サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
高等部から中等部へ向かう道は、放課後の空気が少しずつ静かになっていく場所だった。
校舎同士を繋ぐ通路を抜けるたびに、人の気配はまばらになり、さっきまで近くにあった笑い声も、部活の掛け声も、もう遠くの響きに変わっていく。
夕方の光はだいぶ傾いていて、道路脇のフェンスが長い影を落とし、中等部へ続く坂道の端を薄いオレンジ色で染めていた。
俺はその道を、一人で歩いていた。
目的は単純だ。
絶花を迎えに行く。
それだけなら、なんてことのない日常の一コマで済むはずだった。
鼻歌まじりに歩いていたのは、気を抜いていたからというより、逆にいつも通りを装うためだ。
何も起きない放課後に、何も起きない顔で迎えに行く。
そういう普通を守るのも、最近は案外難しい。
それでも、絶花を迎えに行く時間くらいは、ただの高校生でいたかった。
けれど、そう思った瞬間に限って、日常の皮が剥がれる。
空気が、変わった。
風の流れが不自然に止まる。
夕方の鳥の鳴き声が、少しだけ遠のいた気がした。
それと同時に、背中へ細い刃を当てられたみたいな感覚が走る。
殺気。
しかも雑じゃない。
こちらの反応を見ようとしている、磨かれた殺気だ。
俺は歩みを止めず、息だけを静かに整える。
肩の力は抜いたまま、指先だけをわずかに動かした。
いつでもギャバリオントリガーへ手が届く位置に重心をずらす。
「・・・俺に対して、いきなりか」
独り言みたいに言うと、返事はすぐに来た。
声は近い。
だが、足音は聞こえていなかった。
「ほぅ、殺気を消したつもりだったけどね」
俺はそこでようやく視線を向ける。
道の先、夕方の光と影の境目に、一人の男が立っていた。
白い髪。
整った顔立ち。
年齢だけ見れば、俺たちと大きく変わらないはずなのに、そこにある空気だけが妙に古い。
いや、古いというより、戦い慣れている。
生まれつき強いだけじゃない。
強いまま、ずっと“上”にいたやつの気配だ。
「殺気以外にも色々とな、それで、お前は何者だ」
言いながら、俺は片手をポケットの近くへ落とす。
動作は自然に。
でも必要なら、瞬時にギャバリオントリガーを抜ける位置へ。
男はその仕草に気づいているはずなのに、まるで気にした様子もなく、不敵に笑った。
「今日は少し顔見せだよ、唯我太郎、いや、この場合は、この世界のギャバンと呼んだ方が良いのかい」
心臓が一度だけ強く脈打つ。
名前。
それだけじゃない。
ギャバン。
その呼び方を知っている時点で、ただの通りすがりじゃない。
俺は表情を崩さず、視線だけを鋭くする。
こういう相手に驚きを見せると、その分だけ向こうに情報を渡すことになる。
「・・・ギャバンの事を知っているのか、誰から聞いた」
男は肩をすくめる。
余裕のある仕草だった。
まるで、こっちの警戒すら込みで楽しんでいるみたいに。
「君がデス・ギャバンと呼んだ男からだ、彼からの情報は俺にとってはこれまでの世界がちっぽけに見える程の情報だったからね」
デス・ギャバン。
その名が出た瞬間、胸の奥が冷たくなる。
あいつはただの乱入者じゃなかった。
情報を持ち帰り、別の誰かへ渡している。
そして今、目の前にいるこいつは、その情報に惹かれてここへ来た。
この男の目には、好奇心がある。
敵意とも違う、もっと厄介な種類の興味だ。
強いもの、新しいもの、世界の外にあるもの。
そういうものを見た時の眼だ。
「・・・そうかよ、それで俺に対しては戦うつもりか」
俺がそう問うと、男は薄く笑ったまま、ほんの少し首を傾ける。
その動き一つに、無駄がない。
今ここでぶつかっても、ただの威嚇では終わらないだろう。
絶花を迎えに行く途中だとか、中等部が近いとか、そんな事情を気にしてくれる手合いでもなさそうだった。
けれど。
「今は、しないさ。今日はギャバンがどういう人物か見る為に来ただけだからね」
その言葉だけは、妙に軽かった。
本当にそのつもりなのか、あるいはそう見せているだけなのか。
判断はつかない。
だが、少なくとも今この瞬間、こいつの興味は戦うことより“観察すること”に向いている。
それが分かるだけでも、十分に不快だった。
男はそれだけ言うと、こちらへ背を向けるでもなく、肩越しに笑みを残したまま歩き出した。
道の真ん中を、なんのためらいもなく横切っていく。
この場所を自分のものみたいに扱う足取り。
腹が立つくらい自然だった。
「また、会えるのを楽しみにしているよ」
夕方の光の中へ、その背中が溶けていく。
追うべきか、一瞬だけ迷う。
だが、足は動かなかった。
理由は単純だ。
今ここでこいつを追えば、絶花を迎えに行くっていう“守るべき普通”を自分で手放すことになる。
それは違う。
俺はしばらく、その男が消えた方角を睨み続けた。
気配が完全に遠のいたのを確認してから、ようやくポケットの近くに置いていた手を下ろす。
呼吸は乱れていない。
けれど、胸の奥には嫌な棘が残ったままだ。
デス・ギャバンから情報を受け取った男。
俺の名前を知っていて、ギャバンのことも知っている。
それなのに、今日はただ“見に来た”と言った。
つまり。
次はある。
しかも、向こうはそれを当然みたいに考えている。
俺は小さく舌打ちして、夕焼けの残りを見上げた。
面倒事は、もう駒王の校庭だけで終わらない。
世界の外側から、新しい連中が次々に顔を出し始めている。
だが、それでも。
俺は中等部へ向かって歩き出す。
今はまだ、絶花を迎えに行く方が先だ。
戦う理由ってのは、だいたいそういうところにある。
目の前の普通を守るために、厄介なやつらに睨まれても前へ進む。
さっきまでの鼻歌はもう消えていた。
その代わり、頭の中にはあの男の笑みだけが、妙に鮮明に残っている。
――また会えるのを楽しみにしているよ。
勝手なことを言いやがる。
けれど、その言葉が冗談じゃないことも分かってしまった。
俺は歩幅を少しだけ速める。
絶花のところへ向かう足を止めないまま、次の厄介事の輪郭を、頭の中で静かに組み立て始めていた。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王