サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
ギャバンの話を一通り終えた頃には、さっきまでの妙な修羅場めいた空気は、少しだけ別の重さへ変わっていた。
絶花も小猫も、もうさっきみたいに視線だけで刺し合っているわけじゃない。
その代わり、今度はもっと面倒で、もっと踏み込みづらい沈黙が、俺たち三人の間に落ちていた。
「……それで、話は分かりました」
小猫が静かに言う。
声はいつも通り平坦だったが、さっきまでより少しだけ深いところから出ている感じがした。
「おう。まあ、百億%すっきりしたとは言わねえが、今の俺がどういう立場かってのは、だいたいそんな感じだ」
「……はい。太郎が、どうしてそんな風に誰かを守ろうとするのかも、少しだけ分かった気がします」
「少しだけかよ」
「全部は、まだ分かりません」
「はっ、正直で結構だ」
軽く返したつもりだった。
けれど、小猫はそこで言葉を切らなかった。
むしろ、そこから先こそが本題みたいに、膝の上で指先を組んで、小さく息を吐く。
「……でも」
その一言で、空気が変わる。
絶花も気づいたらしく、さっきまでよりずっと真面目な顔で小猫を見ていた。
人見知りで、初対面に近い相手と話すのは得意じゃない絶花でも、今ここで余計なことを挟む空気じゃないとは分かるらしい。
「私、太郎の話を聞いていて、少しだけ羨ましかったです」
その言葉に、俺は眉を動かす。
「羨ましい?」
「……はい。太郎には、痛い思いをしてでも守りたいと思えるものがあって、帰る場所があって、信じてくれる人がいるからです」
絶花の肩が、ぴくりと揺れた。
俺も何も言えなかった。
小猫は小猫で、そこから先を誤魔化すつもりがないらしい。
「私には、そういうものが最初からあった訳ではありません」
静かだ。
静かなのに、その一言一言が妙に重い。
たぶん、こいつは今まで何度も飲み込んできたんだろう。
軽く言える話じゃないからこそ、逆にこういう時は真っ直ぐ落ちてくる。
「……私は、元々、朱乃先輩や部長みたいに、最初からうまく立てる側じゃありませんでした」
「塔城……」
俺が名前を呼ぶと、小猫は小さく首を振った。
止めるな、って意味だ。
だったら止めない。
こういう時に変に庇う方が、むしろ余計なお世話になることもある。
「私は、捨てられた訳ではないです。でも、いらないと思われたことはあります」
絶花が息を呑む音が、すぐ隣で聞こえた。
見なくても分かる。
あいつ、たぶん今の一言でかなりきてる。
「強くなれと言われました。耐えろと言われました。役に立てるようになれと言われました。でも、その時の私は、何もできなくて……」
小猫の手が、少しだけ強く握られる。
震えてはいない。
けれど、そこへ込められた力だけで十分だった。
「だから、私はずっと思っていました。弱い自分には価値がないんだって。何も守れない自分は、ここにいていい理由がないんだって」
俺の隣で、絶花が本当に何か言いかけた。
でも、言葉にならないまま止まる。
気持ちはあるのに、うまく出せない。
そのもどかしさが、横にいるだけで分かった。
「けれど、部長たちは私を拾ってくれて、居場所をくれました。でも、それでも私は、どこかでずっと、いつかまた置いていかれるんじゃないかって思っていました」
俺は黙って聞いていた。
下手に口を挟むと、たぶん全部軽くなる。
これは今、小猫が自分で出そうとしている言葉だから、俺の都合で丸める訳にはいかない。
「だから、太郎が迷わず前へ出るのを見ていると、羨ましかったんです」
「……俺が?」
「はい。太郎は、自分が傷つくかもしれなくても、躊躇わないからです。私には、それがずっとできなかったので」
そこで絶花が、とうとう口を開いた。
かなり勇気を使った声だった。
「……でも、それって、小猫ちゃんが弱いって意味じゃないよね」
小猫が少しだけ目を上げる。
絶花は真正面から見返していた。
緊張はしている。
しているけど、逃げないで言おうとしている。
「だって、今こうして話してくれてるのって、すごく勇気がいることでしょ」
「……」
「私だったら、たぶんもっと黙るし、もっと誤魔化すと思う」
絶花の声は小さい。
でも、妙に真っ直ぐだった。
「だから、その……うまく言えないけど、小猫ちゃんが今まで辛かったのは本当だと思うし、苦しかったのも本当だと思う。けど、それを話せるのは、弱いからじゃなくて、ちゃんと前を向こうとしてるからだと思う」
リビングが、しんと静まる。
俺はそこでようやく、さっきまでとは別の意味で息を止めていたことに気づいた。
絶花、お前、そういう時にそれを言えるのはずるいだろ。
普段あんなに人見知りなくせに、肝心なところだけ真っ直ぐすぎる。
小猫は何も言わない。
でも、視線が少しだけ揺れていた。
たぶん今の言葉は、こいつの想定の外から来たんだろう。
俺はそこで、ようやく口を開く。
「……塔城」
「……はい」
「お前、自分のことを弱いって言ったけどな」
小猫がこっちを見る。
絶花も、静かに息を呑む。
「弱いやつは、そんな風に自分の傷を言葉にできねえよ」
「太郎……」
「だいたいな、痛いの知ってるやつが、他人の痛いのを見逃せない時点で、もう十分面倒なくらい強いんだよ」
俺は肩をすくめた。
「はっきり言っとくけど、お前は最初から完璧に立てるタイプじゃねえ。けど、だからって価値がねえとか、ここにいていい理由がねえとか、そんな雑な結論で片づけられるほど軽くもねえ」
小猫の目が、わずかに見開かれる。
「お前がここにいる理由なんざ、もうとっくにできてる。部長たちが拾ったからだけじゃねえ。お前がちゃんとそこで残って、誰かを見て、気にして、放っとけなくなってる時点で、もうそれで十分なんだよ」
小猫は何も言わなかった。
ただ、じっと俺を見ていた。
その沈黙の重さは、さっきまでの気まずいものとは違う。
もっと柔らかくて、でも簡単には崩れない種類の静けさだった。
絶花もまた、隣で黙っている。
けれど、さっきまでみたいに固まっているんじゃない。
ちゃんと小猫の方を見て、その返事を待っている顔だった。
しばらくして、小猫が小さく息を吐く。
「……ずるいです」
「何がだよ」
「二人とも、そういう時だけ、ちゃんと言うので」
「そういう時だけ、って何だよ」
「普段は、かなり面倒です」
「そこは否定しねえのかよ」
「否定できません」
その返しに、絶花が小さく笑った。
ほんの少しだけだったけど、それで空気がだいぶ変わる。
俺もつられて息を吐く。
やれやれだ。
ギャバンの説明からどうしてこんな話になるのかと思ったが、たぶん必要な寄り道だったんだろう。
小猫は視線を落として、それから静かに言った。
「……でも、少しだけ、楽になりました」
その言葉に、俺は何も足さなかった。
絶花も同じだった。
今は、それで十分だ。
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