サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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蘇生 Case9

 ラドンの残骸が、ようやく完全に沈黙した。

 さっきまで戦場そのものを押し潰していた重圧が薄れ、崩れた廃区画には、遅れて夜の冷たさが戻ってくる。

 それでも静けさは完全じゃない。

 あの元主悪魔の気配が、まだ消えていないからだ。

 

 倒れた伝説の獣の向こう側。

 見えないどこかで、あの男はまだ諦めていなかった。

 いや、諦めるという発想そのものが、最初からないのかもしれない。

 ラドンを失ったことすら、失敗した実験記録の一つとしてしか見ていない。

 そういう手合いだと、ここまでで百億パー分かっている。

 

「なるほど。

 伝説級でも、やはり調整不足ではこの程度か」

 

 その声が響いた瞬間、俺は心の底から嫌な顔をしたと思う。

 実際に顔へ出たかどうかは知らない。

 だが、こっちがようやく命懸けで片づけた相手を、平然と“この程度”で済ませる神経は、本気で救いようがなかった。

 

「最後までそれかよ」

 

 吐き捨てるように言う。

 ラドンの残骸の向こうでは、元主悪魔の気配が薄く揺れた。

 笑ったのかもしれない。

 心の底から気味が悪い。

 

「当然だ。

 失敗もまた結果だ。

 今回のラドンで分かったことも多い。

 なら、次はもっと良い素材を試せばいい」

 

「……本当に最低ね」

 

 黒歌が低く言った。

 その声は怒りで震えていない。

 むしろ、震える段階はもう通り越していた。

 長い時間をかけて向き合った過去の元凶が、何一つ変わらないどころか、死んでなお自由になったと喜んでいる。

 それを真正面から見たからこその、冷えきった嫌悪だった。

 

「白音を潰しかけた時から、何も変わっていない。

 いえ、むしろ余計な理性が削れて、もっと悪くなったのかしら」

 

「変わったとも」

 

 元主悪魔の声が、今度はやけに愉快そうに響いた。

 

「生前は制約が多すぎた。

 家も、派閥も、上位悪魔の視線も、何もかもが鬱陶しかった。

 だが今は違う。

 失って困る立場も名もない。

 ならば、より純粋に試せる」

 

 その声を聞いた瞬間、小猫の肩がぴくりと揺れた。

 だが、俯かない。

 過去の恐怖へ引き戻されるだけの小猫は、もうここにはいない。

 怖いのは怖いだろう。

 それでも、その怖さごと前を向いて立っている。

 その姿を見ていると、ここまでの修業は無駄じゃなかったと嫌でも分かる。

 

「だから何だって言うんですか」

 

 小猫の声は静かだった。

 けれど、その静けさの奥に、はっきりとした芯が通っていた。

 

「私は、もうあなたの素材じゃありません。

 あなたが何を思おうと、何を試そうと、もう前みたいにはさせません」

 

 元主悪魔の気配が、ほんのわずかだけ揺れる。

 ラドンを撃ち抜いた時とは別の意味で、そこにわずかな乱れが走ったのが分かった。

 たぶん、思っていた以上に、小猫が真っ直ぐ立っているんだろう。

 昔なら、名を呼ばれた時点で怖さに身体を縫い止められていた相手へ、今はちゃんと言葉を返せる。

 それだけで、十分すぎる変化だ。

 

「……なるほど」

 

 元主悪魔の声が一段だけ低くなる。

 

「実に興味深い変化だ。

 やはり貴様は、まだまだ試し甲斐が――」

 

 そこまで言った瞬間だった。

 

 地面の下で、何かが脈打つ気配が広がった。

 元主悪魔が再び術を起動したのだと、ほとんど反射で分かる。

 ラドンを失っても、次を起こせばいい。

 この男は、本気でそう考えている。

 周囲の死体も、散った残留思念も、全部まとめて次の素材に変えるつもりだ。

 

 青白く歪んだエモルギアの流れが、戦場のあちこちへ這い始める。

 地面の下へ沈んでいた死者反応が、また浅く浮かび上がりかける。

 だが、その瞬間。

 

 それは、止まった。

 

 俺たちが何かしたわけじゃない。

 小猫の仙術でも、黒歌の術でもない。

 レオルドの妨害でも、ニャル子の介入でもない。

 もっと根本的なところで、蘇生そのものが拒絶された。

 

「……何だ?」

 

 元主悪魔の声が、初めてはっきりと苛立ちを含む。

 地面の下で脈打ちかけた死者反応が、途中で凍りついたみたいに沈黙する。

 起き上がるはずだった腕は、土の中で止まり、空間へ伸びかけたエモルギアの流れは、見えない力に押し戻されるように縮んでいった。

 

 同時に、空気が一段下がる。

 さっきまでの死者蘇生が放っていた、気持ち悪い熱ではない。

 もっと冷たい。

 もっと古い。

 死者そのものを管理する側の温度だ。

 

「止まりました……?」

 

 小猫が呟く。

 

『太郎、こっちの干渉じゃねえ。

 もっと根本から遮断された』

 

 レオルドの声も、今度ばかりは本気で警戒していた。

 

「死者側の権限か……?」

 

 俺が低く言った、その直後。

 

 廃区画の暗がりが、一斉に揺れた。

 

 そこから現れたのは、黒いローブを纏った死神たちだった。

 一人や二人では済まない。

 音もなく、気配すら乱さず、戦場の周囲へ次々と立つ。

 手には長大な鎌。

 視線は揃って一つの方向――元主悪魔の気配へ向けられている。

 俺たちではない。

 最初から目的は一つだけだと、その立ち位置だけで分かった。

 

「……死神」

 

 黒歌が小さく呟く。

 小猫も目を見開いた。

 

「こんな数……」

 

「うわ、本職が来ましたね」

 

 ニャル子が妙に呑気な声を出す。

 だが、その呑気さの裏で、ちゃんと状況を見極めているのも分かった。

 こいつ、本当にこういう時だけ仕事が早い。

 

『空気が重すぎるだろ……』

 

 レオルドが呻く。

 それも無理はない。

 今この場へ流れ込んでいるのは、単なる強者の威圧じゃない。

 死者へ触れることを許す側と、許さない側の境界そのものだった。

 

 そして、その中心へ。

 

 冷たい気配が凝縮する。

 死神たちが一斉に頭を垂れる。

 空間の奥から現れた存在は、ただ立っただけで、先ほどまで荒れていた死者反応を完全に沈黙させた。

 

 ハーデス。

 

 死者の国を支配する神。

 その名を知らなくても、この場の誰もが、こいつが“死者へ触れる側の頂点”だと本能で理解できたはずだ。

 

「その蘇生、認めない」

 

 低い声だった。

 怒鳴るわけでもなく、感情を振りかざすわけでもない。

 ただ断定するだけで、世界そのものが従うような声だ。

 

 元主悪魔の気配が、そこで初めて明確に揺れた。

 

「ハーデス……!」

 

「死者へ触れる資格は貴様にはない」

 

 ハーデスは一歩だけ前へ出る。

 それだけで、戦場の温度がさらに下がった。

 

「我が領分を穢し、死者を無断で呼び戻し、死骸へ執着を縫い込み、魂の残滓を実験へ使った。

 その罪、軽く済むと思うな」

 

 死神たちが一斉に鎌を構える。

 黒い術式が展開し、元主悪魔の気配へ向かって広がっていく。

 元主は再び死者蘇生を起こそうとした。

 だが、もう反応しない。

 死者そのものが、呼び声を拒絶している。

 今この場では、あいつの術より、ハーデスの管理権限の方が根本にある。

 それが、はっきり分かる抑え込み方だった。

 

「ふざけるな……!」

 

 元主悪魔の声が歪む。

 

「死は終わりではない。

 ならば使うことに、何の問題がある!」

 

「問題しかない」

 

 ハーデスは即答した。

 

「貴様は死を理解していない。

 ゆえに、死者へ触れる資格もない」

 

 次の瞬間、死神たちが同時に動いた。

 派手な戦闘にはならない。

 なる必要がない。

 逃げ場もなく、死者蘇生も封じられた時点で、元主悪魔の強みは半分以上消えている。

 黒い鎖のような術が幾重にも走り、元主悪魔の気配そのものを縛り上げていく。

 

「やめろ……!

 私の実験は、まだ――」

 

「終わりだ」

 

 ハーデスの一言だけで、元主の声がそこで途切れかける。

 

「貴様はこの後、死者の国で己の罪を思い知ることになる。

 徹底的な罰を与えるため、ここで拘束する」

 

 徹底的な罰。

 その言葉に誇張はないんだろう。

 ハーデスの声音には、怒りよりもっと冷たい、執行そのものの意志しかなかった。

 

 元主悪魔の気配がなおも暴れようとする。

 だが、死神たちの術式はびくともしない。

 死者の管理権限そのものに捕まった以上、こいつの死者蘇生はもうただの空振りだ。

 それを理解した瞬間、ようやく戦場の緊張が別の形へ変わった。

 終わる。

 少なくとも、元主悪魔の好き放題だけはここで終わる。

 

 死神たちが元主悪魔を連行しようと動き出した、その時だった。

 ハーデスの視線が、初めてこちらへ向いた。

 小猫。

 黒歌。

 ニャル子。

 そして最後に、俺。

 

「人間」

 

 呼ばれる。

 あまり気分のいい呼び方じゃない。

 だが、こっちも媚びる気はない。

 

「何だ」

 

 小猫がわずかに息を呑む。

 黒歌も、ほんの少しだけ身構えるのが分かった。

 警戒するのは当然だ。

 相手はハーデスだ。

 いきなり戦う気配はなくても、安心できる種類じゃない。

 

 だが、ハーデスはすぐに敵意を見せなかった。

 むしろ、言葉を選んでいるように見えた。

 

「貴様には冥界を救った功がある」

 

 その一言に、俺は少しだけ眉をひそめる。

 

「……それで?」

 

「少なくとも、今回の件で人間側へ大きな被害が出なかったのは、貴様の働きによるものだ。

 その点については認める」

 

 横で、ニャル子がすぐに口を挟みそうな空気を出した。

 だが、レオルドが先に何か言いたそうな気配を出したせいで、結果的に両方とも一瞬黙る。

 助かった。

 ここで変な茶々が入ると、場がややこしくなる。

 

 ハーデスはそのまま続けた。

 

「さらに今は、三大勢力だけではない。

 宇宙警察という外部の抑止も存在している」

 

 そこでニャル子がやはり黙っていられなかった。

 

「おや、評価されていますね!」

 

『今そこへ割り込むな!』

 

 レオルドの怒鳴りが即座に飛ぶ。

 だが、ハーデスは特に気にした様子もなく、ただ冷静に言葉を続けた。

 

「貴様らの存在がある以上、三大勢力へ無闇に敵対しても、こちらに得は薄い。

 抑止が働く構図ができている以上、愚かな衝突を拡大させる意味はない」

 

 その言葉は、ある意味では意外だった。

 だが、理屈としては分かる。

 ハーデスは感情で引っかき回す側の存在じゃない。

 少なくとも今この瞬間は、秩序の管理者として、損得と均衡を見ている。

 

「ずいぶん理性的だな」

 

 俺がそう返すと、ハーデスはわずかに目を細めた。

 

「死を司る者にとって、感情で秩序を崩す方が愚かだ」

 

 その声音には、一切の迷いがなかった。

 なるほど。

 少なくともこの世界線では、わざわざ三大勢力へ全面的に噛みつく理由が薄くなっているということだ。

 太郎――つまり俺が冥界へ関わり、宇宙警察まで地上の均衡へ顔を出している以上、ハーデス側から見ても強硬路線の旨味が小さい。

 それなら、無益な敵対より抑止の均衡を選ぶ。

 そういう理屈か。

 

「生者の勢力へ圧をかける時代ではない」

 

 ハーデスは淡々と言う。

 

「少なくとも今は、互いに止め合う存在が多すぎる。

 愚かな同盟や、無益な衝突を積み重ねるよりも、抑止の均衡を維持する方が合理的だ」

 

 その一言で、何となく見えた。

 この先、この世界で無駄に強硬な連合ができる流れは薄い。

 少なくともハーデス自身は、そんな方向へ舵を切らないだろう。

 俺や宇宙警察が抑止力として見られているなら、なおさらだ。

 

 そして、元主悪魔が完全に拘束されたところで、ハーデスは最後にもう一度だけ俺を見た。

 

「感謝する、人間」

 

 その言葉に、小猫がわずかに目を見開く。

 黒歌も少しだけ意外そうな顔をした。

 たしかに俺も、もう少し面倒なことを言われると思っていた。

 

「意外だな」

 

 俺は肩をすくめる。

 

「てっきり、もっとややこしいことを言うかと思った」

 

「少なくとも、死者の穢れが地上へ溢れ出る前に食い止めた。

 その功は、貴様にある」

 

 ハーデスの言葉は、礼というより裁定に近い。

 だが、それで十分だった。

 こいつが軽々しく人間を持ち上げるタイプじゃないのは、見れば分かる。

 その上でここまで言うなら、本当に認めたんだろう。

 

「ゆえに今回は、敵対しない」

 

 その一言で、場の空気が少しだけ緩んだ。

 少なくとも今ここで、ハーデスまで相手に回る最悪の盤面はない。

 それだけで十分すぎる。

 

「……随分、分かりやすく言うのね」

 

 黒歌が言う。

 

「必要な裁定だからだ」

 

 ハーデスはそれだけ返した。

 余計な感情も、余計な装飾もない。

 それが逆に、この神の物言いらしかった。

 

 死神たちが元主悪魔を引き立てる。

 その気配はまだ完全に消えていない。

 だが、少なくとももうこの場で死者を弄ぶことはできない。

 ハーデスが管理する死者の国へ引きずられていくなら、今度こそ勝手な実験はできないだろう。

 徹底的な罰とやらが、どんなものかは想像したくもないが。

 

 やがて、ハーデスと死神たちの気配が少しずつ遠ざかっていく。

 黒いローブの群れは、現れた時と同じく、音もなく夜の暗がりへ溶けるように消えていった。

 最後まで、視線を向けるべき相手以外へは余計な関心を見せなかった。

 潔いと言えば潔い。

 怖いと言えば、当然怖い。

 

 すべてが去った後、ようやく戦場には本当の意味での静けさが落ちた。

 ラドンの残骸。

 止まった死者ども。

 崩れた地面。

 そこへ、少しずつ夜の冷たい空気が戻ってくる。

 

「……終わった、のかしら」

 

 黒歌が小さく言う。

 

「ひとまずはな」

 

 俺は答える。

 

「ラドンは終わった。

 元主も、少なくとも今すぐ好き勝手はできねえ」

 

「はい」

 

 小猫が頷いた。

 その顔には疲労もある。

 けれど、それ以上に、やり切ったあとの確かな実感があった。

 

「少なくとも、これ以上被害が出る前に止められました」

 

「ええ」

 

 黒歌が妹を見る。

 その視線には、守るだけの姉の色はもう薄い。

 同じ戦場へ立った相手として、同じものを越えた相手として見る色だった。

 

「よくやったわ、白音」

 

 小猫は、その一言へすぐには返さなかった。

 少しだけ目を細め、それから小さく頷く。

 

「……お姉ちゃんも」

 

 そのやり取りの横で、ニャル子がやけに晴れやかな声を出した。

 

「いやあ、終わってみれば綺麗にまとまりましたね!」

 

『どこがだよ!

 戦場も地面も何もかもめちゃくちゃだろうが!』

 

「結果オーライです!」

 

「その雑なまとめ方はやめろ」

 

 俺が言うと、ニャル子は心外そうに胸へ手を当てる。

 

「失礼ですね。

 わたしはいつだって前向きに現実を解釈しているだけです」

 

『言い換えがうまいだけで雑なのは変わってねえんだよ』

 

 レオルドのツッコミが飛ぶ。

 そのやり取りを聞いて、少しだけ肩の力が抜けた。

 ほんの少しだが、それで十分だった。

 重すぎる事件の後には、このくらいのノイズが必要になる。

 

 俺は崩れた戦場を見渡す。

 元主悪魔は拘束された。

 ハーデスは少なくともこちらへ敵対しない姿勢を見せた。

 宇宙警察も、三大勢力も、死者の国も、今この世界では互いを無視して好き放題できるほど単純じゃなくなっている。

 だったら、それは悪くない。

 少なくとも、無意味にでかい戦火が広がるよりはずっとましだ。

 

「……さて」

 

 小さく息を吐く。

 

「ようやく帰れそうだな」

 

「本当に、ようやくですね」

 

 小猫が言った。

 その声には、少しだけ疲れた笑いに近いものが混じっていた。

 

 長かった。

 修業から帰ってきて、そのまま死者蘇生と伝説級の怪物と元主悪魔とハーデスだ。

 普通なら一つでも十分面倒なのに、全部まとめて来るあたり、この世界はほんとうに容赦がない。

 

 それでも、今日は止められた。

 被害を広げる前に、死者の穢れが地上へ溢れる前に、ちゃんと食い止められた。

 そこだけは、少し誇っていい。

 

 夜風が吹く。

 ラドンの残骸の向こう、消えていった死神たちの気配はもうない。

 だが、あの冷たい介入が残した意味は、まだこの場へ確かに残っていた。

 

 この世界は、もう三大勢力だけで閉じた盤面じゃない。

 宇宙警察も、死者の国も、冥界も、それぞれが互いを見ている。

 だったら、抑止は働く。

 少なくとも、前よりは。

 

 それが今のところ、一番大きな収穫かもしれなかった。

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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