サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

684 / 702
修羅場 Case2

 ギャバンの話を一通り終えた頃には、さっきまでの妙な修羅場めいた空気は、少しだけ別の重さへ変わっていた。

 絶花も小猫も、もうさっきみたいに視線だけで刺し合っているわけじゃない。

 その代わり、今度はもっと面倒で、もっと踏み込みづらい沈黙が、俺たち三人の間に落ちていた。

 

「……それで、話は分かりました」

 

 小猫が静かに言う。

 声はいつも通り平坦だったが、さっきまでより少しだけ深いところから出ている感じがした。

 

「おう。まあ、百億%すっきりしたとは言わねえが、今の俺がどういう立場かってのは、だいたいそんな感じだ」

 

「……はい。太郎が、どうしてそんな風に誰かを守ろうとするのかも、少しだけ分かった気がします」

 

「少しだけかよ」

 

「全部は、まだ分かりません」

 

「はっ、正直で結構だ」

 

 軽く返したつもりだった。

 けれど、小猫はそこで言葉を切らなかった。

 むしろ、そこから先こそが本題みたいに、膝の上で指先を組んで、小さく息を吐く。

 

「……でも」

 

 その一言で、空気が変わる。

 絶花も気づいたらしく、さっきまでよりずっと真面目な顔で小猫を見ていた。

 人見知りで、初対面に近い相手と話すのは得意じゃない絶花でも、今ここで余計なことを挟む空気じゃないとは分かるらしい。

 

「私、太郎の話を聞いていて、少しだけ羨ましかったです」

 

 その言葉に、俺は眉を動かす。

 

「羨ましい?」

 

「……はい。太郎には、痛い思いをしてでも守りたいと思えるものがあって、帰る場所があって、信じてくれる人がいるからです」

 

 絶花の肩が、ぴくりと揺れた。

 俺も何も言えなかった。

 小猫は小猫で、そこから先を誤魔化すつもりがないらしい。

 

「私には、そういうものが最初からあった訳ではありません」

 

 静かだ。

 静かなのに、その一言一言が妙に重い。

 たぶん、こいつは今まで何度も飲み込んできたんだろう。

 軽く言える話じゃないからこそ、逆にこういう時は真っ直ぐ落ちてくる。

 

「……私は、元々、朱乃先輩や部長みたいに、最初からうまく立てる側じゃありませんでした」

 

「塔城……」

 

 俺が名前を呼ぶと、小猫は小さく首を振った。

 止めるな、って意味だ。

 だったら止めない。

 こういう時に変に庇う方が、むしろ余計なお世話になることもある。

 

「私は、捨てられた訳ではないです。でも、いらないと思われたことはあります」

 

 絶花が息を呑む音が、すぐ隣で聞こえた。

 見なくても分かる。

 あいつ、たぶん今の一言でかなりきてる。

 

「強くなれと言われました。耐えろと言われました。役に立てるようになれと言われました。でも、その時の私は、何もできなくて……」

 

 小猫の手が、少しだけ強く握られる。

 震えてはいない。

 けれど、そこへ込められた力だけで十分だった。

 

「だから、私はずっと思っていました。弱い自分には価値がないんだって。何も守れない自分は、ここにいていい理由がないんだって」

 

 俺の隣で、絶花が本当に何か言いかけた。

 でも、言葉にならないまま止まる。

 気持ちはあるのに、うまく出せない。

 そのもどかしさが、横にいるだけで分かった。

 

「けれど、部長たちは私を拾ってくれて、居場所をくれました。でも、それでも私は、どこかでずっと、いつかまた置いていかれるんじゃないかって思っていました」

 

 俺は黙って聞いていた。

 下手に口を挟むと、たぶん全部軽くなる。

 これは今、小猫が自分で出そうとしている言葉だから、俺の都合で丸める訳にはいかない。

 

「だから、太郎が迷わず前へ出るのを見ていると、羨ましかったんです」

 

「……俺が?」

 

「はい。太郎は、自分が傷つくかもしれなくても、躊躇わないからです。私には、それがずっとできなかったので」

 

 そこで絶花が、とうとう口を開いた。

 かなり勇気を使った声だった。

 

「……でも、それって、小猫ちゃんが弱いって意味じゃないよね」

 

 小猫が少しだけ目を上げる。

 絶花は真正面から見返していた。

 緊張はしている。

 しているけど、逃げないで言おうとしている。

 

「だって、今こうして話してくれてるのって、すごく勇気がいることでしょ」

 

「……」

 

「私だったら、たぶんもっと黙るし、もっと誤魔化すと思う」

 

 絶花の声は小さい。

 でも、妙に真っ直ぐだった。

 

「だから、その……うまく言えないけど、小猫ちゃんが今まで辛かったのは本当だと思うし、苦しかったのも本当だと思う。けど、それを話せるのは、弱いからじゃなくて、ちゃんと前を向こうとしてるからだと思う」

 

 リビングが、しんと静まる。

 俺はそこでようやく、さっきまでとは別の意味で息を止めていたことに気づいた。

 絶花、お前、そういう時にそれを言えるのはずるいだろ。

 普段あんなに人見知りなくせに、肝心なところだけ真っ直ぐすぎる。

 

 小猫は何も言わない。

 でも、視線が少しだけ揺れていた。

 たぶん今の言葉は、こいつの想定の外から来たんだろう。

 

 俺はそこで、ようやく口を開く。

 

「……塔城」

 

「……はい」

 

「お前、自分のことを弱いって言ったけどな」

 

 小猫がこっちを見る。

 絶花も、静かに息を呑む。

 

「弱いやつは、そんな風に自分の傷を言葉にできねえよ」

 

「太郎……」

 

「だいたいな、痛いの知ってるやつが、他人の痛いのを見逃せない時点で、もう十分面倒なくらい強いんだよ」

 

 俺は肩をすくめた。

 

「はっきり言っとくけど、お前は最初から完璧に立てるタイプじゃねえ。けど、だからって価値がねえとか、ここにいていい理由がねえとか、そんな雑な結論で片づけられるほど軽くもねえ」

 

 小猫の目が、わずかに見開かれる。

 

「お前がここにいる理由なんざ、もうとっくにできてる。部長たちが拾ったからだけじゃねえ。お前がちゃんとそこで残って、誰かを見て、気にして、放っとけなくなってる時点で、もうそれで十分なんだよ」

 

 小猫は何も言わなかった。

 ただ、じっと俺を見ていた。

 その沈黙の重さは、さっきまでの気まずいものとは違う。

 もっと柔らかくて、でも簡単には崩れない種類の静けさだった。

 

 絶花もまた、隣で黙っている。

 けれど、さっきまでみたいに固まっているんじゃない。

 ちゃんと小猫の方を見て、その返事を待っている顔だった。

 

 しばらくして、小猫が小さく息を吐く。

 

「……ずるいです」

 

「何がだよ」

 

「二人とも、そういう時だけ、ちゃんと言うので」

 

「そういう時だけ、って何だよ」

 

「普段は、かなり面倒です」

 

「そこは否定しねえのかよ」

 

「否定できません」

 

 その返しに、絶花が小さく笑った。

 ほんの少しだけだったけど、それで空気がだいぶ変わる。

 俺もつられて息を吐く。

 やれやれだ。

 ギャバンの説明からどうしてこんな話になるのかと思ったが、たぶん必要な寄り道だったんだろう。

 

 小猫は視線を落として、それから静かに言った。

 

「……でも、少しだけ、楽になりました」

 

 その言葉に、俺は何も足さなかった。

 絶花も同じだった。

 今は、それで十分だ。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。