サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
警報音が艦内の壁を震わせ、赤く明滅する非常灯が通路の奥まで血のような色を流し込んでいた。
薄い金属板の向こう側から、重い衝撃が何度も打ち込まれ、そのたびに隔壁の継ぎ目が軋んで細かな火花を散らす。
俺は思わず息を呑み、足元の冷たさを確かめるように一歩だけ後ずさったが、その前へ静かに出た怜慈さんの背中は、赤い灯りの中でもまるで揺れなかった。
「連中はさっきの商人とは別口だ、狙いは子どもじゃなく、こっちの荷物だと思って動け」
低く抑えた声が、警報のうるささを押し返すようにまっすぐ通る。
レオルドは首輪の発光板を細かく点滅させながら、壁際に固定されたケースを前足で押し寄せ、自分の体と俺の間にぴたりと置いた。
見た目はどう見ても短い足のコーギーなのに、その仕草だけは場数を踏んだ警察官そのもので、変に慌てた俺の呼吸を少しだけ落ち着かせる。
『坊主、お前は私の横から離れるな、このケースにも絶対に手を出させるな、そこだけ守っていれば十分だ』
「十分って言うけど、どう見ても十分じゃないだろ、音の数がもう嫌な感じなんだけど」
言い終わるより早く、隔壁が内側へひしゃげ、鋭い破断音と共に金属片が通路へ飛び散った。
開いた裂け目の向こうから現れたのは、海辺で俺を攫った商人たちとは違う、黒い強化服を着た三人組だった。
顔は人間に見えるよう整っているのに、目の光だけが冷たく、こちらを人数ではなく資産として数えていることが子どもの俺にも分かった。
「いたぞ、警察の運搬屋と試作品だ、餌のガキは後回しでいい、先にトリガーとエモルギアを押さえろ」
先頭の男がそう言った瞬間、胸の奥がひやりと冷えた。
あいつらにとって俺はどうでもよくて、もっと危ないものを狙ってここへ来たのだと、その一言で嫌というほど理解できた。
怜慈さんはそれを聞いても眉ひとつ動かさず、半歩ぶん体をずらして通路の幅をさらに狭める。
「レオルド、お前は太郎とケースを連れて下層へ回れ、こいつらはここで止める」
『言われなくてもそのつもりだが、あまり無茶をするなよ、今回は遊びで相手をしていい数じゃない』
「無茶じゃない、時間を稼ぐだけだ」
その返事と同時に、先頭の男が手首を返し、細いワイヤーのようなものを通路いっぱいに撃ち出してきた。
怜慈さんは壁を蹴るように体をひねり、その糸が床へ突き立つより早く間合いへ飛び込み、肘打ちで相手の喉元を潰す。
装甲も蒸着もないはずなのに、その動きには迷いがなく、一撃を受けた男は何が起きたか理解できない顔のまま壁へ叩きつけられた。
「商品だけじゃなく、護衛も規格外ってわけか、聞いていたより面倒だな」
後ろの一人が吐き捨てながら、今度は短い銃身の武器をこちらへ向ける。
俺の肩へレオルドの前足が強く当たり、ほとんど突き飛ばされるみたいな勢いで通路脇の柱の陰へ押し込まれた。
次の瞬間、青白い閃光が走り、俺が立っていた位置の壁が焼けて黒く崩れる。
『下がれ、坊主、これは脅しじゃなく本気で殺しに来ている連中だ』
首輪越しの声は低いのに、妙に頼れる響きがあった。
レオルドはその小さな体でケースの前へ出ると、首輪の脇から展開した細い射出機構で、通路中央へ小型の妨害弾を撃ち込む。
赤い灯りの中で弾が炸裂し、白い煙が一気に広がると、敵の視界が濁った一瞬を逃さず、怜慈さんが二人目の懐へ潜り込んだ。
膝が鳩尾へめり込み、返す動作で手首を折られた男が、武器を落としてその場に崩れ落ちる。
残った一人は距離を取ろうとしたが、怜慈さんの蹴りが足首を払って体勢を奪い、床に転がったところへ鋭い視線だけを落とした。
怒鳴りも派手な技もないのに、あの人の動きには“終わらせる”という意志がまっすぐ通っていて、見ているだけで喉が熱くなる。
「太郎、こっちだ、ここで足を止めると後続に囲まれる」
名前を呼ばれ、我に返る。
レオルドはすでにケースの片方へ固定フックを噛ませ、自分の体より大きい荷を引きずる準備を終えていた。
俺は慌ててもう一つのケースへ手を伸ばし、冷たい取っ手を両手で握る。
「これ、俺が持つのか、子どもにやらせる仕事じゃなくないか」
『文句を言う余裕があるなら十分だ、そのまま私の後ろを走れ』
通路の先、非常用ハッチのランプが緑へ切り替わる。
怜慈さんは倒れた連中を一瞥したあと、まだ警報の鳴る奥へ顔を向け、さらに近づいてくる足音を聞いていた。
ひとつやふたつじゃない、もっと重くて多い気配が、船の腹の奥からこちらへ押し寄せてきている。
「先に行け、こいつらは前座だ、本隊が来る前に下層へ降りろ」
「でも、怜慈さんは――」
思わずそう聞き返した俺を、怜慈さんは振り向きもせずに制した。
ただ片手を上げるだけの仕草なのに、それで十分だった。
大丈夫だと言葉にしなくても、その背中がそう言っていたから、俺はそれ以上何も言えなくなる。
レオルドに引かれるようにして非常用ハッチへ飛び込み、狭い昇降路の階段を駆け下りる。
ケースの重さが腕へ食い込み、足元の鉄板が鳴るたびに、追ってくる気配が背中へ貼りつく。
それでも不思議と、もう泣きたくはなかった。
上の階から、短い打撃音がいくつも重なって落ちてくる。
怜慈さんは蒸着していない。それでも、あの人はそこに立って、俺たちが逃げる時間を作っている。
だったら俺も、せめて転ばずに前へ進かなきゃいけないと、子どもなりに強く思った。
階段を降りきった先で、レオルドが急に足を止める。
暗い貨物通路の向こうから、別の気配がいくつも重なってこちらへ近づいていた。
警報の赤が壁を這い、金属の床に長い影を伸ばす。
『……まずいな、連中、こちらの逃げ道まで読んでやがる』
小さく唸るように言ったレオルドの前で、通路の暗がりがゆっくり動く。
ようやく商人たちの残党と合流したらしい新手の部隊が、武器の先端を鈍く光らせながら、下層の通路を塞ぐように現れ始めていた。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王