サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
公園のベンチは、夕方になると妙に世界から切り離されたみたいに見える。
遊具の方からは、まだ小さい子の笑い声が聞こえてくるのに、少し外れたこの一角だけは風の音の方が大きい。
俺は背もたれへ軽くもたれながら、缶コーヒーを指先で転がしていた。
こういう時に持ってくるあたりが、あいつらしい。
隣に座っているジョーンズは、相変わらず顔色一つ変えない。
ベンチへ腰かけているだけで景色に紛れるのに、よく見るとやっぱり“普通の大人”じゃない空気を持っている。
静かすぎるんだ。
地球に馴染んでるくせに、地球に染まってない感じがする。
「で、何だよ。わざわざ呼び出して缶コーヒーだけ渡すってことはないだろ」
俺が缶を鳴らして言うと、ジョーンズは開けたばかりのBOSSをひと口だけ飲んだ。
やっぱりこの人、間の取り方まで無駄がない。
「この惑星に、蟲使いジスキーが来ている」
前置きがなかった。
しかも、内容がいきなり重い。
俺は缶を持ったまま眉を寄せる。
「また物騒なのを、まるで天気の話みたいに言うな」
「放っておけば、天気より面倒になる」
「それはもうだいぶやばいな」
ジョーンズは頷きもしない。
ただ缶を膝の上に置いて、前を向いたまま続ける。
「ジスキーは、各惑星で珍しい知性生物を捕獲する」
「コレクターか何かか」
「趣味が悪い方の」
「最悪じゃねえか」
「同感だ」
短い会話なのに、嫌な輪郭だけはどんどんはっきりしていく。
俺は缶のプルタブを弄りながら、横目でジョーンズを見る。
「で、地球での“珍しい知性生物”ってのは?」
「妖怪のような存在だ」
その言い方が妙に引っかかった。
“妖怪そのもの”じゃなくて、“妖怪のような存在”。
あくまで観測者の言葉だ。
でも、十分すぎるほど伝わる。
「……なるほどな。地球の裏側を歩いてる連中を、まとめて檻に入れたいわけか」
「檻で済めばまだましだ」
「おい、朝から気分悪くなるやつだぞそれ」
「今は夕方だ」
「そういうとこだよ」
ジョーンズはほんの少しだけ缶を傾ける。
笑っているのかどうか分からない。
ただ、こっちの軽口に付き合う程度には機嫌が悪くないらしい。
「ジスキーは、捕らえた対象を操る」
「操る?」
「自分で戦わず、捕らえた者を使う」
「なお悪い」
「しかも、被害が出る」
「お前がわざわざ来たってことは、もう近いのか」
「近い」
即答だった。
俺は缶コーヒーを一気に半分ほど飲み込んで、息を吐く。
甘くない苦味が喉に残る。
こういう話を聞く時に限って、この味は妙に現実感を増す。
「で、俺にどうしろって?」
「見つける前に、止めろ」
「簡単に言うなよ」
「君はいつも、そうしている」
「人を厄介ごとの中心みたいに言うな」
「違うのか」
「否定しづらいのが腹立つ」
俺がそう返した時だった。
「……宇宙人」
声は小さかった。
けれど、それだけで身体が先に止まった。
俺も。
ジョーンズも。
ほぼ同時に固まる。
ゆっくりと顔を向ける。
公園の入口に近い歩道、ベンチから少し斜めの位置。
塔城小猫が、こっちを見ていた。
ジト眼。
いや、いつもの無表情に近いんだけど、明らかに“聞き逃してない”顔だ。
視線が細い。
しかも、その細さのまま逃がさない。
「……何の話ですか」
低い。
小さい。
でも一番困る温度だ。
詰問というより、確認の形をしているくせに、誤魔化しを許す気配がない。
俺は喉の奥で一回だけ息を整える。
ジョーンズは隣で、缶コーヒーを持ったまま微動だにしていない。
この人、こういう時だけ地蔵みたいに黙るよな。
「いや、その……映画の話だ」
「映画」
「宇宙人が出てくるやつ。な?」
最後だけジョーンズへ振る。
丸投げだ。
分かってる。
でも今は一人で抱えると逆に怪しい。
ジョーンズは小猫を見て、またひと口コーヒーを飲んだ。
そして、いつもの乾いた調子で言う。
「古い映画だ」
おい。
もっとこう、自然に助けろよ。
古い映画って何だ。
余計にふわっとしてるだろ。
「……題名は」
小猫がすぐに追い打ちをかけてくる。
早い。
しかも躱すための猶予がない。
「題名?」
「映画なら、あります」
あります、じゃないんだよ。
圧なんだよその短さ。
俺は缶を持ったまま空を見て、適当なタイトルを捻り出そうとした。
だが、こういう時に限って頭が回らない。
「えーと……その……」
「……ないんですね」
「ある! あるけど今ちょっと喉まで出かかってて!」
「便利な喉です」
容赦がない。
俺は思わずジョーンズを見る。
助け舟を期待したわけじゃない。
ただ、人の会話に混ざってる宇宙人本人が一番落ち着いてるの、どうなんだって確認したかっただけだ。
ジョーンズは視線だけを小猫へ向けた。
「この惑星の住人は、耳がいい」
「今それ言う?」
「観測結果だ」
「観測で済ませるなよ!」
小猫の視線が、俺からジョーンズへ移る。
今度はジト眼のまま、少しだけ首を傾けた。
「……この人も、普通じゃないですね」
その一言に、俺とジョーンズはまた同時に黙った。
さっきよりも、きっちりと。
風が吹く。
ベンチの足元で乾いた葉っぱが転がる。
缶コーヒーの缶だけが、妙に冷たく手に残っていた。
ああ、だめだ。
これはもう、話を逸らす段階を一つ越えてる。
でも、だからって正面から答えるわけにもいかない。
俺は小さく咳払いして、わざとらしく立ち上がった。
「……塔城、お前いつからいた」
「宇宙人、のあたりからです」
「最悪のタイミングだな」
「たぶん、こっちの台詞です」
その返しに、俺はとうとう笑いそうになった。
困ってるのに、変に面白い。
こういう時に限って、こいつとの会話は噛み合う。
ジョーンズは立ち上がらない。
ベンチに座ったまま、缶を見ている。
たぶんこの人、今の状況を“非常に興味深い”とか思ってる。
顔に出ないだけで。
小猫は相変わらずジト眼のまま、俺を見ていた。
問い詰めるでもなく、追いかけるでもなく、ただ“逃がさない”距離で。
そして俺は、そういう目を向けられると、完全には無視できない。
だから、とりあえず今日はここまでだ。
ジスキーの話も、宇宙人の単語も、小猫の圧も、全部まとめて一度持ち帰るしかない。
「……帰るぞ」
「誰に言ってるんですか」
「全員だよ」
「私は最初から帰る途中です」
「じゃあ俺が帰る」
「言い直しました」
「細かいなあ!」
言いながら、俺は缶を握り直した。
夕方の公園はまだ平和な顔をしている。
けれど、その平和の中にもう一つ、面倒な火種が落ちたのは間違いない。
蟲使いジスキー。
妖怪を狙う犯罪者。
そして、宇宙人という単語を聞き逃さなかった塔城小猫。
……今日もまた、普通に終わる気がしない。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王