サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
俺の脳裏に焼き付いていたのは、狭い宇宙船の通路、焦げた金属の匂い、そして殴った拳に残る鈍い反動だった。
次の瞬間、視界の温度が変わる。蛍光灯の白い光、畳とフローリングが混ざった床、夕食の匂いがほんのり残る空気。
自宅のリビングに戻った俺は、ソファの背へ体を預けながら、手のひらを握っては開き、あの時の感覚が今でも残っているのか確かめていた。
絶花はテーブルの端に肘をつき、視線だけを俺に向けたまま、眉を少しだけ寄せる。
「なんというか、太郎がギャバンになった話は、かなり濃すぎない」
言い方は淡々としてるのに、声音の端だけが微妙に呆れている。
俺は肩をすくめて、いつもの調子で返す。
「そうかなぁ」
強がりみたいに聞こえたなら、それは半分当たっている。
あの時の俺は、本当に勢いで立っていた。守るって決めたから立てただけで、立った先がどれだけ無茶かを理解していなかった。
テーブルの下から、爪が床を軽く叩く音がして、次にコーギーの姿をしたレオルドが、いかにも面倒くさそうに鼻を鳴らした。
人前では喋らない、その設定を守る気もないのか、家の中では普通に言葉が出る。
「まぁその後は宇宙警察本部で訓練することになったからな」
レオルドの声はだらしなく響くのに、内容だけはやけに現実味があった。
絶花は俺の顔を見て、口元を少しだけ尖らせる。
「そう言えば、かなり強くなったけど」
その言葉に、俺は反射的に視線を逸らした。
強くなった、というのは事実だ。けれど、その裏側には、普通の学生が知らなくていい時間が詰まっている。
「……訓練の場所、ちょっと特殊でさ」
言葉を選びながら俺が言うと、レオルドが「やっと言う気になったか」とでも言いたげに尻尾を揺らし、続けて面倒くさそうに説明を始める。
「時間経過が異なる惑星に放り込まれて、長い年月、特訓したんだよ」
絶花の瞳がわずかに大きくなる。
俺は笑って誤魔化すように、指で頬を掻いた。
「外の感覚だと、ほとんど進んでないんだけどな。中は……長い」
「なんというか、色々ととんでもないような」
絶花がそう言って、言葉の続きを探しているのが分かった。
俺は息を吐いて、もう逃げないことにした。
「まぁ、あれだ。精神と時の部屋みたいな感じだ」
例えが雑すぎたかもしれない。
絶花は一拍置いて、乾いた声を出した。
「えぇ」
その「えぇ」は、肯定でも否定でもなく、ただ理解が追いついていない音だった。
俺はそれが妙に可笑しくて、喉の奥で笑いそうになるのを堪えた。
あの場所では、毎日が戦いだった。
呼吸を整える前に殴られ、倒れた瞬間に立たされ、負けた理由を言語化するまで眠ることも許されない。
怜慈の完成度を追いかけるのではなく、俺の未完成を叩き直すための時間で、どれだけ拳を握り潰しても、次の日にはまた同じ手を握らされる。
――それでも、悪くないと思ってしまう自分がいる。
守る側に立つって、そういうことだ。
少なくとも、俺はそう思い込まないとやっていけなかった。
「太郎」
絶花の声が、少しだけ柔らかくなる。
俺が顔を上げると、彼女は視線を逸らさずに言った。
「無茶は、ほどほどにして」
その一言で、胸の奥が変に締まった。
俺の弱点が、今この瞬間に顔を出す。
守ると言いながら、守られているのはいつも俺のほうだと気づかされる。
「……善処する」
短く言い切って、俺はそれ以上の言葉を飲み込んだ。
“付き合っていない”という距離が、こういう時に逃げ道にもなるし、逆に刺さりもする。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王