サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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憧れの赤 Case7

 手のひらの痺れは、光が消えたあとも消えてくれなかった。

 床へ膝をついたままケースを抱え込んでいると、金属の奥に残った脈動だけが、まだ生き物みたいにじわじわと指先へ返ってくる。

 何が起きたのかは分からない。

 分からないのに、もう知らないふりだけはできないと、その熱が無理やり思わせてきた。

 

 上の通路では、怜慈さんの背中がまだ火花の向こうで揺れている。

 赤い警報灯に照らされるたび、その姿は近くにいるはずなのに遠く見えて、手を伸ばしても絶対に届かないものみたいに思えた。

 あの人は今も誰かを守るために戦っている。

 なのに俺は、ケースを抱えたまま、そこへ辿り着くことすらできずに壁際へ追い込まれていた。

 

「ケースだけじゃない、そのガキごと押さえろ。

 適合反応が出たなら、商品価値は桁違いだ」

 

 敵の声が変わった瞬間、空気まで別物になった。

 さっきまでは箱を奪いに来ていた目が、今度は俺自身を荷札つきの品物みたいに見始める。

 怖かった。

 本当は今すぐ怜慈さんのところまで走っていって、その背中の後ろへ隠れたかった。

 

 それでも、カプセルの中で眠ったままの子どもたちが視界へ入る。

 あいつらが俺を追い詰めるために一歩でもそっちへ近づけば、もう終わりだということだけは、頭じゃなく胸のほうで分かってしまった。

 逃げたい気持ちは消えていない。

 けれど、あいつらを後ろの子たちへ近づけたくないと思った瞬間、身体が勝手に前へ出ていた。

 

 伸びてきた腕がケースを掴む。

 俺は反射でそれを抱え込み、肩からぶつかるように体当たりしたが、相手のほうがずっと重く、逆に壁へ叩きつけられて息が詰まった。

 視界が揺れる。

 足がもつれ、その場で転びそうになっても、ケースだけは離したくなくて、歯を食いしばって取っ手へ指をかけ続けた。

 

『太郎、聞け。

 その反応は偶然じゃない、お前はキズナエモルギアに選ばれた』

 

 レオルドの声が、貨物区画の金属音を押し分けて真っ直ぐ届く。

 首輪越しの音声なのに、今だけは妙に大きく聞こえて、胸の奥に直接落ちてきた。

 選ばれた。

 その言葉の意味を、俺は半分も理解できていなかった。

 

『もう躊躇う時間はない。

 ケースを開けろ、自分の手で握れ』

 

 言われた通りにしようとしても、指は震えてうまく動かない。

 それでもロックへ触れた瞬間、ケースの金具は俺を待っていたみたいに、音もなくひとつずつ外れていった。

 蓋がゆっくり開く。

 中に収まっていたのは、武器というより答えそのものみたいな形だった。

 

 銀色の輪郭を持ったトリガーが、暗い貨物区画の中で静かに光を返している。

 見たことなんてあるはずがないのに、手を伸ばしていいものか迷うより先に、ずっと前から俺を待っていたものだと、なぜかそう思ってしまった。

 その隣にある小さなエモルギアが脈打つたび、俺の胸の鼓動まで同じ速さへ引っ張られていく。

 熱いのに、痛くはなかった。

 

 敵が苛立った声を上げ、腕を伸ばしてくる。

 レオルドがその進路へ滑り込み、短い足で床を蹴って飛びついたが、相手の数が多すぎて、全部を止めきれる距離じゃない。

 怜慈さんはまだ上で戦っている。

 赤い背中は見えるのに、助けはまだ届かない。

 

『太郎、それを握れ。

 そして叫べ、蒸着だ』

 

 その言葉を聞いた瞬間、喉の奥がひゅっと狭くなった。

 無理だと思った。

 俺なんかにできるはずがないと、本気で思った。

 けれど次の瞬間、火花の向こうで赤い背中が揺れたのを見た時、それを言い訳にするのだけは嫌だと、胸の奥から強く思った。

 

 守られるだけで終わりたくなかった。

 助けられたまま、助けたいと思った気持ちまで黙らせたくなかった。

 だから、震える手のままでギャバリオントリガーを掴み取る。

 冷たいはずの金属は、触れた瞬間に生き物みたいな熱を返してきた。

 

 息を吸い込む。

 喉が焼ける。

 怖さは消えない。

 それでも、逃げたいとはもう思わなかった。

 

「――蒸着ッ!!」

 

 叫んだ瞬間、光に包まれた、なんて言葉じゃ足りなかった。

 全身の輪郭がいったんほどけて、次の瞬間には別の形へ無理やり組み直されていくみたいに、骨の内側まで熱が走る。

 耳鳴りのような駆動音が頭の奥で鳴り続け、視界へ知らない情報が流れ込み、呼吸の仕方さえ一瞬分からなくなった。

 重い。

 熱い。

 苦しい。

 それでも、不思議と手放したいとは思わなかった。

 

 装甲が閉じる感触と同時に、敵の刃が真正面から振り下ろされた。

 反応が遅れたと思った。

 だが、身体のほうが先に動いていた。

 腕を上げる。

 金属と金属がぶつかる高い衝撃音が弾け、火花が視界いっぱいに散った。

 

 受け止めた。

 完璧じゃない。

 腕は痺れ、足は半歩下がり、重さに押し潰されそうになる。

 それでも、倒れなかった。

 少なくとも一撃は、防いだ。

 

 自分でも信じられないまま荒い息を吐くと、貨物区画の上から敵が弾き飛ばされ、火花の向こうで怜慈さんがようやくこちらを見た。

 その視線は長くない。

 けれど、一瞬で全部を見た目だった。

 新しく立った俺の姿も、まだ震えている腕も、ここで終わりじゃない戦いの続きを、まとめて受け止めた上で、怜慈さんは低く言った。

 

「……立てるか」

 

 短い言葉だった。

 褒めてもいないし、慰めてもいない。

 ただ、戦える側として見た確認だった。

 その一言だけで、胸の奥の何かがまっすぐになる。

 

 敵はもう怯んでいなかった。

 むしろ、新しく蒸着した俺ごと叩き潰そうとするみたいに、一斉にこちらへ向き直る。

 貨物区画の赤い光が装甲へ映り、眠ったままの子どもたちを挟んで、俺と敵の影が長く伸びた。

 震える手で、それでも構えを取る。

 その横へ、火花を踏み越えるようにして怜慈さんが並んだ。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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