サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
死者のようなものが立っている。
それだけでも充分に異様なはずなのに、現場へ漂う空気は、それ以上に嫌だった。
息苦しいわけじゃない。
むしろ逆だ。
何もかもが乾いていて、感情の熱だけが不自然に削がれている。
けれど、その奥にある執着だけは妙に濃い。
生きている者の未練じゃない。
死んだ後、どこにも行けずに残ったものへ、無理やり楔を打ち込んで動かしている感じだ。
目の前にいる死者もどきは、ゆっくりと首をこちらへ向けた。
瞳孔は合っていない。
焦点はどこにも結ばれず、ただ濁ったままこっちを貫こうとしている。
呼吸もない。
鼓動の揺れもない。
それでも、歩く。
それだけで充分すぎるほど気持ちが悪かった。
「……やっぱり、生きてはいません」
小猫が低く言う。
修行前なら、この場の不快さに引っ張られて肩を強張らせていたはずだ。
今は違う。
嫌なものを嫌なものとして受け止めながら、その上で言葉へできる。
そこが決定的に変わっていた。
「でも、完全に止まっているわけでもないです」
「何かが噛んでる、ってことか」
「……はい。残っていたものを、外から起こしている感じです」
その言葉と、ニャル子から送られてきた分析データの内容が頭の中で噛み合う。
死者蘇生。
ただし、本当の意味で命を戻したわけじゃない。
死の残り滓に、別の何かを被せて動かしている。
それが今、目の前で起きている。
『顔面照合は完全一致です! 死亡記録とも矛盾なしです! いやあ、何度見ても嫌な案件ですねこれ!』
通信の向こうでニャル子が言う。
相変わらず声色は明るい。
だが、言ってる中身はまったく笑えない。
『生前情報を引きずってる部分もありますが、人格がそのまま戻ってる感じではありません! 死んだ者を素材扱いしてる再起動に近いですね!』
「言い方が最悪だな」
『案件の方がもっと最悪です!』
それはそうだ。
俺はギャバリオントリガーへ手をかけたまま、死者もどきの足運びを見る。
反応が鈍い。
だが、力そのものは弱くない。
死んだ人間の肉体へ、外部から無理やり出力だけ通しているような動きだ。
自然じゃない。
そして自然じゃないからこそ、壊れる時はあっけなく壊れる。
「レオルド、核の位置は読めるか」
『まだ浅い。だが、この場の中心から妙な反応が伸びてる。死体そのものより、繋いでる側の方が本体っぽいな』
「だろうな」
その瞬間だった。
足元を抜けていた黒猫が、ぴたりと止まった。
黒歌だ。
今までも警戒はしていた。
けれど今の止まり方は、その先の何かだった。
ただ危険を察した猫の反応じゃない。
見たくないものを見た時の硬さだ。
「……うそ」
黒歌の声が、黒猫の喉から零れた。
その一言だけで、空気がまた一段冷える。
小猫が振り返る。
俺も視線をやる。
黒歌はもう目の前の死者そのものではなく、その周囲に残る痕跡を睨んでいた。
地面。
壁。
青白く歪んだエモルギアの光の筋。
そこへ混じる、もっと粘ついた何か。
「黒歌」
呼ぶ。
だが、黒歌はすぐには答えない。
その代わり、しばらくしてから、絞り出すように言った。
「……この気配、忘れるはずがないわ」
小猫の肩が小さく揺れる。
それが意味するものを、こいつも直感で理解したんだろう。
「お姉ちゃん……」
黒歌はそこで、ようやくこちらを見た。
黒猫の姿のままなのに、その目の奥だけが異様に鋭い。
そして次の瞬間、猫の輪郭がふっと解けた。
黒い毛並みが消え、長い黒髪と女の姿が現れる。
こういう現場で正体を見せる時点で、相当だ。
普段なら、もっと引っ張る。
それをしないってことは、それだけもう余裕がない。
「……あの男よ」
黒歌の声は低かった。
いつもの余裕は薄い。
ただ、嫌悪と確信だけがあった。
「元主か」
俺が聞くと、黒歌は短く頷く。
「そう。あの気配、あの仙術の歪み、あの粘ついた執着……忘れたくても忘れられない」
小猫は何も言わない。
だが、その顔は強張っていた。
修行前のこいつなら、ここで恐怖が先に来ていた。
今は違う。
怖い。
それでも、言葉を聞こうとしている。
そこが違う。
「前の主、ってことは……白音に危険な仙術を強要した男か」
俺の確認に、黒歌は目を細めた。
「ええ。白音を素材みたいに扱って、使い潰そうとした男」
静かだった。
だが、その静けさの下にあるものは、ずっと重い。
「生きてた頃から、あの男はそういう人だったわ。上級悪魔だの、派閥だの、家だの、全部を鬱陶しい制約みたいに思ってた」
「実験か」
「ええ。仙術も、妖術も、妖怪の力も……自分の興味が向いたものは、何でも手を出した。白音の力も、その一つでしかなかった」
黒歌の言葉に、小猫がほんの少しだけ拳を握る。
それでも、視線は逸らさない。
逃げない。
その横顔を見て、俺は何も挟まなかった。
今は黒歌に喋らせるべき場面だ。
「生前はまだ、あの男にも立場があった」
黒歌は死者もどきを睨んだまま続ける。
「好き放題するにも隠さなきゃいけなかったし、上から見られている限りは、やりすぎれば処分もあった」
「だが今は違う、ってことか」
俺が言うと、黒歌は薄く唇を歪めた。
笑いじゃない。
吐き気に近い表情だった。
「そう。死んで、逆に制約がなくなった」
その言葉が、嫌にしっくりきた。
死んだはずのやつが、死んだことを不幸だと思っていない。
むしろ、そこから自由になったと思っている。
そういう種類の外道なら、なおさら厄介だ。
『それ、かなり最悪のパターンですね!』
ニャル子の声が割り込む。
珍しくテンションが上がる方向がおかしい。
『生前は所属と監視があったから抑えられていた。でも現在は死後再起動状態! つまり組織からも法からも外れた状態で、興味本位の実験だけ続けられるわけです!』
「嬉しそうに言うな」
『説明のテンポです! 感情ではありません!』
『いや、ちょっと楽しそうなんだよな……』
レオルドがげんなりした声を出す。
だが、その指先は止まっていない。
波形、術式残滓、空間干渉、エモルギアの歪み。
全部を重ねている。
『……待て』
そのレオルドの声が、一段だけ低くなった。
俺はそっちを見る。
「何だ」
『エモルギア反応だけじゃ説明がつかねえ。死者の再起動に、別系統の干渉が噛んでる』
「別系統?」
『悪魔術式とも、純粋な仙術とも違う。もっと歪だ。空間をこじ開けて、そこへ死後反応ごと引っ掛けたみてえな……』
その言い方に、俺の背中が冷えた。
思い当たる。
嫌になるくらい思い当たる。
バルパーの件で現れた、あの黒いギャバン。
魔空空間めいた歪みを開こうとしていた男。
あの時の感覚が、今の現場の気配とどこかで重なる。
「……似てやがる」
俺が低く呟くと、小猫がすぐにこちらを見た。
「太郎?」
「前に遭った、黒いギャバンがいた」
小猫の目がわずかに揺れる。
こいつが知っているのは、その“姿”だけだ。
名前も正体も、詳しいことはまだ知らない。
「……あの時の」
「ああ。断定はできねえ」
俺ははっきり言う。
「けど、この歪み方はあいつを思い出す」
『こちらでも完全一致は出ません! でも、通常の宇宙警察系統ではありませんし、かなり気味の悪い近さがあります!』
ニャル子の補足が入る。
つまり今言えるのは、ここまでだ。
黒いギャバンを思わせる痕跡がある。
それ以上はまだ推測だ。
「死者を起こして、元主悪魔に好き勝手やらせる。しかも、勢力から切り離したまま動かせる環境まで作る……」
俺は目の前の死者もどきを見る。
その背後。
その先。
今回の事件は、単に気味が悪いだけじゃない。
明確に誰かが、何かを試している。
人でも、死者でも、妖怪でも、全部まとめて素材扱いするようなやり方で。
「……繋がってる可能性は高いな」
小猫が静かに言った。
「黒いギャバンと、この件」
「まだ推測だ」
俺はすぐに返す。
「だが、嫌な方向に合ってる」
その直後だった。
目の前の死者もどきの身体が急にびくりと震えた。
歪んだエモルギアの光が、周囲の空気ごと引き攣らせる。
次の瞬間、その口が、不自然な角度で開いた。
喉は乾いているはずなのに、そこから出た声は妙に滑らかだった。
「――久しいな」
全員の動きが止まる。
その声は目の前の死者のものじゃない。
別の誰かが、残骸を使って喋っている。
「黒歌」
黒歌の顔色が変わる。
小猫の瞳も鋭くなる。
そして、その声は愉しげに続いた。
「ようやく、こうして制約なく続けられる」
鳥肌が立つ。
そこに哀れさは一ミリもない。
死から蘇ったことを呪うでもなく、むしろ喜んでいる。
自由になったと思っている。
「派閥も、家も、上位悪魔の視線も、もう煩わしいだけだ。死を越えた今なら、好きなだけ試せる」
元主悪魔。
それが今、死者の身体を通して笑っている。
「素材は、まだある」
その言葉に、小猫の肩がぴくりと動く。
だが、崩れない。
視線を逸らさない。
それだけで充分だった。
「白音」
名を呼ばれた瞬間、空気が張る。
それでも小猫は答えない。
代わりに、ただ真っ直ぐ睨み返した。
「今度こそ、お前を――」
そこまで言ったところで、死者もどきの身体が急激に歪んだ。
エモルギアの光が強く脈打ち、その背後の空間に、一瞬だけ黒い裂け目めいたものが走る。
俺はそれを見逃さなかった。
前に見た、あの黒いギャバンの時と似た、不快な歪み。
「……やっぱり、あいつを思い出す」
俺が低く呟く。
元主悪魔の声はそこで途切れ、死者もどきの身体は糸が切れたみたいに崩れ落ちた。
残ったのは、青白く歪んだ光と、吐き気のするような静けさだけだった。
誰もすぐには喋らなかった。
今の数秒で、充分すぎるほど分かったからだ。
今回の事件は、黒歌と小猫の過去を抉るだけじゃない。
その背後で、あの黒いギャバンを思わせる何かが動いている。
死者すら素材にするやり方で。
「……面倒が過ぎるな」
俺はようやく息を吐く。
それに対して、ニャル子の通信がやけに明るく返ってきた。
『いいですねえ! 宇宙犯罪、因縁、死者蘇生、黒幕の影! 全部入りですよ!』
『そのまとめ方やめろ!』
レオルドの怒鳴りが飛ぶ。
だが、今のツッコミだけが少しだけ救いだった。
笑えない事件でも、完全に飲まれたら終わる。
小猫はまだ前を見ている。
黒歌もまた、もう目を逸らしていない。
だったら、やることは一つだ。
蘇った元主。
その背後にいる、あの黒いギャバンを思わせる影。
どっちもまとめて、ここで止める。
この件は、もうただの調査じゃ終わらない。
確実に、俺たちの過去ごと食いに来ている。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王