サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
夕食の片付けが一段落して、流しに残った水の音だけが台所に細く響いていた。卓の上には湯気の消えた味噌汁の椀が残り、窓の外では、夜の海から吹き上がる湿った風が網戸をかすかに鳴らしている。そんな静かな時間の中で、絶花は箸を置いたまま、ふいに思い出したように俺を見た。
「ねえ太郎、ギャバンになったって話は聞いたけど、どうやってそこに辿り着いたのかは、私まだ聞いてないんだけど」
言われた瞬間、手にしていた湯呑みがわずかに止まった。確かに、なったという結果ばかり話して、その途中をちゃんと口にしたことはなかった気がする。足元ではレオルドが段ボール箱の縁に顎を乗せたまま、いかにも面白そうに片目を細めている。
『そいつはいい。王様の黒歴史を聞ける夜なんて、酒がなくても少しは楽しめそうだ』
「人の昔話を肴みたいに言うなよ」
そう返したものの、絶花の視線はまっすぐだった。知りたいというより、そこを知らないままでは隣に立てない、と言っているような目だったから、誤魔化す気にはなれなかった。俺は湯呑みを置き、窓の外の暗い海を一度だけ見てから、ゆっくり口を開いた。
「最初に言っとくけど、俺は最初から今みたいだったわけじゃねぇ。王になるなんて口にしてもいなかったし、強いわけでも、特別だったわけでもない。ただ――あの日、あの人を見たから、少しだけ道が見えた」
絶花が小さく首を傾げる。レオルドは何も言わず、耳だけをわずかに動かした。俺の中で、潮の匂いと古い夕焼けの色が、ゆっくりと蘇っていく。
あれは数年前、まだ小学生だった頃の話だ。放課後の海辺は、今よりずっと広く見えた。防波堤にぶつかる波の音は大きくて、潮風は容赦なく頬を叩いたし、濡れた砂を踏むたびに、靴の裏へ冷たさがじわりと染み込んだ。夕焼けに照らされた海は綺麗だったが、あのときの俺には、綺麗だなんて思う余裕はなかった。
視線の先にいたのは、見たこともない連中だった。人間の形をしているのに、人間の気配がしない。笑い方が妙に乾いていて、目の奥だけが冷えていた。あいつらは、商品を見るみたいな顔で俺を見下ろしていた。
「こいつで間違いない。神器持ちのガキなら、高く売れる」
その言葉が、今でも耳に残っている。意味は全部わからなくても、自分が“人間”じゃなく“値札のついた何か”として見られていることだけは、子どもでもわかった。逃げようとした。けれど腕を掴まれた瞬間、砂浜が遠くなって、波の音が急に小さくなった。
「ちょっと待って、誘拐されたの!?」
現在に引き戻すみたいに、絶花が思わず声を上げる。俺は苦笑して肩をすくめた。
「そこ、引っかかるよな。俺も今ならもっと騒ぐ」
『当時は騒ぐ暇もなかったがな』
レオルドの低い声が、妙に呑気に重なる。俺は一度息をついて、続きを拾った。
連れ込まれた場所は、海沿いの倉庫だった。錆びた鉄の匂いと、油の染み込んだ床のぬめりが気持ち悪くて、薄暗い電灯の下で影がやけに濃く見えた。怖くなかったと言えば嘘になる。喉は乾いていたし、足も震えていた。それでも、ただ泣くだけは嫌だった。理由なんて格好いいものじゃない。ただ、あいつらの思い通りの顔だけはしたくなかった。
そのときだ。
倉庫の奥で、空気が変わった。風向きが変わるみたいに、場の温度が一瞬で切り替わる。次の瞬間、赤い光が走った。眩しいのに、目を逸らせなかった。鉄と油の臭いに混じって、知らないはずの“正しさ”みたいなものが、その光の中にはあった。
そこに立っていたのが、弩城怜慈だった。
赤い装甲。迷いのない立ち姿。怒鳴りもしないのに、その場の空気を全部奪うような静かな圧。あのときの俺には名前も何もわからなかった。ただ、はっきり思った。――かっこいい、なんて軽い言葉じゃ足りない。この人みたいに立てたら、怖いものの前でも、自分を曲げずにいられるのかもしれないって。
俺がギャバンを目指す話は、たぶんそこから始まったんだと思う。まだ何者でもなかった俺に、“こうなりたい”と初めて思わせたのが、あのギャバンインフィニティだった。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王