サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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発覚 Case4

 落ちる感覚が、どこで終わったのか分からなかった。

 上も下も、最初から存在していなかったみたいに曖昧で、身体だけが遅れて現実へ叩きつけられる。

 背中に鈍い衝撃。

 肺の中の空気が一度だけ押し出され、遅れて耳鳴りみたいな音が残った。

 

「っ……」

 

 咄嗟に受け身を取ったつもりだったが、床は妙に湿っていて、硬いのか柔らかいのかも分かりにくい。

 石みたいでもあり、肉みたいでもある。

 最悪だ。

 感触だけで帰りたくなる。

 

 暗い。

 いや、真っ暗じゃない。

 壁とも地面ともつかない場所のあちこちに、鈍い青白さが脈みたいに走っていて、そのせいで余計に輪郭が気持ち悪い。

 光源がないのに明るさだけがある空間は、それだけで信用できない。

 鼻につくのは湿気と土と、それから生臭い殻の匂い。

 

 百足の這う音がする。

 

 かさ、かさ、という軽いものじゃない。

 もっと細かく、もっと数が多くて、耳の近くじゃなく空間そのものの裏側を這っているみたいな音だった。

 ぞっとする。

 だが、ぞっとしてる暇はない。

 

「塔城!」

 

 すぐ横で、小さく息を呑む音がした。

 闇に目が慣れるより先に、俺は手を伸ばしてその位置を確かめる。

 触れた。

 制服の袖。

 そのまま手首を掴む。

 細い。

 冷たい。

 でも、ちゃんとここにいる。

 

「……います」

 

 返ってきた声は低かったが、震えてはいなかった。

 さすがというか、こいつはこういう時に無駄に騒がない。

 内心は知らん。

 でも少なくとも、今この場で取り乱してくれないのは助かる。

 

「怪我は」

 

「たぶん、大丈夫です」

 

「たぶんかよ」

 

「太郎も、たぶん無事そうです」

 

「見りゃ分かるだろ。100億%とは言わねえが、まだ動ける」

 

 口に出して、少しだけ落ち着く。

 喋ってる間に呼吸が戻る。

 視界も、少しずつ輪郭を持ち始めた。

 

 空間は広いようでいて、どこか狭い。

 天井らしきものは高い位置にあるのに、圧迫感がある。

 壁は曲面で、ところどころに穴みたいな裂け目が空いていて、その奥を黒いものがうごめいていた。

 生き物の巣だ。

 しかも、かなり趣味の悪い種類の。

 

 俺はようやく身を起こし、掴んでいた手を離す――つもりで、そこで止まった。

 離した瞬間にまた何か来たら面倒だ。

 そう思ったのは半分。

 もう半分は、塔城小猫の視線が、俺じゃなく俺の手元へ落ちていたからだ。

 

 ギャバリオントリガー。

 

 右手にしっかり握ったまま、この空間へ落ちてきている。

 黒銀の輪郭。

 見間違えようがない。

 しかも今の距離なら、誤魔化しも効きにくい。

 ああ、終わった。

 そういう種類の観念が、妙にあっさり胸へ落ちた。

 

 小猫は何も言わない。

 だが、その無言が一番分かりやすかった。

 見た。

 認識した。

 そして、確認を待っている。

 

「……それ」

 

 やっぱり来た。

 短い。

 必要最低限。

 逃げ道だけを削ってくる言い方。

 

 俺はギャバリオントリガーを見下ろし、それから小さく息を吐いた。

 ここで「モデルガンだ」とか「拾った」とか言っても、たぶん百億パー無理だ。

 こんな巣みたいな異空間に吸い込まれて、手元にギャバンの銃があって、まだ平然としてる高校生なんて、もうその時点でだいぶ終わってる。

 

「……見りゃ分かるだろ」

 

 観念した声が、自分でも少しだけ可笑しかった。

 もっと気まずくなるかと思っていたのに、実際は変に肩の力が抜けている。

 バレた。

 なら、次だ。

 そういう風に頭が勝手に切り替わっていた。

 

 小猫の目が、ほんの少しだけ揺れる。

 驚き。

 いや、完全な驚きじゃない。

 むしろ、“やっぱり”に近い顔だった。

 

「……やっぱり」

 

「だろうな」

 

「認めるんですね」

 

「この状況でまだしらばっくれても、唆らねえだろ」

 

「唆る、って何ですか」

 

「今はそこ突っ込むとこじゃねえ」

 

 思ったより、いつも通りに返せた。

 小猫も、小さく息を吐く。

 安堵か、呆れか、その両方か。

 

「……太郎は、本当にギャバンなんですね」

 

 静かな言い方だった。

 責めてもいない。

 大仰にもしていない。

 ただ、ずっと追っていた答えへ、ようやく触れたみたいな声音。

 

 俺はトリガーを握り直す。

 装甲は解いている。

 だから今の俺は、ただの唯我太郎の顔で、その銃だけを持っている。

 そのアンバランスさが逆にまずい。

 

「正確には、ギャバン・キング、な」

 

「細かいです」

 

「大事だろ。称号は」

 

「そういうところは、変わらないんですね」

 

「今さら神妙にされても困る」

 

「私もです」

 

 返しが平坦なのに、少しだけ柔らかい。

 そのことに気づいて、こっちが逆に困る。

 もっと責められた方が楽だったかもしれない。

 でも、こいつはそうしない。

 知りたかった。

 知った。

 じゃあ次へ進む。

 そういう切り替えを、ちゃんと持っている。

 

「で」

 

 小猫が短く言う。

 

「後で、ちゃんと聞きます」

 

「後でかよ」

 

「今は出る方が先です」

 

「……はっ、まともだな」

 

「太郎よりは」

 

「余計だ」

 

 でも正しい。

 今ここで正体問答を長々やっても意味がない。

 ジスキーが作った捕獲空間なら、時間を食うほど不利になる。

 小猫がそこを優先した時点で、この場はもう“秘密の暴露シーン”じゃなく、“脱出開始”へ切り替わっている。

 それは助かる。

 ものすごく。

 

 俺は周囲を見回す。

 空間の形は歪だ。

 壁の脈動は一定じゃない。

 だが、一定じゃないなら逆に基準が見える。

 全部がデタラメに見えて、実際には“どこか”を中心に流れが集まっている。

 百足の音も同じだ。

 まばらに這っているようで、耳を澄ませると、少し左奥の裂け目へ集まっている。

 

「出口は一つじゃねえな」

 

「分かるんですか」

 

「一応な。見た目は巣だが、仕組みは檻だ。檻なら管理の中心がある」

 

「……よく、そんなにすぐ分かりますね」

 

「分かんねえと困る仕事してんだよ」

 

 言ってから、小猫の視線が少しだけ強くなる。

 ああ、そうだ。

 今の一言も、こいつからすれば十分な答えの続きだ。

 宇宙刑事。

 ギャバン。

 仕事。

 その線がどんどん繋がっていく。

 

 だが、今はいい。

 繋がるなら繋がればいい。

 その後でどうするかは、ここを出てから考えればいい。

 

「塔城、お前は何か感じるか」

 

「……嫌な感じしかしません」

 

「雑な感想だな」

 

「細かく言うと、もっと嫌です」

 

「そりゃ伝わった」

 

 小猫は目を閉じる。

 耳を澄ませるというより、皮膚で空間を読むみたいな静けさだった。

 この辺は俺よりこいつの方が強い。

 妖怪側の感覚ってやつなんだろう。

 少しして、小猫が左の壁際を指した。

 

「そっち、です」

 

「理由は」

 

「百足の音が、あそこだけ帰っていかないです」

 

 なるほど。

 外へ出る気配がない。

 つまりそこが巣の中心か、管理点。

 悪くない。

 やっぱり使える。

 

「よし」

 

 俺はトリガーを軽く持ち上げる。

 

「壊す場所は左奥。そこに制御の核か、転移の結び目がある。たぶん両方だ」

 

「たぶん、が多いです」

 

「完璧な情報があるなら最初から閉じ込められてねえよ」

 

「それもそうです」

 

 小猫はそれ以上言わず、俺の隣へ並んだ。

 距離が近い。

 今までみたいに探る側と探られる側の位置じゃない。

 同じ方向を見る距離だ。

 それが少しだけ妙で、でも悪くなかった。

 

 壁の裂け目の向こうで、黒いものがうごめく。

 百足だ。

 大きい個体も混じっている。

 こっちが動き出したのを察したのか、音が明らかに密になった。

 

「……来ます」

 

「だろうな」

 

「太郎」

 

「ん?」

 

 小猫は前を見たまま、静かに言った。

 

「今は、信じます」

 

 一瞬だけ、言葉に詰まる。

 こういう時にそういうことを真っ直ぐ言うの、ずるいだろ。

 俺は喉の奥で小さく笑って、それを吐き出すみたいに返した。

 

「はっ、当然だ。俺を誰だと思ってる」

 

「かなり、面倒な同級生です」

 

「後半だけ合ってる」

 

 その直後、百足の群れが壁の裂け目から一斉に溢れた。

 黒い波。

 数で押し潰す気満々の動き。

 だが、さっきと違って今は準備がある。

 

 俺はギャバリオントリガーを構える。

 装甲へ蒸着するには一瞬の余裕がいる。

 ここで全部を晒すかどうか。

 いや、もうそこは悩む段階じゃない。

 小猫は見ている。

 そして、今はそれを優先してくれる側に立っている。

 なら、遠慮はいらない。

 

「下がるなよ」

 

「そっちこそ」

 

 短い会話。

 それだけで十分だった。

 

 俺は左奥の裂け目、そのさらに奥にある脈動の中心を睨む。

 ここを壊せば出られる。

 そう思えるだけの癖が、この空間にはある。

 見た目は悪趣味でも、仕組みがあるなら攻略できる。

 そこまで分かれば、もう怖くない。

 

「行くぞ、塔城」

 

「ええ」

 

 百足の黒い群れが足元へ押し寄せる。

 俺たちは同時に踏み出した。

 出口へ向かうために。

 そして、ジスキーの巣をぶち壊すために。

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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