サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
百足の巣は、さっきまでよりもずっと静かだった。
静かなのに、壁の奥を這い回る無数の足音だけは消えず、むしろその分だけ嫌にはっきり聞こえる。
俺と小猫の前には、まだ操られた妖怪たちが立っていて、そのさらに奥、脈打つような闇の向こうから、あの不快な声だけが落ちてきた。
「いやぁ、実に美しいですねぇ。見えているのに届かない、助けたいのに変えられない、その無力感は何より上質ですよぉ」
小猫の肩が、ぴくりと小さく揺れた。
俺はそれを横目で見て、ギャバリオンブレードを握る手へ少しだけ力を込める。
「特にあなたは素晴らしい。力がないわけではないのに、決定的な一手だけが足りない。だから誰かの後ろで息を潜めるしかない。なんとも愛らしい弱者だ」
「……」
「どうしました? 否定しないのですか? できませんよねぇ。だって本当のことでしょう? 見えていても、結局は彼に頼るしかない。あなた一人では、何も守れない」
小猫は俯いた。
ほんの少しだけ、唇が噛まれる。
こいつは滅多に分かりやすく感情を出さない。
だからこそ、その沈黙が余計に腹立たしかった。
「やめろよ」
俺が低く言うと、ジスキーは面白がるように笑った。
「おや、怒りましたか? ですが、これも現実です。彼女には心当たりがある。だから黙る。だから俯く。弱さを知っているからこそ、何も言えない」
「……っ」
「可哀想ですねぇ。あなたは観察力がある。気づく力もある。けれど、届かない。強くないから届かない。そういう存在は、使われる側としては一流ですが、自分では何も変えられない」
「っ、違……」
小猫が何か言い返そうとして、そこで止まる。
言葉が喉へ引っかかるみたいに、細い指が制服の裾を強く握っていた。
図星を突かれた時の顔だ。
見えてるのに、届かない。
助けたいのに、手が足りない。
たぶんこいつは、さっきからずっとそこへ引っかかっている。
「はっ」
俺は鼻で笑った。
わざとらしく、馬鹿にするみたいに。
ジスキーの声が一瞬だけ止まる。
「何がおかしいのです?」
「いや、お前さ、ほんと頭悪ぃなって思ってな」
「……何ですって?」
「弱いだの、届かないだの、ずいぶん楽しそうに喋ってるが、そんな安っぽい理屈で人間を測った気になってる時点で三流なんだよ」
「三流? 現に彼女は何もできずに俯いているではありませんか」
「だから何だよ」
俺は一歩だけ前へ出る。
操られた妖怪たちがまだ間に立っているのに、不思議と足は止まらなかった。
腹が立っていた。
百億パー腹が立っていた。
妖怪たちを道具扱いしたことにも。
小猫の悔しさを、勝手に値札みたいに喋ったことにも。
「学園で誰も近づかなかったこいつに、ただ一人で歩いてきたのが誰だと思ってる」
「……何の話です?」
「お前には一生分かんねえ話だよ。人を標本だの個体だの言ってるやつに、人が誰へ手を伸ばすかなんて分かるわけねえ」
小猫が、ゆっくり顔を上げた。
俺はそのまま続ける。
今さら止まる理由なんてなかった。
「こいつは確かに不器用だよ。無口だし、すぐ睨むし、言葉は足りねえし、圧も強えし、正直めんどくせえ」
「……そこは否定します」
「今そこじゃねえんだよ」
ジスキーの笑いが混じる。
だが、俺は気にせず吐き捨てた。
「けどな、それでも誰かを見捨てねえし、痛いのを知ってるから痛がってるやつを放っとけねえし、見えてるものを見なかったことにしねえ。そういうやつが強くなる理由なんざ、百億どころか最初から十分すぎるほど揃ってんだよ」
「口先だけなら何とでも言える!」
「口先に聞こえるのは、お前がそれしか知らねえからだ」
俺はギャバリオンブレードの切っ先を下げず、真っ直ぐ闇の奥を睨んだ。
姿も見せずに他人の弱さだけを拾って笑うやつが、一番つまらない。
そういうやつは、勝ってるように見えても中身が空っぽだ。
「弱いとか届かないとか、そんなもんで友達を測った気になってんなよ」
「友達、ですって?」
「そうだよ」
言い切る。
迷いなんてない。
ここで濁す方が、よっぽどつまらない。
「友達を馬鹿にして笑ってるてめえが、何様だって言ってんだよ!」
叫んだ瞬間、空間の奥で百足の群れがざわりと揺れた。
ジスキーの気配が一瞬だけ強張る。
たぶん、俺が怒ったことそのものじゃない。
“友達”って言葉を、こんな場所で一切躊躇なく口にしたことが、あいつには理解できなかったんだろう。
「くだらない……! 実にくだらない感情論だ! そんなもので現実が変わるとでも!」
「変わるね」
「何?」
「少なくとも、お前みてえなカスが勝手に決めた価値なんざ、これで百億パー無意味になった」
言葉を叩きつけた、その直後だった。
横で、小さく息を呑む音がした。
見れば、小猫が泣いていた。
声もなく、ただ静かに。
自分でも驚いているみたいな顔で、頬を伝うものに触れようともせず、ただ俺を見ている。
「……おい」
「……分かりません」
小猫は、自分の声の掠れ方に少しだけ戸惑ったみたいに、目を細めた。
「悔しいのか、違うのか……何で泣いてるのか、私にも、分かりません」
その言い方が、変に子猫らしくて、胸の奥が少しだけ痛くなった。
分からないんだろう。
悔しさも、安堵も、救われた感じも、たぶん全部混ざっている。
こいつはそういうのを器用に言葉へできるやつじゃない。
でも、それでいい。
今はそれで十分だ。
「分かんなくていい」
俺は短く言う。
「後でゆっくり考えろ。今はてめえを馬鹿にしたクソ野郎をぶん殴る方が先だ」
小猫の目が、涙で少しだけ揺れた。
それでも、小さく、けれど確かに頷く。
「……はい」
「よし」
俺はギャバリオンブレードを構え直し、闇の奥にいるジスキーへ向けて口の端を吊り上げた。
「聞こえただろ、ジスキー。お前はもう終わりだ」
百足の巣の中で、脈動が一段強くなる。
けれど、今はもうさっきまでみたいな息苦しさがなかった。
守る理由が、はっきり見えていたからだ。
だったら、あとは簡単だ。
泣かせた分だけ、きっちり返してやればいい。
次回の王は
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