サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

685 / 702
修羅場 Case3

 その日の帰り道、塔城小猫が俺に声をかけてきた時点で、少しだけ空気が違うとは思っていた。

 いつものように、じっと見てくる。

 けれど、ただ探るような視線じゃない。

 何かを決めた後の目だった。

 

「……太郎」

 

「おう、どうした」

 

「少し、話があります」

 

「改まってるな。怖い話じゃないよな」

 

「……たぶん、違います」

 

 たぶん、って何だよ。

 そう思いはしたが、こいつがこういう言い方をする時は、たいてい軽く受け流していい話じゃない。

 だから俺も、変に茶化しすぎないで歩幅を合わせた。

 

「じゃあ、聞く」

 

「……強くなりたいです」

 

 短い。

 でも、その一言で十分だった。

 俺は少しだけ目を細めて、隣を歩く小猫を見る。

 こいつが自分からそう言うのは、かなり重い。

 見栄で言うやつでも、勢いで言うやつでもないからだ。

 

「急だな」

 

「急ではないです。前から、思っていました」

 

「それを今、口にしたわけか」

 

「……はい」

 

 返事は小さい。

 それでも、逃げる感じはなかった。

 だからこそ、こっちも適当には返せない。

 

「理由は?」

 

 小猫はすぐには答えなかった。

 歩きながら、視線を少し落とす。

 言葉を選んでいるというより、無理に短くまとめようとしている感じだった。

 こいつはいつもそうだ。

 抱えてるものが軽くないほど、余計な言葉を削る。

 

「……置いていかれたくないので」

 

「誰に」

 

「みんなに、です」

 

「みんな、ね」

 

「部長も、朱乃先輩も、イッセー先輩も……太郎も」

 

 最後だけ、少しだけ間があった。

 俺は思わず鼻で笑う。

 

「俺まで入るのかよ」

 

「入ります」

 

「即答か」

 

「事実なので」

 

 そう言われると、変に否定もできない。

 実際、俺は俺で宇宙警察だのギャバンだので、普通の学園生活の枠からだいぶはみ出してる。

 しかも小猫は、その一端をもう知っている。

 だったら、こいつから見て俺が“前に進んでる側”に見えるのも、まあ分かる。

 

「置いていかれるのが嫌、ってのは分かった。で、それだけじゃないだろ」

 

 小猫が少しだけ肩を揺らす。

 図星だ。

 今のはたぶん、一番口にしやすい部分だけだ。

 その下に、もっと重い本音が沈んでいる。

 

「……姉みたいに、なりたくないです」

 

 そこで、ようやく出た。

 俺は歩く速度を少しだけ落とす。

 小猫も合わせて止まりかけて、それでもちゃんと続けた。

 

「暴走して、周りが見えなくなって、自分でも止まれなくなるのは……嫌です」

 

「……ああ」

 

「強くなりたいです。でも、強くなるのが怖くない訳ではないです」

 

「それもまあ、そうだろうな」

 

「だから、ちゃんと制御したいです。ちゃんと立てるようになりたいです」

 

 言葉は短い。

 けれど、芯ははっきりしていた。

 ただ力が欲しいわけじゃない。

 暴走したくない。

 置いていかれたくない。

 ちゃんと隣に立ちたい。

 そのために強くなりたい。

 こいつなりに、ずっと考えてきたんだろう。

 

「それで、俺に頼むわけか」

 

「……はい」

 

「理由は?」

 

「太郎が、一番短期間で強くなったように見えるからです」

 

 そこで俺は、思わず苦笑した。

 見え方としては間違っていない。

 だが、実態はだいぶ詐欺みたいなものだ。

 外から見れば短期間でも、中身は長い。

 しかも普通の部活みたいな特訓じゃない。

 

「見える、な」

 

「違うんですか」

 

「違うっていうか、半分合ってて半分違う」

 

「……難しい言い方です」

 

「俺の訓練方法がそのまま普通に再現できるもんじゃねえって意味だよ」

 

 小猫が黙る。

 その沈黙の意味は分かる。

 断られるのか、と一瞬構えたんだろう。

 だから、そこは先に潰しておく。

 

「別に嫌だとは言ってねえよ」

 

 小猫が顔を上げた。

 

「……本当ですか」

 

「はっ、そこで嘘ついてどうすんだよ」

 

「でも、簡単ではないんですよね」

 

「当たり前だろ。強くなる話を、そんな気軽なイベントみたいに言うな」

 

「……すみません」

 

「謝るな。むしろ本気で言ってるなら、その方がいい」

 

 俺は頭を掻きながら、少しだけ考える。

 小猫の頼みは軽くない。

 だったら、こっちもちゃんと返すべきだ。

 行き当たりばったりで鍛えて、変な事故が起きたら笑えない。

 特にこいつの場合、力の制御そのものが目的に入っている。

 雑に始める方が危険だ。

 

「やるなら、場所が要る」

 

「場所、ですか」

 

「おう。普通の空き地とか部室裏とか、そういうレベルじゃ足りねえ」

 

「……そんなにですか」

 

「そんなにだ。お前が知りたいのは“短期間でどう強くなったか”だろ」

 

「はい」

 

「だったら、それなりの環境が必要だ。少なくとも、周りを巻き込まない場所と、多少無茶しても問題ねえ場所がいる」

 

 小猫は真面目な顔で聞いている。

 そこに冗談はない。

 だから、俺も続けた。

 

「それを今すぐ用意できるかって言われると、できねえ」

 

「……」

 

「けど、用意する」

 

 そこで小猫の目が、少しだけ揺れた。

 不安が消えたって顔じゃない。

 でも、少なくとも“話が進んだ”と分かる顔だ。

 

「待ってほしい」

 

「どれくらいですか」

 

「夏休み入って、数日後だな」

 

「数日後……」

 

「そのくらいあれば、場所は押さえられる。準備もできる。お前の事情も踏まえて、ちゃんとメニュー組む」

 

「……めにゅー」

 

「鍛え方だよ」

 

「分かってます」

 

「今ちょっと言い方が面白かったから拾っただけだ」

 

「意地が悪いです」

 

「はっ、そういう余裕があるなら大丈夫だろ」

 

 小猫は小さく息を吐く。

 それから、珍しく少しだけ力の抜けた声で言った。

 

「断られるかもしれないと、思っていました」

 

「何でだよ」

 

「太郎は、自分のことは簡単に言わないので」

 

 そこで俺は、一瞬だけ言葉に詰まった。

 なるほど。

 それはそうだ。

 こいつから見れば、俺はずっと色々隠してきた側の人間だ。

 だったら、自分の“強くなる方法”なんて、なおさら簡単に教えないと思うのも自然か。

 

「まあ、言わねえことは多いな」

 

「……はい」

 

「けど、お前が本気で頼んできたことまで流すほど、俺も雑じゃねえよ」

 

「……そうですか」

 

「そうだよ。それに――」

 

 俺は少しだけ空を見る。

 もう夕方で、夏前の空気が妙に湿っていた。

 こういう時だけ、変に正直な言葉が出る。

 

「置いていかれたくねえって理由は、嫌いじゃない」

 

 小猫がこっちを見る。

 

「……嫌いじゃない、ですか」

 

「むしろ分かりやすくていい。守りてえとか、追いつきてえとか、並びてえとか、そういうのは強くなる理由としては十分だ」

 

「……姉みたいになりたくない、というのも?」

 

「それも込みだ」

 

 俺ははっきり言った。

 

「怖えって分かってるやつの方が、ちゃんと制御を覚える。何も知らねえやつよりよっぽどマシだ」

 

 小猫はしばらく黙って、それから小さく頷いた。

 無表情は無表情だ。

 でも、その頷き方はさっきより柔らかかった。

 

「……分かりました」

 

「おう」

 

「待ちます」

 

「その方がいい。やるなら中途半端にはしねえ」

 

「はい」

 

「夏休みの数日後。そこから始める」

 

「……はい」

 

 今度の返事は、最初よりずっとまっすぐだった。

 決意した顔、というほど派手じゃない。

 でも、腹の中でちゃんと受け取った返事だと分かる。

 

 俺はそこでようやく肩の力を抜いた。

 話そのものは短かった。

 けれど、こいつにとってはかなり重い一歩だったはずだ。

 だから、俺も適当に流さなくてよかったと思う。

 

「じゃあ、それまでにできることは一つだな」

 

「何ですか」

 

「ちゃんと飯食って寝ろ」

 

「……それだけですか」

 

「基礎を舐めるなよ。強くなる前に倒れたら笑えねえだろ」

 

「太郎が言うと、妙に説得力があります」

 

「どういう意味だ、それ」

 

「そのままです」

 

「おい」

 

 小猫はそこで、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 気のせいじゃない。

 たぶん今のは、ちゃんと笑ったんだろう。

 

 だったら、まあ悪くない。

 夏休みの数日後。

 そこからまた、面倒な特訓が始まる。

 でも、それでこいつがちゃんと前へ進めるなら、やる価値はある。

 

 俺は軽く息を吐いて、改めて言った。

 

「忘れんなよ。特訓は夏休みの数日後だ」

 

「はい」

 

「逃げるなよ」

 

「太郎こそ」

 

「はっ、言うようになったな」

 

 そう返すと、小猫はまた小さく頷いた。

 その顔は、もうさっきまでみたいに不安だけを抱えたものじゃなかった。

 少なくとも、次へ進む準備だけは始まっている。

 それが分かるだけで、今は十分だった。

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。