サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
槍の光が、闇を削っていく。
灯籠の影が痩せ、肌の上を乾いた風が滑った。湿り気のあるはずの夜が、喉の奥だけ粉っぽい。
蒼で引いた。
引けた感触が、途中でほどける。
赫で弾いた。
弾いたはずの身体が、次の瞬間には刃先の圏内にいる。
曹操の踏み込みが速いんじゃない。
この場所が、あいつの呼吸に合わせて整えられている。石畳の下で、何かが流れ、槍に吸われている。
「どうした、王」
落ち着いた声が腹にくる。
こちらの苛立ちすら、舞台の飾りにするつもりだ。
穂先が振り下ろされた。
反射で身を捻る。頬を掠めた風が、紙で撫でたみたいに痛い。血は出ない。出ないのに、次は確実に刺さると分かる痛みだった。
膝が鳴った。
息が短くなる。
――このままじゃ、負ける。
胸の奥の蛇が、静かに熱を押し上げようとする。
暴れれば抜け道は作れる。作れるけど、作った後に残るのは瓦礫だ。英雄派が望む“物語”の形になる。
背中で声がした。
「太郎!」
絶花の声は尖っていない。尖らせないまま、真ん中だけを叩いてくる。
振り向かなくても分かる。あいつは今、俺の顔を見ている。
「……硬い」
短い一言。
それだけで、意識が一度、足裏に戻った。
踏み直す。砂利が鳴る。
音が鳴ると、現実が戻ってくる。ここは箱じゃない。人の街の上にある神社だ。
曹操の槍が再び走る。
蒼を握った瞬間、地面から細い光が撫で上がってきて、引力の輪郭を曖昧にする。気味が悪いほど手際がいい。
視線が、勝手に足元へ落ちた。
石畳の割れ目。
そこに、薄い金色の線が走っている。最初は散って見えたのに、今は違う。線が同じ方向へ揃っている。寄っている。水が低いところへ集まるみたいに。
賽銭箱の前――あいつが最初に槍を突き立てた場所へ。
「……一点か」
思わず声が漏れた。
曹操の目が細くなる。笑っていないのに、面白がっている。
「気づいたか」
言い方が余裕そのものだ。
気づかせるところまで計算済みだと言いたげで、噛みつきたくなる。
でも、見えたのは大きい。
龍脈の流れを“借りている”んじゃない。
借りられる形を作って、そこへ集めて、槍へ渡している。結び目。節。口。
そこを折れば、土地の上乗せは落ちる。
落ちるだけで足りるかは分からない。
それでも、今のままよりずっといい。
槍が迫る。
逃げる。逃げた先に穂先がいる。間が消えていく。肺の奥がきしむ。
賽銭箱の前へ走った。
走るほど足が軽い。軽いのが不快だ。重力まで薄くされている。
背中に殺気が来た。
振り向くより早く、肩が押される。
絶花が飛び込んでいた。
押し方がうまい。倒しはしない。軌道だけずらす。槍の風が装甲を擦り、乾いた音が境内に跳ねた。
「……今の、死ぬやつ」
「分かってる」
「分かってない顔だった」
そこで言い返すと、余計に足を取られる。
口を閉じる。息を整える。視線を一点へ戻す。
賽銭箱の前の石畳。
光の線が交差している。ここだ。ここが“口”だ。
けれど、折る手段が足りない。
蒼赫は俺の力だ。
いま、その俺の力が削られている。
ここで蛇の熱に頼れば勝てても、終わりが汚れる。
――王国の駒。
名前が浮かんだだけで、背中の皮膚が粟立つ。
集めてきた妖怪たち。家臣。
日常の端っこを守るために、理屈抜きで肩を貸してきた連中。
「絶花、下がれ」
「……え」
「槍が近い。今は巻き込みたくない」
絶花が俺を見上げる。
言いたいことは顔に出る。でも、言葉にしない。代わりに一歩引いて、俺の利き手側を空ける。
「……死ぬなよ」
「死なねぇよ。……無茶はしない」
それでも、声は少し掠れた。
掠れたのは怖さじゃない。余計な熱を飲み込んだからだ。
曹操が槍を掲げた。
境内の線が太くなる。金色の糸が地面から浮き、槍へ絡む。灯籠の影が短くなり、空気がまた乾く。
「終わりだ、王」
穂先が落ちてくる。
その瞬間、俺はベルトの中心へ手を置いた。装甲の内側で、駒の気配が眠っている。
呼びかければ、応える。
応えさせる理由は、ひとつで足りる。
守る。
「王国の駒――」
声が掠れないように、喉の奥を締めた。
蛇の囁きが耳の裏を撫でる。暴れろ、と。
踏み台にする。暴れずに、束ねる。
「……集まれ」
音はしなかった。
代わりに、背中が少し重くなる。嫌な重さじゃない。支えが増えた重さだ。倒れそうな身体に、柱が一本ずつ足されていく感じ。
遠い匂いが混じる。
湿った土。古い木。狐火みたいな甘い焦げ。夜の川の冷たさ。
断片が寄って、ひとつの輪郭になる。
曹操の表情が、わずかに揺れた。
「……ほう」
余裕が消えたわけじゃない。
ただ、計算外の手応えを嗅いだ顔だ。
俺はヨーヨーの糸を握り直す。
手元で蒼赫を確かめる。今度は、俺だけの手応えじゃない。背中の重みが、指先の迷いを抑える。
賽銭箱の前の“一点”が、目の奥で白く光った。
あそこを折る。折れば、英雄譚の柱が一本抜ける。戦争の口実が痩せる。
絶花の声が、背中に落ちた。
「太郎、戻ってきて!」
叫び方が、普段のあいつじゃない。
それが一番効いた。
「……悪い、心配させた」
息を吐く。冷たい空気が肺を刺し、痛みが意識を縫い留める。
視線を上げる。曹操を見る。地面の線を見る。もう一度、絶花を見る。
倒すためじゃない。止めるために。
槍がもう一度、落ちてくる。
その光が乾きを連れてくる前に――背中の気配が、ひとつに揃った。
次回の王は
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