サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
放課後の空気は、授業中よりもずっと薄くて、だからこそ人の気配がよく分かる。
廊下を抜けて校舎の裏手へ回る途中、窓ガラスに映る自分の姿を見て、俺は無意識に肩の力を抜いていた。
最近は、気を抜いているつもりがなくても、どこかで次の厄介事を待ち構えている自分がいる。
ジョーンズから聞いたジスキーの話が、頭の片隅から離れないせいだった。
妖怪を狙い、捕らえ、操り、戦わせる単独犯。
それだけでも胸糞が悪いのに、その対象へ塔城小猫みたいな存在が入ると考えた瞬間、話はもう他人事じゃなくなる。
だから今日も、帰る前に周囲を見ておこうと思っただけだった。
ただ、それを本人に見つかるとは思っていなかった。
「……太郎」
呼ばれて振り向くと、少し離れた渡り廊下の端に塔城小猫が立っていた。
夕方の光が窓から斜めに差していて、その細い輪郭だけが妙にくっきりして見える。
無表情なのはいつも通りなのに、今日はその無表情の下へ、少しだけ固いものが沈んでいる気がした。
「おう、どうした、また取り調べの続きか」
俺が軽口を混ぜてそう言うと、小猫はいつもの調子で歩いてくる。
机と違って逃げ場の少ない渡り廊下で、真正面からそのまま距離を詰めてくるのが、こいつらしいと言えばこいつらしい。
「……続きです」
「律儀だなあ、お前」
「昨日の話が、中途半端でした」
「中途半端って言うか、だいたい俺は最初から何も話してないだろ」
「そこが怪しいです」
即答だった。
しかも、迷いがない。
こういうところが本当にやりづらい。
疑っているくせに、責めるためじゃなく、確認するために言ってくるから、雑に突き放しにくい。
小猫は俺の少し手前で止まり、視線だけを上げた。
「宇宙人、という話がありました」
「映画だって言ったろ」
「題名はまだです」
「まだ覚えてたのかよ」
「忘れる理由がありません」
そりゃそうかもしれないが、そうきっぱり言われるとこっちの逃げ道がどんどん減る。
俺は廊下の窓の外へ一度だけ視線を逃がしてから、できるだけいつも通りの声で返した。
「で、それがどうした」
「……ギャバンの話も、したいです」
そこで来たか、と思った。
いや、来るとは分かっていた。
分かっていたけれど、やっぱり真正面から言われると心臓は一度だけ強く跳ねる。
こいつはもう、かなり近いところまで来ている。
確証はなくても、太郎とギャバンの間にある線を、ほとんど手でなぞるところまで来ている。
「またそれかよ、塔城。お前、最近ほんとにその話好きだな」
「好きというより、気になります」
「気にしすぎだって。世の中には似た声のやつも、似た動きのやつも、似た雰囲気のやつもいる」
「全部似ているのは、不自然です」
「便利な日本語で言うと、偶然だな」
「便利すぎます」
小猫の返しは相変わらず短い。
短いのに、ちゃんと刺さる。
俺は思わず笑いそうになって、それを誤魔化すように頭を掻いた。
「じゃあ逆に聞くけど、俺がギャバンだったらどうすんだよ」
少しだけ意地悪く投げる。
だが、小猫は一拍も置かなかった。
「……別に」
「別になのかよ」
「誰かのために戦っているなら、それでいいです」
思っていたよりずっと静かな答えだった。
軽く受け流すつもりで投げた言葉だったのに、返ってきたのは冗談の外側にある温度だった。
俺はそこで少しだけ言葉に詰まり、それを見られたくなくて、わざと肩をすくめる。
「理解ある感じ出すなあ、お前」
「理解はしていません」
「してないのか」
「ただ、知りたいだけです」
そこまで言われると、少しだけ困る。
責められるより、そっちの方がずっと困る。
こいつが知りたいのは、正義の味方の正体暴きなんかじゃない。
目の前の同級生が、何を抱えて、何を隠して、どこへ消えていくのか。
たぶん、それを知りたいだけだ。
だからこそ、答えられない。
答えた瞬間、今みたいな距離は壊れる気がする。
けれど誤魔化し続ければ、それはそれで別の壊れ方をする。
そういう、面倒な均衡の上へ今の俺たちは立っている。
「……まあ、何だ」
適当に言葉を選びかけた、その瞬間だった。
ぞわり、と。
背骨の裏側を冷たい指で撫でられたみたいな感覚が走る。
危機感知というほど明確じゃない。
だが、間違いなく嫌な気配だった。
視線ではない。
もっと小さく、もっと数が多い。
俺は反射的に床へ視線を落とす。
そして、全身の血が一気に冷えた。
百足。
黒く、光を吸うみたいな小さな体が、渡り廊下の端の陰から次々と這い出してきていた。
一匹や二匹じゃない。
壁際、窓枠、床の隙間、天井の角。
さっきまで何もいなかったはずの場所から、湧くみたいに現れてくる。
数が多すぎる。
しかも普通の虫の動きじゃない。
迷いがなく、一直線で、何かの意思に従っている。
「塔城、下がれ!」
俺が叫ぶと同時に、小猫も異変に気づいた。
だが遅い。
百足の流れは、まるで最初から目標が決まっていたみたいに、小猫の足元へ集中していた。
床を黒い波が走る。
制服の裾へ絡みつく一歩手前で、小猫が反射的に飛び退こうとする。
けれど、その先へももう回り込まれていた。
「っ……!」
小猫の表情が、ほんの少しだけ強張る。
その顔を見た瞬間、考えるより先に身体が動いていた。
ギャバリオントリガーへ手を伸ばすより前に、まず小猫との距離を詰める。
正体がどうとか、見られるとか、今は全部後だ。
ここで優先するのは一つだけ。
守る。
百足の群れが床の上で円を描くみたいに広がった。
嫌な予感が、そこで輪郭を持つ。
ただの拘束じゃない。
捕獲用だ。
ジスキーのやり口だと、頭のどこかが冷静に告げている。
「やめろ!」
俺は小猫の手首を掴もうと一気に踏み込む。
指先が届く。
制服の袖を掴み、小猫の身体がこちらへ引かれた、その次の瞬間。
空間が裂けた。
床でも壁でもない。
百足の群れが描いた円の中心、その空気そのものがぐにゃりと歪んで、黒い穴みたいなものが開いた。
光を吸い込むというより、こっちの世界の輪郭を削って別のどこかへ繋げるような、不快な裂け目。
重力が反転したみたいに、足元が消える。
「太郎!」
小猫の声が、今まで聞いたことのないくらい近くで鋭く響く。
俺は掴んだ手を離さない。
離したらそこで終わると、理屈じゃなく分かっていた。
「離すな!」
自分でも驚くくらい強い声が出た。
次の瞬間、足場が完全に消える。
百足の群れが黒い渦になって視界を埋め、廊下の光も、窓の外の空も、全部まとめて裏返った。
俺と小猫の身体は、そのまま空間の裂け目へ引きずり込まれる。
落ちているのか、引かれているのか、もう分からない。
ただ、掴んだ手だけが現実の最後みたいに熱かった。
その熱を頼りに、俺は黒い歪みの中へ呑まれていった。
次回の王は
-
妖怪王
-
機械王
-
怪獣王
-
幻想王