サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
冥界の空は、何度見ても妙な色をしている。
夜みたいに暗いのに、星の瞬き方が地上と違うせいか、ただ暗いだけじゃない。
どこか金属の裏側を覗き込んでるみたいな、薄く青い光が空の底へ滲んでいる。
その空を裂くように、コスモギャバリオンはゆっくりと高度を落としていた。
操縦席で前を見ながら、俺は小さく息を吐く。
隣では、コーギー姿のレオルドが尻尾を揺らしもせず、いつものように気楽なんだか真面目なんだか分からない顔で前方モニターを見ていた。
犬の顔で分かるのかと言われると困るが、長い付き合いってのはそういうもんだ。
見てれば何となく分かる。
「で、確認するぞレオルド」
『おう。何だ、緊張してんのか太郎』
「してねえよ。ただ、説明するならこっちも整理しとかねえと面倒だろ」
『はっ、そういうのを世間じゃ緊張って言うんだぞ』
「うるせえな。で、改めて聞くが、今回向かう特訓場所はゴワシチョル星で間違いねえんだな」
『ああ、そこだ。時間流のズレが極端に大きい惑星だな』
レオルドの返事は軽い。
だが、その中身は軽くない。
ゴワシチョル星。
あそこはただの修行用の辺境惑星じゃない。
宇宙警察でも、訓練環境として使うには慎重になるくらいには、時間の流れがぶっ飛んでいる。
「通常の二百万分の一、だったか」
『そういうことだ。地球や冥界みたいな通常時空圏から見りゃ、ゴワシチョル星の時間はほとんど止まってるのと変わらねえ』
「止まってるって表現は雑だが、まあ感覚としてはそうだな」
『雑じゃねえよ。地球で十秒だぞ。ゴワシチョルじゃ約八か月だ。普通に考えりゃ頭がおかしい』
「自分で言ってて分かってるなら、もう少し丁寧に説明しろよ」
レオルドは鼻を鳴らした。
犬の姿で偉そうにされると妙に腹立つが、言ってる内容そのものは間違っていない。
十秒で八か月。
それだけでも充分異常だ。
しかも、それが一分なら四年近くに届く。
「地球人から見れば、ほんの一分で判決が下るような時間でも、向こうじゃ約四十八か月……つまり四年か」
『ああ。外から見りゃ一瞬、内側から見りゃ人生の一部だ。だから訓練場所としては便利だが、雑に使うと感覚が壊れる』
「便利って単語で済ませるにはだいぶ無法だな」
『だが、お前が短期間で小猫を鍛えるって話なら、あそこ以上に都合のいい場所もねえだろ』
「それは否定しねえ」
小猫の頼みを思い出す。
置いていかれたくない。
姉みたいに暴走したくない。
だから強くなりたい。
短い言葉だったが、芯はあった。
だったら、こっちもそれに見合う準備をするしかない。
「問題は、向こうで長く過ごして戻ってきても、こっちじゃほとんど時間が経ってねえってことだ」
『そうだな。訓練する側もされる側も、気持ちの切り替えが必要だ。四年分動いて一分も経ってねえとなると、普通のやつはまず混乱する』
「普通のやつじゃなくても混乱するだろ、それは」
『はっ、まあな。けどお前は経験済みだろ』
「経験済みだから言ってんだよ。あの感覚は、慣れたとか慣れてねえとか、そういう話じゃねえ」
モニターへ映る冥界の街が近づく。
赤黒い地平線の上に、悪魔の領地らしい整然とした建物が並び、その一角に俺たちの目的地がある。
今日ここへ来たのは遊びじゃない。
小猫たちへ、特訓の場所と方法を説明するためだ。
そのために、まずは冥界までコスモギャバリオンで直行した。
宇宙刑事側の戦力があるからこそできる移動だが、冷静に考えるとだいぶ無茶だ。
冥界へ船で直接来る高校生って何だよ。
俺自身が一番そう思う。
『で、どう話す気だ』
「どう、って?」
『いや、小猫に説明する時の話だよ。ゴワシチョル星は時間の流れが二百万分の一です、十秒で八か月です、一分で四年です、だから鍛えますって、そのまま言って理解されると思うか?』
「理解はされるだろ。納得するかは別だが」
『その“別”が大事なんだろうが』
「分かってるよ。だからこうして整理してんだ」
俺はモニターの高度計を確認しながら言う。
降下は安定している。
あと少しで指定地点だ。
「まず、向こうで過ごす時間は長い。こっちじゃ一瞬でも、向こうでは年単位になる。その分、基礎から徹底的にやる」
『ああ』
「次に、強くなるだけじゃなく、制御も覚えさせる。小猫の望みはそこ込みだからな」
『それもああ』
「最後に、本人が本気じゃなきゃ途中で折れる。四年って数字は、覚悟がねえと軽く言えねえ」
『……お前、だいぶ真面目だな』
「うるせえ。こういうのは真面目にやるんだよ」
『いや、悪い意味じゃねえよ』
レオルドの声が少しだけ低くなる。
『お前がそうやって本気で考えてるなら、それだけで十分伝わるだろ。少なくとも、適当に鍛えるつもりじゃねえってのはな』
俺は答えなかった。
ただ、前を見る。
考えが足りているとは思わない。
でも、雑にはしたくない。
その一点だけは、最初から決まっている。
コスモギャバリオンが、冥界の大地へ影を落とす。
下を見ると、見慣れた連中の姿があった。
塔城小猫。
それから、今回の話を通してる面々もちらほら見える。
ああ、もう逃げられない。
いや、最初から逃げる気はないが。
『どうする、普通に降りるか?』
「いや」
俺は短く答えた。
「話の内容が内容だ。だったら、最初からギャバンとして行く」
『はっ、分かりやすくていいじゃねえか』
「だろ」
着地シークエンスへ入る直前、俺はギャバリオントリガーを握る。
この姿の方が、話の重さも伝わりやすい。
特訓場所の話も、時間流の話も、ただの高校生の冗談じゃないと分からせるには、たぶんその方が早い。
「蒸着」
光が走る。
装甲が一ミリ秒で投射形成され、鋼の重さが全身へ落ちてくる。
ギャバン・キング。
いつものようでいて、今は戦うためじゃなく、これから始まる特訓の入り口として纏う姿だ。
コスモギャバリオンのハッチが開く。
冥界の風が装甲の上を滑り、下では小猫たちがこちらを見上げていた。
巨大戦力で冥界へ到着して、そのままギャバンの姿で降り立つ。
我ながら、説明の仕方がだいぶ大げさだとは思う。
だが、まあいい。
どうせなら最初から全部見せた方が早い。
俺はレオルドと共に、冥界の地へ向かって降り立った。
視線が集まる。
その中で、小猫の目だけはまっすぐだった。
こいつも、もう覚悟を決めている顔だ。
けれど、この時、俺達は気づかなかった、コスモギャバリオンに潜んでいた黒猫に。
次回の王は
-
妖怪王
-
機械王
-
怪獣王
-
幻想王