サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
百足の巣って表現は、比喩としてならまだ可愛い方だった。
実際に閉じ込められたこの空間は、巣というより、捕まえた獲物を生かしたまま弱らせるための臓器みたいな場所だ。
壁はゆっくり脈打っているし、床はところどころ柔らかく沈み、踏むたびに水分を含んだ音が靴裏へ返ってくる。
青白い光が管みたいな筋を通って流れているせいで、暗いのに周囲だけは嫌に見える。
見えなくていいものまで見えるってのは、こういう時に限って最悪だ。
俺と小猫は、百足の波をかいくぐりながら左奥の裂け目へ向かっていた。
さっきまで俺の正体を追っていたはずなのに、今は二人とも揃って出口と核を探している。
関係ってのは、状況次第で案外あっさり変わるもんだ。
いや、変わったっていうより、誤魔化してた前提が一枚剥がれただけかもしれねえ。
「……気持ち悪いです」
小猫が低く言う。
声はいつも通り平坦だが、足取りは少しだけ慎重だった。
妖怪としての感覚が、この空間そのものを嫌ってるんだろう。
「同感だ。見た目も匂いも百億点で最悪だな」
「百億点は高すぎます」
「褒めてねえよ」
軽口を返しながら、俺は壁の流れを見る。
百足の群れは無秩序に見えて、実際には一定の線を辿っている。
この巣は閉じ込めるための箱じゃなく、捕らえたものを分類して管理する檻だ。
なら、必ず中枢がある。
そういう構造だ。
俺はそういう“めちゃくちゃに見えて仕組みがあるもの”を読むのは嫌いじゃない。
「太郎」
「ん?」
「さっきから、全然迷ってないですね」
「迷ってる暇があるなら、出口の方が先に逃げるだろ」
「そういう意味ではなくて」
小猫はそこで言葉を切る。
続きはたぶん、“正体がばれたのに”とか、そういう話だ。
だが、その続きを言わせる前に、壁の奥から別の音が混じった。
百足の足音じゃない。
もっと粘ついていて、しかも意図を持ってこちらへ近づいてくる音。
その直後、声が落ちた。
「いやぁ、実に興味深いですねぇ」
空間全体へ染み込むみたいな声だった。
近くで喋ってるわけじゃない。
なのに、耳のすぐ横で囁かれているように聞こえる。
不快だ。
しかも、いかにも“俺は賢いですよ”って顔を隠しもしない喋り方が鼻につく。
「姿も見せずに偉そうだな。三流の悪党でも、もう少し愛想はあるぞ」
俺が吐き捨てると、声は楽しそうに笑った。
「はは、手厳しい。ですが、観察はまず安全圏から行うものですよぉ」
観察。
その単語だけで、こいつがどういう種類の人間か分かる。
相手を敵じゃなく標本として見るやつだ。
気に食わないどころの話じゃない。
「あなたも予定外ではありますが、そちらのお嬢さんは実に良いですねぇ。希少で、感受性が強く、反応も上質だ」
その声と同時に、空間の奥で百足の群れがざわりと盛り上がる。
小猫がわずかに肩を強ばらせた。
無理もない。
自分を“個体”だの“反応”だのと言われて平気なやつがいたら、そっちの方がどうかしてる。
「黙れよ、気色悪ぃ」
俺の声は、自分でも驚くくらい冷たかった。
たぶん今の一言で、ジスキーとかいう野郎は俺の中で完全に“殴る価値のある相手”になった。
「おやおや、怒りましたか。ですが、あなた一人では何も守れないでしょう? ここは私の巣だ。あなたは異物で、彼女は獲物なのですから」
「はっ、巣の中から喋ってるだけで王様気取りか。器が小せえな」
「口が回る」
「お前に合わせてやってんだよ。感謝しろ」
小猫が横で、小さく息を吐いた。
呆れてるのか、少しだけ安心したのかは分からない。
だが、俺がいつも通りに喋ってることで、こいつの肩の力がほんの少しだけ抜けたのは分かった。
そういうのは大事だ。
怖い時ほど、誰かが平然としてるだけで呼吸が戻る。
その時、裂け目の向こうから影が現れた。
最初は四足かと思った。
だが違う。
人型に近い。
ただし、その動きが明らかにおかしい。
肩が不自然に引きつり、首がぎこちなく傾き、目だけが助けを求めるみたいに揺れている。
妖怪。
しかも、一体じゃない。
二体、三体と、百足の群れに押し出されるように姿を見せる。
腕や首筋、腰のあたりに黒い百足型の寄生具が食い込んでいて、そのたびに身体がびくりと跳ねた。
痛みで逆らえないのが、動きだけで伝わる。
「……っ」
小猫が息を呑んだ。
その反応で分かる。
少なくとも“ただの怪物”じゃない。
同族に近い存在だ。
「ひでえ趣味だな」
「効率的でしょう?」
「効率だけで言うなら、お前を今すぐぶん殴る方がよっぽど効率的だ」
言いながら、俺はギャバリオントリガーを構える。
だが、この距離で通常射撃を使えば、寄生具ごと本体へ衝撃が入りすぎる。
殺さず止める。
しかも複数。
だったら、もう出し惜しみしてる段階じゃない。
小猫が俺の手元を見る。
視線が、トリガーから俺の顔へ上がる。
確認するような、でももう答えを知っているような目だ。
「太郎」
「ん?」
「これが、その答えですか」
ほんの一瞬だけ、俺は笑った。
こういう時に聞くかよ、って思ったし、でも聞くなら今しかないとも分かる。
俺は前を見たまま答えた。
「見りゃ分かる。これが答えだ」
言い切る。
もう隠す理由はない。
ここで小猫を守るために必要なものを出す。
それだけだ。
「蒸着」
ギャバリオントリガーが応答し、ギャバリオン粒子が全身を走る。
一ミリ秒でコンバットスーツが投射形成され、皮膚の上へ鋼の重さが落ちてくる。
視界が変わる。
呼吸が変わる。
ギャバン・キング。
今この場で必要な、守る側の姿だ。
小猫がその光景を見て、初めてはっきりと目を見開いた。
無表情の奥に隠していた驚きが、一瞬だけそのまま表へ出る。
でも、それも長くは続かない。
こいつはすぐに切り替える。
ちゃんと前を見る。
「……やっぱり、太郎だったんですね」
「今さらだろ」
「ええ。ですけど、ちゃんと見るのは初めてです」
「感想は後で聞く。今は下がるなよ」
「そっちこそ」
いい返事だ。
それだけで十分だった。
操られた妖怪たちが、一斉にこちらへ飛びかかる。
速い。
だが、理性が残っている分だけ動きに迷いもある。
そこが救いだ。
俺は最初の一体の懐へ踏み込み、首筋に食い込んだ百足型の寄生具だけを狙ってギャバリオンブレードの柄で叩く。
金属音。
寄生具が砕け、妖怪の身体から力が抜けて崩れ落ちる。
「本体じゃなく、首の黒いのを狙え!」
「分かってます!」
小猫が横から低く滑り込み、二体目の足元を払う。
転倒したところへ、俺が寄生具だけを撃ち抜く。
百足が潰れたような嫌な音がして、支配が切れる。
倒れた妖怪は苦しそうに咳き込み、そのまま意識を失った。
生きている。
なら十分だ。
「へぇ……傷つけずに制圧ですか。実に厄介ですねぇ」
ジスキーの声が、少しだけ不機嫌になる。
いい傾向だ。
相手の予定を崩してる証拠だからな。
「お前の趣味に付き合うほど、暇じゃねえんだよ!」
俺は三体目を受け流しながら叫ぶ。
だが、数が増える。
裂け目の奥から、さらに二体、三体。
しかも百足の流れは全部、左奥の壁の向こうへ集まっている。
やっぱりあそこだ。
制御の核がある。
「塔城!」
「分かってます。あそこだけ、空気が閉じてます!」
小猫が左奥を指さす。
壁の一部だけ脈動が違う。
百足が入っていくのに、帰ってこない。
巣の心臓部。
あそこを壊せば、この檻の流れは止まる。
「次を抜けたら一気に行く!」
「援護します!」
短いやり取り。
でも、もうそれだけで十分に噛み合っていた。
正体の話は残っている。
聞きたいことも、聞かせるべきことも山ほどある。
けれど今は、互いにその先送りを飲み込んでいる。
それができるなら、戦場では十分に組める。
俺は目の前の妖怪の爪をかわし、寄生具へ銃口を押し当てる。
発射。
衝撃で百足が砕け、支配が切れる。
その先で、小猫が最後の一体を壁際へ誘導する。
体勢が崩れた瞬間、俺は横へ抜けた。
「走るぞ!」
「ええ!」
俺たちは同時に左奥へ駆ける。
壁の脈動が強くなる。
百足の群れが、まるで心臓を守る血流みたいに周囲を埋めていた。
その中心で、ひときわ黒い塊が鈍く光っている。
寄生具の核。
転移の結び目。
たぶん、両方だ。
その時、ジスキーの声がまた落ちた。
今度は最初より、わずかに愉快そうに。
「なるほど、そこまで辿り着きますか。では次は、もっと壊しがいのある個体を見せましょう」
空間の奥で、何か大きなものが動く音がした。
百足の群れが一斉に左右へ割れ、その向こうの闇がゆっくりと開く。
俺はギャバリオンブレードを構え直し、隣に立つ小猫の気配を感じながら、唇の端を吊り上げた。
「いいね。ようやく唆る展開になってきたじゃねえか」
次回の王は
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