サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
百足の巣は、まだ死んでいなかった。
操られた妖怪たちを気絶させても、壁の脈動は鈍く続き、床を走る無数の百足も、まるで何事もなかったみたいに流れを保っている。
つまり俺たちが止めたのは、あくまで目の前へ押し出されていた駒だけで、この空間そのものを動かしている核は、まだ別の場所で息をしているということだ。
ジスキーは後退しながらも、その事実に縋るように笑った。
さっきまでの余裕は剥がれていたが、それでもなお、巣の主としての最後の支配だけは手放していないらしい。
「無駄ですよぉ……! いくら壁を剥がしても、根が残っている限り、この巣は止まりません……! あなたたちは結局、私の掌から出られないのです!」
その笑い声は、強がりと本心が半分ずつ混じっている。
追い詰められているのは事実だが、まだ勝ち筋が残っていると、自分自身へ言い聞かせている声だった。
俺はビリットスティックを構えたまま、巣の奥を睨む。
操られた妖怪たちはもう大半が倒れている。
だったら、次にやるべきことは簡単だ。
群れそのものを止めるんじゃない。
その中心だけを引き抜けばいい。
「分かってるよ、そんなことは」
俺が低く返した、その直後だった。
横にいた小猫の呼吸が、不意に変わる。
乱れたわけじゃない。
むしろ逆だ。
静かすぎるくらい静かになって、こいつの感覚だけが、この気味の悪い巣の奥へ深く沈んでいくのが分かった。
「……塔城?」
呼んでも、すぐには返事がない。
小猫の目は、もう目の前のジスキーを見ていなかった。
壁でも床でもない、そのさらに奥。
百足の流れそのものを、何か別の見え方で見ている目だった。
巣を這い回る百足たちは、見た目だけならどれも同じだ。
黒く細く、不快なくせに無駄に統一感がある。
だが今の小猫には、その全部がただの群れには見えていないらしい。
空間を走る脈動と、妖怪たちへ残る支配の残滓と、百足が通る流れの芯。
それら全部が一本の線になって、小猫の意識の中へ流れ込んでいる。
無意識の仙術。
言葉にすればそういうことなんだろうが、実際に目の前で起きると、もっと静かで、もっと怖い。
こいつ自身が気づかないまま、世界の輪郭だけが一段深く剥がれていく。
「……違う」
小猫が、かすれるように呟いた。
「何がだ」
「流れが……全部、そこからです……」
小猫の指先が、ゆっくりと左奥の暗がりを指す。
大量の百足がうごめく中心。
見た目では何の変哲もない群れの一角。
だが、その一点だけ、百足の流れが逆らっていた。
他の個体が巣の命令に従って動いているのに、そこだけが命令そのものを発している。
「……あれです」
小猫の声は小さい。
けれど、迷いはなかった。
「あれが、本体です」
俺は一瞬だけその位置を見る。
普通の目には、ただ百足が密集しているようにしか見えない。
だが、今の小猫の声には確信がある。
だったら、それで十分だ。
ここまで来て、こいつの見たものを疑う理由なんてない。
「見えてるんだな」
小猫は小さく頷く。
その額には汗が滲み、呼吸も少し浅い。
無理をしているのは明白だった。
だが、それでも目だけは逸れない。
「だったら、そこだ」
俺はビリットスティックを下ろす。
カブタックで妖怪たちを止める役目はもう終わった。
ここから先に必要なのは、群れの中から芯だけを抜き取るための精度と突破力だ。
壁を殴るんじゃない。
巣を支える釘だけを引き抜く。
そのための投影へ切り替える。
ギャバリオントリガーへ意識を集中させる。
ギャバリオン粒子の重なりが切り替わり、装甲の輪郭が、今までより鋭く、細く、より生き物めいた方向へ組み替わっていく。
『投影! マーイッカ! アクティベート!』
音声が響いた瞬間、空気そのものが変わった。
カブタックの軽さとも、ギャバン・キングの正面性とも違う。
もっと狭く、もっと鋭い。
小さな隙間へ潜り込み、その奥の命だけを狩るための気配。
ギャバン・アーマイゼ。
蟻のギャバン。
群体の中の一体を狙い抜くには、これ以上ない形だ。
装甲の色調と輪郭が切り替わり、ギャバン系統の鋼の上へ、アリの昆虫捜査官らしい鋭さとしなやかさが重なる。
肩や腕のラインは細く研がれ、ただ硬いだけではない、小ささを武器にするための完成度が全身へ宿った。
ウイング型のギャバリオンブレードが展開し、その刃先が百足の群れの中心をぴたりと捉える。
「なっ……!?」
ジスキーの声が裏返る。
「まだそんな投影を残していたのですかっ!? いえ、それよりなぜ、なぜ分かったのです!? 私の本体は、私自身すら見失わぬよう紛れ込ませていたというのに……!」
余裕は完全に消えていた。
自分の本体を見抜かれたこと。
しかも、その本体を狩るために最適な投影へ、俺が迷わず切り替えたこと。
その両方が、こいつの神経を一気に削っている。
横で、小猫もまた息を呑んでいた。
さっきカブタックを見せたばかりだというのに、今度はまた別の姿だ。
しかも今回は、さっきまでの少し外れた明るさとは真逆の、静かで鋭い異質さがある。
「……また、違う」
小猫の声は驚きに揺れていた。
だが、それは怯えではない。
知らない太郎を、また一つ見てしまったことへの驚きだ。
「太郎、本当に……どこまで……」
「後で説明する」
俺は短く返す。
「今は、お前が見つけたあれを潰す方が先だ」
小猫の視線が、俺から本体の位置へ戻る。
そして、今度は迷いなく言った。
「右へ一歩。そこから、真っ直ぐです」
「了解」
それだけでいい。
こっちに必要なのは、長い確認なんかじゃない。
見つけるやつがいて、届かせるやつがいる。
今この場では、それで十分だ。
俺は一気に踏み込む。
百足の群れがざわめき、巣の脈動が強まる。
ジスキーは本体を守ろうとして流れを変えようとするが、もう遅い。
小猫の仙術が見抜いた位置は、ただの一点じゃない。
支配の芯そのものだ。
そこから発する違和感は、もう隠しきれない。
「や、やめろっ! 近づくなっ!」
ジスキーが悲鳴混じりに叫ぶ。
だが知るか。
お前が今までやってきたことを考えりゃ、その程度の叫びに値引きの余地はない。
ギャバン・アーマイゼの装甲が、巣の中を走る。
大きく斬り払う必要はない。
群れ全体を相手にする必要もない。
必要なのは、中心だけだ。
大量の百足の中で、ただ一体。
そこへ、正確に届かせる。
小猫の声が、また飛ぶ。
「そこです!」
俺はウイング型ギャバリオンブレードを構え直し、群れの中でわずかに脈を乱した一匹へ、照準ごと意識を絞り込んだ。
ジスキーはなおも喚いている。
小猫はなおも驚きを隠せず、それでも俺の背中を見ている。
そして俺は、その全部をまとめて前へ置き去りにしながら、本体へ向けて一気に加速した。
次で終わらせる。
そう断言できるだけの線が、もう目の前にはっきり見えていた。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王