サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
教室の空気は、昨日と同じようでいて少し違った。
朝のざわつき、机を引く音、窓際へ集まる陽の匂い。
全部いつも通りなのに、俺の中だけ妙に落ち着かない。
たぶん原因ははっきりしている。
昨日、公園でジョーンズと話していた時に飛び込んできた、あの短い一言だ。
――宇宙人。
あれを拾うか、普通。
いや、塔城小猫なら拾うか。
拾うし、忘れないし、たぶん今も頭の隅でずっと転がしてる。
「……太郎」
来た。
声だけで分かる。
低い。短い。逃がさない。
俺はノートを机に置いたまま、できるだけ普通っぽい顔で振り向く。
「おう、朝からどうした」
小猫はいつもの無表情で立っていた。
無表情なんだけど、こういう時のこいつは逆に圧がある。
視線だけで“話、終わってませんけど”って言ってくる。
「昨日の公園」
「何だよ、唐突だな」
「宇宙人」
直球だった。
ワンクッションもない。
俺は一瞬だけ視線を泳がせそうになって、それをなんとか咳払いで誤魔化した。
「またその話か。お前、案外そういうの好きなのか?」
「好き嫌いの問題ではないです」
「じゃあ流行りか?」
「流行ってません」
「じゃあ俺の周りだけ流行ってる」
「かなり限定的です」
やっぱり強い。
返しが早いし、しかも全部ちゃんと刺さる。
俺は椅子に座ったまま肩をすくめる。
「映画の話だって言っただろ」
「題名はまだ聞いてません」
「まだ引っ張るのかよ」
「大事なので」
便利だな、その返し。
小猫は俺の机の横へ来ると、少しだけ身を寄せた。
顔の距離が近いわけじゃない。
ただ、逃げようとしたらすぐ分かる位置に立つ。
この距離の詰め方がうまい。ほんとに同級生かって思うくらいだ。
「それで」
「それで?」
「昨日、公園で会っていたあの人」
「ジョーンズ?」
言ってから、しまったと思う。
自然に名前を出した。
小猫の目が、ほんの少しだけ細くなる。
「名前は、言ってません」
「あ」
「やっぱり、知り合いなんですね」
「いや、今のはあれだよ。雰囲気で」
「雰囲気でジョーンズは出ません」
「出る時は出るだろ」
「出ません」
きっぱり切られた。
朝から容赦がない。
俺は額を掻いて、机に肘をつく。
「お前さ、最近ちょっと追及が強くない?」
「最近の太郎が怪しいからです」
「そんなに怪しいか?」
「かなり」
「またそれか」
「かなり、です」
二回言いやがった。
わざとか。わざとだな。
教室の前の方で誰かが笑っている。
朝のホームルーム前、まだ空気は日常だ。
なのに、俺の机の周りだけ妙に取り調べ室っぽい。
これで同級生同士の会話なんだから困る。
「塔城、お前、俺のこと何だと思ってるんだよ」
「普通ではない人」
「範囲が広い」
「かなり」
「それもう口癖だろ」
「便利なので」
ちょっと学習してやがる。
俺は思わず吹き出しそうになって、それを誤魔化すように鞄へ手を伸ばした。
だが、その瞬間に小猫の声が落ちる。
「昨日の話、続きがありますよね」
軽い声じゃなかった。
もう“宇宙人”の単語そのものというより、その先に何があるかを聞いている声だ。
こいつ、やっぱり分かってる。
少なくとも、俺が公園でただ雑談してたわけじゃないことくらいは。
「……何のことだよ」
「しらばっくれる時、少し遅くなります」
「人の観察力を嫌な方向に伸ばすな」
「伸ばしてません。見ているだけです」
「それが怖いって言ってるんだよ」
小猫はそこでは追わなかった。
ただ、机の端へ指先を置いて、少しだけ視線を落とす。
その沈黙が、逆に落ち着かない。
俺はつい、先に口を開いてしまう。
「……で、何でそんなに気になるんだよ」
「気になります」
「雑」
「昨日のあの人も、太郎も、普通の話をしている顔じゃなかったので」
「顔でそんな分かる?」
「分かります」
「嫌だなあ」
「私もです」
「お前も嫌なのかよ」
「巻き込まれそうなので」
それを言われると、ちょっと黙るしかない。
実際、その通りかもしれないからだ。
ジスキーの件は、まだ小さい火種だ。
けれど、小さいからって安全とは限らない。
むしろ、こういう手合いは気づいた時には近くまで来ている。
俺がそんなことを考えていると、チャイムが鳴った。
一時間目の始まりを告げる、妙に現実的な音だ。
教室のざわめきが一度だけまとまり、みんなが自分の席へ戻り始める。
小猫もそこで話を切り上げるように、自分の机の方へ戻った。
ただ、席へ着く直前に一度だけ振り返る。
「後で、話してください」
「何を」
「怪しいことを」
「範囲が広いんだよ、それ」
「かなり」
「便利だなほんと」
小猫は返事をせず、そのまま席に着いた。
俺は小さく息を吐いて、前を向く。
授業が始まる。
始まるが、頭の中まで静かになるわけじゃない。
ジョーンズの顔が浮かぶ。
缶コーヒー。
短い説明。
蟲使いジスキー。
珍しい知性生物を捕獲する、趣味の悪い単独犯。
地球で言えば、妖怪のような存在を狙うやつ。
その単語が、今は前よりずっと重かった。
昨日の時点では、まだ“危険な案件”だった。
でも今日になると、それが少しだけ輪郭を持ち始めている。
塔城小猫。
妖怪。
もし本当にジスキーが地球のそういう存在を狙っているなら、こいつは事件の外にいるわけじゃない。
一時間目は、ほとんど頭に入らなかった。
黒板の文字は見えているのに、内容が脳の中で跳ね返っていく。
先生の声も遠い。
窓の外の空だけがやけに青くて、そういう平和さが逆に不安を濃くする。
昼休み。
俺は弁当を食い終わると、人気のない渡り廊下の方へ向かった。
小猫に“後で話してください”と言われたが、まずはこっちだ。
あいつに話すにしても、材料が足りない。
渡り廊下の窓際に、ジョーンズはいた。
本当に、こういう時だけ幽霊みたいに自然にいる。
壁にもたれもせず、ただ立っているだけなのに妙に風景に馴染んでいた。
そして、手にはやっぱりBOSSの缶コーヒーが二本ある。
「来ると思った」
「そりゃ来るだろ。昨日の話、途中で終わったしな」
一本を受け取る。
冷たい。
昼の光の下でも、こいつの持ってくる缶コーヒーだけ少し温度が違う気がする。
「ジスキーの件、もう少し詳しく教えろ」
ジョーンズは缶を開けた。
小さく炭酸みたいな音が鳴る。
もちろんコーヒーだから炭酸じゃない。
でも、何かの始まりみたいな音だった。
「捕獲はもう始まっている」
「早いな」
「彼は待たない」
「嫌なタイプだな」
「効率的だ」
「褒めてるように聞こえる」
「評価しているだけだ」
淡々としている。
いつも通りだ。
でも、その“いつも通り”が逆にまずい。
こいつがこの温度で言う時は、だいたい事態がもう動いている。
「どこまで分かってる」
「狙うのは、地球で隠れて生きているものだ」
「妖怪か」
「それに近い」
「ぼかすなよ」
「分類が多い」
「面倒くさいな、この星も」
「同感だ」
短い会話の間に、冷たいものが背中を下りていく。
こいつは観測者だ。
だから、大げさには言わない。
逆に言えば、この程度の口調で“始まっている”と言う時は、本当に始まっている。
「操るってのは、どうやってだ」
「蟲だ」
「そのままだな」
「小さい。見つけにくい。入られると、意志が鈍る」
「最悪だな」
「そのあと、痛みで従わせる」
俺は缶を持つ手に、少しだけ力を入れた。
小さな蟲。
目立たない支配。
痛みで従わせる。
やり口が陰湿すぎる。
「被害は」
「まだ大きくない」
「まだ、か」
「だが増える」
「断定だな」
「観測結果だ」
ほんと便利だな、その言葉。
だが、笑えない。
これが本当に地球の妖怪へ向いているなら、小猫に近づく可能性は十分ある。
「……塔城みたいなのも、範囲に入るのか」
俺が低く聞くと、ジョーンズは少しだけ視線を横へ流した。
否定もしない。
肯定もしない。
その沈黙が一番まずかった。
「守る気か」
「守るだろ、そりゃ」
「クラスメイトだからか」
「それもある」
「それだけではない」
「観測者のくせに、そういうとこだけ鋭いな」
ジョーンズは返事の代わりにコーヒーを飲んだ。
昼の光が缶の銀色をちらっと撫でる。
静かな廊下。
遠くの教室から笑い声。
その平和のすぐ横で、嫌な話だけが進んでいく。
その時だった。
渡り廊下の向こうで、小さな影がよぎった。
一瞬だけ。
でも、俺には分かった。
塔城小猫だ。
「……聞いてたか?」
「半分」
「半分でも十分まずい」
「同感だ」
ジョーンズがそう言った直後、渡り廊下の奥で何かが落ちる小さな音がした。
俺は反射的に駆け出す。
曲がり角を抜ける。
そこには誰もいなかった。
ただ、床に小さな黒いものが這っている。
蟲だ。
普通の虫より、動きが妙に滑らかだった。
生き物というより、小型の呪具に近い。
俺が踏みつぶそうとした瞬間、それは細い煙みたいに崩れて消えた。
「おい……」
遅れてきたジョーンズが、その床を見下ろす。
表情は変わらない。
けれど声だけが、少し低くなった。
「もう近い」
「近すぎるだろ」
「だから来た」
俺は舌打ちしそうになるのを堪えて、渡り廊下の先を睨んだ。
小猫は、たぶん今の蟲を見た。
あるいは、見られた。
どちらにしても最悪だ。
「ジスキーは、もう標的を見つけてるのか」
「その可能性は高い」
「可能性って便利だな」
「観測者だからな」
「今は刑事みたいに言えよ」
「それは君の役目だ」
返しやがった。
こんな時にまで。
でも、その言葉で逆に腹が決まる。
そうだ。
観測はこいつの役目でも、動くのは俺の役目だ。
俺は深く息を吸って、渡り廊下の窓の外を見る。
空はまだ明るい。
学校も、町も、何も知らない顔をしている。
でも、その裏側ではもう、誰かが誰かを檻に入れようとしている。
そして今、その檻の影は、たぶん塔城小猫の近くまで来ていた。
「……分かった。次は、俺が先に見つける」
ジョーンズは小さく缶を鳴らした。
肯定とも否定ともつかない音だった。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王