サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
地球圏へ戻ったばかりのコスモギャバリオンのブリッジには、修業を終えた直後にしかない静かな緊張がまだ残っていた。
地球の青は目の前まで近づいているのに、休息の空気だけは一向に船内へ降りてこない。
小猫が感じ取った異変は、こっちが感傷へ浸る暇すら与えず、帰還そのものをそのまま次の事件の導入へ変えていた。
「レオルド、反応の位置は絞れたか」
『大まかにはな。だが、正直言って気持ち悪いぞ、この波形』
「さっきからそればっかりだな」
『気持ち悪いもんは気持ち悪いんだよ。綺麗な異常反応なんざ異常反応じゃねえだろ』
その返しはもっともだった。
計器の上では黒猫姿の黒歌が耳を立てたまま、地球の方角をじっと見ている。
小猫も前方モニターを見つめたまま、視線を一度も逸らしていない。
修業前なら、この手の不穏さは小猫の肩へ直接重く乗っていた。
今は違う。
嫌なものを嫌なものとして感じ取りながら、それでも前を向いて立っている。
それだけで、こいつがここまで来た意味は充分ある。
「……これ、やっぱり普通じゃないです」
小猫が低く言う。
「反応の奥に、何かが引っかかっています。生きているものの感じではないです」
『だろうな。俺の機械でもそう出てる。お前の感覚と一致するなら、なお悪い』
そこで、通信機器の一つが、急に甲高い音を立てた。
割り込み通信。
しかも宇宙警察の優先ラインだ。
レオルドが露骨に嫌そうな顔をする。
その顔を見た瞬間、俺の中でも妙な嫌な予感がした。
事件の気配とはまた別の、もっと日常的に面倒なものが来る時の勘だ。
『……あー、嫌な予感しかしねえ』
「何だよ、その顔」
『お前も見りゃ分かる。たぶん頭が痛くなる』
「余計分かりづらいな」
『いいから開くぞ。後悔しても知らねえからな』
レオルドが端末へ手を伸ばし、渋い顔のまま回線を開いた。
次の瞬間、メインモニターいっぱいに、見覚えしかない顔が飛び込んできた。
「いつもニコニコ! 這い寄る混沌! ニャルラトホテプです!」
妙にキラキラした背景エフェクトまで背負っている。
無駄に完成度が高い。
しかも一切求めていない。
だが、その第一声を聞いた瞬間、俺の口は反射で動いていた。
「おう、相変わらず名乗りがうるせえな!」
「太郎さんこそ相変わらず反応が雑ですね!」
「第一声がそれのやつに丁寧な返事する意味あるか?」
「ありますよ! 礼儀は宇宙刑事の基本ですから!」
「その礼儀、方向性がどう考えてもおかしいだろ!」
モニター越しのニャル子は、まったくぶれずに満面の笑みだった。
それを見て、小猫が無言でじっと俺とモニターを見比べる。
黒猫姿の黒歌まで、計器の上から露骨なジト眼を向けてきた。
レオルドは額へ手を当て、そのまま本気で頭を抱えた。
『何でお前まで同じテンションで乗るんだよ……!』
「いや、こいつ相手に半端な温度で返したら、逆に面倒なんだよ」
「分かってますね太郎さん! 長い付き合いは伊達じゃありません!」
「嬉しくねえ共有認識だな!」
「私としては嬉しいですよ! それでは再会を祝して、地球限定アニメグッズ贈呈式を――」
『やるな!』
レオルドのツッコミが一番早かった。
『今それを出すな! 何で事件の第一報と同時に密輸自慢を始めるんだよ!』
「密輸ではありません! まだ持ち出していないので未遂です!」
「未遂ならセーフ理論まだ生きてたのかよ」
「バレなければ犯罪じゃないんですよ!」
「言い切るな、最悪だな!」
「ですよね! 地球文化は最高です!」
小猫の目が、さっきより一段冷えた。
「……最低です」
黒歌も、黒猫姿のまま低く鳴く。
どう聞いても呆れている声だった。
「見事にろくでもないわね」
「いや、黒歌までそれ言うのかよ」
「言うに決まってるでしょ。今の流れで擁護する方が無理よ」
『誰かこいつら二人を止めろ……!』
「止めるのはそっちの仕事だろ、レオルド」
『うるせえ! 何で俺がツッコミの主戦力なんだよ!』
そのやり取りをよそに、ニャル子はモニターの向こうで胸を張っている。
相変わらず腹立つくらい堂々としていた。
だが、こっちもだいぶ慣れている。
こいつはこういうやつだ。
そして、こういうやつでありながら、仕事は仕事でちゃんとやる。
そこがまた面倒くさい。
「で、ニャル子。遊びに来たわけじゃねえんだろ」
「当然です! わたしを何だと思ってるんですか!」
「地球グッズを違法一歩手前で集める宇宙刑事」
「そこはせめて合法寄りと言ってください!」
「変わんねえよ」
小猫が小さく息を吐いた。
「……遊んでいる場合じゃないです」
低い一言だった。
だが、その声で空気が一段だけ戻る。
黒歌も、今度はジト眼のままモニターを見据えた。
「再会を喜ぶのは結構だけど、今は事件の方を優先してくれる?」
『そうだよ! やっとまともなこと言うやつが三人そろったわ!』
「ひどいですねえ。わたしだってまともですよ?」
「その台詞が信用されると思ってんのか」
「ええ。なので証拠をお見せしましょう」
そこでニャル子の声色が変わった。
高いままだ。
テンションも下がっていない。
だが、情報を並べる速度と精度が、明らかにさっきまでと違う。
モニターが切り替わり、複数の波形、地図、顔写真、位置情報が一気に並んだ。
「わたしは本来、地球人身売買案件を追っていたんです」
その一言で、レオルドの顔も少しだけ真面目になる。
「ですが、その流通経路の周辺で奇妙な目撃情報が重なりました」
画面の一つに、街角の防犯映像が映る。
顔の解像度は低い。
だが、そこにいる人物の情報欄が赤く点滅していた。
「この人物、三か月前に死亡確認済みです」
小猫の視線がわずかに鋭くなる。
「こちらも、一年前に病死。こちらは事故死。こちらは身元不明遺体として処理済み」
次々と並べられる顔写真と記録。
それを見ているだけで、背中が少し冷える。
単なる噂話の集積じゃない。
死亡記録と目撃情報が、実際にぶつかっている。
「しかも、これらの目撃地点には全部、妙なエモルギア反応が残っています」
波形が拡大される。
通常のエモルギア所持者の反応とは明らかに違う。
揺れ方が荒い。
感情の脈動だけじゃない。
もっと乾いていて、もっと不自然な何かが混ざっている。
「単独所持の波形ではありません。自然発生型とも違います。複数の残留感情と、死後反応に近いノイズが重なっています」
「死後反応、ね」
俺が呟くと、ニャル子は真顔で頷いた。
「ええ。率直に言います。かなり黒です」
『黒って言い方で済ませるにはだいぶ気持ち悪いな……』
「だから最初からそう言ってるだろ」
『お前は勘で言ってただろうが』
「今回は勘も当たってる」
「しかもですね」
ニャル子はさらに画面を切り替える。
「人身売買ルートの監視中に、わたしはこの反応を二度観測しています。つまり偶発ではありません。流通と移動がある」
「誰かが運んでるってことか」
「その可能性が高いです」
その返答は早かった。
迷いがない。
ここへ来てようやく、小猫が少しだけモニターを見つめたまま呟く。
「……さっきまでの流れで、それだけ有能なのはずるいです」
黒歌も尻尾を揺らしながら、心底呆れた声を落とした。
「見た目と中身の落差がひどいわね」
『だから余計に面倒なんだよ、この手合いは!』
レオルドが叫ぶ。
俺はそこで肩をすくめた。
「まあ、そういうやつだ」
「雑なまとめ方しないでくださいよ! ちゃんと繊細で可憐な宇宙刑事なんですから!」
「どこがだよ」
「ここです!」
ニャル子が自分を指差す。
勢いは相変わらずだ。
だが今さらその軽さに引っ張られるほど、場はもう緩んでいない。
出てきた情報が重すぎる。
小猫がモニターへ近づく。
修業を経て研ぎ澄まされた感覚で、波形を見つめたまま目を細める。
「……これ」
「何か分かるか」
「生きて戻ってきた感じではないです」
ブリッジが静まる。
小猫はさらに言葉を継いだ。
「何かに引っ張られて、無理やり動いている感じがします。命として戻ったというより、残っていたものを起こされたような……そんな感じです」
黒猫姿の黒歌が、低く唸るように喉を鳴らした。
明らかに警戒している。
何かを知っているようで、まだ何も言わない。
その反応だけで充分に嫌な予感が育つ。
「……死者蘇生、か」
俺が言うと、ニャル子は珍しくふざけずに頷いた。
「可能性ではなく、現状かなり本命です」
『最悪だな』
「ええ、最悪です。しかも、ただ蘇らせているだけじゃありません。誰かがそれを流通経路の中へ組み込んでいます」
「兵器化か」
「少なくとも、偶然ではありません」
レオルドが計器を操作しながら低く唸る。
『地球帰還一発目がこれかよ……』
「歓迎が手厚いな」
『嫌な意味でな』
小猫は前を見たまま、小さく息を吸った。
その横顔は、もう不安だけで固まるものじゃない。
異常を異常として受け止め、その先を見ようとする顔だ。
「……現場へ行くんですよね」
確認というより、もう分かっていて口にした声だった。
「当たり前だろ」
「はい」
その返事に迷いはない。
だったら充分だ。
その時、ニャル子が通信越しに指を立てる。
「地点データは送ります! なお、わたしはもう一つ別の線も追っているので、先に現場入りはできませんが!」
「どこまで同時進行してんだよ」
「有能な女は忙しいんですよ!」
『その自己評価だけは一貫してんな……』
「あと、そちらが現場へ着く前に一つだけ」
ニャル子の声が、わずかに低くなる。
「もし本当に死者蘇生が起きているなら、“死んだはずの誰か”に会っても驚かないでください」
「そんな無茶な注文あるか」
「あります! わたしはもう見ましたから!」
その言葉の後ろに冗談の気配はなかった。
だからこそ、余計に重い。
通信が切れる。
ブリッジには短い沈黙だけが残った。
レオルドが深く息を吐き、小猫は目を伏せ、黒猫は尻尾の先だけを揺らす。
俺は地球を見た。
青くて、静かで、何も知らない顔をしている。
けれど、その内側ではもう死んだものが動き始めているかもしれない。
そう考えるだけで、空気の温度が一段下がる。
「……行くぞ」
『了解だ』
「はい」
黒猫が静かに立ち上がる。
もう、誰も軽口を返さなかった。
その頃、地球の人気のない一角では、崩れた土の下から、乾いた指先がゆっくりと這い出していた。
青白く歪んだエモルギアの光が、その周囲で不気味に明滅している。
埋もれていた顔がわずかに持ち上がり、開いた瞳は生者のものとはまるで違う色をしていた。
呼吸はない。
それでも、確かに動いている。
死んだはずのものが、もう一度この世界へ起き上がろうとしていた。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王