サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
百足の巣は、まだ死んでいなかった。
操られた妖怪たちを気絶させても、壁の奥を走る脈動は鈍く続き、床のひびを這い回る黒い流れも止まらない。
つまり、俺たちが今まで相手にしていたのは、巣が吐き出した末端だけだ。
根はまだ残っている。
だからジスキーも、追い詰められた顔をしながらなお嗤える。
「無駄ですよぉ……! いくら目の前の駒を倒しても、この巣そのものは止まりません! 私はまだ終わっていない!」
ジスキーの叫びは、強がりと焦りがぐちゃぐちゃに混じっていた。
さっきまでみたいな余裕はない。
だが、本体さえ無事ならまだひっくり返せると、本気で思っている声だ。
俺はギャバン・アーマイゼのまま、呼吸を浅く整える。
ウイング型ギャバリオンブレードの切っ先は、まだ左奥の群れの中心を捉えたままだ。
塔城小猫が見抜いた位置。
普通の目じゃ、ただ百足が密集してるようにしか見えない。
けれど今の俺には、あそこだけ空間の圧が違って感じられる。
小猫の仙術が掴んだ答えを、俺ももう信じていた。
「塔城」
「……はい」
声は少し掠れていた。
無理もない。
さっきの無意識仙術で、こいつの感覚は限界近くまで削られている。
それでも視線は逸れていなかった。
百足の流れを追い、本体の位置を見失っていない。
「まだ見えてるか」
「……見えてます。右へ逃げようとしてる。でも、流れの芯はそこです」
「十分だ」
それだけあれば、届く。
だったら、やることは百億%一つだ。
俺は地を蹴った。
百足の群れが一斉に盛り上がる。
壁だ。
いや、津波だな。
黒く細い体が何万と絡み合い、一本の流体みたいに前へ押し寄せてくる。
数で止める。
量で潰す。
そういう思想の塊だ。
嫌いじゃない。
分かりやすいからな。
ギャバリオンブレードが閃く。
大振りはしない。
群れ全部を消そうとしたら、逆に飲まれる。
必要なのは道だ。
本体までの最短距離だけを開ける。
そのための斬撃を、次々と差し込んでいく。
一閃。
百足の束が断たれる。
次の瞬間には、また別の流れが噛みつくように伸びてくる。
それを半身で躱し、今度は逆袈裟に斬る。
裂けた黒い波が壁へ叩きつけられ、さらに奥の群れが剥き出しになる。
「左、上!」
小猫の声。
反射で身体を沈める。
頭上を百足の槍が薙いだ。
避けると同時に、その根元へブレードを滑り込ませる。
支えていた芯だけが斬り飛び、群れ全体が崩れる。
速い。
だが、遅くない。
見えているなら、断てる。
断てるなら、進める。
「来るなっ! 来るな来るな来るなっ!」
ジスキーの声が上ずる。
いい傾向だ。
こいつはもう、自分が狩る側じゃないと理解し始めている。
「うるせえな」
俺は百足の塊をまた一つ切り裂く。
「てめえが今までやってきたことに比べりゃ、まだ全然静かな方だろ」
「貴様っ……! 私を、私を誰だと思っている……!」
「知るかよ。今のてめえは、逃げ遅れた犯人だ」
百足の流れが乱れる。
支配が雑になっている。
本体が焦れば、巣全体も揺れる。
だったら余計に簡単だ。
芯の位置はどんどん浮き上がる。
小猫がまた指示を飛ばした。
「そのまま、真っ直ぐ! でも次、一回だけ下へ潜ります!」
「了解!」
前へ出る。
百足の壁が二層、三層と折り重なる。
それを斬る。
潜る。
擦れ違いざまにまた斬る。
群れの外側じゃない。
中心へ、中心へ。
ギャバン・アーマイゼの機動が、この手の“群体の中の一つを抜く”状況に噛み合いすぎていた。
サイズ差も、数の不利も、今はただの障害物だ。
奥。
さらに奥。
そこに、一体だけ流れの逆らう百足が見えた。
他の個体が本能みたいに動いている中で、そいつだけが意志を持って逃げようとしている。
太く、黒く、いやに光沢がある。
周囲の百足がそいつを守るように集まっているせいで、逆に分かりやすい。
「そこです!」
小猫が言い切る。
迷いのない声だった。
俺はその声へ、ただ頷く。
視界の端では、ジスキーの人型が何かを喚いている。
だが、もう聞く必要もない。
本体が分かれば、残りは斬るだけだ。
ギャバリオンブレードを構え直す。
呼吸が一つ、深く落ちる。
百足の音が遠のく。
巣の脈動も、ジスキーの叫びも、小猫の呼吸も、一瞬だけ全部が背景へ退いた。
目の前には、本体だけ。
「やめろぉぉぉっ!」
ジスキーの絶叫が、そこでようやく届く。
遅い。
俺は踏み込んだ。
一閃。
ギャバリオンブレードが、本体百足だけを正確に切り裂く。
断たれた瞬間、黒い体液のようなものが飛び、次いで空間そのものが悲鳴を上げた。
百足の群れが一斉に硬直する。
壁の脈動が乱れ、床を走っていた黒い流れがそこで全部止まった。
「が、あ……っ!?」
ジスキーの声が、ひしゃげた。
声だけだった存在が、無理やり表へ引きずり出される。
群れの中から人型の輪郭が崩れるように現れ、膝から床へ落ちた。
仮面めいた顔。
細い身体。
外套の奥でじゃらつく器具。
ああ、ほんとにそのまま出てくるんだな。
本体を断たれたせいで、妖怪たちへ伸びていた支配の糸も一気に千切れた。
気絶したままの連中の身体から黒い気配が抜け、巣全体の圧も弱まっていく。
終わりだ。
少なくとも、お前の好き勝手はここで終わる。
ジスキーはなおも逃げようとした。
床を這うように後ずさりし、裂け目の奥へ消えようとする。
だが、させるか。
俺は一歩で間合いを詰め、ギャバリオントリガーをその喉元へ突きつけた。
反対の手で、逃げようとする腕を捻り上げる。
「終わりだ、ジスキー」
「や、やめろ……! 私はまだ……!」
「まだもクソもねえよ。てめえはここで確保する」
拘束具代わりに、アーマイゼの装甲から伸ばした拘束ワイヤーを叩き込む。
黒い縄のようにジスキーの腕と胴を絡め取り、床へ押し倒す。
暴れる。
喚く。
だが、もう遅い。
本体を断たれた時点で、てめえの盤面は全部死んでいる。
「離せっ、離せ離せ離せぇっ!」
「うるせえ」
さらに締める。
ジスキーの身体が床へ縫い止められ、そこではじめて本当に動けなくなった。
その瞬間、巣の崩壊が始まる。
壁を走っていた青白い脈が途切れ、裂け目が音を立てて閉じたり開いたりし始める。
百足の死骸が雨みたいに落ち、床そのものが沈んだ。
空間の維持ができなくなっている。
支配の核を断たれた檻が、ようやく機能不全を起こし始めたんだ。
「太郎!」
小猫が叫ぶ。
気絶した妖怪たちの方を見る。
全員、まだここにいる。
支配は切れた。
だが、このまま崩落に巻き込ませるわけにはいかない。
「分かってる!」
ジスキーを拘束したまま、どう全員を出すか考える。
正直、人数が多い。
しかも空間はもう長く持たない。
面倒だな、と思った、その時だった。
「終わったか」
あまりにも自然な声が、すぐ後ろから聞こえた。
俺は振り返る。
そこにはジョーンズがいた。
いつもの無表情。
いつもの落ち着き。
しかも片手には、いつの間にかBOSSの缶コーヒーまである。
小猫が、珍しく本気で目を見開いた。
「えっ、何時の間に」
ああ、分かる。
その反応は正しい。
俺だってたまにそう思う。
「だから言っただろ。こいつはそういうやつだ」
ジョーンズは気絶した妖怪たちを見回し、ジスキーを拘束した俺を見て、小さく頷いた。
「仕事は終わったらしい」
「見りゃ分かるだろ」
「観測結果として確認した」
「便利な言い方だな、おい」
ジョーンズは返事の代わりに缶を軽く振った。
それから何でもないみたいな顔で、気絶している妖怪たちの方へ歩く。
崩壊してる異空間の真ん中で、相変わらず変に落ち着いてやがる。
「搬出する」
「一人でか?」
「数えるのが面倒だ」
「意味が分からねえ」
「この惑星では、そういう時に“何とかなる”と言うらしい」
言いながら、ジョーンズは本当に何とかし始めた。
どういう理屈かは知らないが、倒れていた妖怪たちの身体がふっと軽く持ち上がり、まとめて彼の後ろへ浮かぶ。
超能力を隠す気があるのかないのか分からない雑さだ。
小猫はまだ少し呆然としていた。
「……本当に、何なんですか、この人」
「宇宙人だよ」
「雑です」
「でも合ってる」
巣の天井が大きく裂ける。
もう長くは持たない。
だったら脱出が先だ。
ジョーンズが振り返る。
「出口は開ける。急げ」
「助かる」
「それは後で言えばいい」
「じゃあ今は黙って使うか」
俺はジスキーを拘束したまま担ぎ上げ、小猫へ顎をしゃくる。
「塔城、行くぞ」
「……はい」
返事は短い。
だが、その声にはもうさっきまでの張り詰めた震えがなかった。
疲れてはいる。
驚きも、混乱も、たぶんまだ残ってる。
それでも、ちゃんと立っている。
それで十分だ。
ジョーンズが開いた裂け目の向こうへ、俺たちは駆け出した。
後ろでは百足の巣が崩れ、最後の脈動を散らしながら潰れていく。
気絶した妖怪たちも、拘束したジスキーも、一緒だ。
ここで取りこぼす気はない。
光のある側へ抜けた瞬間、背後で巣が完全に閉じる。
耳障りだった百足の足音も、そこでようやく消えた。
静かになった。
本当に久しぶりに、まともな静けさだった。
俺はその場で一度だけ大きく息を吐く。
装甲の内側に残っていた熱が、ようやく抜けていく。
横を見ると、小猫も同じように息をしていた。
視線が合う。
何か言いたそうで、でもまだ言葉になっていない顔だった。
だから俺は、先に軽く肩をすくめる。
「後で、ちゃんと聞くんだろ」
小猫は一瞬だけ目を丸くして、それから小さく頷いた。
「……はい。後で、ちゃんと」
「はっ、逃げねえよ」
その返事に、小猫の口元がほんの少しだけ緩む。
気のせいじゃない。
たぶん今のは、間違いなくそうだった。
ジョーンズはそんな俺たちを見もせず、BOSSの缶を開けた。
「この惑星は、今日も忙しい」
「お前がそれ言うと、何か腹立つな」
「観測結果だ」
「便利だなあ、その言葉」
俺は苦笑して、拘束したジスキーを見下ろした。
こいつの件はこれで終わりだ。
けれど、終わったからこそ残るものもある。
塔城小猫は、もうかなりのところまで俺を知っている。
俺もまた、こいつがただ守られるだけのやつじゃないと知った。
次回の王は
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妖怪王
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怪獣王
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幻想王