サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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蘇生 Case2

 地球圏へ戻ったばかりのコスモギャバリオンのブリッジには、修業を終えた直後にしかない静かな緊張がまだ残っていた。

 地球の青は目の前まで近づいているのに、休息の空気だけは一向に船内へ降りてこない。

 小猫が感じ取った異変は、こっちが感傷へ浸る暇すら与えず、帰還そのものをそのまま次の事件の導入へ変えていた。

 

「レオルド、反応の位置は絞れたか」

 

『大まかにはな。だが、正直言って気持ち悪いぞ、この波形』

 

「さっきからそればっかりだな」

 

『気持ち悪いもんは気持ち悪いんだよ。綺麗な異常反応なんざ異常反応じゃねえだろ』

 

 その返しはもっともだった。

 計器の上では黒猫姿の黒歌が耳を立てたまま、地球の方角をじっと見ている。

 小猫も前方モニターを見つめたまま、視線を一度も逸らしていない。

 修業前なら、この手の不穏さは小猫の肩へ直接重く乗っていた。

 今は違う。

 嫌なものを嫌なものとして感じ取りながら、それでも前を向いて立っている。

 それだけで、こいつがここまで来た意味は充分ある。

 

「……これ、やっぱり普通じゃないです」

 

 小猫が低く言う。

 

「反応の奥に、何かが引っかかっています。生きているものの感じではないです」

 

『だろうな。俺の機械でもそう出てる。お前の感覚と一致するなら、なお悪い』

 

 そこで、通信機器の一つが、急に甲高い音を立てた。

 割り込み通信。

 しかも宇宙警察の優先ラインだ。

 レオルドが露骨に嫌そうな顔をする。

 その顔を見た瞬間、俺の中でも妙な嫌な予感がした。

 事件の気配とはまた別の、もっと日常的に面倒なものが来る時の勘だ。

 

『……あー、嫌な予感しかしねえ』

 

「何だよ、その顔」

 

『お前も見りゃ分かる。たぶん頭が痛くなる』

 

「余計分かりづらいな」

 

『いいから開くぞ。後悔しても知らねえからな』

 

 レオルドが端末へ手を伸ばし、渋い顔のまま回線を開いた。

 次の瞬間、メインモニターいっぱいに、見覚えしかない顔が飛び込んできた。

 

「いつもニコニコ! 這い寄る混沌! ニャルラトホテプです!」

 

 妙にキラキラした背景エフェクトまで背負っている。

 無駄に完成度が高い。

 しかも一切求めていない。

 だが、その第一声を聞いた瞬間、俺の口は反射で動いていた。

 

「おう、相変わらず名乗りがうるせえな!」

 

「太郎さんこそ相変わらず反応が雑ですね!」

 

「第一声がそれのやつに丁寧な返事する意味あるか?」

 

「ありますよ! 礼儀は宇宙刑事の基本ですから!」

 

「その礼儀、方向性がどう考えてもおかしいだろ!」

 

 モニター越しのニャル子は、まったくぶれずに満面の笑みだった。

 それを見て、小猫が無言でじっと俺とモニターを見比べる。

 黒猫姿の黒歌まで、計器の上から露骨なジト眼を向けてきた。

 レオルドは額へ手を当て、そのまま本気で頭を抱えた。

 

『何でお前まで同じテンションで乗るんだよ……!』

 

「いや、こいつ相手に半端な温度で返したら、逆に面倒なんだよ」

 

「分かってますね太郎さん! 長い付き合いは伊達じゃありません!」

 

「嬉しくねえ共有認識だな!」

 

「私としては嬉しいですよ! それでは再会を祝して、地球限定アニメグッズ贈呈式を――」

 

『やるな!』

 

 レオルドのツッコミが一番早かった。

 

『今それを出すな! 何で事件の第一報と同時に密輸自慢を始めるんだよ!』

 

「密輸ではありません! まだ持ち出していないので未遂です!」

 

「未遂ならセーフ理論まだ生きてたのかよ」

 

「バレなければ犯罪じゃないんですよ!」

 

「言い切るな、最悪だな!」

 

「ですよね! 地球文化は最高です!」

 

 小猫の目が、さっきより一段冷えた。

 

「……最低です」

 

 黒歌も、黒猫姿のまま低く鳴く。

 どう聞いても呆れている声だった。

 

「見事にろくでもないわね」

 

「いや、黒歌までそれ言うのかよ」

 

「言うに決まってるでしょ。今の流れで擁護する方が無理よ」

 

『誰かこいつら二人を止めろ……!』

 

「止めるのはそっちの仕事だろ、レオルド」

 

『うるせえ! 何で俺がツッコミの主戦力なんだよ!』

 

 そのやり取りをよそに、ニャル子はモニターの向こうで胸を張っている。

 相変わらず腹立つくらい堂々としていた。

 だが、こっちもだいぶ慣れている。

 こいつはこういうやつだ。

 そして、こういうやつでありながら、仕事は仕事でちゃんとやる。

 そこがまた面倒くさい。

 

「で、ニャル子。遊びに来たわけじゃねえんだろ」

 

「当然です! わたしを何だと思ってるんですか!」

 

「地球グッズを違法一歩手前で集める宇宙刑事」

 

「そこはせめて合法寄りと言ってください!」

 

「変わんねえよ」

 

 小猫が小さく息を吐いた。

 

「……遊んでいる場合じゃないです」

 

 低い一言だった。

 だが、その声で空気が一段だけ戻る。

 黒歌も、今度はジト眼のままモニターを見据えた。

 

「再会を喜ぶのは結構だけど、今は事件の方を優先してくれる?」

 

『そうだよ! やっとまともなこと言うやつが三人そろったわ!』

 

「ひどいですねえ。わたしだってまともですよ?」

 

「その台詞が信用されると思ってんのか」

 

「ええ。なので証拠をお見せしましょう」

 

 そこでニャル子の声色が変わった。

 高いままだ。

 テンションも下がっていない。

 だが、情報を並べる速度と精度が、明らかにさっきまでと違う。

 モニターが切り替わり、複数の波形、地図、顔写真、位置情報が一気に並んだ。

 

「わたしは本来、地球人身売買案件を追っていたんです」

 

 その一言で、レオルドの顔も少しだけ真面目になる。

 

「ですが、その流通経路の周辺で奇妙な目撃情報が重なりました」

 

 画面の一つに、街角の防犯映像が映る。

 顔の解像度は低い。

 だが、そこにいる人物の情報欄が赤く点滅していた。

 

「この人物、三か月前に死亡確認済みです」

 

 小猫の視線がわずかに鋭くなる。

 

「こちらも、一年前に病死。こちらは事故死。こちらは身元不明遺体として処理済み」

 

 次々と並べられる顔写真と記録。

 それを見ているだけで、背中が少し冷える。

 単なる噂話の集積じゃない。

 死亡記録と目撃情報が、実際にぶつかっている。

 

「しかも、これらの目撃地点には全部、妙なエモルギア反応が残っています」

 

 波形が拡大される。

 通常のエモルギア所持者の反応とは明らかに違う。

 揺れ方が荒い。

 感情の脈動だけじゃない。

 もっと乾いていて、もっと不自然な何かが混ざっている。

 

「単独所持の波形ではありません。自然発生型とも違います。複数の残留感情と、死後反応に近いノイズが重なっています」

 

「死後反応、ね」

 

 俺が呟くと、ニャル子は真顔で頷いた。

 

「ええ。率直に言います。かなり黒です」

 

『黒って言い方で済ませるにはだいぶ気持ち悪いな……』

 

「だから最初からそう言ってるだろ」

 

『お前は勘で言ってただろうが』

 

「今回は勘も当たってる」

 

「しかもですね」

 

 ニャル子はさらに画面を切り替える。

 

「人身売買ルートの監視中に、わたしはこの反応を二度観測しています。つまり偶発ではありません。流通と移動がある」

 

「誰かが運んでるってことか」

 

「その可能性が高いです」

 

 その返答は早かった。

 迷いがない。

 ここへ来てようやく、小猫が少しだけモニターを見つめたまま呟く。

 

「……さっきまでの流れで、それだけ有能なのはずるいです」

 

 黒歌も尻尾を揺らしながら、心底呆れた声を落とした。

 

「見た目と中身の落差がひどいわね」

 

『だから余計に面倒なんだよ、この手合いは!』

 

 レオルドが叫ぶ。

 俺はそこで肩をすくめた。

 

「まあ、そういうやつだ」

 

「雑なまとめ方しないでくださいよ! ちゃんと繊細で可憐な宇宙刑事なんですから!」

 

「どこがだよ」

 

「ここです!」

 

 ニャル子が自分を指差す。

 勢いは相変わらずだ。

 だが今さらその軽さに引っ張られるほど、場はもう緩んでいない。

 出てきた情報が重すぎる。

 

 小猫がモニターへ近づく。

 修業を経て研ぎ澄まされた感覚で、波形を見つめたまま目を細める。

 

「……これ」

 

「何か分かるか」

 

「生きて戻ってきた感じではないです」

 

 ブリッジが静まる。

 小猫はさらに言葉を継いだ。

 

「何かに引っ張られて、無理やり動いている感じがします。命として戻ったというより、残っていたものを起こされたような……そんな感じです」

 

 黒猫姿の黒歌が、低く唸るように喉を鳴らした。

 明らかに警戒している。

 何かを知っているようで、まだ何も言わない。

 その反応だけで充分に嫌な予感が育つ。

 

「……死者蘇生、か」

 

 俺が言うと、ニャル子は珍しくふざけずに頷いた。

 

「可能性ではなく、現状かなり本命です」

 

『最悪だな』

 

「ええ、最悪です。しかも、ただ蘇らせているだけじゃありません。誰かがそれを流通経路の中へ組み込んでいます」

 

「兵器化か」

 

「少なくとも、偶然ではありません」

 

 レオルドが計器を操作しながら低く唸る。

 

『地球帰還一発目がこれかよ……』

 

「歓迎が手厚いな」

 

『嫌な意味でな』

 

 小猫は前を見たまま、小さく息を吸った。

 その横顔は、もう不安だけで固まるものじゃない。

 異常を異常として受け止め、その先を見ようとする顔だ。

 

「……現場へ行くんですよね」

 

 確認というより、もう分かっていて口にした声だった。

 

「当たり前だろ」

 

「はい」

 

 その返事に迷いはない。

 だったら充分だ。

 

 その時、ニャル子が通信越しに指を立てる。

 

「地点データは送ります! なお、わたしはもう一つ別の線も追っているので、先に現場入りはできませんが!」

 

「どこまで同時進行してんだよ」

 

「有能な女は忙しいんですよ!」

 

『その自己評価だけは一貫してんな……』

 

「あと、そちらが現場へ着く前に一つだけ」

 

 ニャル子の声が、わずかに低くなる。

 

「もし本当に死者蘇生が起きているなら、“死んだはずの誰か”に会っても驚かないでください」

 

「そんな無茶な注文あるか」

 

「あります! わたしはもう見ましたから!」

 

 その言葉の後ろに冗談の気配はなかった。

 だからこそ、余計に重い。

 

 通信が切れる。

 ブリッジには短い沈黙だけが残った。

 レオルドが深く息を吐き、小猫は目を伏せ、黒猫は尻尾の先だけを揺らす。

 俺は地球を見た。

 青くて、静かで、何も知らない顔をしている。

 けれど、その内側ではもう死んだものが動き始めているかもしれない。

 そう考えるだけで、空気の温度が一段下がる。

 

「……行くぞ」

 

『了解だ』

 

「はい」

 

 黒猫が静かに立ち上がる。

 もう、誰も軽口を返さなかった。

 

 その頃、地球の人気のない一角では、崩れた土の下から、乾いた指先がゆっくりと這い出していた。

 青白く歪んだエモルギアの光が、その周囲で不気味に明滅している。

 埋もれていた顔がわずかに持ち上がり、開いた瞳は生者のものとはまるで違う色をしていた。

 呼吸はない。

 それでも、確かに動いている。

 

 死んだはずのものが、もう一度この世界へ起き上がろうとしていた。

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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