サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
コカビエルが地へ落ちたあとも、夜の校庭から張り詰めた気配は消えなかった。
上空を支配していた圧が一つ潰れても、目の前にはまだ、明確な“死”の形をした敵が立っている。
エモンズ。
両腕がそのまま巨大な聖剣へと変質した異形は、倒れたコカビエルを一瞥すらせず、ただ俺だけを見ていた。
人の顔をしているのに、眼差しの中には人間らしい揺れがまるでない。
命令だけで動く兵器。
そういうものを、バルパーは人の形で作り上げた。
俺はギャバリオンブレードを構え直し、装甲越しに息を整える。
さっきまで空を焼いていた戦いとは違う。
こっちはもっと近い。
刃と刃、呼吸と呼吸、踏み込みの一歩を読み違えれば、そのまま両断される距離だ。
「さぁ、見せてもらおうではないか、ギャバン!」
バルパーの声には興奮しかない。
誰が傷つくかじゃない。
何が起きるかじゃない。
ただ“研究成果”がどう暴れるかだけを見たいという、最低の目だ。
その声を合図にするように、エモンズが踏み込んでくる。
両腕と一体化した聖剣が、月光を引き裂きながら迫った。
右が上段、左が横薙ぎ。
同時。
しかも、一刀ごとに腕の延長じゃなく“剣そのものが生きている”みたいに角度が変わる。
俺はギャバリオンブレードを立て、まず右の一撃を受けた。
金属音。
火花。
衝撃は予想以上に重い。
すぐさま左の横薙ぎが胴へ走る。
装甲をひねって半歩だけ下がり、刃の腹で受け流す。
だが、その受け流しを待っていたかのように、右腕聖剣が今度は刺突へ変わった。
「っ……!」
速いだけじゃない。
“腕で戦う”んじゃなく、“二本の剣がそれぞれ別の意思で襲ってくる”感覚だ。
腕と剣が一体化しているせいで、通常の剣士ならあるはずの振り終わりの隙が薄い。
踏み込みの癖も読みにくい。
これは確かに厄介だ。
ギャバリオンブレードで受け、いなし、蹴りで距離を作ろうとするが、そのたびに両腕聖剣が蛇みたいに軌道を変えて食らいついてくる。
ただ強引な化け物じゃない。
元になっている剣技が、しっかり仕込まれている。
バルパーの“適合者を作る”研究の気持ち悪さが、そのまま目の前の斬撃になっていた。
「はははっ! どうした、ギャバン! その剣は見た目だけか!」
バルパーが叫ぶ。
俺は舌打ちしそうになるのを堪え、再び刃を合わせた。
その瞬間だった。
「……その剣」
バルパーの声色が変わる。
興奮の中に、研究者特有のねっとりした驚きが混ざる。
「貴様のその剣……聖剣に似ているな」
似ている。
言われて、俺自身も一瞬だけ違和感を覚えた。
ギャバリオンブレードは宇宙警察側の装備だ。
けれど、刃の発する圧や、光の走り方のどこかに、この場にある聖剣と通じるような感触がある。
今はそれを考えている余裕はない。
目の前のエモンズが、また両腕を振り下ろしてきた。
受ける。
いなす。
距離を詰める。
だが、押し切れない。
刃の数が多いというより、“二つの聖剣と同時に斬り合っている”感覚が続く。
俺が一度大きく跳んで距離を取り直した、その視界の端に、一人の女が映った。
短い青髪。
戦いの只中にいても表情が薄く、けれど目だけが何かを探せずに空を見失っているような女。
彼女は少しだけ後方へ下がっていた。
右手に握っているのは、一本の剣。
その刀身からは、ただの武器じゃないと分かる密度のある気配が立っていた。
俺はその女を知らない。
名前も、立場も、この場で何を背負っているかも分からない。
ただ、その手にある剣が“この戦いを変える”と、本能みたいな確信が走った。
エモンズが再び踏み込んでくる。
俺は横へ滑ってその一閃を外し、声を張る。
「そこのあんた! その剣、借りるぞ!」
青髪の女性が、わずかに目を見開いた。
驚きというより、そんな言葉を向けられること自体を予想していなかった顔だった。
彼女の手の中の剣へ視線をやる。
重く、まっすぐで、異様に“強い”。
俺は知らない。
でも、その剣がここで眠ったままなのは違うと分かった。
「……デュランダルを?」
彼女が呟く。
その声音には、生きようとする熱が薄い。
まるで、もう自分がその剣を振るう理由を見失っているみたいだった。
俺は彼女の事情を知らない。
神が死んだことを知り、生きる気力そのものが薄れていることも、この瞬間の俺は知らない。
けれど、人の目を見るくらいはできる。
その目が、今にも灯を失いそうだということくらいは、分かった。
俺はエモンズの二撃目を弾き、青髪の女性の方へ半歩だけ踏み寄る。
「知らないことばかりだし、あんたのことも俺は何も知らない。けどな、そんな顔のまま剣を持ってるのは違う」
彼女の目が揺れる。
俺はそのまま、手を差し出した。
「その剣が何で、あんたが何を失ったのかも今は分からない。けど、あんたがまだここに立ってるなら、まだ終わってない。だから貸してくれ」
青髪の女性は何も言わない。
けれど、その沈黙の奥で何かが引っかかったように見えた。
次の瞬間、彼女は剣をこちらへ差し出す。
受け取った瞬間だった。
ギャバリオンブレードとデュランダルが、同時に震えた。
金属同士が触れたわけでもないのに、刃の奥から響くような高い音が鳴る。
ふたつの剣の間に光が走る。
白銀とも蒼ともつかない輝きが、まるで互いを確かめ合うように刃先を伝って弾けた。
「なっ……!?」
青髪の女性が初めて、はっきりと驚愕を顔に出す。
俺自身だって驚いていた。
ギャバリオンブレードが、まるで久しぶりに何かへ触れたみたいに脈打っている。
デュランダルの方も同じだった。
理由は分からない。
原理も、由来も、今の俺には何一つ説明できない。
だが、それでも――。
俺は二本の剣を見つめたまま、はっきりと言い切った。
「例え、今は分からなくても、死んだとしても繋がりはある。この状況が何なのかは今の俺には分からないが、あえて言おう。俺は繋がりを決して諦めないと」
それは青髪の女性へ向けた言葉でもあった。
彼女が何を失ったのかを知らなくても、何かを失った目をしていることは分かる。
だからこそ言う。
途切れたように見えても、終わったように見えても、人は繋がりを手放したらそこで本当に終わる。
俺はそれを信じない。
信じないから、今ここで立っている。
エモンズが咆哮みたいな音を立て、両腕聖剣を大きく振り上げた。
時間切れだ。
俺は腰のエモルギアスロットへ手を伸ばす。
取り出したのは、静かな色を宿した一つのエモルギア。
ヒソウエモルギア。
ギャバリオントリガーへ装填する。
機構が噛み合う音。
装甲の内側で、データが走る感覚。
『ヒソオ・データ!オーバーレイ!』
音声と共に、俺の全身へ新しい気配が重なる。
ギャバン・ブシドー。
それは単なる姿の変化じゃなかった。
剣を扱うための静けさ。
呼吸を削ぎ落として、踏み込みの一歩だけに意識を研ぎ澄ますための投影。
世界の音が、一瞬だけ遠のく。
俺は右手にギャバリオンブレード、左手にデュランダルを構えた。
二刀。
さっきまでの俺なら、片方を持て余したかもしれない。
だが今は違う。
両手の中にある刃の重みが、まるで最初からそこにあったみたいに噛み合う。
「――来い」
エモンズが突進した。
右腕聖剣が上段から叩き落とされ、左腕聖剣が同時に脇腹を狙う。
俺は右のギャバリオンブレードで上段を受け、左のデュランダルで横薙ぎを外へ流す。
さっきまで苦戦していた“二本同時”の圧が、今ははっきり見える。
刃と刃の間にあるわずかな溜め、力の逃げる方向、次に来る軌道。
全部が読める。
受ける。
流す。
踏み込む。
今度は俺が、エモンズを押していく。
右の斬撃で片腕聖剣を弾き、左の一閃で胸元を浅く裂く。
エモンズが後退しかけた瞬間に前へ出て、二刀でその両腕を外へ開かせる。
バルパーの顔から笑みが消えた。
「馬鹿な……! 圧倒していただろうが!」
圧倒していたのは、数手前までだ。
今は違う。
ギャバン・ブシドーの静かな剣気と、二本の刃が噛み合ったことで、戦いの流れそのものが変わっている。
俺は地面を蹴り、エモンズの懐へ深く潜り込む。
右手のギャバリオンブレードで下から上へ、半月。
左手のデュランダルで上から下へ、逆半月。
交差する軌道が夜空の中で二つの月輪を描く。
その瞬間、刃から冷気にも似た静かな輝きが溢れた。
斬撃が音を奪い、世界が一瞬だけ白く凍る。
「氷双月輪斬――ッ!」
二つの月輪が重なり、一つの円環みたいにエモンズを包む。
次の瞬間、その中心を交差斬撃が走り抜けた。
エモンズの動きが止まる。
両腕の聖剣が、ひび割れた氷みたいな音を立てる。
そして、身体の中心から静かに崩れた。
叫びもなく、ただ凍てついた残光を散らしながら、地面へ膝をつき、そのまま砕けるように沈む。
沈黙。
バルパーだけが、信じられないものを見る目で俺を見ていた。
俺は二本の剣をゆっくり下ろし、装甲越しに息を吐く。
まだ終わっていない。
だが、少なくとも今この瞬間、目の前の“命令だけで動く剣”は、もう立ち上がらない。
俺は一度だけ青髪の女性を見る。
彼女の目には、さっきまでなかった揺れが戻っていた。
生きる理由そのものではなくても、少なくとも“何かが繋がった”と感じた顔だった。
「借りた。助かった」
短くそう言って、俺は再び前を向く。
次に切るべき相手は、もう決まっている。
バルパー。
あんたみたいなやつに、これ以上好き勝手はさせない。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王