サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

677 / 703
発覚 Case5

 百足の巣って表現は、比喩としてならまだ可愛い方だった。

 実際に閉じ込められたこの空間は、巣というより、捕まえた獲物を生かしたまま弱らせるための臓器みたいな場所だ。

 壁はゆっくり脈打っているし、床はところどころ柔らかく沈み、踏むたびに水分を含んだ音が靴裏へ返ってくる。

 青白い光が管みたいな筋を通って流れているせいで、暗いのに周囲だけは嫌に見える。

 見えなくていいものまで見えるってのは、こういう時に限って最悪だ。

 

 俺と小猫は、百足の波をかいくぐりながら左奥の裂け目へ向かっていた。

 さっきまで俺の正体を追っていたはずなのに、今は二人とも揃って出口と核を探している。

 関係ってのは、状況次第で案外あっさり変わるもんだ。

 いや、変わったっていうより、誤魔化してた前提が一枚剥がれただけかもしれねえ。

 

「……気持ち悪いです」

 

 小猫が低く言う。

 声はいつも通り平坦だが、足取りは少しだけ慎重だった。

 妖怪としての感覚が、この空間そのものを嫌ってるんだろう。

 

「同感だ。見た目も匂いも百億点で最悪だな」

 

「百億点は高すぎます」

 

「褒めてねえよ」

 

 軽口を返しながら、俺は壁の流れを見る。

 百足の群れは無秩序に見えて、実際には一定の線を辿っている。

 この巣は閉じ込めるための箱じゃなく、捕らえたものを分類して管理する檻だ。

 なら、必ず中枢がある。

 そういう構造だ。

 俺はそういう“めちゃくちゃに見えて仕組みがあるもの”を読むのは嫌いじゃない。

 

「太郎」

 

「ん?」

 

「さっきから、全然迷ってないですね」

 

「迷ってる暇があるなら、出口の方が先に逃げるだろ」

 

「そういう意味ではなくて」

 

 小猫はそこで言葉を切る。

 続きはたぶん、“正体がばれたのに”とか、そういう話だ。

 だが、その続きを言わせる前に、壁の奥から別の音が混じった。

 百足の足音じゃない。

 もっと粘ついていて、しかも意図を持ってこちらへ近づいてくる音。

 

 その直後、声が落ちた。

 

「いやぁ、実に興味深いですねぇ」

 

 空間全体へ染み込むみたいな声だった。

 近くで喋ってるわけじゃない。

 なのに、耳のすぐ横で囁かれているように聞こえる。

 不快だ。

 しかも、いかにも“俺は賢いですよ”って顔を隠しもしない喋り方が鼻につく。

 

「姿も見せずに偉そうだな。三流の悪党でも、もう少し愛想はあるぞ」

 

 俺が吐き捨てると、声は楽しそうに笑った。

 

「はは、手厳しい。ですが、観察はまず安全圏から行うものですよぉ」

 

 観察。

 その単語だけで、こいつがどういう種類の人間か分かる。

 相手を敵じゃなく標本として見るやつだ。

 気に食わないどころの話じゃない。

 

「あなたも予定外ではありますが、そちらのお嬢さんは実に良いですねぇ。希少で、感受性が強く、反応も上質だ」

 

 その声と同時に、空間の奥で百足の群れがざわりと盛り上がる。

 小猫がわずかに肩を強ばらせた。

 無理もない。

 自分を“個体”だの“反応”だのと言われて平気なやつがいたら、そっちの方がどうかしてる。

 

「黙れよ、気色悪ぃ」

 

 俺の声は、自分でも驚くくらい冷たかった。

 たぶん今の一言で、ジスキーとかいう野郎は俺の中で完全に“殴る価値のある相手”になった。

 

「おやおや、怒りましたか。ですが、あなた一人では何も守れないでしょう? ここは私の巣だ。あなたは異物で、彼女は獲物なのですから」

 

「はっ、巣の中から喋ってるだけで王様気取りか。器が小せえな」

 

「口が回る」

 

「お前に合わせてやってんだよ。感謝しろ」

 

 小猫が横で、小さく息を吐いた。

 呆れてるのか、少しだけ安心したのかは分からない。

 だが、俺がいつも通りに喋ってることで、こいつの肩の力がほんの少しだけ抜けたのは分かった。

 そういうのは大事だ。

 怖い時ほど、誰かが平然としてるだけで呼吸が戻る。

 

 その時、裂け目の向こうから影が現れた。

 最初は四足かと思った。

 だが違う。

 人型に近い。

 ただし、その動きが明らかにおかしい。

 肩が不自然に引きつり、首がぎこちなく傾き、目だけが助けを求めるみたいに揺れている。

 

 妖怪。

 しかも、一体じゃない。

 二体、三体と、百足の群れに押し出されるように姿を見せる。

 腕や首筋、腰のあたりに黒い百足型の寄生具が食い込んでいて、そのたびに身体がびくりと跳ねた。

 痛みで逆らえないのが、動きだけで伝わる。

 

「……っ」

 

 小猫が息を呑んだ。

 その反応で分かる。

 少なくとも“ただの怪物”じゃない。

 同族に近い存在だ。

 

「ひでえ趣味だな」

 

「効率的でしょう?」

 

「効率だけで言うなら、お前を今すぐぶん殴る方がよっぽど効率的だ」

 

 言いながら、俺はギャバリオントリガーを構える。

 だが、この距離で通常射撃を使えば、寄生具ごと本体へ衝撃が入りすぎる。

 殺さず止める。

 しかも複数。

 だったら、もう出し惜しみしてる段階じゃない。

 

 小猫が俺の手元を見る。

 視線が、トリガーから俺の顔へ上がる。

 確認するような、でももう答えを知っているような目だ。

 

「太郎」

 

「ん?」

 

「これが、その答えですか」

 

 ほんの一瞬だけ、俺は笑った。

 こういう時に聞くかよ、って思ったし、でも聞くなら今しかないとも分かる。

 俺は前を見たまま答えた。

 

「見りゃ分かる。これが答えだ」

 

 言い切る。

 もう隠す理由はない。

 ここで小猫を守るために必要なものを出す。

 それだけだ。

 

「蒸着」

 

 ギャバリオントリガーが応答し、ギャバリオン粒子が全身を走る。

 一ミリ秒でコンバットスーツが投射形成され、皮膚の上へ鋼の重さが落ちてくる。

 視界が変わる。

 呼吸が変わる。

 ギャバン・キング。

 今この場で必要な、守る側の姿だ。

 

 小猫がその光景を見て、初めてはっきりと目を見開いた。

 無表情の奥に隠していた驚きが、一瞬だけそのまま表へ出る。

 でも、それも長くは続かない。

 こいつはすぐに切り替える。

 ちゃんと前を見る。

 

「……やっぱり、太郎だったんですね」

 

「今さらだろ」

 

「ええ。ですけど、ちゃんと見るのは初めてです」

 

「感想は後で聞く。今は下がるなよ」

 

「そっちこそ」

 

 いい返事だ。

 それだけで十分だった。

 

 操られた妖怪たちが、一斉にこちらへ飛びかかる。

 速い。

 だが、理性が残っている分だけ動きに迷いもある。

 そこが救いだ。

 俺は最初の一体の懐へ踏み込み、首筋に食い込んだ百足型の寄生具だけを狙ってギャバリオンブレードの柄で叩く。

 金属音。

 寄生具が砕け、妖怪の身体から力が抜けて崩れ落ちる。

 

「本体じゃなく、首の黒いのを狙え!」

 

「分かってます!」

 

 小猫が横から低く滑り込み、二体目の足元を払う。

 転倒したところへ、俺が寄生具だけを撃ち抜く。

 百足が潰れたような嫌な音がして、支配が切れる。

 倒れた妖怪は苦しそうに咳き込み、そのまま意識を失った。

 生きている。

 なら十分だ。

 

「へぇ……傷つけずに制圧ですか。実に厄介ですねぇ」

 

 ジスキーの声が、少しだけ不機嫌になる。

 いい傾向だ。

 相手の予定を崩してる証拠だからな。

 

「お前の趣味に付き合うほど、暇じゃねえんだよ!」

 

 俺は三体目を受け流しながら叫ぶ。

 だが、数が増える。

 裂け目の奥から、さらに二体、三体。

 しかも百足の流れは全部、左奥の壁の向こうへ集まっている。

 やっぱりあそこだ。

 制御の核がある。

 

「塔城!」

 

「分かってます。あそこだけ、空気が閉じてます!」

 

 小猫が左奥を指さす。

 壁の一部だけ脈動が違う。

 百足が入っていくのに、帰ってこない。

 巣の心臓部。

 あそこを壊せば、この檻の流れは止まる。

 

「次を抜けたら一気に行く!」

 

「援護します!」

 

 短いやり取り。

 でも、もうそれだけで十分に噛み合っていた。

 正体の話は残っている。

 聞きたいことも、聞かせるべきことも山ほどある。

 けれど今は、互いにその先送りを飲み込んでいる。

 それができるなら、戦場では十分に組める。

 

 俺は目の前の妖怪の爪をかわし、寄生具へ銃口を押し当てる。

 発射。

 衝撃で百足が砕け、支配が切れる。

 その先で、小猫が最後の一体を壁際へ誘導する。

 体勢が崩れた瞬間、俺は横へ抜けた。

 

「走るぞ!」

 

「ええ!」

 

 俺たちは同時に左奥へ駆ける。

 壁の脈動が強くなる。

 百足の群れが、まるで心臓を守る血流みたいに周囲を埋めていた。

 その中心で、ひときわ黒い塊が鈍く光っている。

 寄生具の核。

 転移の結び目。

 たぶん、両方だ。

 

 その時、ジスキーの声がまた落ちた。

 今度は最初より、わずかに愉快そうに。

 

「なるほど、そこまで辿り着きますか。では次は、もっと壊しがいのある個体を見せましょう」

 

 空間の奥で、何か大きなものが動く音がした。

 百足の群れが一斉に左右へ割れ、その向こうの闇がゆっくりと開く。

 

 俺はギャバリオンブレードを構え直し、隣に立つ小猫の気配を感じながら、唇の端を吊り上げた。

 

「いいね。ようやく唆る展開になってきたじゃねえか」

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。