サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
放課後の教室は、昼間よりずっと広く見える。
窓の外では運動部の掛け声が遠く弾み、廊下には誰かの足音が時々混じる。
なのに、この教室だけは妙に静かだった。
俺は鞄を机に引っかけたまま、帰るでもなく立ち尽くしていた。
今すぐ家に帰れば、雷が持ってきた話の続きが待っている。
かといって、ここに残っていても気が休まるわけでもない。
「……帰らないんですか」
最初からそこにあったみたいな静かな声だった。
顔を向けなくても分かる。塔城小猫だ。
「帰るさ。たぶん」
適当に返すと、小猫は教室の前の方からこちらへ歩いてきた。
机の間を縫う足取りがやけに静かだ。
「たぶん、は帰らない人の言い方です」
「いや、帰る帰る。今日はちゃんと帰る日」
「帰らない日があるみたいな言い方です」
早い。しかも低温だ。
「じゃあ修正しよう。今日も普通に帰る日」
「普通の人は、修正しません」
「お前さ、そういうとこあるよな」
「どこですか」
「正論を投げる速度が速い」
小猫は俺の机の横まで来て止まった。
ただじっとこっちを見る。
「……太郎」
「ん?」
「最近、変です」
直球だった。
「変って何だよ。傷つくぞ」
「傷つく人は、先にそんなに身構えません」
「身構えてないだろ」
「今、ちょっと早口でした」
会話が全部、証拠採取みたいだ。
「お前、そういうのどこで覚えてくるんだよ」
「見ていれば分かります」
「怖いこと言うな」
「太郎が分かりやすいだけです」
言い切る。逃げ道を残さない。
「分かりやすいって、俺そんな顔に出るタイプか?」
「かなり」
「マジで?」
「かなり」
「二回言う必要あった?」
「大事なので」
淡々と返されて、俺は少し笑いそうになる。
会話のテンポだけなら妙に噛み合うのが腹立つ。
俺は机の端に腰を引っかけた。
「で、何が変なんだよ」
「休み時間によくいなくなります」
「トイレだろ」
「長いです」
「体質だよ」
「この前は購買にもいました」
「途中で寄った」
「昨日は屋上にいました」
「風に当たりたくて」
「一昨日は校門の外でした」
「散歩だ」
「授業の合間に」
「散歩だ」
「かなり危ない人です」
「言い方」
ちょっと苦しい。
でも、ここで照れたら終わる。
小猫はじっと俺を見ている。
その目が動かない。
「……太郎は本当はギャバンじゃないんですか」
来た。
そう思った瞬間、鞄の持ち手を握り直す。
「ギャバンって、またそれか? 何かのアニメか何かか?」
軽く。
大げさにしすぎないように言う。
小猫はまばたきを一つした。
「アニメにしては、かなり強いです」
「最近のアニメはすごいんだろ」
「見たことあるんですか」
「ないけど」
「ないのに」
「雰囲気で言った」
「適当です」
「会話ってだいたいそういうとこあるだろ」
「ありません」
即否定だった。少しも揺れない。
「じゃあ、お前の中の会話はずいぶん優等生だな」
「太郎の中の会話が雑すぎます」
「褒め言葉として受け取っておく」
「褒めてません」
やり取りだけ聞けば普通の放課後だ。
でも、小猫が狙っている場所はずっと変わらない。
小猫は机の上に指先を置いて、少しだけ身を寄せた。
「似てます」
「何が」
「喋り方」
「世の中には似たやつくらいいるだろ」
「間の取り方も」
「癖だな」
「目の動きも」
「それは知らん」
「嘘をつく時の顔も」
「おい」
さすがにきつい。
俺は机から腰を上げ、窓の方を見る。
「太郎」
「ん?」
「今、逃げました」
「窓見ただけだろ」
「そうやって、すぐ話をずらします」
「ずらしてないって」
「ずらしてます」
「断定が早いんだよお前は」
「遅いと逃げられます」
狩る側の理屈だった。
俺は大きく息を吐く。
「……じゃあ仮にだ。仮に俺がそのギャバンだとして、お前どうすんの」
小猫の目が、ほんの少しだけ細くなる。
「通報する? 学級会にかける? 放課後の見回り強化する?」
「学級会は変です」
「じゃあ職員室か」
「もっと変です」
「なら、購買でカレーパン買って監視か」
「それは少し良いです」
「乗るなよ」
つい吹き出しそうになる。
食べ物を混ぜると、少しだけ空気が緩む。
「でも、太郎が誰かのために戦ってるなら、それでいいとも思ってます」
その一言だけ、少し静かだった。
俺はそこで初めて、小猫の顔をまっすぐ見る。
目は逸らさない。
「何だよそれ。急に理解ある感じ出すな」
「理解はしてません」
「してないのかよ」
「まだ」
「まだ、って何だよ」
「観察中です」
「怖いんだってその言い方」
「太郎が分かりやすいのが悪いです」
「今日それ三回目だぞ」
「大事なので」
「便利だなその返し」
「太郎の適当よりは」
そこで会話が一度止まる。
教室の外で、誰かが笑って走り去っていく音がした。
夕方の光も、もう薄い。
小猫は机から指を離して、鞄を肩に掛けた。
追及を終えるのかと思ったら、最後にまた刺してきた。
「でも」
「まだあるのか」
「太郎がギャバンじゃなくても、普通ではないのは確かです」
「そっちは断定なんだな」
「ええ」
「雑だなあ」
「太郎ほどでは」
俺は笑って、鞄を肩へ引っかけた。
小猫の中の疑いはたぶん消えない。
でも、それでいいのかもしれない。
全部知られるのは困る。
けれど、まったく何も知られないのも少し違う。
そう思うくらいには、こいつはもうただのクラスメイトじゃなかった。
「じゃ、帰るか」
「やっとです」
「お前、最初からそれ言いたかっただけだろ」
「かなり」
「かなり、って素直だな」
「大事なので」
「それ便利だなほんと」
小猫は先に教室を出る。
俺はその背中を見ながら、やっぱり全部ばれてるわけじゃないな、と少しだけ安心した。
ばれてはいない。
でも、見られてはいる。
それくらいの距離が、今の俺たちにはちょうどいいのかもしれない。
廊下へ出る直前、小猫が振り向かずに言った。
「……太郎」
「ん?」
「本当に危ないことをする時は、せめて帰ってきてください」
足が少しだけ止まる。
けれど、小猫はこっちを見ない。
「面倒なので」
「最後でそれ付けるなよ」
「本音です」
たぶん、全部ではない。
でも言い直さないのが小猫なんだろう。
俺は笑って答えた。
「善処する」
「しない顔です」
「何で分かるんだよ」
「かなり」
「それもう口癖だろ」
「大事なので」
ほんと便利だなそれ。
そう思いながら、俺は小猫の後を追って教室を出た。
放課後の空気は少し冷えていて、次の面倒事の匂いがまだどこかに残っている気がした。
次回の王は
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幻想王