サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
昼休み中に学校を抜け出すこと。
本来なら校則違反だし、下手をすれば面倒な説教もついてくる。
それでも、俺は少しでも情報が欲しかった。昼間の平和な顔をした駒王街の下で、何かが動き始めている匂いがしたからだ。
『お前な、普通にそれはサボりだぞ』
耳元――正確には、端末の骨伝導スピーカーからレオルドの声が響く。
姿はコーギーのままでも、言葉だけは相変わらず遠慮がない。
「そう言うなよ、レオルド。こういうのでしか手に入らない情報があるだろう」
『全く、これが本当に宇宙刑事かよ』
「まぁまぁって」
俺は校門の死角を選んで、制服の襟を立てる。
警備員がいるわけじゃないが、見られればそれだけ余計な説明が必要になる。
盤面は静かに動かす。昼のうちに余計な波風を立てるのは得策じゃない。
駒王街へ向かう通学路は、昼休みらしいのどかさで満ちていた。
コンビニの前で笑っている学生、カフェのテラスでスマホをいじる大人、遠くで走る車の音。
全部が「今日もいつも通り」を演じている。
――だけど、俺の中のキズナエモルギアだけは、演技をしない。
歩いている最中、胸の奥がふっと熱を帯びた。
次の瞬間、スーツの中にいるみたいな錯覚と一緒に、空気の味が一段変わる。
「……なんかあるのか?」
俺が小さく呟くと、キズナエモルギアは言葉に反応するように、微かな振動で肯定を返してきた。
頷く、というより「そっちだ」と示す感覚が、俺の足を自然に曲げていく。
『反応、出たか?』
「出た。しかも、近い」
俺は人混みを避ける。
わざと目立たない路地へ、日陰へ、視線の届きにくい方向へ進む。
ここで見失うようなら、それはその程度の匂いだ。
キズナエモルギアが導いた先は、やっぱり路地裏だった。
観光地でもないし、特別な店もない。
ただ古い塀と、ゴミ置き場と、昼なのに冷えた空気があるだけの場所。
「路地裏……ここに何が」
俺は壁際へ寄り、地面をじっと見た。
こういう痕跡は、派手に光ってくれない。
“見つけられるやつだけが見つける”って顔で、足元に潜ってる。
そして――あった。
アスファルトの隙間に、布切れが挟まっている。
色は白に近い、でも汚れがついて灰色っぽく見える。
ほんの少しだけ、金属臭と焦げた匂いが混ざっていた。
「これは……欠片か?」
俺は指先で摘まみ、光に透かす。
布地の織り方は普通じゃない。
軽いのに丈夫で、引っ張ってもあまり伸びない。
『……これは、先日の堕天使達の所で見かけた奴の衣服か』
レオルドの声が低くなる。
だらしない調子が一瞬で抜けて、現場の刑事の音になる。
「堕天使だと? また、面倒な奴が関わっている」
『まだ断定はするな。ただ、聖属性の匂いが混じってる。エモルギア単体じゃない』
俺は布切れを握りしめる。
堕天使。聖属性。学園。
単語が揃うほど、嫌な予感は具体的な形を持ち始める。
だが、ここで長居はできない。
昼休みは短いし、戻ると小猫に言った約束もある。
俺は布切れをポケットに仕舞い、歩調を上げた。
「手掛かりは回収した。戻る」
『お前、ほんとに戻るんだな?』
「約束したからな」
それだけ言って、俺は学園へ引き返した。
校門をくぐる瞬間、時計を確認する。
――間に合う。ギリギリだが、間に合う。
「セーフ!」
勢いで言ってしまった。
次の瞬間、背筋が冷える。教室の扉を開けた俺を待っていたのは、あの無表情な視線だったからだ。
「アウトギリギリですよ」
子猫が席に座ったまま、こちらをじっと見つめている。
怒っているかどうかは顔からは読めない。
でも、圧がある。あれは間違いなく、圧だ。
「そんなに怒るなよ。もしかして先生にチクった?」
冗談めかして言うと、小猫は瞬き一つだけして答えた。
「……別に。それよりも、そちらは街に何を」
来た。
同じクラスメイトの質問の顔をして、核心だけを狙ってくる。
俺は堂々と、嘘を吐かずに誤魔化す準備をして、胸を張った。
「ふふんっ。限定カレーパンをね、一個、食べる」
言いながら、俺は鞄から紙袋を取り出す。
帰り道に買ったわけじゃない。行きに買った。
でも「街で買った」ことは事実だし、食べるつもりもある。
俺はそれを小猫に差し出した。
「はい、お詫び」
小猫は受け取らないかと思った。
けれど彼女は、視線をカレーパンに落としてから、ゆっくりと手を伸ばす。
「……頂きます」
袋を開ける音が小さく響く。
小猫は一口かじって、咀嚼して、また黙る。
その無言が「許した」とも「まだ見てる」とも取れるのが、逆に怖い。
俺は自分の席に戻りながら、内心で息を吐いた。
事件はまだ起きていない。
けれど、確実に“前兆”はある。ポケットの布切れが、その証拠だ。
午後の授業は、平和な顔をしたまま進んだ。
先生の声、ノートを取る音、窓の外の蝉の気配。
日常は日常として続く。
ただし俺は、机の下で指先を軽く動かしながら、さっきの布切れの感触を忘れないようにしていた。
そして放課後。
下校の流れが校門へ集まる中で、俺の視界の端に、違和感が引っかかった。
白いフードを被った、怪しげな格好の二人。
制服の学生とは歩き方が違う。
周囲を見回す癖が、素人のそれじゃない。
俺は小猫に視線を向けず、声だけ落とした。
「……なぁ小猫」
「……なんでしょうか」
「かなり、怪しい奴がいないか」
小猫はパンの袋を畳みながら、視線だけを校門へ流した。
無表情のまま、けれど判断は早い。
「……えぇ」
白いフードの二人が、こちらへ向き直る。
その瞬間、俺の胸の奥でキズナエモルギアが、さっきよりも明確に脈打った。
聖属性の匂いと、エモルギアの異物感が、同じ線の上で重なる。
――昼の前兆は、もう放課後の現実になりかけている。
俺は笑って誤魔化す顔のまま、足の指に力を入れた。
蒸着は、まだ早い。
けれど、逃げる選択肢は最初からない。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王