サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
廃教会に辿り着くまでの道のりは、静かすぎた。街灯は点いているのに、風が鳴らない。堕天使の魔力特有のざらつきが、空気の底に薄く沈んでいる。フェイト先輩の解析で浮かび上がったのは、教会跡を中心に広がる不自然な魔力の空白地帯だった。魔力が濃いのではない。削り取られている。意図的に。
「痕跡が消されてる」
「消してるんじゃない。削ってる」
祭壇の裏に刻まれた幾何学式を見つけた瞬間、俺は確信した。粒子制御式の癖がある。直線的で、感情の余地がない構造。ヴァルグレイの理論だ。
「先輩、ここは中継点だ」
「同感。見せ場だね」
そう言った直後、空気が滑らかに歪んだ。派手な転移ではない。雑音のない演算のような出現。コートの裾が揺れ、銀灰色の髪がわずかに光を受ける。
「予測は的確だ、宇宙刑事候補」
「その呼び方、そろそろ更新しろ」
背後に立つ少女が、面倒くさそうにこちらを見る。金色のツインテールが揺れ、黒いリボンが光を吸う。青い瞳は冷たいが、退屈そうでもある。
「ねえ、あたしを巻き込んだ理由、まだ聞いてないんだけど?」
「君は適合値が高い」
ヴァルグレイは淡々と答える。
「適合ってなに。新しいドレスのサイズ?」
「進化の触媒としての数値だ」
「言い方を変えても、電池扱いだろ」
俺は笑う。
「分かりやすいな、お前」
「褒め言葉に聞こえないわね」
フェイト先輩が静かに割り込む。
「ヴァルグレイ、堕天使の魔力を増幅して実証実験をするつもり?」
「正確には進化の最適化だ」
「言葉遊びは得意だな」
「定義を握る者が理論を制する」
教会の割れたステンドグラスから差す月光が、床に淡い影を落とす。空気は冷えているのに、粒子は熱を帯びている。
「堕天使は同意してるのか」
「同意は不要だ」
「制御で代用できると?」
「制御とは完全な支配だ」
「それを暴走って呼ぶ」
ヴァルグレイはわずかに首を傾げる。
「暴走は制御不能な状態だ。私は制御する」
「吸収量が臨界を超えても?」
沈黙が一瞬だけ落ちる。
ヴァルグレイの指先に、薄く輝くエモルギアが現れる。粒子が幾何学模様を描き、空間が圧縮される。
「なら、護衛を出そう」
異形の影が立ち上がる。エモンズ・パウンド。増幅された魔力が重く唸る。
「理論の殴り役か」
「思考の補助だ」
「殴ってるぞ」
エモンズの魔力が揺らぐ。吸収値が跳ね上がる。
「ほら、増幅が不安定だ」
「観測誤差だ」
「誤差を無視する理論は脆い」
フェイト先輩の声は静かだが鋭い。
「堕天使の魔力は負の波長が強い。増幅すれば反転する可能性がある」
「理論上はない」
「理論上、ね」
ミッテルトがにやりと笑う。
「反転したら面白そうじゃない?」
「冗談はよせ」
「冗談で進化させる気だったくせに」
エモンズの粒子が一瞬だけ弾ける。ヴァルグレイの視線が揺れた。ほんの僅かだが、確実に。
「今日は条件が悪い」
「撤退か」
「非効率は排除する」
粒子が霧のように散る。空間の歪みが収束する。
静寂が戻る。
「……理論は揺れたな」
「ええ。でも彼は修正してくる」
俺は祭壇の焦げ跡を見る。
「次は誤差を潰してくる。だからこっちも誤差を武器にする」
割れた窓から月光が差し込み、床に細い線を引く。
教会の割れた窓から吹き込む風が、割れたガラス片をわずかに鳴らす。月光が床に長く差し込み、埃が銀色に舞っている。ヴァルグレイは背を向けたまま、コートの裾を翻した。
「ミッテルト、あとは任せますよ」
声は冷静で、温度がない。次の瞬間、粒子が収束し、その姿は静かに消えた。残ったのは、薄く焦げた空気と、揺らぐ魔力の残滓だけだった。
「はあ? 丸投げ? 科学者って意外と無責任よね」
ミッテルトが肩をすくめる。金色のツインテールが跳ね、黒いリボンが揺れる。青い瞳が楽しげに細められた。
その背後で、エモンズ・パウンドが重く唸る。歪んだ筋肉と鋼のような外殻が月光を弾き、床に亀裂が走る。
「じゃ、遊びましょうか」
瞬間、空気が裂けた。エモンズが地面を蹴り、一直線にこちらへ迫る。床石が砕け、粉塵が舞い上がる。
「太郎!」
フェイトの声が鋭く響く。
俺は腰のユニットに手を伸ばす。指先がトリガーに触れた瞬間、冷たい金属が震える。
『キズナ! チャージ!』
「蒸着!」
光が爆ぜる。粒子が身体を包み、皮膚の上を走る感覚が一瞬で鋼へと変わる。圧縮されたギャバリオン粒子が装甲を形成し、視界がHUD表示へ切り替わる。僅か一ミリ秒、世界が白く塗り潰された後、銀の装甲が教会に立つ。
エモンズの拳が迫る。衝突。火花が散り、床が沈む。衝撃は重いが、装甲はびくともしない。
ギャバリオントリガーを引く。連続射撃。粒子弾が外殻を叩き、赤い光が弾ける。
「硬いな……」
エモンズは唸り声を上げ、再び踏み込む。吸収フィールドが展開され、教会の空気が歪む。魔力が引き寄せられ、床の刻印が淡く光る。
一方、フェイトはミッテルトと対峙していた。雷光が弾け、黒い羽根が舞う。
「あなた、本気であの理論を信じているの?」
「信じるも何も、面白そうじゃない。強くなれるなら試す価値あるでしょ」
「強さは選択で得るものよ」
「選択? 選ばれる側の言葉ね」
雷が走る。ミッテルトが跳躍し、黒い魔力弾を放つ。フェイトがブリンクで回避し、電撃が壁を焦がす。
エモンズが再び拳を振り下ろす。俺はブレードを展開し、刃で受け止める。金属と魔力が擦れ、耳鳴りのような音が響く。
「お前は理論の盾だろうが、ここで終わらせる」
装甲内部で呼吸を整える。覚悟は決まっている。王を名乗る以上、逃げ場はない。
ブレードに粒子が収束する。青白い光が刃に走る。
「ギャバリオンブレード……!」
エモンズが咆哮する。吸収フィールドが最大出力へと上がり、教会の空気が震える。
「効率だの理論だの、知ったことか」
踏み込む。加速。残像が床を走る。
「王は守るために立つ!」
斬撃。光が十字に走り、エモンズの外殻に亀裂が入る。粒子が暴れ、内部の増幅装置が不安定に震える。
さらに一閃。装甲が崩れ、エモンズが後退する。
ミッテルトが目を見開く。
「え、もう壊れたの? あたしの出番、減ってない?」
フェイトが雷を収束させ、静かに言う。
「理論は完璧でも、土台が揺らげば崩れる」
エモンズの胸部が弾け、内部に埋め込まれたコアが露出する。そこには堕天使の魔力紋章が刻まれていた。
俺は一瞬、息を止める。
「……あれは、堕天使の刻印?」
フェイトの声が低くなる。
「ヴァルグレイ、堕天使の因子を直接組み込んでいる」
エモンズが崩れ落ち、粒子が霧散する。教会に静寂が戻る。
ミッテルトは小さく舌打ちし、羽を広げる。
「今日は撤退。次はもっと面白くなるわよ」
黒い羽根が舞い上がる。ミッテルトは背を向けたまま、軽やかに空へ跳んだ。教会の天井を破り、そのまま夜へ溶けるつもりだ。逃走は最も合理的な選択。顔には余裕の笑みすら浮かんでいる。
「じゃあね。今日はここまで」
だが次の瞬間、雷光が空間を裂いた。
空気が震える。視界の端で、紫電が一直線に伸びる。時間がわずかに引き延ばされたように見えた。ミッテルトの羽ばたきが、途中で止まる。
「甘い」
フェイトの声は静かだった。次の瞬間には、もう彼女はそこにいない。残像だけが月光に滲む。音より速い移動。雷が収束し、軌跡だけが夜空に線を引く。
ミッテルトの腕に、金色の拘束輪が弾けるように現れた。魔力で編まれた枷が、手首から肩までを縛る。電流が流れ、羽が震えた。
「な、なにこれ……っ!」
墜ちる。床に叩きつけられる寸前、フェイトが軌道を制御する。衝撃は最小限だが、拘束は緩まない。
「高速移動は逃走のためだけの技術じゃない」
フェイトはミッテルトの背後に立ち、さらに魔力を重ねる。拘束具が収束し、羽根の根元を封じる。
「捕縛にも使える」
ミッテルトは歯を食いしばる。青い瞳に、初めて明確な焦りが浮かぶ。
「ちょ、ちょっと待って。あたし、ただ雇われただけだし?」
「雇い主は?」
静かな問い。電流がわずかに強まる。
「……知らないわよ。あいつ、理論しか見てないし」
教会の床に、雷光が淡く反射する。焦げた紋章の上で、金色のツインテールが揺れている。
俺は蒸着を解かずに歩み寄る。銀の装甲が月光を弾く。
「逃げ足が速いのは結構だが、王の前で背を向けるな」
ミッテルトは睨み返すが、拘束は外れない。雷の鎖は静かに唸っている。
「それじゃ、フェイト。あとは頼めるか?」
「まぁ、これも仕事だからね」
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王