サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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修羅場 Case10

 コスモギャバリオンが地球圏へ進路を取った時、操縦席の前に広がる星の色は、ゴワシチョル星で見慣れた鈍い銀じゃなく、ちゃんと見覚えのある青を帯びていた。

 それだけで、長かった修行の終わりを実感する。

 外の時間で言えば、きっと大した間も空いていない。

 けれど、俺たちの中に積もった時間はそんな軽いもんじゃなかった。

 何年もかけて積み上げた呼吸と、何年もかけて削った迷いと、何年もかけてようやく形にした覚悟がある。

 だったら、それはもう充分に“帰還”と呼んでいい。

 

 ブリッジの静けさは、最初にこの船へ小猫を乗せた時とはまるで違っていた。

 あの頃のこいつは、緊張と警戒を丸ごと抱えたまま、どこかで肩を強張らせていた。

 今は違う。

 小猫は前方モニターへ映る地球を見ながら、静かにそこへ立っている。

 無表情なのは相変わらずだ。

 でも、その無表情の質が違う。

 押し殺して固めた静けさじゃない。

 ちゃんと自分の内側を制御した上で、外へ向けて立っている静けさだ。

 

 レオルドは操縦補助をしながら、珍しく余計な茶化しを入れずに前を見ていた。

 たぶんこいつなりに、この帰還が軽いものじゃないと分かっているんだろう。

 そしてブリッジの端、機器の上では黒猫が丸くなっている。

 黒歌だ。

 人の姿で真正面から同じ空間にいるには、まだ早い。

 そう判断したのは黒歌自身だし、俺もそれでいいと思っていた。

 居候の姿は相変わらず黒猫のまま。

 だが今はもう、あれを“ただの猫”だと見間違えるやつはいない。

 

「……終わりですね」

 

 ぽつりと、小猫が言った。

 小さい声だった。

 でも、船内の静けさの中ではやけにはっきり響く。

 

「終わり、か」

 

 俺はその言葉を一度転がしてから、肩をすくめた。

 

「修行としては、な」

 

 小猫がこっちを見る。

 視線は落ち着いている。

 昔みたいに、何かを聞く時の遠慮や、自分の方を引っ込める感じが薄い。

 それだけでも、この時間の意味はあった。

 

「……はい。修行としては、です」

 

「言うようになったな」

 

「かなり、長かったので」

 

「外から見りゃ一瞬だけどな」

 

「私たちから見れば、一瞬ではありませんでした」

 

「それはそうだ」

 

 その返しに、俺は少しだけ笑う。

 正しい。

 正しすぎて、否定する余地もない。

 こっちで積んだ時間は、外へ出た瞬間に消えるわけじゃない。

 技術も、呼吸も、躊躇いを越えた感覚も、ちゃんと残る。

 それが今回の修行の全部だ。

 

 小猫はモニターへ向き直った。

 地球の青が、少しずつ大きくなる。

 

「……太郎」

 

「ん?」

 

「ありがとうございました」

 

 短い。

 でも、今のこいつにはそれで充分だった。

 余計な飾りをつけないからこそ、そのまま重い。

 

「礼を言うのはまだ早いだろ」

 

「そうですか」

 

「おう。帰ってからが本番だ」

 

「……また、そういうことを言います」

 

「当たり前だろ。ここで終わりです、全部解決しました、なんて都合のいい世界なら最初から苦労してねえ」

 

 小猫は少しだけ目を細めた。

 呆れ半分、納得半分って顔だ。

 

「でも」

 

「でも?」

 

「前より、その言葉が嫌じゃなくなりました」

 

 そこで俺は、一瞬だけ黙った。

 こいつがそう言うなら、本当にそうなんだろう。

 前なら“また面倒が来る”って言葉は、そのまま不安に繋がっていた。

 今は違う。

 面倒が来ても、自分の足で立てるって感覚が、少しはある。

 そういう意味だ。

 

「……それならまあ、悪くねえな」

 

 俺がそう返した時だった。

 機器の上で丸くなっていた黒猫が、ふいに顔を上げた。

 耳が立つ。

 金色の目が、前方モニターじゃなく、もっと遠く――地球の方角そのものを見る。

 

 俺も同時に、嫌な引っかかりを覚える。

 空気が変わった、なんて大げさなもんじゃない。

 ただ、長い修行の中で叩き込まれた勘が、じわりと背中を撫でた。

 静かすぎる時ほど、何かが動いている。

 そういう嫌な感覚だ。

 

「レオルド」

 

『分かってる。今、見てる』

 

 レオルドの声も、いつもより低い。

 前方パネルを操作する手が速くなる。

 そこで初めて、小猫も空気の変化に気づいたらしい。

 

「……何か、あります」

 

 その一言は、昔よりずっと確信に満ちていた。

 曖昧な違和感じゃない。

 修行を経た小猫の感覚が、地球圏のどこかにある異変をはっきり捉えている。

 それだけで、こいつがここまで来た意味は充分ある。

 だが、同時に嫌な予感も百億倍に跳ね上がる。

 

 パネルの一つが短く警告音を鳴らした。

 続けて、キズナエモルギアの反応に連動したサブモニターが明滅する。

 青白い波形の中へ、明らかに異質な脈が走った。

 

『……出たな』

 

「何だ」

 

『地球圏上空じゃねえ。もっと地表寄りだ。だが、エモルギア反応が妙に荒い』

 

「荒い?」

 

『ああ。自然発生でも、単独所持でもない。何かが重なってる』

 

 その言葉と同時に、黒猫が低く喉を鳴らした。

 威嚇に近い、あまり聞いたことのない音だった。

 小猫がそちらを見る。

 黒猫――黒歌は何も言わない。

 だが、その反応だけで充分だった。

 嫌なものだと分かっている。

 しかも、ただの小競り合いじゃない。

 

「……帰った途端にこれかよ」

 

 俺は小さく息を吐く。

 まったく、ほんとに都合が悪い。

 少しくらい余韻をくれてもいいだろうに、世界はそういう気遣いを一ミリもしない。

 だが、それでこそでもある。

 静かに終われるくらいなら、最初から俺たちみたいなのは必要ない。

 

「太郎」

 

 小猫が俺を呼ぶ。

 振り返ると、その目はもう揺れていなかった。

 修行前なら、不安と緊張が先に立っていたはずだ。

 今は違う。

 異変を感じて、それでも立っている。

 ちゃんと“次”を見ている目だった。

 

「行けます」

 

 短い言葉。

 だが、充分すぎる。

 

「……はっ」

 

 俺は口の端を少しだけ上げる。

 

「聞くまでもなかったな」

 

『おいおい、感動の帰還ムードはどうした』

 

 レオルドがわざとらしく言う。

 

「捨てた」

 

『早ぇな』

 

「地球が待ってくれねえんだから仕方ねえだろ」

 

 前方モニターの地球が、さらに近づく。

 青くて、静かで、何も起きていないように見える。

 だが、その内側ではもう何かが始まっている。

 エモルギア反応。

 小猫の感知した異変。

 黒歌の警戒。

 これだけ揃えば、偶然で片づける方が無理だ。

 

 俺はギャバリオントリガーへ手を伸ばし、その冷たい感触を確かめる。

 修行は終わった。

 だから、次は実戦だ。

 小猫がどこまで変わったのか。

 俺がどこまで背負えるのか。

 全部まとめて、地球で試される。

 

「小猫」

 

「はい」

 

「帰還祝いは後回しだ」

 

「……そうですね」

 

「いきなり仕事だ」

 

「分かっています」

 

 その返事に迷いはない。

 なら充分だ。

 

 コスモギャバリオンが大気圏突入シークエンスへ入る。

 船体の外で光が走り、計器の数値が変化していく。

 機器の上の黒猫は細く目を閉じたまま、尻尾だけを一度揺らした。

 それは、黒歌なりの準備完了の合図に見えた。

 

 俺は前を向く。

 地球がもう目の前まで来ている。

 懐かしいはずの青が、今はやけに鋭く見えた。

 

 長い修行の終わりは、静かな着地じゃ終わらない。

 俺たちが戻るその先で、もう次の事件は動いている。

 だったら行くしかない。

 帰る場所があるなら、そこで起きる厄介事ごと引き受ける。

 それが俺のやり方だ。

 

『着くぞ、太郎』

 

「ああ」

 

 俺は短く答える。

 その声に、小猫も静かに頷いた。

 

 修行は終わった。

 けれど、物語は終わらない。

 むしろここからが、新しい始まりだった。

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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