サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
蒸着を終えた直後だというのに、呼吸だけがうまく整わなかった。
装甲の内側で心臓がやけに大きく鳴り、耳の奥では機械の駆動音にも似た低い振動が絶えず響いている。
視界には見慣れない情報が次々と流れ込み、貨物区画の温度や敵の位置まで分かるのに、それをどう使えばいいのかまでは、まだ身体が追いついていなかった。
けれど、不思議だった。
重くて熱いはずのコンバットスーツが、ただ苦しいだけの鎧には感じられない。
腕をわずかに動かしただけで、指先まで力が通る感覚があり、今までの自分なら届かなかったはずの場所へ、身体そのものが自然に踏み込めるような気がした。
「これが……ギャバン……」
喉の奥で漏れた声は、自分でも驚くほど頼りなかった。
憧れていたはずの姿なのに、いざ自分がそれになってみると、胸が熱くなるより先に、得体の知れない責任の重さが肩へ乗ってくる。
もう守られるだけではいられない。
その現実だけが、装甲の重みよりも先にはっきりと伝わってきた。
敵は、その戸惑いを見逃さなかった。
貨物区画の左右へ散っていた犯罪者たちが、一瞬だけ互いに視線を交わしたかと思うと、次の瞬間には呼吸を合わせたみたいに一斉に間合いを詰めてくる。
正面から来る者、足元を狙う者、カプセル列を回って死角へ回り込む者。
子ども相手に躊躇う気配はなく、むしろ新しく生まれた脅威を、まだ固まりきっていないうちに叩き潰そうとする意図だけがむき出しだった。
怖い。
怖いのに、足だけは動いた。
身体が勝手に右へ流れ、次の一撃を避けるために左足へ重心を移し、振り下ろされた刃の下を抜けるように肩を沈める。
自分の意思より先に、長いあいだ繰り返してきた型のほうが身体を動かしていた。
絶花と一緒にやっていた鍛錬が、こんな形で役に立つなんて思っていなかった。
遊び半分では終わらせないあいつの真面目さに付き合って、何度も足を動かし、何度も間合いを測り、何度も叩き込まれてきた基礎が、荒い現実の中で勝手に骨を支えてくれる。
刃を避ける。
腕を引く。
一歩だけ前へ出る。
その全部が、頭で考えるより先に自然に繋がった。
だが、それだけだった。
避けることはできても、どう反撃すればいいのかまでは分からない。
鍛錬は鍛錬であって、本物の荒事とは別物だ。
その違いを、場数を踏んだ連中は一瞬で嗅ぎ取る。
「動きは悪くないが、戦い方を知らねぇな!」
後方にいた男が吐き捨てると同時に、三人の連携が変わった。
正面からの攻撃は囮になり、横から来る腕はわざと半拍遅れ、俺が避けた先へ別の一人が踏み込んでくる。
避けられることを前提に、次の場所へ攻撃を置いてくるのだと気づいた時には、もう遅かった。
肩へ衝撃が走る。
装甲が受け止めてはいるが、体勢は崩れる。
踏み直そうとした足の先へ別の刃が滑り込み、今度は腕を上げて防ぐしかなくなる。
視界の端では、まだ眠ったままの子どもたちがカプセルに並んでいる。
下がれば、そちらへ押し込まれる。
退けないと分かっていて、身体だけが遅れるのが悔しかった。
その瞬間、乾いた銃声が貨物区画を貫いた。
青白い光弾が俺の右肩を狙っていた男の武器を撃ち抜き、次の一発が足元へ撃ち込まれて、三人の連携を強引に散らす。
火花の向こうで、赤い装甲が貨物区画へ滑り込んできた。
ギャバンインフィニティ。
さっきまで遠くに見えていた赤い背中が、今度ははっきりと俺の横へ立つ。
ギャバリオントリガーを片手で構えたまま、怜慈さんは犯罪者たちの足を止めるように、迷いのない射撃を連続で叩き込んだ。
「まさか、君がギャバンになるなんてな、驚きだぜ」
その声音には、本当に意外だという響きがあるのに、嫌な疑いは混じっていなかった。
戦いの最中だというのに、そこにはわずかに笑う余裕すらある。
俺は荒い息のまま、目の前の装甲越しに呟く。
「そうだな、未だに自分でも分からないよ」
口にしてみても、まだ実感は追いつかなかった。
けれど怜慈さんは、そんな俺の戸惑いごと見透かしたように、視線を敵から外さずに続ける。
「まぁ、戸惑うのも分かるよ、けどエモルギアは君を選んだ。ならば戦えるはずだ」
その言葉は励ましというより、確認に近かった。
選ばれた以上、もう立つしかない。
そういう現場の現実を、そのまま俺へ渡してくる。
次の瞬間、怜慈さんの手が腰へ伸びる。
取り出されたのは、赤い装甲に映える剣だった。
長さも重さも、いかにも“戦うための道具”という形をしていて、見ただけで喉がひとつ鳴る。
「……剣、それって、俺にも使えるのか?」
情けないくらい素直に聞いてしまったが、怜慈さんは呆れもせずに短く返した。
「使えると思うぞ、ほら」
言われた通りに、自分の腰へ意識を向ける。
そこにあるはずのない感触が、装甲越しなのにはっきり分かった。
手を伸ばし、柄を掴む。
引き抜いた瞬間、ギャバリオンブレードの刃が青白く光を返し、その重みが腕へまっすぐ伝わってきた。
銃よりも、ずっとしっくり来た。
どうしてかは分からない。
けれど構えた瞬間、さっきまで視界へ流れ込んでいた情報の散らばりが少しだけまとまり、自分が今どこへ足を置けばいいのか、敵との距離がどこで噛み合うのかが、わずかに見える。
「……良いな、銃よりもこっちの方が使いやすい」
思わず零れた本音に、怜慈さんが赤い装甲越しに笑った気がした。
「やる気があるようで、何よりだ、行くぜ」
その言葉と同時に、赤と銀の二つのギャバンが並ぶ。
敵は怯んではいない。
むしろ、新しく立った俺を含めて一気に押し潰そうと、武器を握り直していた。
けれど、もうさっきまでとは違う。
横に立つ赤い背中が遠い目標ではなく、今だけは同じ前線にある。
その事実だけで、震えていた手にもう一度力が戻った。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王