の糸が一瞬だけ乱れ、境内の灯籠の影が揺れる。

 

曹操の槍が、さらに鋭く光る。

出力が、もう一段上がった。

 

「面白い。王」

 

圧が落ちてくる。

上から押しつぶされる感じ。肩が沈む。膝が鳴る。

それでも足は止めない。止めたら負ける。止めたら英雄譚が完成する。

 

絶花が叫ぶ。短い。

 

「太郎!」

 

返事をする暇がない。

息だけ吐く。冷たい。肺が痛い。

 

槍が振り下ろされる。

次の一手が遅れれば、ここで終わる。

でも――節は、確かに乱れた。乱れたなら、折れる。

 

俺はヨーヨーを握り締めたまま、歯を食いしばる。

倒すためじゃない。止めるために。

 

境内の空気が、乾いた音を立てて割れそうだった。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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