サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
地球へ戻ってきた直後だというのに、休息らしい休息は一秒もなかった。
コスモギャバリオンのブリッジで拾った異常反応は、修業の終わりを祝う空気ごとまとめて現実へ叩き落としてきたからだ。
エモルギア反応は荒れていて、しかも小猫が言うには、生きているものの気配ではない。
その時点で、今回の件がまともじゃないのは百億パー確定だった。
だから本来なら、小猫は引き続き調整に回すつもりだった。
修業そのものは一区切りついたとはいえ、長い時間をかけて積み上げた力を、いきなり実戦へ叩き込むのは別問題だ。
特に今回は、妖力と仙術の制御が主軸だったぶん、いきなり不気味な現場へ連れていくのは、正直あまり気が進まなかった。
そういう意味では、俺の中では最初から答えは決まっていた。
今回は俺とレオルド、それに必要なら宇宙警察側の支援で動く。
小猫は待機。
そのはずだった。
だが、そう簡単に進まないのが最近の常だった。
「太郎」
ブリッジを出て、地球へ降りる前の短い確認をしていた時、小猫が静かに俺を呼んだ。
その声音が妙に真っ直ぐだったせいで、俺は反射的に顔を上げる。
こいつがこういう声を出す時は、だいたい決意済みだ。
「何だ」
「私は、今回の件に同行します」
断定だった。
相談じゃない。
希望でもない。
行くと決めたやつの言い方だ。
「却下」
俺は間を置かずに返した。
「まだ調整段階だろ。今回は普通のエモルギア案件じゃねえ。死者蘇生の線まで見えてるなら、なおさらだ」
「分かっています」
「分かってねえから言ってるんだよ」
「分かっているから言っています」
引かない。
しかも、昔みたいに勢いで言ってる感じでもない。
そこが余計に面倒だった。
こいつは今、本気で整理した上で前へ出ようとしている。
だからこそ、適当に押し返しづらい。
「本来なら、私はまだ修業を続ける予定でした」
「そうだな」
「でも、今回は行きます」
「理由は」
俺が聞くと、小猫はほんの一拍だけ黙った。
言葉を探しているというより、自分の中で順番を整えている沈黙だった。
「……ギャバンに恩を返したいからです」
その言葉は、思ったよりもまっすぐ胸に落ちた。
冗談でも、気分でもない。
小猫はたぶん、かなり前からそれを考えていたんだろう。
「恩ね」
「駒王学園でも、ジスキーの件でも、私は何度も助けられました」
小猫は俺を見ないまま続ける。
「修業も、私の弱さに付き合ってもらっている形でした」
「付き合ってるっていうか、鍛えてるんだよ」
「同じです」
「雑にまとめるな」
「でも、そう思っています」
そこでようやく、小猫は俺の方を見た。
視線に迷いはない。
昔なら、ここで少しだけ揺れた。
今は揺れない。
怖さを抱えたままでも、自分の言葉を選んでいる。
「だから、今度は私が返したいです」
「返すって言ってもな」
「感情だけで言っているつもりはありません」
言い切った後、小猫はさらに続ける。
「私は今回、感知役として役に立てます。修業前より、はっきり分かります。あの反応は、普通ではありません」
そこまで言われると、単なる感情論では切れない。
事実として、小猫の感覚は今の俺たちの中でもかなり信用できる。
それは修業の間に何度も証明されていた。
だから余計に厄介だ。
理屈の上でも、こいつを完全に外す理由が薄い。
「……それでも、勝手には決めません」
小猫がそこで少しだけ声を落とす。
「部長たちに、ちゃんと話します」
その一言で、俺の中の答えが半分変わった。
ああ、そうか。
無断で飛び出すつもりじゃない。
ちゃんとリアス先輩たちへ自分の意思を伝え、その上で出るつもりなんだな。
そこまで整理してるなら、ただ止めるのも違う。
「……分かった」
俺は頭を掻く。
「だったらまず、そっちだ。リアス先輩たちに話を通せ」
「はい」
「その上で、俺も聞く」
「はい」
返事が妙に素直だった。
もう腹の中で決まっているからこそ、変に逆らわないんだろう。
ほんと、言うようになった。
ほどなくして、小猫はリアス先輩たちのいる部屋へ向かった。
俺も後から顔を出す。
部屋の中にはリアス先輩、朱乃先輩、アーシア、イリナ、それにイッセーがいた。
全員がこちらを見る。
雰囲気だけで、もう小猫が何か言い出した後なんだと分かる。
「……それで、小猫」
リアス先輩が静かに言った。
「あなたは、本当に行きたいのね」
「はい」
小猫の返答は短い。
だが、その短さに迷いはなかった。
「本来なら私は、まだ修業を続けるべきです」
「そこは私もそう思うわ」
リアス先輩ははっきり言う。
甘やかすだけの人じゃないからこそ、その返答は自然だった。
「でも、今回の件は、私にも分かることがあります」
「分かること?」
朱乃先輩が問い返す。
「はい。反応が、生きているものではありません。感情の残り方も、普通ではないです」
小猫は静かに説明を続ける。
「それに、私は今まで何度もギャバンに助けられました」
その言葉で、部屋の空気が少しだけ変わる。
イッセーが小さく瞬きをした。
リアス先輩は黙って小猫を見ている。
「今回は、その恩を返したいです」
真っ直ぐだった。
飾らない。
だからこそ、逆に強い。
「感情だけで飛び出したいわけではありません」
小猫は一度、息を整える。
「私が同行する意味があると思うから、行きたいです」
リアス先輩はすぐには答えなかった。
小猫の言葉の重さを、そのまま受け止めている顔だった。
朱乃先輩もまた、いつもの微笑みを少しだけ薄くして、小猫を見ている。
こういう時、この人たちはちゃんと“子供扱い”しない。
それが小猫にとっては救いでもある。
「……小猫」
リアス先輩が、少しだけ優しい声で言った。
「あなたが感情だけで動いていないのは分かるわ」
「はい」
「でも、それでも私は心配しているの」
「分かっています」
「それでも行くのね」
「行きます」
即答だった。
ここで躊躇わないあたり、本当に変わった。
しばらくの沈黙の後、リアス先輩が俺を見る。
「唯我くん」
「何ですか」
「あなたはどう思うの」
来た。
まあ、そりゃそうだ。
ここで俺が黙ってるのも不自然だし、責任を取らないのはもっとつまらない。
「正直に言えば、最初は待機させるつもりでした」
俺ははっきり言う。
「今回の件は普通じゃない。小猫が役に立つのも分かるけど、まだ調整段階なのも事実です」
小猫は黙って聞いている。
そこで言葉を挟まないのも、昔よりずっと大人だった。
「けど」
俺は続ける。
「こいつがここまで整理して、自分で出るって言うなら、止める理由も薄い」
「唯我くん」
「ただし」
そこで小猫を真っ直ぐ見る。
「恩を返すって言うなら、中途半端な覚悟で来るなよ」
小猫の目が少しだけ細くなる。
まるで“そこを待っていた”みたいな顔だ。
「守られる側のつもりで立つな」
「はい」
「現場に出るなら、役に立て」
「はい」
「今のお前なら、それはできる」
その言葉を聞いた瞬間、リアス先輩の表情がわずかに変わる。
驚きというより、納得だ。
俺が感情だけで連れていこうとしてるわけじゃないと、そこではっきり分かるからだろう。
朱乃先輩が小さく笑う。
「随分と信頼されるようになったのね、小猫ちゃん」
「……そうかもしれません」
小猫は少しだけ言いにくそうにしながらも、否定しなかった。
それで充分だ。
「分かったわ」
リアス先輩が最後に頷く。
「小猫、あなたの同行を認めます」
「ありがとうございます」
「でも、無理はしないこと」
「はい」
「それと、唯我くん」
「はい」
「必ず連れて帰りなさい」
その言葉には、部長としての命令と、仲間としての願いの両方が入っていた。
だから俺も、軽くは返さない。
「分かってます」
小猫がそこで、ほんの少しだけ息を吐いた。
緊張が抜けたんだろう。
たぶん、自分の意思をちゃんと通せたことも含めて。
その後、俺たちは異常地点へ向かう準備に入った。
小猫は俺の少し後ろに立っていたが、その距離は“守られる側”のものじゃない。
ただ、同じ方向を見ているだけの距離だ。
それだけで、前とはだいぶ違う。
コスモギャバリオンから降り、現場近くの人気のない区域へ出る。
空気が違った。
人のいない夜の街なんて珍しくもない。
けれど、今回の静けさはそういう種類じゃない。
音が吸われるみたいに薄い。
風は吹いているのに、生きた熱がない。
地面のどこかへ、青白いエモルギアの残滓が染みついている。
俺が一歩踏み出すより先に、小猫が小さく言った。
「……止まってください」
その声音に、俺は即座に足を止める。
「何だ」
「ここから先、濃くなります」
小猫は目を閉じる。
呼吸を一つ整えて、周囲へ意識を伸ばしていく。
修業前なら、この手の気配の悪さはそのまま小猫の肩に乗っていた。
今は違う。
不快さを感じながらも、それを言葉に変えるだけの余裕がある。
「……生きているものの反応ではないです」
低い声が、夜気の中へ落ちる。
「でも、完全に死んでいる感じとも違います」
「どっちだよ」
俺が聞くと、小猫は眉を寄せたまま答えた。
「何かに引っ張られているみたいです。残っていたものを、無理やり動かされているような……そんな感じです」
その説明は、妙にしっくりきた。
ニャル子の分析とも、レオルドの波形解析とも噛み合う。
だから俺はもう疑わない。
「場所は分かるか」
「……少し奥です」
「行けるな?」
「はい」
その返事に迷いはない。
だったら十分だ。
俺たちは人気のない路地の奥へ進む。
途中、黒猫姿の黒歌が足元をすり抜けて、少しだけ先へ出た。
その尻尾の動きが妙に硬い。
警戒している。
いや、もっと別の何かだ。
知っているものへ近づく時の、嫌な緊張に近い。
曲がり角を一つ抜けた先で、ようやく“それ”を見た。
人影だった。
遠目には、ただそこに立っているだけに見える。
だが近づくほどに、違和感が増していく。
姿勢が少しおかしい。
呼吸の揺れがない。
視線は正面を向いているのに、どこも見ていない。
そして何より、その体から漂う気配が、どう考えても生者のものじゃない。
「……これ」
小猫が小さく呟く。
「ええ、本物ですね」
どこからともなく、ニャル子の通信音声が重なる。
現場の映像リンクは繋いだままだ。
こいつ、こういう時だけ声のトーンがちゃんと捜査官になるから腹立つ。
「死亡確認済み人物と顔面照合一致です。反応値も一致。外見だけなら本人ですが、中身はかなり歪んでいます!」
「見りゃ分かる」
俺が返すと、その人影がゆっくりこちらを向いた。
目が合う。
だが、そこに人間らしい認識はない。
ただ、濁った執着だけが残っている。
生き返ったって言葉じゃ足りない。
何か別のものが、死んだ後の殻を動かしている。
そういう嫌さだった。
「……これは、本当の意味で戻ってきたんじゃないです」
小猫がはっきり言う。
「感情の残りだけが膨らんでいます。生命として蘇った感じじゃないです」
その断言が、この場の答えだった。
死者蘇生。
だが、まともな蘇生ではない。
もっと歪んだ、もっと嫌な形で、何かが死者へ触っている。
その時だった。
黒猫姿の黒歌が、ぴたりと足を止めた。
尻尾の先まで硬直している。
普段の気まぐれな黒猫の空気が、そこで完全に消えた。
「……どうした」
俺が低く問う。
黒歌はすぐには答えない。
ただ、その死者の周囲に残る気配を嗅ぐみたいに、わずかに顔を上げる。
そして次の瞬間、信じられないものを見るみたいに目を細めた。
「……嘘」
その一言は、黒歌らしくないくらい乾いていた。
小猫がすぐにそっちを見る。
「お姉ちゃん?」
黒歌は答えない。
だが、その反応だけで充分だった。
この件は、ただ気持ち悪いだけの死者蘇生事件じゃない。
もっと近い。
もっと嫌な形で、俺たちのすぐそばへ繋がっている。
「黒歌」
俺がもう一度呼ぶ。
「何か知ってるのか」
黒歌はなおも沈黙したまま、目の前の死者と、その周囲に漂う気配を見つめていた。
黒猫の姿のままなのに、その背中だけがはっきり強張っている。
小猫もまた、その異常さを見逃さなかった。
夜は静かだった。
だが、その静けさの奥で、何かが確かに過去へ触れている。
そうとしか思えない空気が、そこにはあった。
死んだはずのものが、また動く。
しかもその先にあるのは、ただの怪異でも偶然でもない。
もっと個人的で、もっと逃げ場のない何かだ。
俺はギャバリオントリガーへ手をかけたまま、目の前の異常と、沈黙した黒歌の両方を見据えた。
嫌な予感がする。
しかも、だいぶ当たる類のやつだ。
今回の事件は、思っていたよりずっと深いところまで潜っている。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王