サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
修業が最終段階に入った頃には、ゴワシチョル星の空を見上げても、最初みたいな違和感はもう薄れていた。
鈍い銀色の空も、音の少ない風も、果ての見えない大地も、今では全部が日常の一部になっている。
それが何年目なのか、外の時間に換算すればどれだけ一瞬なのか、もう細かく数える意味もなくなっていた。
ここで積み重ねた時間は、ちゃんと長い。
その長さだけは、身体じゃなくても確かに分かる。
少し前までの組み手なら、最後は俺が押し切って終わっていた。
けれど今の小猫は違う。
受けるだけじゃない。
避けるだけでもない。
俺の動きを読んで、妖力の流れを制御し、仙術まで混ぜながら、自分の間合いをきちんと作る。
成長した。
それはもう、百億パー間違いない。
だからこそ、今日は組み手を切り上げた後の沈黙が、少し違って見えた。
コスモギャバリオンから少し離れた岩場に並んで座る。
乾いた風が吹く。
黒猫――いや、黒歌は今日は姿を見せていない。
レオルドも整備だの記録だの言って船内にいる。
だから今ここには、俺と小猫しかいない。
こういう時間も、もう珍しくはなかった。
「……太郎」
「おう」
「少しだけ、昔より楽になりました」
小猫は前を見たまま言った。
言葉は短い。
だが、こいつが自分からこういう話を切り出す時は、たいていかなり深いところまで潜っている。
だから俺も、軽くは返さない。
「力の話か」
「それもあります」
「それも、ってことは他にもあるんだな」
「……はい」
小猫は膝の上で手を組んだ。
昔なら、こういう時はもっと硬かった。
言葉を出すだけで全身に力が入っているのが見ていて分かるくらいだった。
今は違う。
まだ迷いはある。
でも、逃げずに口にしようとしている。
それだけで、積み重ねた時間の意味はあった。
「ここだと、置いて行かれる感じがないので」
「まあな」
俺は空を見上げる。
「この星じゃ、外はほとんど進まねえ。焦る理由が薄い」
「……はい。だから、その分だけ、考えてしまいました」
「何を」
「姉のことを」
その一言で、風の音が少しだけ近くなる。
小猫はもう、黒歌の存在を完全には知らない。
だが、気配の違和感や、胸の奥に残ったままの傷は、ずっと消えていない。
それを今、ようやく言葉にしている。
「前は、思い出したくない方が強かったです」
「だろうな」
「思い出すと、怖かったので」
「それも分かる」
「でも、ここでは逃げても時間が余るんです」
そこで俺は、少しだけ笑った。
ひどい言い方だが、その通りだった。
この星は逃避に向いていない。
外の一日がほとんど止まっているせいで、目を逸らしても、結局こっちでは長い時間が残る。
なら、向き合うしかない。
そういう意味では、修業場としても、心を剥がす場所としても、だいぶ容赦がない。
「……最初は、姉が怖かったです」
小猫の声は低い。
けれど、震えてはいない。
「次は、姉みたいになる自分が怖かったです」
「うん」
「でも、ずっと考えていたら、少しだけ変わりました」
「どう変わった」
小猫はすぐには答えなかった。
遠くの地平線を見る。
その視線の置き方が、昔よりずっと柔らかい。
傷が消えたわけじゃない。
ただ、傷に触れた時の力み方が変わった。
それが分かる。
「……怖いだけでは、なくなりました」
「へえ」
「知りたいです」
その言葉は、小さかった。
だが、芯は強い。
「姉に何があったのか、あの時本当は何が起きていたのか……ちゃんと知りたいです」
俺は少しだけ黙る。
そこへ辿り着いたか、と思った。
トラウマってのは、ただ忘れれば終わるもんじゃない。
むしろ、ずっと避け続けた先で、ようやく“知りたい”に変わる時がある。
たぶん小猫にとっては、今がそれだ。
「前は、知るのも嫌だったか」
「……はい」
「今は違う」
「はい」
「何でだと思う」
小猫は少しだけ目を伏せ、それから静かに答える。
「ここで長く向き合えたから、だと思います」
「他には」
「……太郎が、何度も止めてくれたからです」
「止めた?」
「暴走しそうになった時です。力も、感情も」
ああ。
そっちか。
たしかに、この何年かで小猫は何度も壁へぶつかった。
妖力が不安定になったこともあった。
仙術が噛み合わずに自分の内側を乱したこともある。
そのたびに止めて、制御をやり直して、また積み上げた。
そうやって“姉みたいになるかもしれない自分”を、具体的に乗り越えてきたんだ。
だったら、ただ怖がる段階を越えてもおかしくない。
「周りに置いて行かれる焦りが、この星ではないから」
小猫は続ける。
「その分だけ、ずっと同じところを見ていられました」
「自分の中を、か」
「……はい。見たくないものも、少しずつ」
風が吹く。
銀色の空は相変わらず鈍い。
でも今の小猫の横顔は、その下で前よりずっと澄んで見えた。
たぶん、強くなったんだろう。
出力とか速度とか、そういう話だけじゃなくて、もっと内側の意味で。
「じゃあ、答えは出たな」
「……はい」
「何をする」
小猫はそこで、今度ははっきり俺を見た。
逃げない目だった。
昔みたいに、怖さを押し込めるだけの目じゃない。
怖さごと抱えたまま、その先を見る目だ。
「知ります」
短く、けれど断定的に言う。
「あの時、姉の身に何が起きたのか」
俺は少しだけ肩をすくめる。
「重いぞ」
「分かっています」
「知った結果、楽になるとは限らねえ」
「それでもです」
「後悔するかもしれねえぞ」
「今のまま、知らない方が嫌です」
そこで俺は、小さく息を吐いた。
いい答えだ。
少なくとも、誰かに背中を押されて言ってる感じじゃない。
小猫自身が、長い時間をかけてそこへ辿り着いた声だ。
だったらもう止める理由はない。
「はっ、言うようになったな」
俺がそう言うと、小猫は少しだけ口元を緩めた。
ほんの僅かだ。
けれど、ちゃんと分かる。
「太郎のせいです」
「何で俺のせいなんだよ」
「ここまで来たら、逃げる方が面倒だと分かったので」
「それは俺の口癖みてえなもんだな」
「かなり」
「便利に使うなよ」
小猫はそこで、小さく息を吐いた。
笑った、というほど大きくはない。
でも確かに、重さの中へ少しだけ余裕が混じる。
それで十分だった。
俺は立ち上がり、軽く服の砂を払う。
「なら、修業の最後は決まりだな」
「……何がですか」
「制御の総仕上げだ」
小猫も立ち上がる。
「知るって決めたなら、揺れても立てるようにしとけ。答えを聞いた瞬間に崩れたら意味がねえ」
「はい」
「仙術もそこへ使う。力を増やすためじゃなく、自分の内側を見失わねえためにな」
「……はい」
今度の返事は、迷いがなかった。
ここまで来るのに何年もかかった。
外から見れば一瞬でも、この星の中ではちゃんと長い時間だった。
その長さがあったからこそ、小猫はようやく“怖い”の先へ進めたんだろう。
俺は空を見上げる。
この惑星も、そろそろ役目を終える。
修業の時間は終わりへ向かっている。
けれど、終わるからこそ持ち帰るものがある。
小猫にとってはたぶん、強さそのものよりも、今口にした決意の方がずっと大きい。
「小猫」
「はい」
「知るって決めたなら、最後まで逃げるなよ」
「……はい」
「俺も付き合う」
小猫は一瞬だけ目を見開いて、それから静かに頷いた。
「お願いします」
その声は、前よりずっと素直だった。
だから俺も、それ以上は余計なことを言わない。
今はこれでいい。
あとは積み上げたものを最後まで形にして、外へ戻るだけだ。
そして戻った先で、小猫はきっと知ることになる。
あの時、姉に何が起きたのか。
その真実が優しいかどうかは分からない。
だが、もう目を逸らす段階じゃない。
小猫は、自分でそこへ行くと決めた。
だったら、その決意はちゃんと本物だ。
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