サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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発覚 Case10

 百足の巣は、まだ死んでいなかった。

 操られた妖怪たちを気絶させても、壁の奥を走る脈動は鈍く続き、床のひびを這い回る黒い流れも止まらない。

 つまり、俺たちが今まで相手にしていたのは、巣が吐き出した末端だけだ。

 根はまだ残っている。

 だからジスキーも、追い詰められた顔をしながらなお嗤える。

 

「無駄ですよぉ……! いくら目の前の駒を倒しても、この巣そのものは止まりません! 私はまだ終わっていない!」

 

 ジスキーの叫びは、強がりと焦りがぐちゃぐちゃに混じっていた。

 さっきまでみたいな余裕はない。

 だが、本体さえ無事ならまだひっくり返せると、本気で思っている声だ。

 

 俺はギャバン・アーマイゼのまま、呼吸を浅く整える。

 ウイング型ギャバリオンブレードの切っ先は、まだ左奥の群れの中心を捉えたままだ。

 塔城小猫が見抜いた位置。

 普通の目じゃ、ただ百足が密集してるようにしか見えない。

 けれど今の俺には、あそこだけ空間の圧が違って感じられる。

 小猫の仙術が掴んだ答えを、俺ももう信じていた。

 

「塔城」

 

「……はい」

 

 声は少し掠れていた。

 無理もない。

 さっきの無意識仙術で、こいつの感覚は限界近くまで削られている。

 それでも視線は逸れていなかった。

 百足の流れを追い、本体の位置を見失っていない。

 

「まだ見えてるか」

 

「……見えてます。右へ逃げようとしてる。でも、流れの芯はそこです」

 

「十分だ」

 

 それだけあれば、届く。

 だったら、やることは百億%一つだ。

 

 俺は地を蹴った。

 

 百足の群れが一斉に盛り上がる。

 壁だ。

 いや、津波だな。

 黒く細い体が何万と絡み合い、一本の流体みたいに前へ押し寄せてくる。

 数で止める。

 量で潰す。

 そういう思想の塊だ。

 嫌いじゃない。

 分かりやすいからな。

 

 ギャバリオンブレードが閃く。

 大振りはしない。

 群れ全部を消そうとしたら、逆に飲まれる。

 必要なのは道だ。

 本体までの最短距離だけを開ける。

 そのための斬撃を、次々と差し込んでいく。

 

 一閃。

 百足の束が断たれる。

 次の瞬間には、また別の流れが噛みつくように伸びてくる。

 それを半身で躱し、今度は逆袈裟に斬る。

 裂けた黒い波が壁へ叩きつけられ、さらに奥の群れが剥き出しになる。

 

「左、上!」

 

 小猫の声。

 反射で身体を沈める。

 頭上を百足の槍が薙いだ。

 避けると同時に、その根元へブレードを滑り込ませる。

 支えていた芯だけが斬り飛び、群れ全体が崩れる。

 

 速い。

 だが、遅くない。

 見えているなら、断てる。

 断てるなら、進める。

 

「来るなっ! 来るな来るな来るなっ!」

 

 ジスキーの声が上ずる。

 いい傾向だ。

 こいつはもう、自分が狩る側じゃないと理解し始めている。

 

「うるせえな」

 

 俺は百足の塊をまた一つ切り裂く。

 

「てめえが今までやってきたことに比べりゃ、まだ全然静かな方だろ」

 

「貴様っ……! 私を、私を誰だと思っている……!」

 

「知るかよ。今のてめえは、逃げ遅れた犯人だ」

 

 百足の流れが乱れる。

 支配が雑になっている。

 本体が焦れば、巣全体も揺れる。

 だったら余計に簡単だ。

 芯の位置はどんどん浮き上がる。

 

 小猫がまた指示を飛ばした。

 

「そのまま、真っ直ぐ! でも次、一回だけ下へ潜ります!」

 

「了解!」

 

 前へ出る。

 百足の壁が二層、三層と折り重なる。

 それを斬る。

 潜る。

 擦れ違いざまにまた斬る。

 群れの外側じゃない。

 中心へ、中心へ。

 ギャバン・アーマイゼの機動が、この手の“群体の中の一つを抜く”状況に噛み合いすぎていた。

 サイズ差も、数の不利も、今はただの障害物だ。

 

 奥。

 さらに奥。

 そこに、一体だけ流れの逆らう百足が見えた。

 

 他の個体が本能みたいに動いている中で、そいつだけが意志を持って逃げようとしている。

 太く、黒く、いやに光沢がある。

 周囲の百足がそいつを守るように集まっているせいで、逆に分かりやすい。

 

「そこです!」

 

 小猫が言い切る。

 迷いのない声だった。

 

 俺はその声へ、ただ頷く。

 視界の端では、ジスキーの人型が何かを喚いている。

 だが、もう聞く必要もない。

 本体が分かれば、残りは斬るだけだ。

 

 ギャバリオンブレードを構え直す。

 呼吸が一つ、深く落ちる。

 百足の音が遠のく。

 巣の脈動も、ジスキーの叫びも、小猫の呼吸も、一瞬だけ全部が背景へ退いた。

 目の前には、本体だけ。

 

「やめろぉぉぉっ!」

 

 ジスキーの絶叫が、そこでようやく届く。

 遅い。

 

 俺は踏み込んだ。

 

 一閃。

 

 ギャバリオンブレードが、本体百足だけを正確に切り裂く。

 断たれた瞬間、黒い体液のようなものが飛び、次いで空間そのものが悲鳴を上げた。

 百足の群れが一斉に硬直する。

 壁の脈動が乱れ、床を走っていた黒い流れがそこで全部止まった。

 

「が、あ……っ!?」

 

 ジスキーの声が、ひしゃげた。

 声だけだった存在が、無理やり表へ引きずり出される。

 群れの中から人型の輪郭が崩れるように現れ、膝から床へ落ちた。

 仮面めいた顔。

 細い身体。

 外套の奥でじゃらつく器具。

 ああ、ほんとにそのまま出てくるんだな。

 

 本体を断たれたせいで、妖怪たちへ伸びていた支配の糸も一気に千切れた。

 気絶したままの連中の身体から黒い気配が抜け、巣全体の圧も弱まっていく。

 終わりだ。

 少なくとも、お前の好き勝手はここで終わる。

 

 ジスキーはなおも逃げようとした。

 床を這うように後ずさりし、裂け目の奥へ消えようとする。

 だが、させるか。

 

 俺は一歩で間合いを詰め、ギャバリオントリガーをその喉元へ突きつけた。

 反対の手で、逃げようとする腕を捻り上げる。

 

「終わりだ、ジスキー」

 

「や、やめろ……! 私はまだ……!」

 

「まだもクソもねえよ。てめえはここで確保する」

 

 拘束具代わりに、アーマイゼの装甲から伸ばした拘束ワイヤーを叩き込む。

 黒い縄のようにジスキーの腕と胴を絡め取り、床へ押し倒す。

 暴れる。

 喚く。

 だが、もう遅い。

 本体を断たれた時点で、てめえの盤面は全部死んでいる。

 

「離せっ、離せ離せ離せぇっ!」

 

「うるせえ」

 

 さらに締める。

 ジスキーの身体が床へ縫い止められ、そこではじめて本当に動けなくなった。

 

 その瞬間、巣の崩壊が始まる。

 

 壁を走っていた青白い脈が途切れ、裂け目が音を立てて閉じたり開いたりし始める。

 百足の死骸が雨みたいに落ち、床そのものが沈んだ。

 空間の維持ができなくなっている。

 支配の核を断たれた檻が、ようやく機能不全を起こし始めたんだ。

 

「太郎!」

 

 小猫が叫ぶ。

 気絶した妖怪たちの方を見る。

 全員、まだここにいる。

 支配は切れた。

 だが、このまま崩落に巻き込ませるわけにはいかない。

 

「分かってる!」

 

 ジスキーを拘束したまま、どう全員を出すか考える。

 正直、人数が多い。

 しかも空間はもう長く持たない。

 面倒だな、と思った、その時だった。

 

「終わったか」

 

 あまりにも自然な声が、すぐ後ろから聞こえた。

 

 俺は振り返る。

 そこにはジョーンズがいた。

 いつもの無表情。

 いつもの落ち着き。

 しかも片手には、いつの間にかBOSSの缶コーヒーまである。

 

 小猫が、珍しく本気で目を見開いた。

 

「えっ、何時の間に」

 

 ああ、分かる。

 その反応は正しい。

 俺だってたまにそう思う。

 

「だから言っただろ。こいつはそういうやつだ」

 

 ジョーンズは気絶した妖怪たちを見回し、ジスキーを拘束した俺を見て、小さく頷いた。

 

「仕事は終わったらしい」

 

「見りゃ分かるだろ」

 

「観測結果として確認した」

 

「便利な言い方だな、おい」

 

 ジョーンズは返事の代わりに缶を軽く振った。

 それから何でもないみたいな顔で、気絶している妖怪たちの方へ歩く。

 崩壊してる異空間の真ん中で、相変わらず変に落ち着いてやがる。

 

「搬出する」

 

「一人でか?」

 

「数えるのが面倒だ」

 

「意味が分からねえ」

 

「この惑星では、そういう時に“何とかなる”と言うらしい」

 

 言いながら、ジョーンズは本当に何とかし始めた。

 どういう理屈かは知らないが、倒れていた妖怪たちの身体がふっと軽く持ち上がり、まとめて彼の後ろへ浮かぶ。

 超能力を隠す気があるのかないのか分からない雑さだ。

 

 小猫はまだ少し呆然としていた。

 

「……本当に、何なんですか、この人」

 

「宇宙人だよ」

 

「雑です」

 

「でも合ってる」

 

 巣の天井が大きく裂ける。

 もう長くは持たない。

 だったら脱出が先だ。

 

 ジョーンズが振り返る。

 

「出口は開ける。急げ」

 

「助かる」

 

「それは後で言えばいい」

 

「じゃあ今は黙って使うか」

 

 俺はジスキーを拘束したまま担ぎ上げ、小猫へ顎をしゃくる。

 

「塔城、行くぞ」

 

「……はい」

 

 返事は短い。

 だが、その声にはもうさっきまでの張り詰めた震えがなかった。

 疲れてはいる。

 驚きも、混乱も、たぶんまだ残ってる。

 それでも、ちゃんと立っている。

 それで十分だ。

 

 ジョーンズが開いた裂け目の向こうへ、俺たちは駆け出した。

 後ろでは百足の巣が崩れ、最後の脈動を散らしながら潰れていく。

 気絶した妖怪たちも、拘束したジスキーも、一緒だ。

 ここで取りこぼす気はない。

 

 光のある側へ抜けた瞬間、背後で巣が完全に閉じる。

 耳障りだった百足の足音も、そこでようやく消えた。

 

 静かになった。

 本当に久しぶりに、まともな静けさだった。

 

 俺はその場で一度だけ大きく息を吐く。

 装甲の内側に残っていた熱が、ようやく抜けていく。

 

 横を見ると、小猫も同じように息をしていた。

 視線が合う。

 何か言いたそうで、でもまだ言葉になっていない顔だった。

 

 だから俺は、先に軽く肩をすくめる。

 

「後で、ちゃんと聞くんだろ」

 

 小猫は一瞬だけ目を丸くして、それから小さく頷いた。

 

「……はい。後で、ちゃんと」

 

「はっ、逃げねえよ」

 

 その返事に、小猫の口元がほんの少しだけ緩む。

 気のせいじゃない。

 たぶん今のは、間違いなくそうだった。

 

 ジョーンズはそんな俺たちを見もせず、BOSSの缶を開けた。

 

「この惑星は、今日も忙しい」

 

「お前がそれ言うと、何か腹立つな」

 

「観測結果だ」

 

「便利だなあ、その言葉」

 

 俺は苦笑して、拘束したジスキーを見下ろした。

 こいつの件はこれで終わりだ。

 けれど、終わったからこそ残るものもある。

 塔城小猫は、もうかなりのところまで俺を知っている。

 俺もまた、こいつがただ守られるだけのやつじゃないと知った。

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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