サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
ラドンの目が開いた瞬間、戦場の空気ははっきりと別物へ変わった。
今まで相手にしてきた死者もどきの群れが、どれだけ数だけの脅威だったのかを、むしろこちらへ思い知らせるような圧だった。
巨大な多頭竜は、ただそこへ起き上がりかけているだけで、周囲の地面をきしませ、夜気そのものを押し潰すみたいに重くする。
骨と鱗の継ぎ目を走る青白いエモルギアの光は、生きた怪物の血流なんかじゃない。
死んだ伝説そのものへ、無理やり感情と執着と悪意を縫い込んで、こちらの世界へ引きずり戻している。
そんな風にしか見えなかった。
「……重いです」
小猫が、息を詰めるように言った。
その声は震えていないが、感じ取ったものの質がこれまでと違うと、はっきり伝わる声だった。
「今までの死者と、反応の質がまるで違います。
一つの大きな気配じゃなくて、いくつも重なってるみたいです」
「首ごとに流れが違うのか」
俺が聞くと、小猫は目を細めたまま、小さく頷く。
「……はい。
しかも、それぞれの首が勝手に生きているみたいで、でも全部どこかで繋がっています」
その説明だけで十分だった。
目の前にいるのは、死んだ伝説の獣を一体だけ起こしたものじゃない。
ラドンの死骸を器にして、複数の死と感情を縫い付けた、歪んだ実験体だ。
元主悪魔の趣味の悪さが、露骨に形になっていた。
「……本当に、気持ちが悪いわね」
黒歌が低く言った。
視線はラドンから一瞬も逸らしていない。
過去を知っているからこそ、この構造の嫌さが他の誰より分かるんだろう。
「ただ蘇らせるだけじゃ満足できなくて、死んだ後まで玩具みたいに弄るなんて」
その黒歌の声へ応えるように、元主悪魔の笑いが空間の奥から滲んだ。
「玩具ではない。
試料だよ。
伝説級ともなれば、なおさら丁寧に扱わなければ意味がない」
「てめえの言う丁寧ってのは、壊し方を選ぶって意味だろ」
俺が吐き捨てると、元主はむしろ愉快そうに言葉を返した。
「それを理解してくれる相手は少ない。
生前は余計な制約ばかりだったが、今は違う。
家も派閥も、上位悪魔の視線も、もう私を縛れない。
この自由を、どうして喜ばずにいられる?」
その言葉と同時に、ラドンの首の一つが、何の前触れもなくこちらへ振り下ろされた。
空気そのものが叩き潰されるような轟音が響き、俺たちは反射で散る。
遅れて地面が爆ぜ、砕けた舗装と土がまとめて吹き飛ぶ。
次の瞬間には、別の首が横薙ぎに振り抜かれ、さらにもう一つの首が喉奥へ死んだような光を溜め始めた。
一つの獣を相手にしている感覚ではない。
複数の怪物へ同時に囲まれているのに近い。
「散れ!」
俺が叫ぶと同時に、小猫と黒歌が反対方向へ跳ぶ。
ラドンの二本目の首が空を裂き、その余波だけで廃区画の壁が崩れ落ちる。
残った首はさらに地面を舐めるように動き、こちらの立ち位置を探るみたいに不気味にうねった。
「太郎、上!」
小猫の鋭い声が飛ぶ。
俺は考えるより先に身を沈める。
頭上を、牙の並んだ巨大な顎が噛み砕くように通り過ぎた。
避けきれなかった瓦礫が肩を掠めるが、そんなものを気にしてる余裕はない。
「これ、正面から止めるのは無茶です!」
小猫が叫ぶ。
その言葉は悲鳴じゃなかった。
現状の分析だ。
修業前なら、この怪物の圧へ飲まれてもおかしくなかった場面で、ちゃんと判断を言葉にしている。
その事実だけで、こいつがどれだけ変わったか分かる。
「分かってる!」
俺は応えながら、ギャバリオントリガーを握り直した。
ジバンの投影はさっきの圧と連戦で解けた。
だが、それで終わりじゃない。
切り札が一枚落ちたなら、次を切るだけだ。
そういう話だ。
その時、上空で空気がわずかに捻れた。
歪みは一瞬だけで、次の瞬間には、そこから見覚えしかない影が飛び込んでくる。
着地と同時に瓦礫が跳ね、妙に堂々とした声が響いた。
「いやあ、これはまた派手にやってますね!
帰還祝いにしては、ずいぶんと重たい歓迎です!」
「おっせえよ、ニャル子!」
俺が怒鳴ると、ニャル子は胸を張ってこちらを見る。
この状況でも態度だけはまったく崩れないのが、逆に腹立たしい。
「すでに最短で来ています!
クトゥルフ支部の機動力をなめないでください!」
『名乗ってる暇があったら働け!』
レオルドの怒鳴りが通信越しに飛ぶ。
「ちゃんと働きますよ!
ですが、こういう時こそ第一印象は大事です!」
「今は印象より首の数をどうにかしろ!」
俺が返した直後、ラドンの一つがニャル子へ向かって噛みついた。
だが、ニャル子はそこでようやく笑みの質を変える。
普段の軽さは残っている。
それでも、その目だけは完全に仕事の目だった。
「これは通常戦闘では押し切れませんね。
では、わたしも本気で行きます!」
次の瞬間、ニャル子の気配が一段切り替わった。
空気が引き剥がされるみたいに、立っていた位置から影が消える。
目で追う間もなく、ラドンの首の一つの眼前へ移動していた。
その速度に、一瞬だけ俺の思考まで引っかかる。
「速っ……!」
『だから言っただろ!
仕事すると無駄に有能なんだよ、こいつは!』
「……ずるいです」
小猫がぽつりと漏らした。
「本当に腹が立つくらい有能ね」
黒歌まで呆れたように付け足す。
そのツッコミだけは、妙に姉妹で揃っていて、今この状況でも少しだけ笑いそうになった。
だが、ニャル子のフルフォースフォームは、笑うより先に戦場の意味を変えた。
彼女はラドンを真正面から殴り倒そうとはしない。
まず一つの首の視界へ飛び込み、次の瞬間には別の首の死角へ移動して、互いの軌道をずらす。
噛みつきが噛みつきを邪魔し、ブレスを溜めた首の顎へ衝撃を叩き込んで、発射の向きを逸らさせる。
一本ずつの火力はあっても、首同士の連携が崩れれば、あの怪物はただの“多すぎる頭”になる。
ニャル子はそれを狙っていた。
「多頭相手は、まとめて相手をしないのが基本なんですよ!」
「口だけじゃなくて、動きまでちゃんとしてるのがほんと腹立つな!」
「褒め言葉として受け取っておきます!」
その言葉と同時に、ラドンの首が二本、真正面からぶつかり合った。
骨と鱗が軋み、怪物の巨体がわずかに揺らぐ。
今だ。
そう判断するより先に、小猫が目を閉じる。
「……違う」
低い声が、戦場の騒音の中で妙にはっきり届いた。
「全部の首が同じ本体じゃありません」
「何だと」
「いくつかは出力だけです。
でも、別の首はもっと深い……」
黒歌が、その言葉を受けてすぐに反応した。
小猫だけの感知じゃない。
黒歌は元主の術の癖を知っている。
「核に近いのね」
「はい」
小猫は目を開ける。
そこに迷いはなかった。
「首ごとに埋め込まれている死者反応の濃さが違います。
全部を同じ怪物として見たら駄目です」
黒歌がラドンのうねる首を見上げ、細く息を吐く。
それから、はっきりと言った。
「やっぱりそう。
あいつ、ラドンをそのまま蘇らせたんじゃない」
「どういうことだ」
俺が問うと、黒歌の視線は一瞬もラドンから外れなかった。
「首ごとに違う死者反応を混ぜてるのよ。
伝説の獣を起こしたんじゃない。
ラドンの死骸を器にして、複数の死を縫い込んでる」
『……気色悪さが増しただけじゃねえか』
レオルドが呻く。
「つまり!」
ニャル子が上空から叫ぶ。
「首を一本潰しただけでは止まりません!
この怪物は、首ごとに違う死者核を抱えた集合実験体です!」
「集合実験体って言い方も十分最悪だな!」
「事実ですから!」
ラドンの一本がニャル子へ噛みつき、別の首が小猫たちを狙って沈み込む。
俺は考えるより先に前へ出た。
踏み込み、首の横面へ衝撃を叩き込んで軌道を逸らす。
真正面から受け止めるんじゃない。
少しでも流して、狙いを切る。
「小猫、濃い首を見失うな!」
「はい!」
「黒歌は術の癖を読め!」
「言われなくてもやってるわ!」
「太郎さん、三秒だけ作ってください!」
「長えよ!」
「じゃあ二秒半で!」
「雑に短縮するな!」
叫びながらも、身体は勝手に動く。
ラドンの首の一本を横へ流し、もう一本の爪が小猫たちへ届く前に進路を塞ぐ。
まともに受けたら吹き飛ぶ。
だから真正面で止めるんじゃない。
角度を変え、地面へ逸らし、通してはいけない方向だけを守る。
俺の役割は今、あの怪物を倒すことじゃない。
小猫と黒歌が核を読む時間を稼ぎ、ニャル子が首の連携を崩す盤面を保つことだ。
ラドンが咆哮する。
その音だけで肺の中身まで揺さぶられそうになる。
だが、小猫はそこでも目を逸らさない。
恐怖に飲まれる代わりに、意識を怪物の流れへ潜らせていく。
「右から二本目……それは違う。
その奥……もっと深いのがあります」
声が、少しずつ確信を持ち始める。
「黒歌!」
「分かってる!」
黒歌の仙術が走る。
細く鋭い流れが、ラドンの首の一つへ突き刺さる。
ただ傷つけるためのものじゃない。
流れを縫い止め、動きの芯だけを暴き出すための一手だ。
その瞬間だった。
ラドンの首の一本だけが、他と違う濁り方を見せた。
反応が重い。
執着の密度が違う。
小猫の目がそこを捉え、黒歌がさらに仙術を重ねる。
「……そこです!」
「合わせて!」
二人の声が重なる。
仙術の軌跡が首を走り、その一本だけが明らかに動きを鈍らせた。
他の首が暴れる中で、その首だけが“繋がれている側”へ近い反応を浮かび上がらせる。
「当たりです!」
ニャル子の声が上がる。
次の瞬間には、その首の目の前へ飛び込み、関節の動きを一瞬で乱した。
ラドンの巨体が、ほんの一拍だけ大きく揺らぐ。
「よし!」
俺が叫ぶ。
ようやく見えた。
こいつは無敵じゃない。
首全部が同格の脅威じゃない。
深い流れを持つ首がある。
そこを叩ける。
元主の声色が、ここで初めてわずかに変わった。
愉悦が消えたわけじゃない。
だが、観察者の余裕だけは少し削れた。
「……なるほど。
そこまで読まれるとは思わなかった」
「ざまあみろ」
俺が返すと、元主は低く笑う。
その笑いはまだ不快で、まだ余裕が残っている。
つまり、ここで勝ちじゃない。
ただ、ようやく勝ち筋が見え始めた。
ラドンはなおも暴れる。
首の一本を止めた程度では、全体の脅威は消えない。
だが、今ので十分だった。
小猫の感知は通じる。
黒歌の知識は武器になる。
ニャル子のフルフォースフォームは、首の連携を乱すのに最適だ。
そして俺は、その隙を前線で繋ぎ続けられる。
戦いがただの力比べではなくなった時点で、盤面はもう変わっていた。
「核が一つじゃない……でも、全部でもありません」
小猫が息を整えながら言う。
「本当に危ないのは、もっと限られています」
「ええ。
本命はもっと奥よ」
黒歌が続ける。
「首の先じゃない。
もっと深いところに、あいつの術が食い込んでる」
ラドンの咆哮がもう一度響く。
その揺れの中で、一瞬だけ見えた。
首の連結の奥。
胸部か、喉の深部か、あるいは胴体の中枢か。
他の首とは比較にならないほど濃い、淀んだ核。
ラドン自身の命の核というより、元主悪魔の術式そのものが食い込んでいるような、不快な光。
「……ありました」
小猫が息を呑んで言う。
「やっぱり。
あれが一番奥の核よ」
黒歌の声にも、今度は確信があった。
俺はラドンを見上げる。
巨体はなおも暴れ、首はまだ複数残っている。
だが、次に叩く場所は見えた。
「なら、次でそこまで行く」
そう言い切ると、ニャル子が空中で笑った。
「ようやく攻略フェイズですね!」
『お前だけゲームみたいに言うな!』
レオルドの怒鳴りが飛ぶ。
けれど、そのツッコミすら今は悪くなかった。
完全に飲まれずに済む。
それだけで価値がある。
ラドンがさらに大きく咆哮する。
揺れる戦場の中で、俺たちは次の一手を掴んでいた。
決着はまだ遠い。
だが、無意味な消耗戦ではなくなった。
あの怪物を止める道は、ようやくここで見え始めていた。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王