サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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憧れの赤 Case6

 怜慈さんの背中が、火花の向こうで赤く揺れていた。

 貨物区画の上部通路では金属同士がぶつかる乾いた音が何度も弾け、そのたびに薄い鉄板の床まで細かく震えて、靴の裏から嫌な痺れが伝わってくる。

 あの人は今も戦っている。

 俺たちを逃がすために、眠ったまま閉じ込められた子どもたちまで守るために、たった一人で前に立っている。

 

 なのに、俺はケースを抱えたまま、ただその背中を見ていることしかできなかった。

 助かったはずなのに、まだ全然助かっていない。

 安心したいのに、今は怜慈さんのところまで走っていける距離ですらなくて、その現実だけが胸の中へ冷たく落ちていく。

 

 赤い警報灯が回るたび、透明なカプセルの列が血の色に染まる。

 その中では、俺と同じくらいの子どもたちが、細い拘束具を巻かれたまま、深い眠りへ沈められていた。

 静かすぎる寝顔だった。

 眠っているというより、誰かの都合で一時停止させられているみたいで、その光景を見ていると息の仕方まで分からなくなる。

 

『太郎、こっちへ寄れ。』

 

 レオルドの低い声が響いて、ようやく自分が棒みたいに立ち尽くしていたことに気づく。

 コーギーの姿をしたその相棒候補は、俺の足元へ半歩だけ寄り、短い足のわりに不思議と頼もしい動きで前に出た。

 その瞬間だった。

 貨物区画の奥から、別働の犯罪者が二人、滑るような足取りでこちらへ踏み込んできた。

 

「そこを退け、運搬屋。

 そのケースは商品より価値が高い。」

 

 低い声と一緒に伸びてきた手を見た瞬間、背筋が凍った。

 狙われているのは俺じゃない。

 俺が抱えているケースだ。

 けれど、そのせいで俺のすぐ後ろにいる眠った子どもたちまで危険へ巻き込まれるのだと分かった瞬間、怖さとは違う熱が胸の奥で一気に膨らんだ。

 

『下がれ、太郎!』

 

 レオルドが飛ぶ。

 小さな体で男の足首へ食らいつくように体当たりし、その勢いで床へ転がりながら俺の前へ割り込む。

 もう一人が横から腕を伸ばし、ケースを奪おうとした。

 俺は反射で抱え込む。

 硬い取っ手が脇腹へ食い込み、次の瞬間、肩口を強く掴まれて、そのまま床へ叩きつけられた。

 

 肺の奥から、ひゅっと情けない音が漏れた。

 痛い。

 怖い。

 本当は、今すぐ怜慈さんのところまで走っていきたかった。

 あの赤い背中の後ろへ隠れられたら、きっと少しは楽になれると思った。

 

 それでも、背中の向こうに並んだカプセルが目へ入る。

 眠ったままの子どもたちは、何も知らずにこの場へ置かれている。

 あいつらがケースを奪ったら終わる。

 何が終わるのかまでは分からなくても、少なくとも、この区画の中にいる誰かを守るためのものが、誰かを傷つけるために使われることだけは、どうしても嫌だった。

 

 逃げたかった。

 本当は、怜慈さんを呼びたかった。

 けれど、後ろの子たちへあいつらを近づけたくないと思った瞬間、身体が勝手に前へ動いていた。

 

「渡すかよ……!」

 

 自分でも驚くくらい掠れた声だった。

 男の腕を振りほどけるほどの力なんてない。

 それでも、抱えていたケースを胸の奥へ引き寄せるように庇い、床を滑って距離を取る。

 もう一人が苛立った顔で蹴りを放ち、鈍い衝撃が脇腹へ入った。

 ケースが手から離れ、金属の床を重く滑っていく。

 

 視界の端で、レオルドが叫んだ。

 上の通路では、怜慈さんが別の敵を壁へ叩き込む音が響いた。

 けれど、今の俺に見えているのは、赤い背中じゃなかった。

 カプセル列の前を滑っていくケースだけだった。

 

 渡したくない。

 誰かを傷つけるために使わせたくない。

 選ばれたいなんて思っていない。

 ただ、これを持っていかれたら駄目だと、それだけが頭の中でうるさいくらい鳴っていた。

 

 床へ手をつき、這うようにしてケースへ伸びる。

 冷たい金属の縁へ、指先がようやく触れた。

 その瞬間だった。

 

 冷たいはずの取っ手の奥で、心臓みたいな鼓動が一つ、確かに鳴った。

 

 びくりと指が止まる。

 次の瞬間、ケースの金具が何かに呼ばれたみたいに震え出し、閉じていたロックが内側から順番に外れていく。

 金属の擦れる高い音が貨物区画に響いた途端、空気そのものが変わった。

 冷えていたはずの空間へ、熱とも光とも違う、もっと生々しい脈動が流れ込んでくる。

 

「なんだ、その反応は……!」

 

 敵の声が裏返る。

 ケースの継ぎ目から漏れ出した青白い光は、ただ眩しいだけじゃなかった。

 見ているだけで胸の奥へ入り込み、心臓の鼓動と勝手に拍を揃えようとする。

 俺の手を通って、腕を抜け、胸の真ん中まで真っ直ぐ走る。

 

 熱い。

 なのに、痛くはなかった。

 怖いはずなのに、離したくない。

 むしろ、離すなと誰かに言われた気がした。

 

『……まさか。』

 

 レオルドが息を呑む音が、首輪のスピーカー越しでもはっきり分かった。

 彼の視線は、俺ではなく、俺の手に触れたケースへ釘づけになっている。

 普段なら何か言い返してくるはずなのに、その時ばかりは声が続かなかった。

 

 ケースの蓋がわずかに開き、内部からさらに強い脈動が溢れる。

 その中で、銀色の輪郭を持つ装置が静かに光り、その傍らにある小さなエモルギアが、まるで呼吸をするみたいに明滅していた。

 何かは分からない。

 それでも、あれがただの機械じゃないことだけは、子どもの俺にもはっきり分かった。

 

 上から、短く火花が散る音が落ちてくる。

 怜慈さんが一人を投げ飛ばし、そのままこちらへ視線だけを向けた。

 戦いの最中なのに、その目は一瞬で全部を理解したみたいに静かだった。

 驚きよりも先に、確信があった。

 

「……そういうことか。」

 

 その呟きが、俺へ向けられたのか、ケースへ向けられたのかは分からない。

 けれど、その声を聞いた瞬間、胸の中で暴れていた怖さがほんの少しだけ形を変えた。

 何が起きているのかは分からない。

 どうして俺なのかも分からない。

 それでも、この光だけははっきりと伝えてきた。

 

 逃げるな。

 そこにいろ。

 手を離すな。

 

 敵の一人が我に返り、慌てたように一歩踏み出す。

 だが、その前へレオルドが滑り込み、低い唸り声と共に立ち塞がった。

 コーギーの小さな背中なのに、その時だけは妙に大きく見えた。

 

『太郎、そのケースを離すな。』

 

 低く、はっきりした声だった。

 さっきまでの「逃げろ」とは違う。

 まだ全部を説明していないのに、もう何かを決めた声だった。

 

『お前はもう、ただ守られる側じゃない。』

 

 意味は分からなかった。

 けれど、その言葉を聞いた瞬間、ケースの光は少しだけ穏やかになって、それでも確かに俺の手を拒まないまま、次の瞬間を待つみたいに脈打ち続けていた。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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