サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
オールマイトとの捜査を始めて、もう一週間ほどが経っていた。
最初は「増援が来た」という認識だったのに、実際に行動を共にしてみると、その言葉だけじゃ足りないとすぐに思い知らされた。
ベテランっていうのは、単に経験が多い人間のことじゃない。
足跡の消え方、監視の癖、情報の漏れ方、表に出ている事実の裏に何があるか。そういう“見えない部分”を、こっちが意識する前から先回りして拾っていく。
オールマイトは、まさにそういうタイプだった。
バルパーを追う捜査は、正面から踏み込むようなものじゃなかった。
駒王街で拾った断片的なエモルギア反応。
教会関係の古い資料。
堕天使の行動圏と重なる夜の移動経路。
そういう、単体では意味を持たないものを一つずつ繋げていく。
俺が現場で拾った匂いや違和感を、オールマイトが別角度から検証し直し、仮説を組み立てていくたびに、敵の輪郭がじわじわとはっきりしていった。
そして夜。
黒いスポーツカーは、駒王街の灯りから少し離れた高台の道路脇に停まっていた。
エンジンは落としてあるのに、車内にはまだ熱が残っている。
革張りのシートはほんのりと体温を返してきて、ダッシュボードの細いLEDが、車内の輪郭を青白く撫でていた。
フロントガラスの向こうでは、駒王の夜景が小さく広がっている。
街灯の列、マンションの窓に灯る生活の明かり、遠くを走る車のヘッドライト。
平和そうに見えるその景色の中に、これから起こるかもしれない“戦争”の気配が混ざっていると思うと、妙に現実感が薄くなる。
運転席のオールマイトは、車内モニターに映る立体地図を見つめていた。
夜の中でも、その姿は妙に目を引く。
細く、骨ばっていて、金髪がモニターの光を受けて乾いた色に見える。
けれど、赤を基調にしたジャケットだけは、そこにいる人間の立場を強く主張していた。
深い赤のベースカラーに、背中へ大きく入った宇宙警察のマーク。
派手すぎるはずなのに、オールマイトが着ると奇妙なくらい様になっている。
戦うための服というより、責任を背負うための制服に近かった。
その背中を見ていると、不思議と「この人なら大丈夫だ」と思える。
それは強さへの信頼というより、どれだけ面倒な案件でも途中で投げない人間だという確信だった。
モニターの上で、地図の一角が赤く点滅していた。
オールマイトはその座標を一度拡大し、さらにいくつかのログを重ねてから、小さく息を吐いた。
「・・・ふむ、奴らの拠点は判明したな」
落ち着いた声だった。
勝利の宣言みたいな軽さはなく、ここからが本番だと静かに告げる声。
俺は助手席で身体を起こし、表示された地点へ目を向ける。
「なんというか、ここまで手慣れているとは」
反応の移動経路は不自然なくらい綺麗だった。
エモルギアの痕跡を撒きながら、必要な情報だけを拾い、余計な証拠を残さない。
素人の思いつきでできるやり方じゃない。
むしろ、誰か“戦争慣れ”したやつが盤面を組んでいる動き方だった。
「おそらくは、手を組んでいると思われる堕天使が関係しているだろう」
「堕天使?」
聞き返した瞬間、喉の奥が少しだけ渇いた。
路地裏で拾った布切れの感触が、まだ指先の記憶に残っている。
「あぁ、コカビエルが既に調査である程度は判明している。彼の目的は戦争を起こす事を考えれば、放っておく訳はないだろう」
コカビエル。
名前だけで空気が悪くなる。
目的が“勝つ”ことじゃなく、“戦争を起こす”ことにあるタイプは、一番性質が悪い。
被害の大きさも、犠牲の数も、そいつにとっては手段でしかない。
「・・・最悪な組み合わせですね」
俺がそう漏らすと、オールマイトは否定しなかった。
ただ、モニター上に別のデータを呼び出す。
地図の上に、薄い光の層みたいなものが浮かび上がり、その中の一点だけが異様な濃さで赤く染まっていた。
「あぁ、それと共に、これまでの調査で判明したが、これを見てくれ」
「これは」
画面を覗き込む。
ただの地図じゃない。エネルギー流動の解析図だ。
街全体に薄く散っている光の流れの中で、一箇所だけが不自然に歪み、集中し、渦を巻いている。
見ているだけで嫌な感じがする。
呼吸が浅くなるような、吸い寄せられた先で何かが壊れると分かる図だ。
「この場所だけ異常にエネルギーが集束されている。おそらくは、この場所で戦争を起こす可能性がある」
「・・・駒王学園」
口にした瞬間、腹の底が冷えた。
画面に示されていた座標は、見慣れた校舎の配置とぴたり重なっていた。
俺が昼を過ごして、授業を受けて、友達と話している場所。
小猫がいて、絶花がいて、何気ない日常がちゃんと続いている場所。
そこが、連中の選んだ戦場になるかもしれない。
夜のフロントガラスに映った自分の顔が、思ったより険しかった。
窓の外では、校舎の方向が闇の向こうに沈んでいる。
あそこは戦場じゃない。
そうであっていい場所じゃない。
「君の調査のおかげである程度は理解していたが」
オールマイトの声が続く。
評価されているんだろう。
でも、そんなことは今はどうでもよかった。
俺の中にあるのは、もう一つしかない。
「・・・止めましょう、オールマイト。御願い出来ますか」
頼む、という言葉を選んだのは、自分一人では足りないと分かっているからだ。
それが悔しいわけじゃない。
守るためなら、手を借りることをためらう理由なんてない。
「あぁ、分かった。それと、これを」
オールマイトが後部座席へ手を伸ばし、何かを取ってこちらへ差し出す。
受け取ったそれは、布の重みがしっかりあるジャケットだった。
「これは、ジャケット?」
指先で生地を確かめる。
見た目はシンプルなジャケットだが、触ると普通の衣服じゃないのが分かる。
表面はざらつかず、けれど滑りすぎもしない。
夜気の冷たさを通しにくそうな、しっかりした厚みがある。
色は深い赤。
黒い車内灯の下でもはっきり分かるくらい、強い色だ。
そして背面には、宇宙警察のマークが大きく入っている。
主張が強いはずなのに、不思議と品がある。
戦闘服の一部というより、「誰として立つか」を示すための印みたいだった。
「この惑星で活動する時には正体を隠さないといけないだろう。ジャケットには認識障害機能が備わっているからね。深く被れば使えるようにね」
俺はフードの縁へ指をかけ、軽く引いてみる。
内側の縫い目には細かなパターンが織り込まれていて、見る角度によって光の返り方が違う。
認識障害機能。
派手な変装じゃない。目に入っても、深く印象に残らないようにするための処理。
この星で学生として暮らしながら、宇宙刑事として動くには、確かに必要な装備だった。
「・・・ありがとうございます」
礼を言いながら、その重みを腕で受ける。
単なる装備じゃない。
現場に出るための責任を、一枚の布の形にしたみたいな感触があった。
オールマイトは頷き、エンジンを再び始動させた。
静かだった車内に低い振動が戻り、ハンドル越しにわずかな機械音が伝わってくる。
夜景の向こうで、駒王の灯りが揺れた。
「では、行くとしようか」
その一言で、車内の空気が切り替わる。
俺はジャケットを膝の上へ置き、赤い生地をもう一度見た。
背中に入った宇宙警察のマークが、暗い車内でも妙に鮮明に見える。
あれを着るということは、ただ隠れて動くためじゃない。
守るために、名も知らない誰かの前へ立つということだ。
スポーツカーが闇の中へ滑り出す。
タイヤがアスファルトを舐める音は静かで、街灯がボンネットの上を流れていく。
駒王学園の方角へ近づくほど、胸の奥のキズナエモルギアが、嫌な予感に合わせて脈を早めていく。
戦争なんて、起こさせるわけにはいかない。
あの学園に、あの校舎に、平気な顔で帰っていく連中の明日を、戦場に変えさせるわけにはいかない。
俺はジャケットを握り直し、窓の外の夜景を睨んだ。
現場はもう見えている。
なら、あとは止めるだけだ。
次回の王は
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