サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
手のひらの痺れは、光が消えたあとも消えてくれなかった。
床へ膝をついたままケースを抱え込んでいると、金属の奥に残った脈動だけが、まだ生き物みたいにじわじわと指先へ返ってくる。
何が起きたのかは分からない。
分からないのに、もう知らないふりだけはできないと、その熱が無理やり思わせてきた。
上の通路では、怜慈さんの背中がまだ火花の向こうで揺れている。
赤い警報灯に照らされるたび、その姿は近くにいるはずなのに遠く見えて、手を伸ばしても絶対に届かないものみたいに思えた。
あの人は今も誰かを守るために戦っている。
なのに俺は、ケースを抱えたまま、そこへ辿り着くことすらできずに壁際へ追い込まれていた。
「ケースだけじゃない、そのガキごと押さえろ。
適合反応が出たなら、商品価値は桁違いだ」
敵の声が変わった瞬間、空気まで別物になった。
さっきまでは箱を奪いに来ていた目が、今度は俺自身を荷札つきの品物みたいに見始める。
怖かった。
本当は今すぐ怜慈さんのところまで走っていって、その背中の後ろへ隠れたかった。
それでも、カプセルの中で眠ったままの子どもたちが視界へ入る。
あいつらが俺を追い詰めるために一歩でもそっちへ近づけば、もう終わりだということだけは、頭じゃなく胸のほうで分かってしまった。
逃げたい気持ちは消えていない。
けれど、あいつらを後ろの子たちへ近づけたくないと思った瞬間、身体が勝手に前へ出ていた。
伸びてきた腕がケースを掴む。
俺は反射でそれを抱え込み、肩からぶつかるように体当たりしたが、相手のほうがずっと重く、逆に壁へ叩きつけられて息が詰まった。
視界が揺れる。
足がもつれ、その場で転びそうになっても、ケースだけは離したくなくて、歯を食いしばって取っ手へ指をかけ続けた。
『太郎、聞け。
その反応は偶然じゃない、お前はキズナエモルギアに選ばれた』
レオルドの声が、貨物区画の金属音を押し分けて真っ直ぐ届く。
首輪越しの音声なのに、今だけは妙に大きく聞こえて、胸の奥に直接落ちてきた。
選ばれた。
その言葉の意味を、俺は半分も理解できていなかった。
『もう躊躇う時間はない。
ケースを開けろ、自分の手で握れ』
言われた通りにしようとしても、指は震えてうまく動かない。
それでもロックへ触れた瞬間、ケースの金具は俺を待っていたみたいに、音もなくひとつずつ外れていった。
蓋がゆっくり開く。
中に収まっていたのは、武器というより答えそのものみたいな形だった。
銀色の輪郭を持ったトリガーが、暗い貨物区画の中で静かに光を返している。
見たことなんてあるはずがないのに、手を伸ばしていいものか迷うより先に、ずっと前から俺を待っていたものだと、なぜかそう思ってしまった。
その隣にある小さなエモルギアが脈打つたび、俺の胸の鼓動まで同じ速さへ引っ張られていく。
熱いのに、痛くはなかった。
敵が苛立った声を上げ、腕を伸ばしてくる。
レオルドがその進路へ滑り込み、短い足で床を蹴って飛びついたが、相手の数が多すぎて、全部を止めきれる距離じゃない。
怜慈さんはまだ上で戦っている。
赤い背中は見えるのに、助けはまだ届かない。
『太郎、それを握れ。
そして叫べ、蒸着だ』
その言葉を聞いた瞬間、喉の奥がひゅっと狭くなった。
無理だと思った。
俺なんかにできるはずがないと、本気で思った。
けれど次の瞬間、火花の向こうで赤い背中が揺れたのを見た時、それを言い訳にするのだけは嫌だと、胸の奥から強く思った。
守られるだけで終わりたくなかった。
助けられたまま、助けたいと思った気持ちまで黙らせたくなかった。
だから、震える手のままでギャバリオントリガーを掴み取る。
冷たいはずの金属は、触れた瞬間に生き物みたいな熱を返してきた。
息を吸い込む。
喉が焼ける。
怖さは消えない。
それでも、逃げたいとはもう思わなかった。
「――蒸着ッ!!」
叫んだ瞬間、光に包まれた、なんて言葉じゃ足りなかった。
全身の輪郭がいったんほどけて、次の瞬間には別の形へ無理やり組み直されていくみたいに、骨の内側まで熱が走る。
耳鳴りのような駆動音が頭の奥で鳴り続け、視界へ知らない情報が流れ込み、呼吸の仕方さえ一瞬分からなくなった。
重い。
熱い。
苦しい。
それでも、不思議と手放したいとは思わなかった。
装甲が閉じる感触と同時に、敵の刃が真正面から振り下ろされた。
反応が遅れたと思った。
だが、身体のほうが先に動いていた。
腕を上げる。
金属と金属がぶつかる高い衝撃音が弾け、火花が視界いっぱいに散った。
受け止めた。
完璧じゃない。
腕は痺れ、足は半歩下がり、重さに押し潰されそうになる。
それでも、倒れなかった。
少なくとも一撃は、防いだ。
自分でも信じられないまま荒い息を吐くと、貨物区画の上から敵が弾き飛ばされ、火花の向こうで怜慈さんがようやくこちらを見た。
その視線は長くない。
けれど、一瞬で全部を見た目だった。
新しく立った俺の姿も、まだ震えている腕も、ここで終わりじゃない戦いの続きを、まとめて受け止めた上で、怜慈さんは低く言った。
「……立てるか」
短い言葉だった。
褒めてもいないし、慰めてもいない。
ただ、戦える側として見た確認だった。
その一言だけで、胸の奥の何かがまっすぐになる。
敵はもう怯んでいなかった。
むしろ、新しく蒸着した俺ごと叩き潰そうとするみたいに、一斉にこちらへ向き直る。
貨物区画の赤い光が装甲へ映り、眠ったままの子どもたちを挟んで、俺と敵の影が長く伸びた。
震える手で、それでも構えを取る。
その横へ、火花を踏み越えるようにして怜慈さんが並んだ。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王