サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
夜の空気は、昼よりも正直だ。
潮の匂いが濃く、街灯の光が路地を細く切り取る。
制服の上に羽織った薄手の上着を直しながら、ゆっくり歩く。足音が静まり返った住宅街に溶ける。
パトロールは習慣だ。
理由をつけるまでもなく、身体が夜を選ぶ。
だが今夜は、胸の奥がわずかにざわついていた。
風向きが変わる前の、海の静けさみたいに。
立ち止まる。
音はない。
だが、空気が重い。
肌の奥で、何かが擦れる感覚。
エモルギーではない。もっと生々しい魔力の圧。
「……近いな」
低く呟くと、足が自然に動く。
曲がり角を二つ抜け、暗い路地へ入る。
電灯が切れている。月明かりだけが頼りだ。
声が聞こえた。
「な、なんだよ……!」
怯えた男の声。聞き覚えがある。
胸がわずかに締まる。
路地の奥で、黒い翼が揺れていた。
細身の影が、誰かを壁に押し付けている。
視界が定まる。
兵藤。
上級生。
教室で騒いでいる姿しか知らない男が、地面に膝をついている。
目の前には、冷たい笑みを浮かべた堕天使。
胸の奥が熱くなる。
怒りというより、嫌な予感が形を持った感覚だ。
「やめろ……!」
兵藤の声が震える。
堕天使の指先が伸び、赤い光が宿る。
一瞬、迷いが走る。
ここで動けば、日常は確実に遠ざかる。
学校の朝、何気ない会話、静かな教室。
全部、線が引かれる。
だが。
兵藤の視線が、助けを求めるように揺れる。
それを見た瞬間、身体の迷いは消えた。
「……悪いな」
誰に向けた言葉かは分からない。
路地の奥で、赤い光が兵藤の喉元を照らしている。
堕天使の翼がゆっくりと広がり、夜気が冷たく揺れた。
この距離なら、間に合う。
だが名を呼ぶ余裕はない。
制服の裾を握る。
息を吸い、吐く。
日常の匂いが、夜の闇に溶けていく。
「……蒸着」
小さく落とした声は、誰にも届かない。
『キズナ! チャージ!』
闇が一瞬だけ白く裂ける。
光が身体を包み込み、熱が走る。
粒子が重なり、鋼の輪郭が夜に立ち上がる。
《蒸着! それはギャバンシステム発動のコマンドだ!》
《臨界点を越えたエモルギーがギャバリオン粒子と融合。僅か1ミリ秒でコンバットスーツへと投射形成され、蒸着を完了する!》
『キズナ! アクティベート!』
光が収束し、俺が、兵藤と堕天使の間に立つ。
地面に着地した衝撃が、石畳をわずかに震わせた。
堕天使の指先が止まる。
「……何だ、貴様は」
翼が強張る。
赤い瞳が装甲の複眼に映る。
兵藤は尻餅をついたまま、目を見開いている。
「な、なんだよ……」
夜の路地に、静かな威圧が広がる。
俺は銃を構えるでもなく、ただ一歩前に出る。
「その人から離れろ」
低く告げる。
装甲越しでも声は揺れない。
堕天使がわずかに後退する。
翼が空気を切り、魔力がざわめく。
「昨日の奴?」
呟きが漏れる。
兵藤の視線が、俺と堕天使の間を行き来する。
恐怖と困惑が入り混じった顔だ。
正体は知られていない。。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王