サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
コスモギャバリオンが目的地の惑星へ降下を始めた時点で、窓の外の景色はもう地球とも冥界ともまるで違っていた。
空は青いというより、薄い銀色を何枚も重ねたみたいに鈍く光っていて、雲の流れは妙に遅い。
地面もまた不思議だった。
岩肌のように見えるくせに、ところどころが金属みたいな艶を持っていて、光の当たり方で色が変わる。
生き物の気配はほとんどない。
風は吹いているのに、音だけが遠い。
まるで世界そのものが、何かを待つために静止しているみたいだった。
着陸の衝撃が小さく船体を揺らす。
ハッチが開くと、乾いた空気が機内へ流れ込んできた。
冷たいわけじゃない。
熱いわけでもない。
ただ、余計なものが一切ない空気だ。
訓練場としては、むしろ都合がいい。
甘さがない場所は、それだけで人を現実へ引き戻す。
俺は先に地面へ降りて、振り返る。
小猫も続いて船外へ出た。
足元へ視線を落として、少しだけ周囲を見回す。
無口なままだが、驚いているのは分かった。
当然だ。
初めて来る場所で、しかも景色からしてまともじゃない。
俺だって最初にここを見た時は、百億パー「何だこの星」って思った。
「……ここが」
小猫が小さく言う。
声は静かだが、ちゃんとこの場の異質さを飲み込もうとしている響きだった。
「おう。ここが今回使う場所だ」
「……普通の惑星には見えません」
「普通じゃねえから使うんだよ」
俺はハッチの閉じる音を背中で聞きながら、少しだけ歩き出した。
小猫もその隣へ並ぶ。
地面は固い。
だが、靴裏へ返ってくる感触が妙に軽い。
重力も、たぶん地球や冥界と少し違う。
こういう細かいズレが、最初は地味に効く。
だからこそ最初にきっちり説明しておく必要がある。
「まず、この星の特徴から話す」
「……はい」
「ここじゃ、外の一日で十年近く修行できる」
小猫の足が、ほんの少しだけ止まりかけた。
そこで完全に立ち止まらないあたり、こいつらしい。
驚いても、まず受け止める。
そういう反応だ。
「……十年、ですか」
「ああ。正確な誤差はあるが、だいたいそのくらいだ」
「一日で」
「一日で、だ」
俺は空を見上げる。
この星の時間感覚は、見た目からしておかしい。
だが見た目だけじゃない。
実際に中へ入ると、もっと露骨に狂っている。
「外から見りゃ一日だが、こっちで過ごす側からすると年単位になる。つまり、お前からすればちゃんと長い時間を使って鍛えることになる」
「……でも、前に言っていたみたいに、外の時間はほとんど進まないんですよね」
「そうだ。地球でも冥界でも、こっちにいる間の時間経過はほぼ誤差だ」
「それだけ長くいても」
「体は老けねえ」
そこははっきり言っておく。
この手の訓練環境で一番最初に不安になるのは、だいたいそこだからだ。
「肉体年齢は変わらない。十年動こうが、外へ戻った時に急に大人になってるなんてことはねえ」
小猫はそこでようやく完全に足を止めた。
視線を少し落として、言葉を反芻するみたいに黙る。
十年。
一日。
年は取らない。
短い言葉にすると簡単だが、実際にはだいぶ無茶苦茶だ。
だから、こいつが今すぐ軽く納得しないのはむしろ健全だった。
「……本当に、そういう場所なんですね」
「おう」
「冗談ではなく」
「俺がこういう話で冗談言うように見えるか?」
「見えないです」
「だったらそういうことだ」
小猫は小さく頷く。
驚きは残っている。
けれど、それでも逃げる気配はない。
そこは正直、少しだけ感心した。
普通なら、この時点でもう一回くらい迷う。
だがこいつは、迷っても前を向く方を選ぶ。
そういうやつだ。
「……それだけ必要なんですね」
その一言が、小さく落ちる。
俺は横目で小猫を見る。
「何がだ」
「私が強くなるには、それだけの時間が必要なんだってことです」
「まあ、雑に言えばそうだな」
「雑です」
「けど本質は外してねえよ」
俺はそこで立ち止まり、真正面から小猫を見る。
ここから先は、ちゃんと聞かせる必要がある。
この修行の意味を間違えたまま始めると、たぶんどこかで折れる。
だから最初に線を引く。
「ただし、勘違いすんな」
小猫が目を上げる。
「今回お前をここへ連れてきた理由は、単純なパワーアップじゃねえ」
「……はい」
「火力を上げるのが最優先じゃない。技の数を増やすのも後回しだ」
「では、何をするんですか」
聞き返す声は真面目だった。
俺もそこで、わざと曖昧にはしない。
「制御だ」
小猫の表情は大きく動かない。
だが、その一言が来ると予想していたのは分かる。
たぶん、こいつ自身もそこが一番気にかかっているからだ。
「お前に必要なのは、妖怪としての力を制御することだ」
「……」
「強くなりたいって言ったのは本音だろうし、置いていかれたくねえって焦りも分かる。けど、今の段階で先にやるべきはそこじゃねえ」
風が吹く。
この星の風は妙に乾いていて、言葉だけが真っ直ぐ残る感じがした。
「お前が一番恐れてるのは、姉みたいに暴走することだろ」
小猫の肩が、ほんの少しだけ強張る。
けれど目は逸らさない。
そこが大事だ。
怖い話題でも、ちゃんと聞く。
だから続ける。
「だったら、最初に叩き込むのは暴走しないための土台だ」
「……制御を、先に覚える」
「そういうことだ」
俺は頷く。
「力を増やすのは、その後でも間に合う。だが制御がねえまま出力だけ上げたら、お前が一番嫌がってる形に近づくだけだ」
「……はい」
「だから今回の修行は、強くなるためでありながら、同時に暴走しないための修行でもある」
小猫はしばらく黙っていた。
たぶん今、自分の中でその言葉を並べ直している。
強くなる。
制御する。
暴走しない。
全部同じ方向を向いているようでいて、実際には順番を間違えると崩れる。
そこを理解しようとしている顔だった。
「……強さより、先に」
「制御だ」
「暴走しないことが」
「最優先だ」
俺が言い切ると、小猫はゆっくり頷いた。
今度の頷きは、さっきまでより重い。
でも、その重さは嫌なものじゃない。
覚悟が沈んだ時の重さだ。
「……分かりました」
「本当にか?」
「はい」
「強くなるための修行だと思って来て、やることはひたすら制御訓練です、ってなったら不満が出るかもしれねえぞ」
「出ません」
「即答か」
「私が怖いのは、力が足りないことだけじゃないです」
小猫は真っ直ぐ前を見たまま言う。
「自分で自分を止められなくなる方が、ずっと怖いです」
そこで俺は、少しだけ息を吐いた。
ああ、ちゃんと分かってる。
だったら大丈夫だ。
少なくとも、修行の入り口でズレることはない。
「なら話は早い」
俺は軽く肩を回して、周囲を見渡す。
果てが見えない平地。
乾いた空気。
時間だけが異様に積み重なる惑星。
訓練場としては、これ以上ない。
居心地は最悪だが、居心地が良い場所で強くなれるほど世の中は甘くない。
「ここでやるのは、まず妖力の出し入れだ」
「出し入れ」
「おう。必要な分だけ引き出して、必要なところで止める。感情に引っ張られて勝手に膨らませない。逆に、怖がって閉じすぎるのも駄目だ」
「……難しそうです」
「難しいからやるんだよ」
「簡単には言いませんね」
「簡単に言ったら嘘になるだろ」
小猫が少しだけ目を細める。
困っているというより、納得している顔だった。
「それに、ここなら何度でもやり直せる」
俺は地面を軽くつま先で叩く。
「外じゃ一日でも、こっちなら十年近くある。失敗しても潰れねえ。時間をかけて身体に叩き込める」
「……十年」
「重い数字だろ」
「はい」
「けど、その重さを使えるのがこの場所だ」
小猫はそこで、ほんの少しだけ空を見上げた。
この星の鈍い銀色の空を。
たぶん今、自分が踏み込んだ場所の大きさを、改めて飲み込んでいるんだろう。
それでも、逃げたいとは言わなかった。
「……やります」
声は小さい。
けれど、芯はあった。
「暴走しないために、ちゃんと制御できるようになります」
その言葉に、俺はようやく少しだけ笑う。
「いい返事だ」
「太郎」
「ん?」
「その……もし、途中で上手くいかなくても」
「何だ」
「見捨てないでください」
そこで、少しだけ間ができた。
こいつがその言葉を口にするのには、たぶんかなり勇気が要った。
だから、返事は雑にしない。
でも重くしすぎるのも違う。
こういう時は、ちゃんと短く言い切る。
「当たり前だろ」
俺は即答した。
「ここまで連れてきて放り出すほど、俺も暇じゃねえよ」
小猫が小さく息を吐く。
それが安堵なのか、覚悟を固めるための呼吸なのかは分からない。
たぶん、その両方だ。
俺はそこで、改めて前を向いた。
「よし。じゃあ始めるぞ」
「……はい」
「最初に言っとくが、今日のメニューは地味だぞ」
「制御重視なんですよね」
「そうだ」
「なら、大丈夫です」
「簡単じゃねえぞ」
「分かっています」
その返事に、もう迷いはなかった。
だったら十分だ。
この星で過ごす一日は、外から見れば短い。
けれど、こっちで積み上がる時間は長い。
だから焦る必要はない。
急がず、雑にせず、暴走を抑えられる土台から作る。
強さはその後でいい。
俺は小猫を見て、最後にはっきり告げた。
「今回の修行で一番大事なのは、お前の妖怪としての力の制御だ」
「……はい」
「暴走を抑える。そこを最優先にする」
小猫は静かに頷いた。
その顔にはまだ不安もある。
けれど、それ以上に、自分でそこへ踏み込むと決めたやつの強さがあった。
だったら、ここから先は積むだけだ。
十年分だろうが何だろうが、必要ならやる。
そういう場所へ、俺たちはもう来ていた。
次回の王は
-
妖怪王
-
機械王
-
怪獣王
-
幻想王