サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
昼の光は、教室の窓ガラスを通って机の上に落ち、妙に現実感のある影を作っていた。
昼休みの騒がしさはいつも通りで、笑い声も、椅子を引く音も、紙パックのストローを刺す音も、全部が「普通」を主張してくる。
なのに俺の中だけ、どこかで警報の針が揺れていて、平穏を平穏のまま受け取れない。
ポケットの奥で、端末が一度だけ震えた。
通知音を鳴らすほど派手じゃない、けれど無視できない合図だ。
俺は席を立つタイミングを一拍だけ計ってから、机の横に鞄を寄せるふりをして画面を覗く。
――レオルド。
文面は短い。
「駒王街。エモルギア反応、再点灯。小さいが嫌な匂い」
心臓が一つだけ強く打った。
それでも表情は変えない。ここは戦場じゃない、教室だ。
俺は端末を閉じ、いつもの顔のまま椅子の背を押し、廊下に出る理由を頭の中で組み上げる。
今、蒸着して飛び出すのは簡単だ。
簡単だけど、それは「答えを見せる」行為で、目立つほど観察される。
昼間に動くなら、まずは学生として、盤面を読む。
廊下に出た瞬間、空気が少しだけ軽くなった。
教室の喧騒が背中に遠のき、窓の外の校庭が視界に広がる。
日差しは強いのに、俺の感覚はどこか冷えていて、駒王街の方向を無意識に測っている。
そのときだった。
すぐ隣に、気配が滑り込んできた。
足音が無かったわけじゃない、ただ俺が聞き漏らした――そう言い訳したくなるほど、自然に距離を詰められた。
塔城小猫。
彼女は俺より背が低く、表情はほとんど動かない。
なのに、視線だけは逃げない。まるで針みたいに、じっと刺さってくる。
俺は歩みを止めずに、横目で確認する。
小猫も同じ速度でついてくる。
会話を始める気配はないのに、「見ている」という意思だけが濃い。
こういう沈黙は、下手に言葉を出すほど負ける。
だから俺は堂々と、ただ「普通に」振る舞う。
焦っているように見せない。隠しているようにも見せない。
「どうした」
俺が先に短く言うと、小猫は瞬き一つせずに俺を見続ける。
返事は、まだ来ない。
けれどその沈黙が、もう質問の代わりだった。
――お前、何を知ってる。
――お前、どこへ行く。
そういう視線。
俺は息を整えて、嘘は吐かないと決める。
ただし、全部は言わない。
本当のことだけで、誤魔化す。
「ちょっと用がある」
事実だ。駒王街の反応を確認しに行く。
けれど「何の用か」は言わない。
小猫の目が、ほんの僅かに細くなった気がした。
「……外」
小猫がようやく、短い音を落とす。
質問なのか、断定なのか、判別しづらい言い方だった。
俺は肩をすくめて、いつもより軽い調子で返す。
「まあな。散歩みたいなもんだ」
散歩。
これも嘘じゃない。歩いて匂いを拾うのが最初の仕事になる。
ただし、それが“何の匂い”かまでは言わない。
小猫は何も言わず、俺の横にいる。
視線が外れない。
こいつ、口数が少ないくせに、黙って人を追い詰めるのが上手い。
俺は歩きながら、校舎の影と日向の境目を踏み、頭の中で次の手順を組み直した。
駒王街の反応は小さい。なら、派手な動きは禁物。
学園から出るタイミングも、誰かに見られない角度を選ぶ。
それでも――。
小猫がここまで自然に寄ってきた時点で、もう誰かが「俺の違和感」を掴み始めている。
しかも彼女は、その違和感に名前をつけていない。
“あの銀色の戦う男”の正体も、その呼び名も、まだ知らない。
だからこそ、似ているという感覚だけで追ってくる。
俺は歩幅を変えずに、視線だけ前へ固定した。
堂々としていればいい。
堂々として、本当のことだけ言って、必要な部分だけ隠す。
昼の学園は平和だ。
平和だからこそ、異物は目立つ。
そして今、その異物が――駒王街のほうから、また滲み出そうとしている。
俺は校門の方向をぼんやり見据えながら、心の中で短く言い聞かせた。
校門へ向かう足取りを崩さないまま、俺はわざと話題を「同じクラス」の範囲に落とした。
隠すために黙ると余計に怪しくなるし、普段の俺から外れるほど小猫の視線は鋭くなる。
「塔城、昼休みは一人でいること多いよな」
俺が軽く投げると、小猫は歩きながら、ほんの少しだけ視線を前に戻した。
返事が遅れるのは、言葉を選んでいるというより、必要かどうかを測っている感じだった。
「……普通」
短い。けれど、否定も肯定もしていない。
俺はそこで追い詰めずに、当たり障りのない距離感を続ける。
「普通って便利な言葉だな」
小猫は返さない。
それでも歩調は合わせたままで、俺の横から離れようとしない。
こいつ、会話をしに来てるというより、会話の“間”を見に来てるんだろう。
俺は廊下の窓から校庭の様子を一瞬だけ確認して、すぐに顔を戻す。
視線を泳がせると、観察されるポイントが増える。
だから堂々と、普通のクラスメイトの雑談を続ける。
「昼の購買、今日混んでた?」
小猫のまつ毛が一度だけ動く。
質問が予想外だったのか、単に答える価値があると思ったのかは分からない。
「……混んでた」
「だよな。俺も後で行こうと思ってたけど、やめとくか」
嘘じゃない。
昼休みの動線を探るために購買の混雑は把握したいし、予定として“行こうと思ってた”のも事実だ。
ただし「今から駒王街を見に行くから」って本音は出さない。
小猫が、俺の顔をまた見た。
視線の圧は弱くないのに、本人の表情が動かないせいで、逆に逃げ道が少ない。
「……唯我」
名字で呼ばれるだけで、妙に距離が近く感じるのは、俺が勝手に後ろめたいからだ。
俺は返事を急がず、歩幅だけは一定に保つ。
「ん?」
「……最近、休み時間にいない」
来た。
クラスメイトの観察としては正しいし、指摘としても真っ当だ。
だから俺は、真っ当な答えを返す。嘘を吐かずに、誤魔化す。
「そうか? 俺、トイレ近いからな」
事実だ。
俺は“必要なら”すぐ動けるように、休み時間に席を外す癖がついている。
それをトイレと言い換えるだけなら、嘘にはならない。
小猫は、しばらく俺を見てから、目を細めもしないまま言った。
「……トイレ、長い」
淡々とした突き刺し方だった。
俺は内心で舌打ちしそうになるのを堪えて、代わりに笑ってみせる。
「腹の調子がな。言わせんなよ」
これも完全な嘘じゃない。
緊張状態が続くと胃が変な動きをするし、実際に腹の調子は万全じゃない。
ただし原因が“戦い”だとは言わない。
小猫は「そう」とも「違う」とも言わない。
なのに、空気だけが一段重くなる。
俺の言葉の“形”は整っているのに、“匂い”が合っていないと感じているんだろう。
俺は会話の主導権を取り返すために、逆に聞き返す。
同じクラスメイトなら、質問するのは不自然じゃない。
「塔城はさ、授業終わったらすぐ部活行くの?」
小猫は一拍置いて答えた。
「……行く」
「忙しいな」
「……普通」
また普通。
俺は肩をすくめて、笑い混じりに言う。
「普通って言いながら、結構ちゃんとしてるよな」
小猫は褒め言葉に反応しない。
でも、俺の言葉を切り捨ててもいない。
たぶん彼女は、俺が“普通の話題を続けられるか”を見ている。
焦って本題に逃げるようなら、それが答えだと判断する気なんだろう。
だから俺は、さらに日常へ寄せる。
日常の話を、堂々と。
「この前の小テスト、点良かっただろ」
「……別に」
「いや、別にって顔じゃないだろ」
言った直後に気づく。
小猫は表情が動かない。
俺は誤魔化すように続ける。
「……じゃなくて、あれ、答案返ってきた時に周りがざわついてた」
嘘じゃない。
教室の空気は俺が拾っている。
拾ってしまう自分が、また小猫に見られている気がして、背中の奥が少し熱くなる。
小猫が立ち止まった。
俺も合わせて止まる。
校門まではまだ距離があるけれど、ここで変に急ぐと“逃げた”になる。
小猫は俺を見上げて、言葉を落とした。
「……目が、違う」
心臓が一瞬だけ跳ねる。
ただのクラスメイトの会話の流れで、そこまで踏み込んでくるのか。
俺は顔に出さず、堂々と聞き返す。
「何が?」
「……誰か探してる目」
図星に近い。
俺は息を吸って、嘘を吐かずに逃げる道を選ぶ。
「そりゃ探すだろ。授業のノートとか、忘れたら困るし」
苦しいが嘘ではない。
俺はいつも、何かを探している。
それが敵の気配なのか、ノートなのかの違いだけだ。
小猫は納得しない。
だけど、追及もしない。
代わりに、ただ見ている。
この“見ている”が、会話より怖い。
俺はそこで一歩踏み出して、場を動かした。
会話の場を止めたままにすると、沈黙が刃になる。
「……悪い。ちょっと外出る」
外出るのは事実だ。
その理由を言わないのも、今は必要だ。
小猫がついてくる気配を消さないまま、短く言った。
「……どこ」
俺は一瞬だけ迷って、それから決めた。
ここで完全に嘘を吐くと、彼女は確信を深める。
だから“本当の範囲”を狭くして答える。
「駒王のほう」
駒王街へ向かう。
これ以上の詳細は言わない。
小猫は瞬きを一度して、相変わらず感情の見えない声で言う。
「……昼なのに」
「昼だからだよ」
俺の口から出た言葉は、嘘じゃない。
昼に動くからこそ、見落とされることもある。
昼に動くからこそ、守れるものもある。
小猫はその言葉の意味を測るように、俺を見つめたまま動かない。
俺は視線を逸らさず、堂々と続けた。
「昼休みの間に戻る。だから授業には出る」
これも事実だ。
短時間で匂いだけ掴んで、戻ってくる予定だ。
小猫は、それを聞いてようやく歩き出した。
ついてくるためではなく、俺の横から少し遅れた位置へ回り込むために。
監視の位置取り。
同じクラスメイトの顔をしながら、やることはそれだ。
俺は校門へ向かいながら、内心で舌打ちしそうになる。
けれど表には出さない。
堂々と、普通に、クラスメイトとして会話を続けたまま、俺は“仕事”へ向かう。
昼の学園の平和は、まだ壊れていない。
だからこそ、壊れる前に動く。
その背中に、小猫の視線が刺さり続けていることを、俺はずっと感じていた。
校門を抜ける直前、俺は足を止めた。
昼の風が制服の裾を軽く揺らして、春の匂いと一緒に、駒王街の方向から薄い金属臭が混じってくる気がした。
背後に、小猫の気配が残っている。
ついてくるでもなく、離れるでもなく、一定の距離を保ったまま、ただ見ている。
俺は振り返らずに言った。
「塔城」
呼ぶと、小猫はすぐに反応した。声を返すというより、気配の角度が俺へ向く。
「……なに」
俺は堂々と、でもいつもより少しだけ言葉を丁寧に選んだ。
嘘は吐かない。誤魔化しはする。けれど、同じクラスのやつに向ける“最低限の本当”だけは渡しておきたかった。
「昼だからって、変なところに首突っ込むなよ」
小猫は表情を変えないまま、俺を見上げる。
その目は相変わらず鋭いのに、そこにあるのは詰問じゃない。
たぶん、心配をどう出していいか分からないだけだ。
「……唯我が、先に首突っ込む」
淡々とした言い方が、妙に刺さった。
俺は一瞬だけ笑いそうになって、喉の奥で押し戻す。
「まあな」
肯定してしまうのは、俺の癖だ。
強がりで否定するより、受け止めて前に進むほうが、俺には合っている。
小猫は少しだけ視線を落として、言葉を短く切った。
「……戻る?」
それは問いかけというより、約束を要求する音だった。
同じクラスで、同じ教室で、明日も顔を合わせる距離だからこそ、嘘を混ぜるとすぐに壊れる種類のもの。
俺は一拍置いて、しっかり頷いた。
小猫は頷きを返さない。けれど、目の奥の緊張がほんの少しだけほどけた気がした。
「戻る。昼休みのうちに」
言い切ると、小猫はようやく視線を外し、校舎の方向へ体を向けた。
それでも去り際に、背中越しに一言だけ落とす。
「……嘘ついたら、嫌い」
脅しみたいで、でも脅しじゃない。
不器用な信頼の表明だった。
俺はその言葉を、胸の奥で握り直してから返した。
「嫌われたくねぇな」
小猫は返事をしない。
ただ歩いていく。
けれど、その歩幅はさっきより少しだけ軽かった。
俺は校門を出て、駒王街へ向かって歩き出す。
胸の奥に、妙に温かいものが残っている。
監視されているという感覚じゃない。
同じクラスの友達が、俺の背中を見ている。
それだけで、守る理由が一つ増えたみたいに思えた。
次の瞬間、端末が震えた。
レオルドからの追撃だ。
「反応、移動した。数が増えてる。……昼でも来るぞ」
俺は画面を閉じ、前を見た。
昼の光の下、街は何事もない顔をしている。
でもその下で、確かに何かが起動しようとしている。
俺は小さく息を吐き、心の中で短く命令する。
守る。
約束を守る。
校舎のほうで、小猫の気配が遠ざかっていく。
あいつはきっと、俺が戻るまで教室で平然と座っている。
俺が戻ってきたら、また無口に見つめて、たぶん「遅い」とだけ言う。
――その未来を守るために。
俺は歩幅を上げ、駒王街の雑踏へ溶け込んだ。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王