サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

688 / 703
修羅場 Case6

 コスモギャバリオンが目的地の惑星へ降下を始めた時点で、窓の外の景色はもう地球とも冥界ともまるで違っていた。

 空は青いというより、薄い銀色を何枚も重ねたみたいに鈍く光っていて、雲の流れは妙に遅い。

 地面もまた不思議だった。

 岩肌のように見えるくせに、ところどころが金属みたいな艶を持っていて、光の当たり方で色が変わる。

 生き物の気配はほとんどない。

 風は吹いているのに、音だけが遠い。

 まるで世界そのものが、何かを待つために静止しているみたいだった。

 

 着陸の衝撃が小さく船体を揺らす。

 ハッチが開くと、乾いた空気が機内へ流れ込んできた。

 冷たいわけじゃない。

 熱いわけでもない。

 ただ、余計なものが一切ない空気だ。

 訓練場としては、むしろ都合がいい。

 甘さがない場所は、それだけで人を現実へ引き戻す。

 

 俺は先に地面へ降りて、振り返る。

 小猫も続いて船外へ出た。

 足元へ視線を落として、少しだけ周囲を見回す。

 無口なままだが、驚いているのは分かった。

 当然だ。

 初めて来る場所で、しかも景色からしてまともじゃない。

 俺だって最初にここを見た時は、百億パー「何だこの星」って思った。

 

「……ここが」

 

 小猫が小さく言う。

 声は静かだが、ちゃんとこの場の異質さを飲み込もうとしている響きだった。

 

「おう。ここが今回使う場所だ」

 

「……普通の惑星には見えません」

 

「普通じゃねえから使うんだよ」

 

 俺はハッチの閉じる音を背中で聞きながら、少しだけ歩き出した。

 小猫もその隣へ並ぶ。

 地面は固い。

 だが、靴裏へ返ってくる感触が妙に軽い。

 重力も、たぶん地球や冥界と少し違う。

 こういう細かいズレが、最初は地味に効く。

 だからこそ最初にきっちり説明しておく必要がある。

 

「まず、この星の特徴から話す」

 

「……はい」

 

「ここじゃ、外の一日で十年近く修行できる」

 

 小猫の足が、ほんの少しだけ止まりかけた。

 そこで完全に立ち止まらないあたり、こいつらしい。

 驚いても、まず受け止める。

 そういう反応だ。

 

「……十年、ですか」

 

「ああ。正確な誤差はあるが、だいたいそのくらいだ」

 

「一日で」

 

「一日で、だ」

 

 俺は空を見上げる。

 この星の時間感覚は、見た目からしておかしい。

 だが見た目だけじゃない。

 実際に中へ入ると、もっと露骨に狂っている。

 

「外から見りゃ一日だが、こっちで過ごす側からすると年単位になる。つまり、お前からすればちゃんと長い時間を使って鍛えることになる」

 

「……でも、前に言っていたみたいに、外の時間はほとんど進まないんですよね」

 

「そうだ。地球でも冥界でも、こっちにいる間の時間経過はほぼ誤差だ」

 

「それだけ長くいても」

 

「体は老けねえ」

 

 そこははっきり言っておく。

 この手の訓練環境で一番最初に不安になるのは、だいたいそこだからだ。

 

「肉体年齢は変わらない。十年動こうが、外へ戻った時に急に大人になってるなんてことはねえ」

 

 小猫はそこでようやく完全に足を止めた。

 視線を少し落として、言葉を反芻するみたいに黙る。

 十年。

 一日。

 年は取らない。

 短い言葉にすると簡単だが、実際にはだいぶ無茶苦茶だ。

 だから、こいつが今すぐ軽く納得しないのはむしろ健全だった。

 

「……本当に、そういう場所なんですね」

 

「おう」

 

「冗談ではなく」

 

「俺がこういう話で冗談言うように見えるか?」

 

「見えないです」

 

「だったらそういうことだ」

 

 小猫は小さく頷く。

 驚きは残っている。

 けれど、それでも逃げる気配はない。

 そこは正直、少しだけ感心した。

 普通なら、この時点でもう一回くらい迷う。

 だがこいつは、迷っても前を向く方を選ぶ。

 そういうやつだ。

 

「……それだけ必要なんですね」

 

 その一言が、小さく落ちる。

 俺は横目で小猫を見る。

 

「何がだ」

 

「私が強くなるには、それだけの時間が必要なんだってことです」

 

「まあ、雑に言えばそうだな」

 

「雑です」

 

「けど本質は外してねえよ」

 

 俺はそこで立ち止まり、真正面から小猫を見る。

 ここから先は、ちゃんと聞かせる必要がある。

 この修行の意味を間違えたまま始めると、たぶんどこかで折れる。

 だから最初に線を引く。

 

「ただし、勘違いすんな」

 

 小猫が目を上げる。

 

「今回お前をここへ連れてきた理由は、単純なパワーアップじゃねえ」

 

「……はい」

 

「火力を上げるのが最優先じゃない。技の数を増やすのも後回しだ」

 

「では、何をするんですか」

 

 聞き返す声は真面目だった。

 俺もそこで、わざと曖昧にはしない。

 

「制御だ」

 

 小猫の表情は大きく動かない。

 だが、その一言が来ると予想していたのは分かる。

 たぶん、こいつ自身もそこが一番気にかかっているからだ。

 

「お前に必要なのは、妖怪としての力を制御することだ」

 

「……」

 

「強くなりたいって言ったのは本音だろうし、置いていかれたくねえって焦りも分かる。けど、今の段階で先にやるべきはそこじゃねえ」

 

 風が吹く。

 この星の風は妙に乾いていて、言葉だけが真っ直ぐ残る感じがした。

 

「お前が一番恐れてるのは、姉みたいに暴走することだろ」

 

 小猫の肩が、ほんの少しだけ強張る。

 けれど目は逸らさない。

 そこが大事だ。

 怖い話題でも、ちゃんと聞く。

 だから続ける。

 

「だったら、最初に叩き込むのは暴走しないための土台だ」

 

「……制御を、先に覚える」

 

「そういうことだ」

 

 俺は頷く。

 

「力を増やすのは、その後でも間に合う。だが制御がねえまま出力だけ上げたら、お前が一番嫌がってる形に近づくだけだ」

 

「……はい」

 

「だから今回の修行は、強くなるためでありながら、同時に暴走しないための修行でもある」

 

 小猫はしばらく黙っていた。

 たぶん今、自分の中でその言葉を並べ直している。

 強くなる。

 制御する。

 暴走しない。

 全部同じ方向を向いているようでいて、実際には順番を間違えると崩れる。

 そこを理解しようとしている顔だった。

 

「……強さより、先に」

 

「制御だ」

 

「暴走しないことが」

 

「最優先だ」

 

 俺が言い切ると、小猫はゆっくり頷いた。

 今度の頷きは、さっきまでより重い。

 でも、その重さは嫌なものじゃない。

 覚悟が沈んだ時の重さだ。

 

「……分かりました」

 

「本当にか?」

 

「はい」

 

「強くなるための修行だと思って来て、やることはひたすら制御訓練です、ってなったら不満が出るかもしれねえぞ」

 

「出ません」

 

「即答か」

 

「私が怖いのは、力が足りないことだけじゃないです」

 

 小猫は真っ直ぐ前を見たまま言う。

 

「自分で自分を止められなくなる方が、ずっと怖いです」

 

 そこで俺は、少しだけ息を吐いた。

 ああ、ちゃんと分かってる。

 だったら大丈夫だ。

 少なくとも、修行の入り口でズレることはない。

 

「なら話は早い」

 

 俺は軽く肩を回して、周囲を見渡す。

 果てが見えない平地。

 乾いた空気。

 時間だけが異様に積み重なる惑星。

 訓練場としては、これ以上ない。

 居心地は最悪だが、居心地が良い場所で強くなれるほど世の中は甘くない。

 

「ここでやるのは、まず妖力の出し入れだ」

 

「出し入れ」

 

「おう。必要な分だけ引き出して、必要なところで止める。感情に引っ張られて勝手に膨らませない。逆に、怖がって閉じすぎるのも駄目だ」

 

「……難しそうです」

 

「難しいからやるんだよ」

 

「簡単には言いませんね」

 

「簡単に言ったら嘘になるだろ」

 

 小猫が少しだけ目を細める。

 困っているというより、納得している顔だった。

 

「それに、ここなら何度でもやり直せる」

 

 俺は地面を軽くつま先で叩く。

 

「外じゃ一日でも、こっちなら十年近くある。失敗しても潰れねえ。時間をかけて身体に叩き込める」

 

「……十年」

 

「重い数字だろ」

 

「はい」

 

「けど、その重さを使えるのがこの場所だ」

 

 小猫はそこで、ほんの少しだけ空を見上げた。

 この星の鈍い銀色の空を。

 たぶん今、自分が踏み込んだ場所の大きさを、改めて飲み込んでいるんだろう。

 それでも、逃げたいとは言わなかった。

 

「……やります」

 

 声は小さい。

 けれど、芯はあった。

 

「暴走しないために、ちゃんと制御できるようになります」

 

 その言葉に、俺はようやく少しだけ笑う。

 

「いい返事だ」

 

「太郎」

 

「ん?」

 

「その……もし、途中で上手くいかなくても」

 

「何だ」

 

「見捨てないでください」

 

 そこで、少しだけ間ができた。

 こいつがその言葉を口にするのには、たぶんかなり勇気が要った。

 だから、返事は雑にしない。

 でも重くしすぎるのも違う。

 こういう時は、ちゃんと短く言い切る。

 

「当たり前だろ」

 

 俺は即答した。

 

「ここまで連れてきて放り出すほど、俺も暇じゃねえよ」

 

 小猫が小さく息を吐く。

 それが安堵なのか、覚悟を固めるための呼吸なのかは分からない。

 たぶん、その両方だ。

 

 俺はそこで、改めて前を向いた。

 

「よし。じゃあ始めるぞ」

 

「……はい」

 

「最初に言っとくが、今日のメニューは地味だぞ」

 

「制御重視なんですよね」

 

「そうだ」

 

「なら、大丈夫です」

 

「簡単じゃねえぞ」

 

「分かっています」

 

 その返事に、もう迷いはなかった。

 だったら十分だ。

 この星で過ごす一日は、外から見れば短い。

 けれど、こっちで積み上がる時間は長い。

 だから焦る必要はない。

 急がず、雑にせず、暴走を抑えられる土台から作る。

 強さはその後でいい。

 

 俺は小猫を見て、最後にはっきり告げた。

 

「今回の修行で一番大事なのは、お前の妖怪としての力の制御だ」

 

「……はい」

 

「暴走を抑える。そこを最優先にする」

 

 小猫は静かに頷いた。

 その顔にはまだ不安もある。

 けれど、それ以上に、自分でそこへ踏み込むと決めたやつの強さがあった。

 だったら、ここから先は積むだけだ。

 十年分だろうが何だろうが、必要ならやる。

 そういう場所へ、俺たちはもう来ていた。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。