サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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蘇生 Case6

 死者もどきの身体が崩れ落ちた、その直後だった。

 静まり返るはずの廃区画で、今度は別の場所から、湿った土を押しのけるような、ひどく耳障りな音が立ち始める。

 砕けた壁の根元、崩れた舗装の裂け目、半ば埋もれた古い墓標の下から、乾いた腕が一本ずつ、まるで遅れて目を覚ますみたいに這い出してきた。

 それだけで終わらない。

 人間の骨格を留めているものだけではなく、角の折れた異形の頭蓋、牙の浮き出た獣じみた残骸、何の種だったのかすら分からない黒ずんだ骨まで、青白く歪んだエモルギアの光へ引かれるように、次々と起き上がり始める。

 

「……増えています。

しかも、全部が同じ反応ではありません」

 

 小猫の声は低かったが、そこに恐慌の色は混じっていなかった。

 嫌悪はある。

 間違いなくある。

 それでも、目の前の異常を異常として見切り、その上で言葉へ変えられている。

 修業前のこいつなら、この場の嫌さだけで呼吸が浅くなっていた。

 今は違う。

 怖さを抱えたまま、なお分析できる。

 その変化だけでも、ここへ連れてきた意味は充分にあった。

 

「質が混ざってる、ってことか」

 

「はい。

人間だけではありません。

妖気の残滓もありますし、魔物だったものまで混じっています」

 

『大当たりです!

回収死体の再利用だけじゃありませんね!

周辺に残っていた死骸ごと、まとめて再起動をかけています!』

 

 通信越しのニャル子が、妙に弾んだ声で言う。

 内容だけなら最悪なのに、説明の勢いだけはやたら軽いのが腹立つ。

 

「楽しそうに言うなよ」

 

『事実確認のテンポですよ!

感情まで同じとは限りません!』

 

『いや、かなり同じだろうが……』

 

 レオルドが端末の上で唸る。

 だが、その愚痴と同時に指先は止まっていない。

 波形の照合、反応の偏り、空間干渉の揺れ、エモルギアの流れ。

 全部を同時に追っている。

 俺たちの中で、こういう時に一番忙しいのは大抵こいつだ。

 

 目の前で、死者たちが一斉に首をこちらへ向ける。

 それぞれの目は生者の光を持っていない。

 焦点も曖昧で、呼吸の揺れもない。

 それでも動く。

 足を引きずりながら、歪な関節を鳴らしながら、こちらへ向かってくる。

 その歩みだけで、背中を撫でるみたいな嫌悪が走った。

 

「素晴らしい」

 

 元主悪魔の声が、空間の奥から滲むように響いた。

 姿はまだはっきり見えない。

 けれど、喜んでいることだけは十分すぎるほど分かる。

 

「生前には、ここまで好きにはできなかった。

家も、派閥も、上位悪魔の目も、何もかもが鬱陶しかった」

 

 青白い光が、死者たちの足元を走る。

 それに合わせて群れの動きが揃う。

 雑に見えて、核だけはしっかり繋がっている。

 

「だが今は違う。

死してなお、ようやく好きなだけ試せる。

素材は従順で、壊れても惜しくない。

これほど都合のいい状態を、どうして喜ばずにいられる?」

 

「……本当に最低ね」

 

 黒歌が低く言った。

 いつもの余裕を含んだ柔らかさは薄く、そこにあったのはむき出しの嫌悪だけだった。

 

「死んでまで、そんな気持ち悪い実験を続けるなんて」

 

「気持ち悪い?

いや、合理的と言ってほしいものだ」

 

 元主の声は、まるで議論でもしているみたいに穏やかだった。

 その穏やかさが、余計に腹立たしい。

 狂っているくせに、自分では狂っているつもりがない。

 そういう種類の外道だ。

 

「生きているものは脆い。

反抗もするし、泣くし、壊れる。

だが死者は違う。

残したい感情だけを残して、動かしたい方向に動かせる」

 

「……反吐が出るな」

 

 俺はギャバリオントリガーへ手をかけたまま吐き捨てる。

 

「てめえの理屈は、最初から最後まで全部腐ってる」

 

「では、その腐った理屈にどこまで抗えるか、試してみるといい」

 

 その言葉と同時に、死者の群れが動いた。

 まっすぐ突っ込んでくるやつ、横から回り込むやつ、跳びかかるやつ、這うように足元を狙うやつ。

 統率されているというより、執着だけを植え付けられた獣の群れみたいな動きだった。

 だが、数だけは多い。

 正面から切り込めば、元主へ届く前に足を取られる。

 必要なのは殲滅じゃない。

 制圧と突破だ。

 処理して、止めて、道を作る。

 そういう戦い方が要る。

 

「太郎」

 

 小猫が俺を呼ぶ。

 

「右の前列は薄いです。

でも左奥に濃い流れがあります」

 

「分かった」

 

 俺は一つ頷く。

 小猫の感覚は、もう信用に足る。

 修業の間に何度も確かめてきた。

 だったら、ここで迷う理由はない。

 

「今回は、警察を出す」

 

 ギャバリオントリガーへ意識を集中させる。

 宇宙刑事の鋼とは別の方向で、もっと露骨に“法を執行する者”の輪郭を呼び出す。

 今回の盤面なら、これが一番早い。

 

『投影――ジバン!』

 

 光が走る。

 装甲の質感が切り替わり、身体の重さと視界の輪郭が一変する。

 宇宙刑事としての鋼とは違う、警察型ヒーローとしての硬質さが全身へ宿る。

 機動刑事ジバン。

 死者の群れに対して、ただ壊すのではなく、止めて、封じて、進むための形だ。

 

「……また違う」

 

 小猫が息を呑むように言う。

 

「本当に手札が多いのね」

 

 黒歌も目を細める。

 

「今の盤面には、これが一番噛み合う」

 

 言葉を返すと同時に、最初の死者が腕を振り下ろしてきた。

 半身で外す。

 肘へ正確に打撃。

 骨の関節が乾いた音を立てて折れ、その個体が崩れる。

 間髪入れず、横から飛びかかった獣じみた死骸へ射撃。

 脚部の術式だけを乱し、着地と同時に喉元を打ち抜いて沈める。

 

 次。

 次。

 次。

 

 派手な一撃ではない。

 だが、一つ一つが速く、無駄がない。

 死者たちは次々と前へ出るが、前へ出た端から処理されていく。

 踏み込み。

 拘束。

 打撃。

 射撃。

 制圧。

 流れを断つたびに、群れの動きが鈍くなる。

 

『出ましたねえ!

こういう物量相手だと、ジバンの警察型制圧戦法がめちゃくちゃ映えます!』

 

「実況してんじゃねえ、解析を進めろ!」

 

『進めながら褒めてるんです!』

 

『褒め方が軽いんだよ、お前は!』

 

 レオルドの怒鳴りが飛ぶ。

 だが、その声の直後にデータも来る。

 

『太郎、左奥だ!

そこだけ術の流れが濃い!』

 

「助かる」

 

 俺は倒れた死者の肩を踏み台にして、一気に間合いを詰める。

 上から落ちてきた二体の死者を、片方は肩で流し、もう片方は武器の柄で顎を跳ね上げる。

 崩れたところへ拘束具を叩き込み、術の流れごと閉じる。

 

「右の三体は囮です!」

 

 小猫がさらに叫ぶ。

 

「本命はもっと奥です!」

 

「分かってる!」

 

 黒歌も続ける。

 

「あいつなら、前面は全部餌よ!

中心はもっと隠す!」

 

 情報が噛み合う。

 小猫の感知。

 黒歌の経験。

 レオルドの解析。

 通信越しのニャル子の補足。

 その全部をまとめて、俺はただ前へ進む。

 

 死者の群れが多いなら、多いだけ処理する。

 止められるなら止める。

 突破できるなら突破する。

 元主まで届けば、盤面は変わる。

 そう判断しているから、迷いはなかった。

 

「なるほど」

 

 元主の声が、少しだけ低くなった。

 

「死者の群れで押し潰すには、君は手際が良すぎるようだ」

 

「分かってんなら、とっとと出てこい」

 

「焦る必要はない。

これはまだ試験段階だ」

 

 その返しに、黒歌が冷えた笑みすら浮かべずに呟く。

 

「……出たわね。

昔からそういう言い方しかしなかった」

 

「何でも段階だの、記録だの、評価だのって」

 

 小猫が続けるように言うと、黒歌がわずかに目を見開いた。

 それから、小さく息を吐く。

 

「ええ。

あの男にとっては、全部が実験の途中でしかないのよ」

 

 俺は最後の数体をまとめて制圧しながら、その言葉を聞いていた。

 元主はまだ余裕を失っていない。

 それどころか、ここまでの死者の群れすら前座扱いだ。

 嫌な予感がまた一段濃くなる。

 

 その時だった。

 地面の奥から、今までとは質の違う重い波動が立ち上がった。

 死者の群れとは比較にならない。

 圧そのものが、空気を下から押し上げてくる。

 

『……来ますよ!

今までと桁が違います!』

 

 ニャル子の声から、さすがに軽さが薄れた。

 

『通常死体の再起動じゃありません!

大きい!

というか、これ……分類上、獣です!』

 

「獣?」

 

 小猫が眉を寄せる。

 同時に、足元の舗装がびりびりと震え始めた。

 端末が警告音を鳴らし続ける。

 レオルドの顔からも、さすがに余裕が消える。

 

『おいおい……反応値が馬鹿だぞ!

今までの死者どもと桁が違う!』

 

 その圧に引っ張られるように、ジバンの装甲表面を走る光が一瞬だけ乱れた。

 死者の群れを長時間制圧し続けた負荷。

 そこへ今の巨大反応が重なる。

 維持していた投影が、ここで軋んだ。

 

「太郎、投影が……!」

 

 小猫が声を上げる。

 

 明滅。

 装甲が砕けるみたいにほどけ、ジバンの輪郭が消えていく。

 呼吸一つの間で、俺は元の姿へ戻っていた。

 

『ちょうどよくねえだろ!

明らかに次が来る波形だぞ!』

 

 レオルドが叫ぶ。

 

「分かってる」

 

 俺は息を整えながら答える。

 

「だが、ちょうどいい。

ここから先は、別の札が要る」

 

「本当に図太いわね」

 

 黒歌が呆れたように言う。

 だが、その視線はもう俺ではなく、地面の奥へ釘付けだった。

 

 死者たちが、一斉に静止する。

 散っていた青白い光が、一点へ吸い寄せられていく。

 地面が鳴る。

 低く、腹の底へ響くような重い音だ。

 ひびが走り、土が膨れ上がる。

 今までの死者蘇生とは次元が違う。

 もっと深いところ。

 もっと古く、もっと大きい何かが、下から押し上がってくる。

 

「悪くない」

 

 元主の声は、心の底から愉しそうだった。

 

「では、次の段階へ進めよう。

凡百の死骸で満足できないなら、もっと価値のある素材を見せてやる」

 

「……来るぞ」

 

 俺が低く言うと、小猫はもう一度呼吸を整えた。

 怖い。

 それでも逃げない。

 その横で、黒歌もまた顔色を変えながら、目だけは逸らしていなかった。

 

「これは……ただの魔獣じゃない」

 

 黒歌が絞り出す。

 

 次の瞬間、地面が割れた。

 土と瓦礫を突き破って、巨大な爪が現れる。

 続いて、黒ずんだ鱗の一部。

 牙。

 角。

 そして、見ただけで“格が違う”と分かる複数の首の輪郭。

 

「……一体じゃない」

 

 小猫が呟く。

 

「首ごとに、別の流れがある……!」

 

 その通りだった。

 蘇っているのは一つの獣じゃない。

 首ごとに違う死者反応を埋め込まれ、無理やり束ねられた多頭竜。

 骨と鱗の隙間を青白いエモルギアが走り、死んでいるはずの巨体を軋ませながら持ち上げていく。

 

『こ、これは――!』

 

 ニャル子の声が珍しく止まりかける。

 

『伝説級です!

しかも不完全蘇生ではなく、かなり大規模に再起動されています!』

 

『最悪だ!

本命がこんなでかいのかよ!』

 

 レオルドの叫びにかぶせるように、元主が笑う。

 

「さあ、ここからが本番だ」

 

 巨大な多頭竜が、ゆっくりと輪郭を持つ。

 空洞の眼窩の奥へ、赤黒い火が灯る。

 複数の首が一斉にうなり、周囲の死者たちすら怯えるようにざわめいた。

 

 ラドン。

 既に死んだはずの伝説の獣が、元主の実験材料として、今ここで蘇ろうとしている。

 

 俺はギャバリオントリガーを握り直す。

 ジバンはここで切れた。

 だったら次を出すだけだ。

 盤面が変わるなら、こっちも変わればいい。

 

 小猫が隣で身構える。

 黒歌もまた、低く呼吸を整える。

 恐怖はある。

 だが、それでも二人とも立っていた。

 そこが何より大事だった。

 

 ラドンの目が、完全に開く。

 その瞬間、空気そのものが震え、夜の廃区画がまるごと伝説の死骸に飲み込まれたみたいに見えた。

 

 修業を終えて帰ってきた直後にしては、ずいぶん派手な歓迎だ。

 だが、こうなった以上、受けて立つしかない。

 目の前の怪物は、もう次の戦いそのものだった。

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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