サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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蘇生 Case5

 死者もどきの身体が崩れ落ちた、その直後だった。

 静まり返るはずの路地裏で、今度は別の方向から、ずるりと嫌な音が立った。

 土が盛り上がる。

 砕けた壁の陰が揺れる。

 崩れた墓標の下から、乾いた腕が一本、また一本と這い出してくる。

 それだけじゃない。

 人型の影だけではなく、獣じみた骨格、角の折れた何か、かつて魔物だったとしか思えない残骸まで、青白く歪んだエモルギアの光に引かれるように起き上がり始めていた。

 

「……数が増えてる」

 

 小猫が低く呟く。

 その声は震えていない。

 けれど、嫌悪だけははっきり混じっていた。

 

「しかも、全部同じじゃないです。人間だけじゃない……妖力の残り方も、混ざっています」

 

『そりゃそうでしょうねえ!』

 

 通信越しのニャル子が、妙に元気な声で割り込んでくる。

 

『人身売買ルートの周辺で死者を回収してたなら、素材が人間だけとは限りません! 雑多な残骸をまとめて再起動、いやあ実に趣味が悪いです!』

 

「楽しそうに言うな」

 

『事実の整理です! 感情は否定してませんが!』

 

『してんのかよ……』

 

 レオルドがげんなりした声を返す。

 だが、端末を叩く手は止まっていない。

 現場の波形は秒単位で荒れていた。

 さっきまで一体を介して喋っていた元主悪魔が、今度はもっと雑に、もっと広く、この場の死を掻き回し始めたのが分かる。

 

 路地の奥。

 死者たちの向こう側から、元主の声がまた響いた。

 今度は直接耳へ届くというより、空間そのものへ染み出すような嫌な聞こえ方だった。

 

「素晴らしい」

 

 ぞっとするほど愉しげな声だった。

 

「生前には、ここまで自由ではなかった。目があった。制約があった。鬱陶しい秩序が、何もかもに口を出してきた」

 

 青白い光が死者たちの足元を走る。

 それに合わせて、群れが一斉にこちらへ向き直る。

 

「だが今は違う。派閥も、家も、上位悪魔の視線もない。死してなお、ようやく好きに試せる」

 

 黒歌の表情が、目に見えて冷えた。

 小猫もまた、その声を聞いて一瞬だけ肩を強張らせる。

 それでも二人とも、もう昔のようにその場で固まったりはしない。

 怖さはある。

 だが、それを抱えたまま立っている。

 そこが今の違いだった。

 

「相変わらず最悪ね」

 

 黒歌が低く言う。

 その声には怒りより、もっと深い嫌悪が滲んでいた。

 

「死んでまで、その気持ち悪い実験ごっこが楽しいなんて」

 

「楽しいとも」

 

 元主は即答する。

 

「死者は従順だ。壊れても惜しくない。感情だけを抜き出して動かすには、これほど都合のいい素材もない」

 

 その言い方で、俺の中の何かが冷たく切り替わった。

 こいつはほんとうに何一つ変わっていない。

 いや、変わったのか。

 生前にまだ残っていた建前や制約が剥がれ落ちて、外道だけが剥き出しになった。

 だったら、もうこれ以上聞く価値もない。

 

「……太郎」

 

 小猫が俺を呼ぶ。

 視線は死者の群れへ向いたままだ。

 

「前に出ます」

 

「いや」

 

 俺は即座に切った。

 

「今回は俺が押し込む」

 

 目の前の数は多い。

 しかも、ただ斬って進めば済む相手じゃない。

 死者の身体を使っている以上、雑に吹き飛ばすだけじゃ核に届く前に時間を食う。

 必要なのは殲滅じゃない。

 制圧と突破だ。

 数を止めて、動線を切り、元主のいる奥へ一気に迫る。

 そういう戦い方が要る。

 

 ギャバリオントリガーを握る。

 いつものギャバン系では、今回は盤面が違う。

 必要なのは、もっと露骨に“法を執行する側”の形だ。

 

「投影――ジバン!」

 

 音声と共に光が走る。

 蒸着にも似た硬質な変化が全身を包み、装甲の輪郭が切り替わる。

 宇宙刑事の鋼とはまた違う、より直截的に“警察”を象徴するシルエット。

 機動刑事ジバン。

 今回の相手には、これが一番早い。

 

 小猫が一瞬だけ息を呑む。

 黒歌もまた、目を細める。

 だが、その驚きを味わう時間はない。

 死者の群れが、もうこちらへ雪崩れ込んできていた。

 

 最初の一体が伸ばした腕を、俺は半身で避ける。

 同時にジバンバトンを振り抜き、肘の関節へ正確に叩き込む。

 骨が砕ける乾いた音。

 だがそれで終わりじゃない。

 崩れた個体を足場代わりに飛び越え、次の二体の足を射撃で止める。

 青白い光が走り、脚部の術式だけを乱して沈める。

 後ろから噛みつこうとした獣じみた死骸へは、逆手に持った武器で喉元を打ち抜き、そのまま地面へ縫い止めた。

 

「……速い」

 

 小猫が小さく呟く。

 

「感心してる場合じゃねえ。核を見ろ」

 

「はい!」

 

 返事は鋭い。

 もう迷いはなかった。

 

「右の三体は薄いです! 前列はただの壁、奥の反応が濃い!」

 

「了解!」

 

 死者の群れが押し寄せる。

 だが、押し寄せるだけだ。

 統率は雑。

 それぞれの身体へ埋め込まれた執着だけで動いているせいで、流れには必ず綻びが出る。

 俺はそこへだけ正確に手を入れていく。

 

 一閃。

 バトンで首筋の術式を断つ。

 踏み込み。

 射撃で地面ごと封じる。

 拘束。

 近づきすぎた一体へハンドカフ状の拘束具を叩き込み、術の核を閉じる。

 

 派手じゃない。

 だが、無駄がない。

 死者の群れは、気づけば前進するより先に処理され、積み上がっていた。

 

『おお、出ましたねえ! 警察型制圧モード! やっぱりこういう盤面だと露骨に噛み合います!』

 

「実況してんじゃねえ!」

 

『仕事してますよ! ちゃんとしてます! むしろ今めちゃくちゃしてます!』

 

『腹立つ言い回しだなあ、おい……』

 

 レオルドが呻く。

 だが、その呻きと同時に新しいデータが飛んできた。

 

『太郎、左奥だ! 術の流れが一番濃い!』

 

「分かってる!」

 

 俺は死者の肩を踏み台に、一気に間合いを詰める。

 その直後、横合いから異形の残骸が飛びかかってきた。

 人間じゃない。

 何かの魔獣の骨格だ。

 だが、その噛みつきも遅い。

 頭蓋を横へ流し、ジバンバトンを叩き込む。

 顎が砕け、青白い光が散る。

 

 前へ。

 ただ前へ。

 元主のところまで届けば、この盤面は変わる。

 

「太郎、上!」

 

 小猫の声。

 反射で身を落とす。

 頭上を、死者の腕が何本も薙いだ。

 避けると同時に足払いで崩し、転倒したところへ制圧射撃をまとめて叩き込む。

 

 その一連の動作を、元主は奥から見ていた。

 顔はまだ見えない。

 だが、視線だけははっきり感じる。

 試している目だ。

 材料がどこまで通じるか、観察している目だ。

 

「なるほど」

 

 元主の声が、少しだけ低くなる。

 

「死者の群れで押し潰すには、君は少々手際が良すぎるようだ」

 

「分かってんなら、とっとと出てこいよ」

 

「焦る必要はない。こちらはまだ、試験段階だ」

 

 その返しに、黒歌の表情がさらに冷えた。

 

「……言うと思った」

 

 小猫が黒歌を見る。

 

「お姉ちゃん?」

 

「生前からそうだったのよ。何でも段階だの記録だのって、まるで全部を観察対象みたいに扱う」

 

 その言葉が終わる前に、俺はまた一体の死者を沈める。

 だが、元主の声音は不思議と揺れていない。

 苛立ちすら薄い。

 つまり、こいつはまだ本命を切っていない。

 

 嫌な予感が、また一段濃くなる。

 

「なら、次の段階へ進めよう」

 

 その一言と同時に、周囲の死者たちが一瞬だけぴたりと止まった。

 青白い光が収束する。

 ばらけていた反応が、一点へ吸われるように集まり始める。

 

『……来ますよ! 今までと桁が違います!』

 

 ニャル子の声から、さすがに軽さが薄れた。

 

『通常死体の再起動じゃありません! 何か大きい! というか、これ……分類上“獣”ですね!』

 

「獣?」

 

 小猫が眉を寄せる。

 その瞬間、地面が鳴った。

 

 低い。

 腹の底へ響くような重い音だ。

 足元の砂利が震え、ひびの入った舗装がめくれ上がる。

 さっきまで死者たちが這い出してきた程度の揺れじゃない。

 もっと深いところ。

 もっと古いものが、下から押し上がってくる。

 

 黒歌がはっきりと顔色を変えた。

 

「……冗談でしょう」

 

「何だ」

 

 俺が問うと、黒歌は地面の奥を睨んだまま、絞り出すように言う。

 

「この圧……ただの魔獣じゃない」

 

 元主の声が、嬉しそうに響いた。

 

「伝説級の死骸なら、少しは楽しめるだろう?」

 

 次の瞬間、地面が割れた。

 土と瓦礫を突き破って、巨大な爪が現れる。

 続いて、黒ずんだ骨格の一部。

 牙。

 角。

 そして、見ただけで“格が違う”と分かる巨大な輪郭。

 

 死んでいる。

 どう見ても死んでいる。

 それなのに、その死骸はエモルギアの歪んだ光に包まれ、なおも起き上がろうとしていた。

 

 小猫が本能的に一歩下がる。

 だが、その足はそこで止まる。

 逃げない。

 黒歌もまた、息を詰めながらも目を逸らさない。

 レオルドの端末が、けたたましく警告音を鳴らし続けていた。

 

『おいおいおい……! 反応値が馬鹿だぞ!』

 

『これはさすがにテンション上がりますね! いや上がってる場合じゃないんですが!』

 

「どっちだよ!」

 

 叫びながらも、俺はジバンのまま構える。

 巨大な輪郭が、闇の中でゆっくり持ち上がる。

 骨の隙間に青白い光が走り、空洞のはずの眼窩へ赤黒い火が灯る。

 

 伝説の獣。

 既に死んだはずのそれが、元主の実験材料として、今ここで蘇ろうとしている。

 

 元主はその様子を、心の底から愉しんでいる声で見下ろした。

 

「さあ、ここからが本番だ」

 

 獣の目が、完全に開く。

 その瞬間、空気が震え、死者たちの群れすら怯えるみたいにざわめいた。

 

 俺は呼吸を一つだけ整える。

 修行を終えて帰ってきた直後に、ずいぶん派手な歓迎だ。

 だが、だったら受けて立つしかない。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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