サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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剣の因子 Case7

 夜の道路を、黒いスポーツカーが低く唸りながら走っていた。

 街灯の光がボンネットの曲面を滑り、フロントガラスに細い帯になって流れていく。

 車高の低い車体は地面に吸いつくみたいに安定していて、カーブに入るたびに車内の空気だけがわずかに傾く。

 シートベルトが肩へ食い込み、背中越しに伝わってくる振動が、速度を言葉より先に教えてくる。

 

 ダッシュボードの淡い照明に照らされたオールマイトの横顔は、昼間よりもいっそう骨ばって見えた。

 頬の線は鋭く、目の下には長年の疲労みたいな陰がある。

 それでも、ハンドルを握る手つきだけは妙に静かで、慣れた人間の無駄のなさがあった。

 赤いベースカラーのジャケットの肩口がシートに擦れるたび、背中側にある宇宙警察のマークが微かに揺れる。

 

 俺は助手席で手すりを握りながら、半分本気で、半分冗談として口を開く。

 

「オールマイト、聞きたいんですけど、これって法定速度は」

 

 前方の信号が青へ変わり、車は一段深く加速した。

 エンジン音が唸りを増し、街灯の間隔が急に狭く感じる。

 

「・・・ここでは気にしないように」

 

「えぇ」

 

 その一言に対して、俺は苦笑いするしかなかった。

 宇宙刑事の先輩が法定速度を気にしないというのはどうなんだと思う。

 けれど同時に、それだけ切迫しているということでもある。

 ここで一分遅れれば、その一分で何人傷つくか分からない。

 そう考えると、速度への文句は喉の奥で自然に消えた。

 

 車は駒王街を抜け、夜の学園へ向かう。

 街の灯りが途切れ始めると、今度は校舎の窓から漏れる薄い明かりが見えてきた。

 広い敷地の輪郭が闇の中に浮かび、昼間には賑やかだった場所が、今は別の顔をしている。

 まるで学校というより、これから何かを飲み込もうとしている巨大な器官みたいだった。

 

 やがてスポーツカーが減速し、校門を正面に捉える。

 俺は喉を一度鳴らし、胸の奥で脈打つキズナエモルギアの鼓動に意識を合わせる。

 

「オールマイト」

 

 俺が呼ぶと、オールマイトは前を見たまま、短く答えた。

 

「君はすぐに蒸着するように」

 

「・・・あぁ、蒸着」

 

 その言葉と同時に、俺の身体の中でスイッチが入る。

 キズナエモルギアの熱が一気に臨界へ達し、ギャバリオン粒子が全身を駆け抜ける。

 視界の端が白く弾け、次の瞬間には一ミリ秒で投射形成されたコンバットスーツが俺を包み込んでいた。

 皮膚の代わりに装甲が呼吸をし、筋肉の代わりに金属の出力が身体の芯へ重なる。

 ギャバン。

 戦うための俺が、そこに完成する。

 

 スポーツカーは減速を終えたと思った次の瞬間、そのまま校門を突破する勢いで学園の中へ突入した。

 タイヤがアスファルトを噛み、白線を滑り、夜の校庭へ車体が躍り出る。

 静寂は一瞬で吹き飛んだ。

 

「何っ」

 

 いきなりの出来事に対して、学園にいた面々が一斉にこちらを見る。

 緊張が張り詰めた空間の中心で、視線だけが車へ集まる。

 月明かりと校舎の灯りの間で、そこに立っていたのは今回の事件の中心人物――バルパー。

 その前には、すでに異形が一体。

 人型を保ちながらも、両腕が剣へ変質し、まるで巨大な刃そのものが意思を持って立っているみたいな存在。

 エモンズ。

 

「今度は一体」

 

 誰かが呟いた声が聞こえた。

 だが俺は車内のシートから身体を起こし、ドアを開ける。

 夜気が一気に流れ込み、装甲の上を冷たく撫でた。

 

「悪いな、色々としていて、遅れたが、どうやら間に合ったようだな」

 

 俺はそのままスポーツカーから降り立つ。

 靴底が地面に触れた瞬間、戦場の感触がはっきりと伝わってきた。

 空気は重い。

 地面の下に、何か大きな術式が張り巡らされているのが分かる。

 

「あなたは、ギャバンっ」

 

 驚きと警戒が入り混じった声。

 その呼び方に、ここまでの介入が無駄じゃなかったと分かる。

 俺は視線を前へ固定したまま、肩を鳴らす。

 

「ほぅ、お前か、ギャバンというのは」

 

 それと共に上空で黒い翼を広げている男がこちらを見る。

 闇に溶けるはずの翼が、逆に夜の色を濃くしたような存在感を持っていた。

 あれがコカビエル。

 名前だけで十分に嫌な相手だが、実際に目にすると、空気の温度まで変わるような圧がある。

 

「俺を知っているのか」

 

「まぁな、バルパーから聞いた話で、今回の事件で邪魔に入るとされている存在として聞いていた」

 

 バルパー。

 口ぶりは軽いが、その中にははっきりした敵意がある。

 俺はギャバリオントリガーを構え直し、視線を一切逸らさない。

 

「・・・どうやら、本当に現れるとは、だが、既に遅い!既にエクスカリバーに適合したエモンズはここにいる!」

 

 バルパーが叫ぶ。

 その声には狂気に近い興奮が混じっていた。

 研究者の理性じゃない。

 “成果”を見せつけたいだけの人間の声だ。

 

 そうして、見ると、確かに両腕が巨大な剣となっているエモンズがそこに立っている。

 肩口から先が人の腕ではなく、金属の延長でもなく、最初からそういう生き物として作られたみたいに自然な形で剣へ変わっていた。

 刃の表面には淡い光が走り、わずかな角度で月を弾く。

 ただ立っているだけなのに、周囲の空気が切れていくような圧があった。

 

「そうか、ならば、そいつは俺が退治するか」

 

 俺が一歩前へ出ようとした、その瞬間。

 

「くくっ、良いのか?そいつに構っていて」

 

「何?」

 

 コカビエルの言葉に、俺は反射的に振り向く。

 その先で、術式の気配が校庭の地下を這っているのが見えたような気がした。

 いや、見えたんじゃない。感じたんだ。

 あの嫌な圧の正体が、ようやく形を持った。

 

「・・・コカビエルはこの街を消し飛ぶ術式を施しているのっ」

 

 鋭い声が飛ぶ。

 部長――リアスの声だった。

 彼女の赤い髪が夜風に揺れ、その表情は焦燥と決意で強張っている。

 

「部長」

 

「この状況、彼が味方であるのは間違いないわ」

 

 その言葉に対して、俺は頷く。

 余計な説明をしている暇はない。

 俺が何者かより、今はどっちを止めるべきかだけが問題だ。

 

「そうか、けれど、バルパーの妨害を考えると最優先はこっちだろう」

 

 エモンズを放置すれば、誰かが斬られる。

 バルパーを自由にすれば、妨害がさらに増える。

 コカビエルの術式は大規模だが、逆に言えば時間がかかる。

 今すぐ人を殺せるのは、目の前の剣だ。

 

「けれど」

 

「それに、大丈夫だ」

 

 俺は彼らに言うと、スポーツカーから飛び出る。

 正確には、飛び出たのは俺だけじゃない。

 車体の向こう側で、オールマイトがゆっくりとドアを開けた。

 

「・・・なんだ、そこにいる骨だけの男は」

 

 バルパーが吐き捨てるように言う。

 だが、オールマイトは笑みを浮かべていた。

 細い身体に似合わない、堂々とした笑み。

 戦いの場に立つたびに、自分の役割を思い出してきた人間の顔だ。

 

「私か、あえて言うと彼の先輩だよ」

 

「先輩?くくっ、そんな老いた男に何が出来る」

 

「老いたか、確かに間違っていないな。だからこそ、こう宣言しよう」

 

 夜風が吹く。

 その瞬間、オールマイトの足元に置かれていたスーツケースが、ひとりでにロックを外すみたいな音を立てて開いた。

 内部には、精密に収められた無数の黒いパーツ。

 装甲、フレーム、ジョイント、発光ユニット。

 それぞれが静かに震え、解放の時を待っていた。

 

 オールマイトは一歩前へ出る。

 その赤いジャケットの背中で、宇宙警察のマークが夜の校庭に浮かび上がる。

 次の瞬間、その背中ごと、世界の空気が切り替わった。

 

「私が来た!!」

 

 その言葉は宣言だった。

 戦いの始まりを告げる号令であり、自分がここに立つ理由を世界へ叩きつけるための名乗りだ。

 

 それが、俺の言う蒸着と同じ役割となる。

 起動時にスーツケースは一度無数のパーツへ分解され、そのまま身に纏う。

 まるで箱の中に収まっていたのは装備じゃなく、一体のヒーローそのものだったみたいに、パーツが解き放たれて空中へ舞う。

 黒い装甲片が磁力か意志かも分からない力でオールマイトの周囲を巡り、胸部、肩、腕、脚へと一気に固定されていく。

 関節部のフレームが骨格を補強し、背面ユニットが脊柱に沿って展開し、最後に頭部の装甲が閉じる。

 金属同士の噛み合う音が、夜の校庭に硬く響いた。

 

 そこに現れたのは、漆黒のヒーローであるオールマイト。

 夜を切り取ってそのまま鎧にしたみたいな黒。

 だが、ただ黒いだけじゃない。

 装甲の縁には細い金のラインが走り、胸部には鋭く光る意匠が刻まれている。

 巨大でも派手でもない。けれど、無駄のない圧があった。

 老いた身体の上に纏うからこそ、その装甲はただの武装じゃなく、積み重ねてきた年月そのものを形にしたみたいだった。

 

 月明かりの下、ギャバンと漆黒のオールマイトが並ぶ。

 その前には、両腕がエクスカリバーとなったエモンズ。

 上空には、戦争を楽しむ堕天使。

 足元には、街を吹き飛ばす術式。

 

 盤面は最悪だ。

 けれど、だからこそ負けるわけにはいかなかった。

 

 俺はブレードを握り直し、装甲越しに息を吐いた。

 守るべきものが多いほど、やることは逆に簡単になる。

 切るべき敵を切り、止めるべき術式を止める。

 

 そのために、俺たちはここへ来た。

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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