サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
死者もどきの身体が崩れ落ちた、その直後だった。
静まり返るはずの廃区画で、今度は別の場所から、湿った土を押しのけるような、ひどく耳障りな音が立ち始める。
砕けた壁の根元、崩れた舗装の裂け目、半ば埋もれた古い墓標の下から、乾いた腕が一本ずつ、まるで遅れて目を覚ますみたいに這い出してきた。
それだけで終わらない。
人間の骨格を留めているものだけではなく、角の折れた異形の頭蓋、牙の浮き出た獣じみた残骸、何の種だったのかすら分からない黒ずんだ骨まで、青白く歪んだエモルギアの光へ引かれるように、次々と起き上がり始める。
「……増えています。
しかも、全部が同じ反応ではありません」
小猫の声は低かったが、そこに恐慌の色は混じっていなかった。
嫌悪はある。
間違いなくある。
それでも、目の前の異常を異常として見切り、その上で言葉へ変えられている。
修業前のこいつなら、この場の嫌さだけで呼吸が浅くなっていた。
今は違う。
怖さを抱えたまま、なお分析できる。
その変化だけでも、ここへ連れてきた意味は充分にあった。
「質が混ざってる、ってことか」
「はい。
人間だけではありません。
妖気の残滓もありますし、魔物だったものまで混じっています」
『大当たりです!
回収死体の再利用だけじゃありませんね!
周辺に残っていた死骸ごと、まとめて再起動をかけています!』
通信越しのニャル子が、妙に弾んだ声で言う。
内容だけなら最悪なのに、説明の勢いだけはやたら軽いのが腹立つ。
「楽しそうに言うなよ」
『事実確認のテンポですよ!
感情まで同じとは限りません!』
『いや、かなり同じだろうが……』
レオルドが端末の上で唸る。
だが、その愚痴と同時に指先は止まっていない。
波形の照合、反応の偏り、空間干渉の揺れ、エモルギアの流れ。
全部を同時に追っている。
俺たちの中で、こういう時に一番忙しいのは大抵こいつだ。
目の前で、死者たちが一斉に首をこちらへ向ける。
それぞれの目は生者の光を持っていない。
焦点も曖昧で、呼吸の揺れもない。
それでも動く。
足を引きずりながら、歪な関節を鳴らしながら、こちらへ向かってくる。
その歩みだけで、背中を撫でるみたいな嫌悪が走った。
「素晴らしい」
元主悪魔の声が、空間の奥から滲むように響いた。
姿はまだはっきり見えない。
けれど、喜んでいることだけは十分すぎるほど分かる。
「生前には、ここまで好きにはできなかった。
家も、派閥も、上位悪魔の目も、何もかもが鬱陶しかった」
青白い光が、死者たちの足元を走る。
それに合わせて群れの動きが揃う。
雑に見えて、核だけはしっかり繋がっている。
「だが今は違う。
死してなお、ようやく好きなだけ試せる。
素材は従順で、壊れても惜しくない。
これほど都合のいい状態を、どうして喜ばずにいられる?」
「……本当に最低ね」
黒歌が低く言った。
いつもの余裕を含んだ柔らかさは薄く、そこにあったのはむき出しの嫌悪だけだった。
「死んでまで、そんな気持ち悪い実験を続けるなんて」
「気持ち悪い?
いや、合理的と言ってほしいものだ」
元主の声は、まるで議論でもしているみたいに穏やかだった。
その穏やかさが、余計に腹立たしい。
狂っているくせに、自分では狂っているつもりがない。
そういう種類の外道だ。
「生きているものは脆い。
反抗もするし、泣くし、壊れる。
だが死者は違う。
残したい感情だけを残して、動かしたい方向に動かせる」
「……反吐が出るな」
俺はギャバリオントリガーへ手をかけたまま吐き捨てる。
「てめえの理屈は、最初から最後まで全部腐ってる」
「では、その腐った理屈にどこまで抗えるか、試してみるといい」
その言葉と同時に、死者の群れが動いた。
まっすぐ突っ込んでくるやつ、横から回り込むやつ、跳びかかるやつ、這うように足元を狙うやつ。
統率されているというより、執着だけを植え付けられた獣の群れみたいな動きだった。
だが、数だけは多い。
正面から切り込めば、元主へ届く前に足を取られる。
必要なのは殲滅じゃない。
制圧と突破だ。
処理して、止めて、道を作る。
そういう戦い方が要る。
「太郎」
小猫が俺を呼ぶ。
「右の前列は薄いです。
でも左奥に濃い流れがあります」
「分かった」
俺は一つ頷く。
小猫の感覚は、もう信用に足る。
修業の間に何度も確かめてきた。
だったら、ここで迷う理由はない。
「今回は、警察を出す」
ギャバリオントリガーへ意識を集中させる。
宇宙刑事の鋼とは別の方向で、もっと露骨に“法を執行する者”の輪郭を呼び出す。
今回の盤面なら、これが一番早い。
『投影――ジバン!』
光が走る。
装甲の質感が切り替わり、身体の重さと視界の輪郭が一変する。
宇宙刑事としての鋼とは違う、警察型ヒーローとしての硬質さが全身へ宿る。
機動刑事ジバン。
死者の群れに対して、ただ壊すのではなく、止めて、封じて、進むための形だ。
「……また違う」
小猫が息を呑むように言う。
「本当に手札が多いのね」
黒歌も目を細める。
「今の盤面には、これが一番噛み合う」
言葉を返すと同時に、最初の死者が腕を振り下ろしてきた。
半身で外す。
肘へ正確に打撃。
骨の関節が乾いた音を立てて折れ、その個体が崩れる。
間髪入れず、横から飛びかかった獣じみた死骸へ射撃。
脚部の術式だけを乱し、着地と同時に喉元を打ち抜いて沈める。
次。
次。
次。
派手な一撃ではない。
だが、一つ一つが速く、無駄がない。
死者たちは次々と前へ出るが、前へ出た端から処理されていく。
踏み込み。
拘束。
打撃。
射撃。
制圧。
流れを断つたびに、群れの動きが鈍くなる。
『出ましたねえ!
こういう物量相手だと、ジバンの警察型制圧戦法がめちゃくちゃ映えます!』
「実況してんじゃねえ、解析を進めろ!」
『進めながら褒めてるんです!』
『褒め方が軽いんだよ、お前は!』
レオルドの怒鳴りが飛ぶ。
だが、その声の直後にデータも来る。
『太郎、左奥だ!
そこだけ術の流れが濃い!』
「助かる」
俺は倒れた死者の肩を踏み台にして、一気に間合いを詰める。
上から落ちてきた二体の死者を、片方は肩で流し、もう片方は武器の柄で顎を跳ね上げる。
崩れたところへ拘束具を叩き込み、術の流れごと閉じる。
「右の三体は囮です!」
小猫がさらに叫ぶ。
「本命はもっと奥です!」
「分かってる!」
黒歌も続ける。
「あいつなら、前面は全部餌よ!
中心はもっと隠す!」
情報が噛み合う。
小猫の感知。
黒歌の経験。
レオルドの解析。
通信越しのニャル子の補足。
その全部をまとめて、俺はただ前へ進む。
死者の群れが多いなら、多いだけ処理する。
止められるなら止める。
突破できるなら突破する。
元主まで届けば、盤面は変わる。
そう判断しているから、迷いはなかった。
「なるほど」
元主の声が、少しだけ低くなった。
「死者の群れで押し潰すには、君は手際が良すぎるようだ」
「分かってんなら、とっとと出てこい」
「焦る必要はない。
これはまだ試験段階だ」
その返しに、黒歌が冷えた笑みすら浮かべずに呟く。
「……出たわね。
昔からそういう言い方しかしなかった」
「何でも段階だの、記録だの、評価だのって」
小猫が続けるように言うと、黒歌がわずかに目を見開いた。
それから、小さく息を吐く。
「ええ。
あの男にとっては、全部が実験の途中でしかないのよ」
俺は最後の数体をまとめて制圧しながら、その言葉を聞いていた。
元主はまだ余裕を失っていない。
それどころか、ここまでの死者の群れすら前座扱いだ。
嫌な予感がまた一段濃くなる。
その時だった。
地面の奥から、今までとは質の違う重い波動が立ち上がった。
死者の群れとは比較にならない。
圧そのものが、空気を下から押し上げてくる。
『……来ますよ!
今までと桁が違います!』
ニャル子の声から、さすがに軽さが薄れた。
『通常死体の再起動じゃありません!
大きい!
というか、これ……分類上、獣です!』
「獣?」
小猫が眉を寄せる。
同時に、足元の舗装がびりびりと震え始めた。
端末が警告音を鳴らし続ける。
レオルドの顔からも、さすがに余裕が消える。
『おいおい……反応値が馬鹿だぞ!
今までの死者どもと桁が違う!』
その圧に引っ張られるように、ジバンの装甲表面を走る光が一瞬だけ乱れた。
死者の群れを長時間制圧し続けた負荷。
そこへ今の巨大反応が重なる。
維持していた投影が、ここで軋んだ。
「太郎、投影が……!」
小猫が声を上げる。
明滅。
装甲が砕けるみたいにほどけ、ジバンの輪郭が消えていく。
呼吸一つの間で、俺は元の姿へ戻っていた。
『ちょうどよくねえだろ!
明らかに次が来る波形だぞ!』
レオルドが叫ぶ。
「分かってる」
俺は息を整えながら答える。
「だが、ちょうどいい。
ここから先は、別の札が要る」
「本当に図太いわね」
黒歌が呆れたように言う。
だが、その視線はもう俺ではなく、地面の奥へ釘付けだった。
死者たちが、一斉に静止する。
散っていた青白い光が、一点へ吸い寄せられていく。
地面が鳴る。
低く、腹の底へ響くような重い音だ。
ひびが走り、土が膨れ上がる。
今までの死者蘇生とは次元が違う。
もっと深いところ。
もっと古く、もっと大きい何かが、下から押し上がってくる。
「悪くない」
元主の声は、心の底から愉しそうだった。
「では、次の段階へ進めよう。
凡百の死骸で満足できないなら、もっと価値のある素材を見せてやる」
「……来るぞ」
俺が低く言うと、小猫はもう一度呼吸を整えた。
怖い。
それでも逃げない。
その横で、黒歌もまた顔色を変えながら、目だけは逸らしていなかった。
「これは……ただの魔獣じゃない」
黒歌が絞り出す。
次の瞬間、地面が割れた。
土と瓦礫を突き破って、巨大な爪が現れる。
続いて、黒ずんだ鱗の一部。
牙。
角。
そして、見ただけで“格が違う”と分かる複数の首の輪郭。
「……一体じゃない」
小猫が呟く。
「首ごとに、別の流れがある……!」
その通りだった。
蘇っているのは一つの獣じゃない。
首ごとに違う死者反応を埋め込まれ、無理やり束ねられた多頭竜。
骨と鱗の隙間を青白いエモルギアが走り、死んでいるはずの巨体を軋ませながら持ち上げていく。
『こ、これは――!』
ニャル子の声が珍しく止まりかける。
『伝説級です!
しかも不完全蘇生ではなく、かなり大規模に再起動されています!』
『最悪だ!
本命がこんなでかいのかよ!』
レオルドの叫びにかぶせるように、元主が笑う。
「さあ、ここからが本番だ」
巨大な多頭竜が、ゆっくりと輪郭を持つ。
空洞の眼窩の奥へ、赤黒い火が灯る。
複数の首が一斉にうなり、周囲の死者たちすら怯えるようにざわめいた。
ラドン。
既に死んだはずの伝説の獣が、元主の実験材料として、今ここで蘇ろうとしている。
俺はギャバリオントリガーを握り直す。
ジバンはここで切れた。
だったら次を出すだけだ。
盤面が変わるなら、こっちも変わればいい。
小猫が隣で身構える。
黒歌もまた、低く呼吸を整える。
恐怖はある。
だが、それでも二人とも立っていた。
そこが何より大事だった。
ラドンの目が、完全に開く。
その瞬間、空気そのものが震え、夜の廃区画がまるごと伝説の死骸に飲み込まれたみたいに見えた。
修業を終えて帰ってきた直後にしては、ずいぶん派手な歓迎だ。
だが、こうなった以上、受けて立つしかない。
目の前の怪物は、もう次の戦いそのものだった。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王