サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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蘇生 Case7

 ラドンの目が開いた瞬間、戦場の空気ははっきりと別物へ変わった。

 今まで相手にしてきた死者もどきの群れが、どれだけ数だけの脅威だったのかを、むしろこちらへ思い知らせるような圧だった。

 巨大な多頭竜は、ただそこへ起き上がりかけているだけで、周囲の地面をきしませ、夜気そのものを押し潰すみたいに重くする。

 骨と鱗の継ぎ目を走る青白いエモルギアの光は、生きた怪物の血流なんかじゃない。

 死んだ伝説そのものへ、無理やり感情と執着と悪意を縫い込んで、こちらの世界へ引きずり戻している。

 そんな風にしか見えなかった。

 

「……重いです」

 

 小猫が、息を詰めるように言った。

 その声は震えていないが、感じ取ったものの質がこれまでと違うと、はっきり伝わる声だった。

 

「今までの死者と、反応の質がまるで違います。

一つの大きな気配じゃなくて、いくつも重なってるみたいです」

 

「首ごとに流れが違うのか」

 

 俺が聞くと、小猫は目を細めたまま、小さく頷く。

 

「……はい。

しかも、それぞれの首が勝手に生きているみたいで、でも全部どこかで繋がっています」

 

 その説明だけで十分だった。

 目の前にいるのは、死んだ伝説の獣を一体だけ起こしたものじゃない。

 ラドンの死骸を器にして、複数の死と感情を縫い付けた、歪んだ実験体だ。

 元主悪魔の趣味の悪さが、露骨に形になっていた。

 

「……本当に、気持ちが悪いわね」

 

 黒歌が低く言った。

 視線はラドンから一瞬も逸らしていない。

 過去を知っているからこそ、この構造の嫌さが他の誰より分かるんだろう。

 

「ただ蘇らせるだけじゃ満足できなくて、死んだ後まで玩具みたいに弄るなんて」

 

 その黒歌の声へ応えるように、元主悪魔の笑いが空間の奥から滲んだ。

 

「玩具ではない。

試料だよ。

伝説級ともなれば、なおさら丁寧に扱わなければ意味がない」

 

「てめえの言う丁寧ってのは、壊し方を選ぶって意味だろ」

 

 俺が吐き捨てると、元主はむしろ愉快そうに言葉を返した。

 

「それを理解してくれる相手は少ない。

生前は余計な制約ばかりだったが、今は違う。

家も派閥も、上位悪魔の視線も、もう私を縛れない。

この自由を、どうして喜ばずにいられる?」

 

 その言葉と同時に、ラドンの首の一つが、何の前触れもなくこちらへ振り下ろされた。

 空気そのものが叩き潰されるような轟音が響き、俺たちは反射で散る。

 遅れて地面が爆ぜ、砕けた舗装と土がまとめて吹き飛ぶ。

 次の瞬間には、別の首が横薙ぎに振り抜かれ、さらにもう一つの首が喉奥へ死んだような光を溜め始めた。

 一つの獣を相手にしている感覚ではない。

 複数の怪物へ同時に囲まれているのに近い。

 

「散れ!」

 

 俺が叫ぶと同時に、小猫と黒歌が反対方向へ跳ぶ。

 ラドンの二本目の首が空を裂き、その余波だけで廃区画の壁が崩れ落ちる。

 残った首はさらに地面を舐めるように動き、こちらの立ち位置を探るみたいに不気味にうねった。

 

「太郎、上!」

 

 小猫の鋭い声が飛ぶ。

 俺は考えるより先に身を沈める。

 頭上を、牙の並んだ巨大な顎が噛み砕くように通り過ぎた。

 避けきれなかった瓦礫が肩を掠めるが、そんなものを気にしてる余裕はない。

 

「これ、正面から止めるのは無茶です!」

 

 小猫が叫ぶ。

 その言葉は悲鳴じゃなかった。

 現状の分析だ。

 修業前なら、この怪物の圧へ飲まれてもおかしくなかった場面で、ちゃんと判断を言葉にしている。

 その事実だけで、こいつがどれだけ変わったか分かる。

 

「分かってる!」

 

 俺は応えながら、ギャバリオントリガーを握り直した。

 ジバンの投影はさっきの圧と連戦で解けた。

 だが、それで終わりじゃない。

 切り札が一枚落ちたなら、次を切るだけだ。

 そういう話だ。

 

 その時、上空で空気がわずかに捻れた。

 歪みは一瞬だけで、次の瞬間には、そこから見覚えしかない影が飛び込んでくる。

 着地と同時に瓦礫が跳ね、妙に堂々とした声が響いた。

 

「いやあ、これはまた派手にやってますね!

帰還祝いにしては、ずいぶんと重たい歓迎です!」

 

「おっせえよ、ニャル子!」

 

 俺が怒鳴ると、ニャル子は胸を張ってこちらを見る。

 この状況でも態度だけはまったく崩れないのが、逆に腹立たしい。

 

「すでに最短で来ています!

クトゥルフ支部の機動力をなめないでください!」

 

『名乗ってる暇があったら働け!』

 

 レオルドの怒鳴りが通信越しに飛ぶ。

 

「ちゃんと働きますよ!

ですが、こういう時こそ第一印象は大事です!」

 

「今は印象より首の数をどうにかしろ!」

 

 俺が返した直後、ラドンの一つがニャル子へ向かって噛みついた。

 だが、ニャル子はそこでようやく笑みの質を変える。

 普段の軽さは残っている。

 それでも、その目だけは完全に仕事の目だった。

 

「これは通常戦闘では押し切れませんね。

では、わたしも本気で行きます!」

 

 次の瞬間、ニャル子の気配が一段切り替わった。

 空気が引き剥がされるみたいに、立っていた位置から影が消える。

 目で追う間もなく、ラドンの首の一つの眼前へ移動していた。

 その速度に、一瞬だけ俺の思考まで引っかかる。

 

「速っ……!」

 

『だから言っただろ!

仕事すると無駄に有能なんだよ、こいつは!』

 

「……ずるいです」

 

 小猫がぽつりと漏らした。

 

「本当に腹が立つくらい有能ね」

 

 黒歌まで呆れたように付け足す。

 そのツッコミだけは、妙に姉妹で揃っていて、今この状況でも少しだけ笑いそうになった。

 

 だが、ニャル子のフルフォースフォームは、笑うより先に戦場の意味を変えた。

 彼女はラドンを真正面から殴り倒そうとはしない。

 まず一つの首の視界へ飛び込み、次の瞬間には別の首の死角へ移動して、互いの軌道をずらす。

 噛みつきが噛みつきを邪魔し、ブレスを溜めた首の顎へ衝撃を叩き込んで、発射の向きを逸らさせる。

 一本ずつの火力はあっても、首同士の連携が崩れれば、あの怪物はただの“多すぎる頭”になる。

 ニャル子はそれを狙っていた。

 

「多頭相手は、まとめて相手をしないのが基本なんですよ!」

 

「口だけじゃなくて、動きまでちゃんとしてるのがほんと腹立つな!」

 

「褒め言葉として受け取っておきます!」

 

 その言葉と同時に、ラドンの首が二本、真正面からぶつかり合った。

 骨と鱗が軋み、怪物の巨体がわずかに揺らぐ。

 今だ。

 そう判断するより先に、小猫が目を閉じる。

 

「……違う」

 

 低い声が、戦場の騒音の中で妙にはっきり届いた。

 

「全部の首が同じ本体じゃありません」

 

「何だと」

 

「いくつかは出力だけです。

でも、別の首はもっと深い……」

 

 黒歌が、その言葉を受けてすぐに反応した。

 小猫だけの感知じゃない。

 黒歌は元主の術の癖を知っている。

 

「核に近いのね」

 

「はい」

 

 小猫は目を開ける。

 そこに迷いはなかった。

 

「首ごとに埋め込まれている死者反応の濃さが違います。

全部を同じ怪物として見たら駄目です」

 

 黒歌がラドンのうねる首を見上げ、細く息を吐く。

 それから、はっきりと言った。

 

「やっぱりそう。

あいつ、ラドンをそのまま蘇らせたんじゃない」

 

「どういうことだ」

 

 俺が問うと、黒歌の視線は一瞬もラドンから外れなかった。

 

「首ごとに違う死者反応を混ぜてるのよ。

伝説の獣を起こしたんじゃない。

ラドンの死骸を器にして、複数の死を縫い込んでる」

 

『……気色悪さが増しただけじゃねえか』

 

 レオルドが呻く。

 

「つまり!」

 ニャル子が上空から叫ぶ。

「首を一本潰しただけでは止まりません!

この怪物は、首ごとに違う死者核を抱えた集合実験体です!」

 

「集合実験体って言い方も十分最悪だな!」

 

「事実ですから!」

 

 ラドンの一本がニャル子へ噛みつき、別の首が小猫たちを狙って沈み込む。

 俺は考えるより先に前へ出た。

 踏み込み、首の横面へ衝撃を叩き込んで軌道を逸らす。

 真正面から受け止めるんじゃない。

 少しでも流して、狙いを切る。

 

「小猫、濃い首を見失うな!」

 

「はい!」

 

「黒歌は術の癖を読め!」

 

「言われなくてもやってるわ!」

 

「太郎さん、三秒だけ作ってください!」

 

「長えよ!」

 

「じゃあ二秒半で!」

 

「雑に短縮するな!」

 

 叫びながらも、身体は勝手に動く。

 ラドンの首の一本を横へ流し、もう一本の爪が小猫たちへ届く前に進路を塞ぐ。

 まともに受けたら吹き飛ぶ。

 だから真正面で止めるんじゃない。

 角度を変え、地面へ逸らし、通してはいけない方向だけを守る。

 俺の役割は今、あの怪物を倒すことじゃない。

 小猫と黒歌が核を読む時間を稼ぎ、ニャル子が首の連携を崩す盤面を保つことだ。

 

 ラドンが咆哮する。

 その音だけで肺の中身まで揺さぶられそうになる。

 だが、小猫はそこでも目を逸らさない。

 恐怖に飲まれる代わりに、意識を怪物の流れへ潜らせていく。

 

「右から二本目……それは違う。

その奥……もっと深いのがあります」

 

 声が、少しずつ確信を持ち始める。

 

「黒歌!」

 

「分かってる!」

 

 黒歌の仙術が走る。

 細く鋭い流れが、ラドンの首の一つへ突き刺さる。

 ただ傷つけるためのものじゃない。

 流れを縫い止め、動きの芯だけを暴き出すための一手だ。

 

 その瞬間だった。

 ラドンの首の一本だけが、他と違う濁り方を見せた。

 反応が重い。

 執着の密度が違う。

 小猫の目がそこを捉え、黒歌がさらに仙術を重ねる。

 

「……そこです!」

 

「合わせて!」

 

 二人の声が重なる。

 仙術の軌跡が首を走り、その一本だけが明らかに動きを鈍らせた。

 他の首が暴れる中で、その首だけが“繋がれている側”へ近い反応を浮かび上がらせる。

 

「当たりです!」

 

 ニャル子の声が上がる。

 次の瞬間には、その首の目の前へ飛び込み、関節の動きを一瞬で乱した。

 ラドンの巨体が、ほんの一拍だけ大きく揺らぐ。

 

「よし!」

 

 俺が叫ぶ。

 ようやく見えた。

 こいつは無敵じゃない。

 首全部が同格の脅威じゃない。

 深い流れを持つ首がある。

 そこを叩ける。

 

 元主の声色が、ここで初めてわずかに変わった。

 愉悦が消えたわけじゃない。

 だが、観察者の余裕だけは少し削れた。

 

「……なるほど。

そこまで読まれるとは思わなかった」

 

「ざまあみろ」

 

 俺が返すと、元主は低く笑う。

 その笑いはまだ不快で、まだ余裕が残っている。

 つまり、ここで勝ちじゃない。

 ただ、ようやく勝ち筋が見え始めた。

 

 ラドンはなおも暴れる。

 首の一本を止めた程度では、全体の脅威は消えない。

 だが、今ので十分だった。

 小猫の感知は通じる。

 黒歌の知識は武器になる。

 ニャル子のフルフォースフォームは、首の連携を乱すのに最適だ。

 そして俺は、その隙を前線で繋ぎ続けられる。

 

 戦いがただの力比べではなくなった時点で、盤面はもう変わっていた。

 

「核が一つじゃない……でも、全部でもありません」

 

 小猫が息を整えながら言う。

 

「本当に危ないのは、もっと限られています」

 

「ええ。

本命はもっと奥よ」

 

 黒歌が続ける。

 

「首の先じゃない。

もっと深いところに、あいつの術が食い込んでる」

 

 ラドンの咆哮がもう一度響く。

 その揺れの中で、一瞬だけ見えた。

 首の連結の奥。

 胸部か、喉の深部か、あるいは胴体の中枢か。

 他の首とは比較にならないほど濃い、淀んだ核。

 ラドン自身の命の核というより、元主悪魔の術式そのものが食い込んでいるような、不快な光。

 

「……ありました」

 

 小猫が息を呑んで言う。

 

「やっぱり。

あれが一番奥の核よ」

 

 黒歌の声にも、今度は確信があった。

 

 俺はラドンを見上げる。

 巨体はなおも暴れ、首はまだ複数残っている。

 だが、次に叩く場所は見えた。

 

「なら、次でそこまで行く」

 

 そう言い切ると、ニャル子が空中で笑った。

 

「ようやく攻略フェイズですね!」

 

『お前だけゲームみたいに言うな!』

 

 レオルドの怒鳴りが飛ぶ。

 けれど、そのツッコミすら今は悪くなかった。

 完全に飲まれずに済む。

 それだけで価値がある。

 

 ラドンがさらに大きく咆哮する。

 揺れる戦場の中で、俺たちは次の一手を掴んでいた。

 決着はまだ遠い。

 だが、無意味な消耗戦ではなくなった。

 あの怪物を止める道は、ようやくここで見え始めていた。

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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