サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
上部ハッチから差し込んだ光が貨物区画の冷えた空気を切り裂き、その中心へ降り立った怜慈さんは、足音ひとつ無駄にせずに床へ着地した。
赤い警報灯が回転するたびに、その横顔とコートの裾が交互に照らされ、さっきまで遠くに見えていた“目標”が、今は同じ区画の中に立っているのだと嫌でも実感させられる。
「そこから動くな、ここは俺が押さえる。その間に、被害者の状態を見ておけ」
短くそう告げると、怜慈さんは振り返りもせずに前へ出た。
貨物区画へ流れ込んできた別働隊は、武器を構えたまま散開しようとしたが、その動きが形になるより早く、怜慈さんの体はもう最初の一人の懐へ入り込んでいる。
肘打ちが喉を潰し、返しの掌底が顎を跳ね上げ、その勢いのまま蹴り飛ばされた男がカプセル列の手前で無様に転がる。
続けて横から飛び込んできた二人目の腕を取って体ごとひねると、骨が軋む音が貨物室の金属音に混じり、落とした銃が冷たい床を滑って俺の足元近くまで転がってきた。
強い、なんて言葉では足りなかった。
蒸着していないのに、まるで最初から相手の動きが全部見えているみたいに、怜慈さんは一手先どころか、その先の形まで知っているような動きで敵を崩していく。
『さすがにあの人は別格だが、見惚れている暇があるなら呼吸を整えろ。』
レオルドの声に肩が跳ねる。
けれど次の瞬間、貨物区画の奥にいた指揮役らしい男が大きく怒鳴り、空気が一気に嫌な方向へ変わった。
「正面から勝てないなら、そこの商品を盾にしろ。警察も英雄気取りも、壊された品までは守れまい」
その命令と同時に、残っていた二人がカプセル列へ駆け寄り、眠ったままの子どもたちへ銃口を押しつける。
透明な容器越しに冷たい金属が額の近くへ突きつけられた瞬間、俺の背中を這い上がったものは恐怖より先に、どうしようもない怒りだった。
「やめろ、そいつらは関係ないだろ……!」
叫んだ声は情けないくらい震えていたが、言わずにいられなかった。
目の前で眠ったままの子どもが、まるで荷札のついた箱みたいに扱われているのを見せられて、黙っていられるほど大人でもなかった。
怜慈さんの足が止まる。
さっきまで一方的に押していた動きが、たったそれだけで静止したのを見て、敵の男がにやりと歪んだ笑みを浮かべた。
「いい顔だ、そのまま止まっていろ。少しでも動けば、一番端のガキから穴を開ける」
貨物区画の空気が凍ったように重くなる。
レオルドは低く唸りながらも、無闇に飛び出せば被害者に流れ弾が行くと分かっているのか、俺の前へ半歩出たまま動けずにいた。
その時だった。
俺がさっきから抱えるようにしていたスーツケースの取っ手が、掌の中でかすかに震えた。
最初は震動の残りだと思った。
けれどその揺れは外から伝わる硬い振動ではなく、胸の奥の鼓動と妙に近い間隔で、内側から細く返ってくるような脈動だった。
『……坊主、そのケースを見ろ。』
レオルドの声がいつもより低く沈む。
俺が視線を落とした瞬間、床に置いたもう一つのケースが、何も触れていないのにゆっくりとこちらへ滑り始めた。
金属の底が床を擦る音は小さい。
それなのに、その場にいる全員の意識を奪うには十分で、敵でさえ一瞬だけ銃口の向きを迷わせた。
怜慈さんだけが、最初からそれを読んでいたように、ケースと俺を交互に見ている。
その目に浮かんだのは驚きではなく、ようやく繋がった答えを見た人の、静かな確信に近いものだった。
「そうか……お前だったのか。」
その呟きが誰に向けられたものなのか、すぐには分からなかった。
けれどケースの震えはますます強くなり、俺の足元まで来たところで、内部のロックが小さく鳴って自分から外れる。
「おい、何をした、そのガキに何が起きている!」
敵の声がひっくり返る。
さっきまで余裕ぶっていたくせに、目の前の現象が理解できないだけで、顔つきが露骨に崩れるのが滑稽なくらいだった。
俺だって分からない。
分からないのに、目の前に来たそのケースを見ていると、不思議と怖さよりも、ここで目を逸らしたら一生後悔するという感覚のほうが強くなる。
カプセルの中では、まだ眠ったままの子どもたちが動かない。
もしここで何も出来なかったら、こいつらはまた商品として並べられたまま、次の場所へ運ばれてしまうのだと考えた瞬間、喉の奥が焼けるみたいに熱くなった。
「俺は……置いていきたくない。こんなの、見たあとで見捨てるなんて無理だろ。」
声はまだ子どもだった。
それでも、怯えより先に出たその言葉は、たぶんこの時の俺の本音そのものだった。
怜慈さんは視線を逸らさないまま、ゆっくりと息を吐く。
そして敵へ向ける声よりも少しだけ低い調子で、まるで確認するみたいに言った。
「太郎、その手を離すな。来たものを受け取る覚悟があるなら、最後まで目を逸らすな。」
その言葉と同時に、ケースの継ぎ目から青白い光が細く漏れた。
まだ中身は見えていない。
それでも、その光だけで場の空気が変わり、敵の顔から余裕が完全に消え失せるのが分かった。
俺は震える指で取っ手を握り直し、眠ったままの子どもたちをもう一度見た。
助かりたいからじゃない。
助けたいと思ってしまったから、もう引き返せない。
次回の王は
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