サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
俺の自宅のリビングが、どうしてこんな戦場みたいな空気になっているのか、百億回くらい考えても納得がいかなかった。
いや、理由そのものは分かっているし、むしろ分かりすぎているからこそ、俺は今、ソファの真ん中で妙な汗をかいている。
右には宮本絶花。
左には塔城小猫。
そして、その間に挟まっているのが俺だ。
状況だけ並べると、ただ知り合い同士が座って話をするだけの平和な絵面に見えるかもしれない。
だが、実際には違う。
片方は人見知りが激しすぎて、初対面に近い相手へどう話しかければいいか分からず黙り込む絶花で、もう片方は無口な上に、今この瞬間も絶花の方をじっと見ている小猫だ。
そして、そのじっと見ている視線の意味を、俺だけが何となく察してしまっているのが本当に面倒くさい。
小猫、お前、そこ見てるんだな。
警戒とか敵意とかそういうんじゃなくて、もっとこう、説明しづらいところを見てるんだな。
しかも、絶花の方は絶花で、小猫の無表情に何を返せばいいのか分からず、余計に背筋を伸ばして固まっている。
結果、誰も大声なんか出していないのに、空気だけが修羅場になっていた。
「……じゃあ、説明するぞ」
このまま黙っていると俺の胃が先に死ぬので、とりあえず本題へ入ることにした。
本日の議題は、俺がギャバンである件についての説明だ。
本来なら、多少は重くてもおかしくない話題のはずなんだが、今はもうそういう次元じゃない。
まずは場を進めないと、本題以前に空気で窒息する。
「俺がギャバンってのは、まあ、前に見られた通りで事実だ」
「……はい」
小猫は短く頷く。
声はいつも通り低いのに、視線だけはまだ絶花の方へ半分残っていた。
絶花も小さく息を呑んで、俺を見る。
見るんだが、その後また小猫の方をちらっと見る。
おい、やめろ。
そのぎこちない視線の往復を俺に見せるな。
真ん中にいる俺が一番困る。
「それで、ギャバンっていうのは、単に変身して終わりの話じゃなくて――」
「……あの」
珍しく絶花の方が先に口を開いた。
俺は少しだけ救われた気分でそっちを見る。
よし、いいぞ絶花。
会話が動く。
このまま普通に進めば、もしかしたら平和に終わるかもしれない。
「その、塔城さん、でいいのかな……?」
「……はい」
「えっと、その……学校では、太郎と……仲がいいんだね」
ああ、だめだ。
それは火種だ。
しかも絶花、お前それ、頑張って絞り出した話題がそこなのか。
いや分かる。
分かるけど、今その切り口はだいぶ危険だ。
小猫は数秒だけ黙って、それから俺を一度見て、また絶花へ視線を戻した。
「……それなりに」
「そ、そうなんだ」
「……はい」
「……」
「……」
会話、終わった。
いや早すぎるだろ。
ここまで短く終わるなら、逆にやらない方がマシだったまである。
絶花は絶花で、これ以上どう繋げればいいか分からず固まってるし、小猫は小猫で必要最低限しか返さない。
誰か助けろ。
いや、助けるの俺しかいねえな。
面倒だなあ、ほんとに。
「いやまあ、仲がいいっていうか、同じクラスだし、色々あって距離が近いだけで――」
「……近いんですね」
小猫が静かに言った。
何がどう近いんだよ、という問いを含んだ言い方だった。
だが、その問いに真正面から答えると絶花が固まるし、誤魔化すと小猫が刺してくる。
俺、何でこんな狭い盤面に立たされてるんだ。
「そこ拾うのかよ」
「……気になったので」
「気にしなくていいだろ、そこは」
「……そうですか」
そう言いながら、小猫の視線がまた絶花へ向く。
そして、今度はだいぶあからさまに胸元の方へ一瞬だけ落ちた。
おい。
やっぱりそこか。
何となくそうだろうとは思っていたが、分かる形でやるな。
しかも絶花の方は、その視線に気づいた瞬間、びくっと肩を揺らした。
たぶん今の絶花の頭の中では、
「何か失礼なことをしたかな」
「いや、でも何を言えばいいんだろう」
「というか見られてる」
みたいな感情がぐるぐる回っている。
全部顔に出てる。
人見知りが激しいやつは、黙るほど分かりやすくなるから困る。
「……あの」
今度は小猫が口を開いた。
そのまま絶花の胸を見る。
やめろ、その入り方は絶対よくない。
俺の危機感知が全力で鳴ってる。
「……何でそんなに」
来た。
終わった。
俺は反射的に身を乗り出した。
「そこは今じゃねえだろ!」
思わず声が大きくなった。
絶花も小猫も同時にこっちを見る。
痛い。
視線が痛い。
でも言わせるわけにはいかない。
今それを聞かれて、絶花が答えられるわけがないし、答えたとしてもこの場が平和になる未来が一ミリも見えない。
「ギャバンの説明だろ、今日は! 何でそこへ行くんだよ、話のルートがおかしいだろ!」
「……気になったので」
「お前、さっきからそれ便利に使いすぎだろ!」
「……太郎が近いって言うから」
「そういう意味じゃねえよ!」
絶花は顔を真っ赤にしていた。
耳まで赤い。
ソファの端で小さくなりながら、でも逃げるわけにもいかずに固まっている。
かわいそうだなと思う。
思うが、今それを口に出すとさらに悪化するので黙る。
「……ご、ごめんなさい」
絶花が小さく言った。
謝るところじゃないのに謝るあたり、本当にこの手の空気が苦手なんだろう。
小猫も、小猫で少しだけ目を逸らした。
たぶん本気でいじめるつもりがあったわけじゃない。
ただ、気になったことをそのまま口にしそうになっただけだ。
でも、それが今は十分危険なんだよ。
「いや、謝るのは違うだろ」
俺は頭を掻いて、大きく息を吐いた。
このままだと、ギャバンの“ギ”の字も説明できないまま日が暮れる。
だったらもう、多少強引でも本筋へ戻すしかない。
「よし、仕切り直すぞ」
「……はい」
「……ええ」
二人とも返事はする。
するんだが、まだ微妙にぎこちない。
ただ、さっきよりは少しだけマシだった。
少なくとも、同じ話題をもう一回踏みに行く気配はない。
今のところは。
「俺がギャバンになったのは、宇宙警察絡みの事件がきっかけだ。普通の学生やってるだけじゃ巻き込まれねえ話だが、まあ、巻き込まれた」
「……そこは、前にも思ったんですけど」
小猫が言う。
「太郎って、そういうのに巻き込まれやすいんですか」
「巻き込まれてるんじゃねえよ。面倒事の方が俺を選んでくるんだ」
「……自信満々に言うことじゃないです」
「でも、ちょっと分かるかも……」
絶花が小さく乗ってきた。
ああ、そうだ。
こういう方向なら絶花も喋れる。
誰かを正面から測る話じゃなくて、俺を雑にいじる方向なら、むしろ乗れる。
それでいい。
その方が百億倍助かる。
「おい絶花、お前までそっち回るのか」
「だって、太郎って昔からそういうところあるし……」
「……確かに」
「塔城、お前まで頷くな」
小猫が小さく、でも確かに頷く。
絶花はそれを見て、少しだけ肩の力を抜いた。
ほんの少しだけだが、空気が柔らかくなる。
よし。
やっとだ。
ようやく会話が“戦闘”じゃなくなってきた。
「とにかくだ。俺はギャバンとして動いてる。絶花はそのことを知ってるし、塔城は……まあ、もう見たし知ってる」
「……はい」
「……うん」
「だから今日は、そこをちゃんと整理するための話だ。余計な修羅場は後回しにしろ」
「修羅場なんてしてません」
小猫が即答する。
「……してない、よね」
絶花は少し自信なさそうに続く。
「してるんだよ、俺の胃だけが証拠だ」
そう言うと、二人とも一瞬だけ黙って、それから本当に少しだけ、空気が緩んだ。
笑ったわけじゃない。
でも、さっきまでの刺すような沈黙じゃなくなった。
だったら十分だ。
俺はそこでようやく、まともに背もたれへ身体を預ける。
やれやれ、ギャバンの説明一つするのに、何でこんな前哨戦が必要なんだ。
けれど、まあ、悪くはなかったかもしれない。
少なくとも今この場で、絶花も小猫も、互いを完全に拒絶しているわけじゃない。
ただ、どっちも喋るのが下手で、しかも変なところが気になって、空気が事故っただけだ。
そう思えば、まだ立て直せる。
問題は、次にまた小猫の視線がどこへ行くかってことくらいだ。
そこだけは本気で警戒しながら、俺は改めて咳払いをした。
「よし、今度こそ説明するぞ。今度は誰も変な方向に脱線するなよ」
「……努力します」
「……私も」
「不安しかねえ返事だな、おい」
そう言いながらも、さっきよりはちゃんと話せる気がした。
たぶん、これが俺たちなりの前進ってやつなんだろう。
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