サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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発覚 Case3

 放課後の空気は、授業中よりもずっと薄くて、だからこそ人の気配がよく分かる。

 廊下を抜けて校舎の裏手へ回る途中、窓ガラスに映る自分の姿を見て、俺は無意識に肩の力を抜いていた。

 最近は、気を抜いているつもりがなくても、どこかで次の厄介事を待ち構えている自分がいる。

 ジョーンズから聞いたジスキーの話が、頭の片隅から離れないせいだった。

 妖怪を狙い、捕らえ、操り、戦わせる単独犯。

 それだけでも胸糞が悪いのに、その対象へ塔城小猫みたいな存在が入ると考えた瞬間、話はもう他人事じゃなくなる。

 

 だから今日も、帰る前に周囲を見ておこうと思っただけだった。

 ただ、それを本人に見つかるとは思っていなかった。

 

「……太郎」

 

 呼ばれて振り向くと、少し離れた渡り廊下の端に塔城小猫が立っていた。

 夕方の光が窓から斜めに差していて、その細い輪郭だけが妙にくっきりして見える。

 無表情なのはいつも通りなのに、今日はその無表情の下へ、少しだけ固いものが沈んでいる気がした。

 

「おう、どうした、また取り調べの続きか」

 

 俺が軽口を混ぜてそう言うと、小猫はいつもの調子で歩いてくる。

 机と違って逃げ場の少ない渡り廊下で、真正面からそのまま距離を詰めてくるのが、こいつらしいと言えばこいつらしい。

 

「……続きです」

 

「律儀だなあ、お前」

 

「昨日の話が、中途半端でした」

 

「中途半端って言うか、だいたい俺は最初から何も話してないだろ」

 

「そこが怪しいです」

 

 即答だった。

 しかも、迷いがない。

 こういうところが本当にやりづらい。

 疑っているくせに、責めるためじゃなく、確認するために言ってくるから、雑に突き放しにくい。

 

 小猫は俺の少し手前で止まり、視線だけを上げた。

 

「宇宙人、という話がありました」

 

「映画だって言ったろ」

 

「題名はまだです」

 

「まだ覚えてたのかよ」

 

「忘れる理由がありません」

 

 そりゃそうかもしれないが、そうきっぱり言われるとこっちの逃げ道がどんどん減る。

 俺は廊下の窓の外へ一度だけ視線を逃がしてから、できるだけいつも通りの声で返した。

 

「で、それがどうした」

 

「……ギャバンの話も、したいです」

 

 そこで来たか、と思った。

 いや、来るとは分かっていた。

 分かっていたけれど、やっぱり真正面から言われると心臓は一度だけ強く跳ねる。

 こいつはもう、かなり近いところまで来ている。

 確証はなくても、太郎とギャバンの間にある線を、ほとんど手でなぞるところまで来ている。

 

「またそれかよ、塔城。お前、最近ほんとにその話好きだな」

 

「好きというより、気になります」

 

「気にしすぎだって。世の中には似た声のやつも、似た動きのやつも、似た雰囲気のやつもいる」

 

「全部似ているのは、不自然です」

 

「便利な日本語で言うと、偶然だな」

 

「便利すぎます」

 

 小猫の返しは相変わらず短い。

 短いのに、ちゃんと刺さる。

 俺は思わず笑いそうになって、それを誤魔化すように頭を掻いた。

 

「じゃあ逆に聞くけど、俺がギャバンだったらどうすんだよ」

 

 少しだけ意地悪く投げる。

 だが、小猫は一拍も置かなかった。

 

「……別に」

 

「別になのかよ」

 

「誰かのために戦っているなら、それでいいです」

 

 思っていたよりずっと静かな答えだった。

 軽く受け流すつもりで投げた言葉だったのに、返ってきたのは冗談の外側にある温度だった。

 俺はそこで少しだけ言葉に詰まり、それを見られたくなくて、わざと肩をすくめる。

 

「理解ある感じ出すなあ、お前」

 

「理解はしていません」

 

「してないのか」

 

「ただ、知りたいだけです」

 

 そこまで言われると、少しだけ困る。

 責められるより、そっちの方がずっと困る。

 こいつが知りたいのは、正義の味方の正体暴きなんかじゃない。

 目の前の同級生が、何を抱えて、何を隠して、どこへ消えていくのか。

 たぶん、それを知りたいだけだ。

 

 だからこそ、答えられない。

 答えた瞬間、今みたいな距離は壊れる気がする。

 けれど誤魔化し続ければ、それはそれで別の壊れ方をする。

 そういう、面倒な均衡の上へ今の俺たちは立っている。

 

「……まあ、何だ」

 

 適当に言葉を選びかけた、その瞬間だった。

 

 ぞわり、と。

 背骨の裏側を冷たい指で撫でられたみたいな感覚が走る。

 危機感知というほど明確じゃない。

 だが、間違いなく嫌な気配だった。

 視線ではない。

 もっと小さく、もっと数が多い。

 

 俺は反射的に床へ視線を落とす。

 そして、全身の血が一気に冷えた。

 

 百足。

 

 黒く、光を吸うみたいな小さな体が、渡り廊下の端の陰から次々と這い出してきていた。

 一匹や二匹じゃない。

 壁際、窓枠、床の隙間、天井の角。

 さっきまで何もいなかったはずの場所から、湧くみたいに現れてくる。

 数が多すぎる。

 しかも普通の虫の動きじゃない。

 迷いがなく、一直線で、何かの意思に従っている。

 

「塔城、下がれ!」

 

 俺が叫ぶと同時に、小猫も異変に気づいた。

 だが遅い。

 百足の流れは、まるで最初から目標が決まっていたみたいに、小猫の足元へ集中していた。

 床を黒い波が走る。

 制服の裾へ絡みつく一歩手前で、小猫が反射的に飛び退こうとする。

 けれど、その先へももう回り込まれていた。

 

「っ……!」

 

 小猫の表情が、ほんの少しだけ強張る。

 その顔を見た瞬間、考えるより先に身体が動いていた。

 ギャバリオントリガーへ手を伸ばすより前に、まず小猫との距離を詰める。

 正体がどうとか、見られるとか、今は全部後だ。

 ここで優先するのは一つだけ。

 

 守る。

 

 百足の群れが床の上で円を描くみたいに広がった。

 嫌な予感が、そこで輪郭を持つ。

 ただの拘束じゃない。

 捕獲用だ。

 ジスキーのやり口だと、頭のどこかが冷静に告げている。

 

「やめろ!」

 

 俺は小猫の手首を掴もうと一気に踏み込む。

 指先が届く。

 制服の袖を掴み、小猫の身体がこちらへ引かれた、その次の瞬間。

 

 空間が裂けた。

 

 床でも壁でもない。

 百足の群れが描いた円の中心、その空気そのものがぐにゃりと歪んで、黒い穴みたいなものが開いた。

 光を吸い込むというより、こっちの世界の輪郭を削って別のどこかへ繋げるような、不快な裂け目。

 重力が反転したみたいに、足元が消える。

 

「太郎!」

 

 小猫の声が、今まで聞いたことのないくらい近くで鋭く響く。

 俺は掴んだ手を離さない。

 離したらそこで終わると、理屈じゃなく分かっていた。

 

「離すな!」

 

 自分でも驚くくらい強い声が出た。

 次の瞬間、足場が完全に消える。

 百足の群れが黒い渦になって視界を埋め、廊下の光も、窓の外の空も、全部まとめて裏返った。

 

 俺と小猫の身体は、そのまま空間の裂け目へ引きずり込まれる。

 

 落ちているのか、引かれているのか、もう分からない。

 ただ、掴んだ手だけが現実の最後みたいに熱かった。

 その熱を頼りに、俺は黒い歪みの中へ呑まれていった。

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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