サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
味噌汁の湯気が、天井の灯りにゆらりと溶けていく。焼いた魚の香ばしい匂いと、白米の甘い熱が混ざり合い、狭い食卓をやわらかく包んでいた。箸が器に触れる乾いた音、絶花が静かに茶碗を置く気配、そして卓の端で不自然に行儀よく座っているコーギー――レオルドの視線が、肉の皿へと何度も滑る。平穏だ。少なくとも、今この瞬間は。
「レオルド、視線が露骨すぎる」
「……犬の本能だ。許せ」
軽口を交わした、その直後だった。空気が、ほんのわずかに澄む。重くなるのではない。逆だ。雑味が抜け落ちるように整う。レオルドの耳がぴくりと立ち、箸を持つ絶花の手が止まる。
「……来るぞ」
次の瞬間、部屋の中央が淡く歪んだ。爆ぜるような光はない。ただ、水面に石を落としたような波紋が広がり、その中心に人影が静かに立つ。金の髪が揺れ、落ち着いた瞳がこちらを捉えた。
「こんばんは。遅い時間にごめんね」
柔らかな声。だが、その佇まいは隙がない。軽装の私服に身を包みながらも、纏う気配は戦場のそれだ。俺は小さく息を吐き、箸を置く。
「……先輩。飯時に転移は勘弁してくれ」
「あなたが家にいる時間、ここしかないんだよ」
わずかに笑う。その仕草は穏やかだが、視線の奥に責任の色がある。レオルドが姿勢を正す。
「フェイト巡査部長。まさか直々にとは」
「堅いなあ、レオルド。今は任務前の挨拶だよ」
絶花が立ち上がり、軽く頭を下げた。
「初めまして。フェイトさん、ですね」
「うん。太郎の先輩……という立場かな」
その言葉に、絶花の視線が一瞬だけ俺へ向く。探るでもなく、ただ確かめるように。そして小さく頷いた。理解は早い。戦場側の人間だと察している。
フェイトが表情を引き締める。
「本題に入るね。この地球の堕天使に接触を試みている宇宙犯罪者がいる。エモルギア改造型。すでに大気圏内へ侵入済みだよ」
部屋の空気が変わる。味噌汁の湯気が、急に遠く感じた。
「堕天使を利用する気か」
「可能性が高い。取引か、実験か……どちらにせよ放置はできない」
静かだが、断定に迷いはない。俺は腕を組む。
「宇宙警察が動くってことは、地球の管轄も絡むな」
「だから来た。単独行動は禁止」
目が合う。柔らかい声だが、そこに譲歩はない。
「命令か?」
一拍。フェイトはほんの少しだけ微笑んだ。
「お願い」
その言葉に、肩の力が抜ける。命令なら反発もできた。だがこれは信頼だ。
「……分かったよ、先輩。王もたまには従うさ」
絶花が静かに口を開く。
「太郎、危険なんでしょう」
「危険じゃない任務はない」
フェイトが続ける。
「でも一人じゃない。今回は、私もいる」
その言葉は軽い。だが重い。俺は立ち上がり、窓の外を見た。夜空は変わらず静かだ。その向こうに、雷を抱えた戦艦が待機しているのだろう。
「飯は食っていくか?」
「ううん、任務後に。楽しみにしてる」
ふっと空間が揺れる。気配が薄れていく。
「太郎。無茶はしないで」
「先輩に言われる筋合いはねぇな」
最後に残ったのは、静かな温度だけだった。
湯気はもう消えかけている。日常は、簡単に戦場へと接続される。
「……忙しくなりそうだな」
レオルドが小さく鼻を鳴らした。
「王様、今度こそ稼げよ。酒代がな」
「黙れ、駄目犬」
絶花が静かに笑う。だがその瞳の奥に、わずかな不安が揺れていた。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王