サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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京都SOS Ⅶ

槍の光が、闇を削っていく。

灯籠の影が痩せ、肌の上を乾いた風が滑った。湿り気のあるはずの夜が、喉の奥だけ粉っぽい。

 

蒼で引いた。

引けた感触が、途中でほどける。

 

赫で弾いた。

弾いたはずの身体が、次の瞬間には刃先の圏内にいる。

 

曹操の踏み込みが速いんじゃない。

この場所が、あいつの呼吸に合わせて整えられている。石畳の下で、何かが流れ、槍に吸われている。

 

「どうした、王」

 

落ち着いた声が腹にくる。

こちらの苛立ちすら、舞台の飾りにするつもりだ。

 

穂先が振り下ろされた。

反射で身を捻る。頬を掠めた風が、紙で撫でたみたいに痛い。血は出ない。出ないのに、次は確実に刺さると分かる痛みだった。

 

膝が鳴った。

息が短くなる。

 

――このままじゃ、負ける。

 

胸の奥の蛇が、静かに熱を押し上げようとする。

暴れれば抜け道は作れる。作れるけど、作った後に残るのは瓦礫だ。英雄派が望む“物語”の形になる。

 

背中で声がした。

 

「太郎!」

 

絶花の声は尖っていない。尖らせないまま、真ん中だけを叩いてくる。

振り向かなくても分かる。あいつは今、俺の顔を見ている。

 

「……硬い」

 

短い一言。

それだけで、意識が一度、足裏に戻った。

 

踏み直す。砂利が鳴る。

音が鳴ると、現実が戻ってくる。ここは箱じゃない。人の街の上にある神社だ。

 

曹操の槍が再び走る。

蒼を握った瞬間、地面から細い光が撫で上がってきて、引力の輪郭を曖昧にする。気味が悪いほど手際がいい。

 

視線が、勝手に足元へ落ちた。

 

石畳の割れ目。

そこに、薄い金色の線が走っている。最初は散って見えたのに、今は違う。線が同じ方向へ揃っている。寄っている。水が低いところへ集まるみたいに。

 

賽銭箱の前――あいつが最初に槍を突き立てた場所へ。

 

「……一点か」

 

思わず声が漏れた。

曹操の目が細くなる。笑っていないのに、面白がっている。

 

「気づいたか」

 

言い方が余裕そのものだ。

気づかせるところまで計算済みだと言いたげで、噛みつきたくなる。

 

でも、見えたのは大きい。

 

龍脈の流れを“借りている”んじゃない。

借りられる形を作って、そこへ集めて、槍へ渡している。結び目。節。口。

そこを折れば、土地の上乗せは落ちる。

 

落ちるだけで足りるかは分からない。

それでも、今のままよりずっといい。

 

槍が迫る。

逃げる。逃げた先に穂先がいる。間が消えていく。肺の奥がきしむ。

 

賽銭箱の前へ走った。

走るほど足が軽い。軽いのが不快だ。重力まで薄くされている。

 

背中に殺気が来た。

振り向くより早く、肩が押される。

 

絶花が飛び込んでいた。

押し方がうまい。倒しはしない。軌道だけずらす。槍の風が装甲を擦り、乾いた音が境内に跳ねた。

 

「……今の、死ぬやつ」

 

「分かってる」

 

「分かってない顔だった」

 

そこで言い返すと、余計に足を取られる。

口を閉じる。息を整える。視線を一点へ戻す。

 

賽銭箱の前の石畳。

光の線が交差している。ここだ。ここが“口”だ。

 

けれど、折る手段が足りない。

 

蒼赫は俺の力だ。

いま、その俺の力が削られている。

ここで蛇の熱に頼れば勝てても、終わりが汚れる。

 

――王国の駒。

 

名前が浮かんだだけで、背中の皮膚が粟立つ。

集めてきた妖怪たち。家臣。

日常の端っこを守るために、理屈抜きで肩を貸してきた連中。

 

「絶花、下がれ」

 

「……え」

 

「槍が近い。今は巻き込みたくない」

 

絶花が俺を見上げる。

言いたいことは顔に出る。でも、言葉にしない。代わりに一歩引いて、俺の利き手側を空ける。

 

「……死ぬなよ」

 

「死なねぇよ。……無茶はしない」

 

それでも、声は少し掠れた。

掠れたのは怖さじゃない。余計な熱を飲み込んだからだ。

 

曹操が槍を掲げた。

境内の線が太くなる。金色の糸が地面から浮き、槍へ絡む。灯籠の影が短くなり、空気がまた乾く。

 

「終わりだ、王」

 

穂先が落ちてくる。

その瞬間、俺はベルトの中心へ手を置いた。装甲の内側で、駒の気配が眠っている。

 

呼びかければ、応える。

応えさせる理由は、ひとつで足りる。

 

守る。

 

「王国の駒――」

 

声が掠れないように、喉の奥を締めた。

蛇の囁きが耳の裏を撫でる。暴れろ、と。

踏み台にする。暴れずに、束ねる。

 

「……集まれ」

 

音はしなかった。

代わりに、背中が少し重くなる。嫌な重さじゃない。支えが増えた重さだ。倒れそうな身体に、柱が一本ずつ足されていく感じ。

 

遠い匂いが混じる。

湿った土。古い木。狐火みたいな甘い焦げ。夜の川の冷たさ。

断片が寄って、ひとつの輪郭になる。

 

曹操の表情が、わずかに揺れた。

 

「……ほう」

 

余裕が消えたわけじゃない。

ただ、計算外の手応えを嗅いだ顔だ。

 

俺はヨーヨーの糸を握り直す。

手元で蒼赫を確かめる。今度は、俺だけの手応えじゃない。背中の重みが、指先の迷いを抑える。

 

賽銭箱の前の“一点”が、目の奥で白く光った。

あそこを折る。折れば、英雄譚の柱が一本抜ける。戦争の口実が痩せる。

 

絶花の声が、背中に落ちた。

 

「太郎、戻ってきて!」

 

叫び方が、普段のあいつじゃない。

それが一番効いた。

 

「……悪い、心配させた」

 

息を吐く。冷たい空気が肺を刺し、痛みが意識を縫い留める。

視線を上げる。曹操を見る。地面の線を見る。もう一度、絶花を見る。

 

倒すためじゃない。止めるために。

 

槍がもう一度、落ちてくる。

その光が乾きを連れてくる前に――背中の気配が、ひとつに揃った。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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